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ラーメン編『スープを作ろう! 畜生街道激闘伝』‐11





 襲い掛かってきたのはフライングスネコスリの群れだった。おそらくスネをこする気はないと思われる。飛んでるし。

 猫と犬の中間のような愛嬌のある顔と、イタチみたいに細長い胴体。30センチメートルほどの、柔らかそうな毛に包まれたその可愛らしい妖は、ひゅうるり、と風を鳴らして飛んできて――。

 ぎしゃあ、と。

 顔を上下に裂く勢いで口を開いて、噛みつこうとしてきた。


「こわっ! 怖いですわよ、この妖!」


 【陽炎舞】で加速させた四肢を振るって、フライングスネコスリを叩き落していく。風の属性を持つフライングスネコスリは陰陽五行説的には木行に値する。相克の理論によって弱点は金行、すなわち金属系のスキルだ。ざっくり言うと金属バットで殴ると死ぬ。

 けれど、今この場に金属バットはない。ついでに言うと金属バットで殴ればたいがいの生物は死ぬ。

 だから、もっと効果的な方策として、


「範囲魔法で殲滅とかどうですの? 亜理紗、貴女たしか覚えますわよね?」


 応じる亜理紗は、大量の蔦を地面から生やして振り回し、即席の対空防護壁として活用していた。ヒット率は低いようだけれど、フライングスネコスリに攻めあぐねさせる効果は十分にあった。


「それは正規のルートで土属性の術師として進んだ場合だね。今の私が使えるのは植物系だから、やるとすれば毒性の植物を大量に生み出し、暴走成長させて腐らせて毒ガス生み出すとか……詠唱込みで3時間くらいあればいける」

「役立たずの騎士ですわね……!」

「おっと、それは私の蔦で迎撃していないと、とっくに被害が出ているとわかったうえでの発言かい、姫」

「この騎士性格悪いですわ!」


 というか、


「あの、エドガー様はなにをやってらっしゃいますの? 完全に亜理紗の蔦の範囲に入って守られていますけれど」

「いや、刀が届かないじゃ僕の役目ないし。僕、水の中でも回復系特化だしなぁ……」

「亜理紗、いま暗黒物質を偶然にも所持したりしていません?」

「ははは、所持していたらとっくに使っているよ」

「……ちょっと2人とも、なんだか不穏なことを言っているけどさ、もしそのヤバそうな道具を持っていたら僕に使っていたつもりか……?」


 亜理紗と揃って無言の笑顔で応じると、エドガーも笑顔になって日本刀を構えた。


「よーし味方よりもお前らの方が楽そうだぞフライングスネコスリども……!」

「とにかく、数を減らす方針で行きましょう。この群れを殲滅して、一旦どこかで体勢を整えるべきですわ」

「そうだね、よく考えたら2徹めだからね私達……なんかフライングスネコスリの大群が天使の群れに見えてきた。これがルーベンスの絵かぁ」

「寝たら死にますのよー!」


 一週回ってテンションがおかしくなっている気もするけれど、ともあれ、妖の群れは有限だ。フライングスネコスリがあと20匹くらいか。殲滅できない数ではない。

 という甘い考えは、1分もせずに打ち砕かれた。


「……不味いぞ、2人とも」


 最初に気付いたのは、エドガーだった。

 顔を顰めて、暗闇を睨みつけている。


「騒ぎに気付いて、スネコスリどころじゃないのが出てきやがった……!」


 その方向にいるのは、人型のなにかだった。

 ただし、サイズは3メートル近くあり――足も腕も細いのに腹だけが膨れ上がっていて、頭には角が1本。棍棒のようなものを引きずりながら歩いている。

 亜理紗が呻いて、そのなにかの名前を呟いた。


「……ジャイアント餓鬼……!」


 ――イベントボスじゃありませんの!

 通称、『最初の壁』――前世の記憶によれば、ゲーム1週目のプレイヤーが最初につまずく攻略ポイントが、こいつだった。

 序盤としては体力がべらぼうに多く、回復スキルを一切覚えない亜理紗とリュー・ノークランだけで挑むことになるイベントだったため、回復アイテムが切れると死ぬ。

 力押しするにも序盤の低レベルでは火力が足りず、どうしても耐久戦にもつれ込み、殺されてしまう――。

 適正レベルは8とかの、シナリオ後半や強くてニューゲームなら1撃で勝ててしまうようなボスだけれど、メニュー画面の開き方もわからないこの世界ではレベルなど確認できない。

 ――危険すぎる相手ですの!

 金属バットで殴っても死なないタイプの妖だ。手に余るどころの話ではない。


「なんでイベントボスがこんなところまで出てきていますの!? もっと進んだ先で待ってる固定シンボルボスでしょう、こいつは!」

「そりゃあ、餓鬼なんだから食えそうな人間の気配がしたら出てくるに決まっているだろう! リリィ君、忘れるな。――ここはすでにゲームではない、現実だ!」

「でも……!」

「でももだってもないぞ、リリィ。やべえのが出てきたってのは僕でもわかる。――どうする? 逃げるか?」

「……っ、当たり前ですの! こんな状況、逃げる以外に手はありませんわよ!?」


 幸い、走れば足の遅いジャイアント餓鬼は振り切れる。

 けれど、亜理紗の冷静な声がその判断をぶった切った。


「無理だ。ジャイアント餓鬼単騎との戦闘だったらまだしも、フライングスネコスリがいる限り逃走不可能だと考えるよ、私は。蔦の対空壁があるから相手取れているが、逃げるとなると地面から生やす植物系のスキルは余りにも不利だ。申し訳ないけれどね」

「だったらどうするって言いますの!」

「――勝つんだよ」


 そこで、亜理紗は不敵に――そう見せようとしているのだと、わかるほどにこわばっていたけれど――笑った。


「大丈夫だ。私はこれでもガチ勢だよ? だから……どうだろう、お二方。私の一か八かの策に乗っかってはくれないかい」





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