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ラーメン編『スープを作ろう! 畜生街道激闘伝』‐10




 暁之宮家は武闘派だ。

 闇を牛耳る以上、各方面から悪い奴らに「暁之宮の方が上だ」と思わせなければならない。

 財力、組織力、そして武力。

 戦闘は、暁之宮の者にとって日常だと言ってすらいい。

 だから、遠慮容赦なく、僕は高熱を纏い加速した身体で日本刀を持つ相手に突っ込んだ。

 黒っぽい上下の服。背格好からして男性。顔は辺りの暗さと帽子を目深にかぶっているため判別できず――日本刀を持つ腕に揺らぎはない。

 ――武芸者ですわね。

 判断する。


「――く」


 相手は一瞬、日本刀で応戦しようと構えて――しかし、すぐに下げた。

 下げた? なぜ? と、思うが、

 ――チャンスタイムですわ!

 隙があったら16コンボで殺せ。師匠の言葉だ。

 だから、手のひらを撃ちこんだ。胸のど真ん中。当たれば衝撃でしばらく息が止まるくらいのやつを、遠慮容赦なく。日本刀を持ってはいるが、魔術師ならば最初に呼吸を刈り取れば呪文詠唱は不可能となる。

 ずどん、と我ながら冗談みたいな音が響いた。ゲームならクリティカルの文字が出そうなほど“入った”感触がある。これなら続く15コンボも確実に入れられると、そんな確信を得た。

 1秒にも満たない時間。その時間すら、加速された僕の肉体ならば自由に扱える。まわりがゆっくりと見えるのだ。

 そこで、衝撃で帽子が吹き飛んで、相手の顔が月光に晒された。

 金髪碧眼の美少年だ。


「――あら?」


 ――というか、この方……。

 僕は慌てて15コンボをストップし、身体を急停止させる。ゆっくり見えていた時間が戻り、相手は衝撃で吹き飛んだ。


「……エドガー様? なにされてますの、こんな夜更けに……?」


 エドガー・鬼島。

 僕の婚約者が、そこにいた。





 ☆





「だから、名前がわかったとそう最初に言っただろう……」


 追いついてきて、呆れたように言う亜理紗の顔から眼を逸らして、一応言い訳を言っておく。


「話を聞かれたと思って、つい」

「つい、で婚約者を殺しかけてどうする。――どうせ殺すなら暗黒物質ぶつけてなにかに使ってからにするべきだろう」

「……! ……!」


 エドガーがなにか言いたそうに呻いているが、声には出ていない。どうしたんだろうか。まるで肺機能に問題があるかのような呻き方だけれど……。


「どうしましたの、エドガー様。声に出さなきゃなにも伝わりませんわよ?」

「いや、リリィ君、キミいま胸に思いっきり強打を……まあいいか」


 亜理紗がなにか言っているが、よくわからないので首を傾げて返しておく。

 ともあれ、ともあれだ。


「エドガー様、どうしてこんなところにいますの」

「……! ぁ…………っ!」


 呻いている。

 ――やはり、なぜか会話に支障があるご様子。ですけれど――口の動きは、別ですわね。

 見るのは、エドガーの口だ。ぱくぱくしている。少女や児童なら可愛いかもしれないけれど、エドガーではなんかこう、馬鹿にされているような気がしてくるのでよくない。

 イラッとしながら、僕は読唇術を試みた。やったことないけど。

 エドガーもこほこほと咳をしながら、こちらの意図を込んだのか、無理に声を出そうとせず、口の動きだけで見せてきた。


「…………………………………!」

「……ちょっと待ってくださいませ」


 思案する。

 ――わかりませんわね。母音だけなら、おそらく『ういおえあいおあんいあああ』だと思いますけれど……。

 しかし、エドガーとの付き合いはそれなりに長いし、ゲームでの彼の言動も知っている。彼の思考を読めば、きっと正解に近づけるはずだ。

 彼は真摯で真面目で正義感が強く、しかし家は没落寸前の華族だ。彼の家が代々受け継ぐ水属性は希少性が高く、事実上、彼は暁之宮に新たな魔術の血を受け入れるために婚約者として選ばれたわけだが――。

 ――プライドよりも現実を見据え、けれど無理をしてしまうタイプですわね。

 そして、その無理を押し通して現実を越える主人公タイプだ。

 しかし、と僕は思考に待ったをかける。

 ――百合厨。そう、彼には新たに百合厨というキャラクターが付随されていますわ。

 そのあたり、付け加えて考えるべきだ。

 ならば――冒頭の『うい』は『百合』だろう。そこから続く言葉を逆算すればいい。


「……わかりましたわ」

「え、マジでわかったのかい? すごいなリリィ君」

「最初の1節ですけれど、おそらく『百合を偉い保安イアアア』だと思いますわ」

「4文字目くらいから面倒になっていないかい……?」


 最初の1文字から面倒になってはいる。

 亜理紗は半目でこちらを見遣って、言葉を続けた。


「というか、なんだい最後の『イアアア』って。もう考えすらしてないじゃないか」

「奇声ですわ」

「いやね、リリィ君。エドガー君がいきなりそんな奇声をあげるような人に見え――そんな奇声をあげるような人に見える……! まさか正解……!?」

「……ゲホ、いや、君達、ちょっと待ってくれ!」


 と、エドガーがようやく言葉を取り戻した。掠れてはいるが。めちゃくちゃ強く撃ちこんだのに、頑丈な人だ。


「はあ、死ぬかと思った……」

「……まあ、殺す気でいきましたし……」

「私は蔦を絡めただけだから訴えるならリリィ君だけにしてくれたまえよ、エドガー君」

「くそう、やっぱりもっと遠目で見ているべきだった……! なんだこの女子たち……!」

「というか、結局、エドガー様はさきほどなんておっしゃいましたの? 答え合わせ! 早く!」

「リリィ、お前は少しでいいから被っていた猫を被りなおしてくれ……男だけに」


 げんなりしながら、エドガーは正解を口にした。


「さっきのは、『百合の気配を感じたから』と言ったんだ」

「奇声より頭おかしい返答ですわね」

「というか、僕よりも君達だ。どうしてこんな時間に、女性2人でスラムなんて危ない場所へ……ハッ、まさか吊り橋効果……? さすが蛮族タチは肉食系だ……! イアアア! たかまってきたな!」

「すごいなリリィ君、本当に奇声を上げたぞ」

「帰りたい」

「ははは、リリィ君、せめてですわ口調で言いたまえ」


 まあ、来た以上は目的を果たさないと帰る気はないけれど……肝心の妖討伐の前に、ごっそり気力を削られた気分だ。

 というか、


「少々騒ぎすぎましたわよねコレ。どうしましょう、人が集まってきますわよね?」

「ああ、それなら大丈夫だ、リリィ。妖が夜な夜な奇声を上げているそうだから、騒がしいほうにはいかないのが最近の新宿のルールらしい。新宿じゃ官憲も働こうとしないから数に入れなくて問題ない。そもそも家の中、『扉』や『門』の概念に囲われた空間に妖が無理に押し入ってくることはないから、わざわざ家から出て確かめようなんて輩はそうそういないだろう」

「なるほど……たしかにそうでしたわね。それなら安心ですわ。……ちょっと待ってくださいな」


 待て。

 それってつまり、妖を探している人間はこちらに向かってくるということじゃないのか。リュー・ノークランがこちらの騒がしさを妖と勘違いして向かってくる可能性は高い。

 ――というか、それ以上に――!

 妖が。

 人造妖魔の気配に当てられて刺激された妖が。

 人の気配を感じたならば。

 どうなるだろうか。


「……総員、戦闘準備! 妖と中二病患者が来ますわよ! うう、欲を出さずにラーメンとビジネスだけに絞っていればよかったですわよね! 責任者どこですの……!?」

「キミだよ! というか私は戦闘を契約内容に入れた覚えはないんだけれど……しかも、私の術式は戦闘用じゃないんだけれど……。まあ、姫を守るのも騎士の務めと考えようか」


 そうでもしないとやってられそうにないな、と呟いて亜理紗は苦笑した。

 そんな亜理紗を見て、私もつられて苦笑した。


「……ええ、わたくしの騎士。ちゃんと守ってくださいませ」

「承った。任せてくれたまえ、私の姫よ」


 ひゅうるり、と風が鳴った。空の端から、なにか光る球のようなものがこちらに向かってきている――それも、群れで。妖だ。視界の端で「主従百合尊い……!」とか言ってる男も妖扱いして打撃いれていいだろうか。

 ……でも、なんというか。

 不謹慎かもしれなけれど、この瞬間。

 僕はわずかに、危機感と共に楽しさを感じていた。前世の記憶の中にある、友達と馬鹿をやっているときのような――そんな楽しさを。





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