ラーメン編『スープを作ろう! 畜生街道激闘伝』‐6
授業は正直退屈である。
魔術的にどうのこうのという話をしているが、なんのことはない、宗教と自然の話である。確かに魔術を扱うにあたってそれらは必要な要素ではあるけれど、あくまでもゲーム的に理解するならば、不必要な知識ともいえる。
――わたくしの場合、術式系統はイングランドが源流でー、だとか炎の精霊との同調がー、とか言えますけれど、ようするにMP消費して呪文唱えたら火が出るだけですもの。
けれど、今さらになってこの世界の設定が興味深い。
ゲームでは、この学校はただ単に『魔術学院』としか呼ばれていなかった。15歳で入学し3年間を過ごす学校なので、高校だと思っていたのだが、正確には違う。
この世界においても、大正という時代は教育が前世ほど普遍的なものではなかった。
多くのものは初等教育にあたる尋常小学校を出れば働くのみ。その後、中等教育をクリアしたものが高等教育に進めるのだが――この時代、高等教育とはすなわち2000年代の大学教育に当たる。
本来、大正時代に15歳から入れる高等教育機関はないはずなのだけれど、まるでゲームの設定にむりやり世界を合わせたかのように、この学校だけが15歳から入学可能なのだ。
――というのは、うがちすぎた考え方ですわね。
この世界を創った神のような存在がいるならば話は別だけれど。
前述の通り、大学に相当する魔術学院は教室を選んで受講するタイプの学校だ。
退屈ではあるけれど、それでも暁之宮家の令嬢として、真面目に授業を受ける。
同じクラスをエドガー(学年がひとつ上だけれど、時間割さえ合えば受けられるようだ)も受講しているけれど、いくら婚約者とはいえ一緒に受講するのははしたないので、しない。
――今さら令嬢ぶっても、という気もしますけれど。
苦笑する。と、教授と目があい、慌てて顔を引き締めるのであった。
さて、授業後。教室の外の廊下で、エドガーに呼びかけられた。
「――やあ、リリィ。昨日は一緒に帰ったらしいね」
誰と、とは言わない。わかっているのだろう。
「ごきげんよう、エドガー様。ええ、一緒に帰りましたわ。彼女をわたくしの従者にすることにしましたの」
「へえ。じゃあ、騎士の礼を受け入れたわけだな。尊い」
「違いますわよ、ただ有用だから雇っただけですわ」
「でも、登校も同じ馬車だったそうじゃないか。尊い。ただの従者にそこまでするかい?」
「会話の合間に尊いって挟むのやめてくださいません?」
正直気持ち悪いですわよ、と言いかけたが、令嬢っぽくないのでやめた。
――と。
エドガーの背後、廊下の曲がり角から、褐色の少女が現れた。
噂をすれば、というやつだ。この後一緒にある場所に行く予定なので、合流する予定だったのだけれど、ちょうどいい。
「失礼、リリィ君。遅れてしまった。それと、エドガー・鬼島様――ごきげんようと挨拶したほうが良いでしょうか?」
「いいや、別に構わないよ、セントラルさん。敬語も無理に使う必要はないよ?」
「そうかい。では、お言葉に甘えよう」
紳士的だがマナーにうるさくないエドガーと、紳士的だがマナーを知らない亜理紗は相性が良いように思える。
そこで、ふと、エドガーがなにかを目ざとく見つけた。
「ん? セントラル君、なにやら首筋に――うっすらとだが――痣のようなものが……あっ」
こちらを見る。
「……いや、みなまで言わなくていいよ、リリィ。僕はわかっているからね……!」
「そのネタはもう彌生がやりましたから、二度ネタですわよ。失格……!」
「リリィ君、ネタ批評よりも事実誤認を訂正したほうがよいのではないかね?」
というか、数時間残るくらい強く吸い付いたのか、僕は。
恥ずかしい。
「……まあ、エドガー様が考えているようなことではありませんわよ。少し馬車がゆれてぶつけただけですもの」
「ふむ。まあ、そういうことにしておこう」
それはそういうことにしておかない人間の言い方だ。
なんだか急激に面倒になってきたので、僕は早々に立ち去ることにした。予定もあるし。
「では、エドガー様、わたくしたち、これから少々行くところがございますので、失礼いたしますわね」
「行くところ?」
エドガーは眉を顰めた。
「それはセントラル君とデート、ということかい?」
「違いますわよ。エドガー様、少しは自重なさってくださいな。仮にも鬼島家の長男で、わたくしの許嫁なのですから……」
「善処しよう。だがゆめゆめ忘れないでくれ。――僕は同性との遊びは浮気とは思わないということを」
「むしろ婚約者としては忘れたい事実ですわよね、それ……」
それに、行く場所が行く場所だ。デートらしさは微塵もない。
僕らがこれから向かう場所――それは。
「そういえば、エドガー様はご存知かしら。あまり綺麗な名前の場所ではないので、学校では口にしたくないのですけれど――畜生街道という場所ですわ」




