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「お願い。あなたにしか頼めないの」

 自分の部屋にこっそりとグェンを呼び出し、ジュジュは手を合わせてすがるように頼み込んでいた。

 部屋に置かれたランプから発せられる暖色の光が、ジュジュの真剣な瞳に入り込んでは、心の炎を燃やすようにその心情を表していた。

 あどけなさと、一生懸命すがるその瞳に圧倒され、グェンの視線が定まらず揺れている。

「ジュネッタージュ様、そんな恐れ多いこと……」

「わかってるわ。これが許されないことぐらい。でも信じて、必ず戻ってくるわ」

「いつお戻りになられるのですか」

 ジュジュは少し迷うように考え込んでから言った。

「うーん、そうね、はっきりと決めるのは難しいわ。自分でその時が判断できれば、いつでも戻ってくるわ。でもあんまり長くここを離れるのもよくないのもわかってるわ。期限を決めるなら、来年の自分の誕生日ってことでどうかしら」

「一年後ですか? そんなに長く」

「あなたには長いかも知れないけど、私には一瞬の時になるわ。本当ならここから逃げ出したいくらいだけど、それはできない。私にも王女としての責任があるから。だからほんの一時でも、自由になって好きな人を追いかけたいの」

「それでは、ジュネッタージュ様は好きな人がいらっしゃるってことですか?」

「ええ、いるわ」

「だったらその方を明日のパーティにお連れすれば、簡単じゃないですか」

「私はそんなの嫌なの。王女としての身分を見せて私を愛せだなんて、私は満足できないわ。そんな肩書きに捉われずに、私自身を好きになってほしいの」

「という事は、相手は王女様という事を知らないんですね」

「それ以前に、まだ私の事をよく知らないでいるわ」

「えっ?」

「私、その人に出会ったときに、その、なんていうか、一目ぼれ? ……しちゃったの。この人だってビビビってきちゃって。それなら、この恋に掛けてみたくなって」

「でも、もし、その人が思うように王女様を好きにならなかったらどうするんですか?」

「その時は…… 諦めるわ。そして大人しくこの王国を守るために相応しい殿方を選ぶわ」

「ジュネッタージュ様……」

 ジュジュの長い睫が寂しく下を向き、それがグェンの同情を買った。

「わかりました。それなら、私も協力させて頂きます。ジュネッタージュ様が安全にここを離れられるまで私はこの部屋で、ジュネッタージュ様のフリをすればいいだけですね」

「ありがとう、グェン。感謝するわ」

「ジュネッタージュ様、くれぐれもお体にはお気をつけ下さい。もし危ないと思われたら、すぐに避難してここに戻ってくることだけは私に約束して下さい」

「わかったわ。約束する」

 そうして、二人は着ているものを交換し、ジュジュはグェンの服を着て、用意していたロープをベッドの下から取り出し、ベッドの足に通してから結び目をしっかり作ってそれを窓の外に垂らした。

「カーラの授業が役に立ったわ。常に危機感を持ち、いざという時は勇気を出して行動することを教えられたわ。そして、このロープの結び方も非常時のためにと練習させられた」

「あのカーラが教えたんですか?」

 びっくりしているグェンを尻目にジュジュはすでに窓に足をかけていた。

「カーラは私が女だからと言って妥協せずに、なんでも教えてくれた。もちろん厳しくて辛かった時があったけど、私がこんな大胆な事を考え付いたのもカー ラの教えがあったから。『欲しいと思ったら努力を惜しまず、行動すること。なんでも人から与えられるだけでは成長しません』なんてしょっちゅう言われなが ら、教え込まれた」

「カーラは自立目的で、それとは違う意味で言ったのでは……」

 グェンは苦笑いになりながら、この状況を見守っていた。

「ううん、カーラこそ私に自由を一番与えたがってた人よ。私がなんでも一人でできるようになるために、だから教える時は本気を出して厳しかったと思う。でも感謝してるわ」

 なんでも前向きに捉えるジュジュの言葉に、グェンは優しく微笑んだ。

 ジュジュの逃亡を助けたことで、この先責任が圧し掛かり責められるのに、グェンはそれよりもジュジュを応援せずにはいられなかった。

「ジュネッタージュ様、どうかお気をつけて」

「ええ、それじゃ行ってきまーす」

 ジュジュは、二階の窓から怖がらず、壁伝いにロープを手にして降りていった。

 その姿は勇ましく、立派だった。

 グェンは暗くなった外を上から覗き込む。

 ジュジュは下で元気に手を振った後、庭から裏の林へと颯爽と走っていく姿がぼんやりと浮かんでいた。

 自分の思うまま飛び跳ねるように、風を切って暗闇の中へ駆けて行くジュジュの走りっぷりを見ていると、グェンは願わずにはいられない。

「とことん走って下さい。自分の夢を掴むまで」

 その時は全てが上手くいくと、グェンは信じてならなかった。

 だが、パーティの当日の朝を向かえ、その時になって初めて、朝日が差し込んだジュジュの部屋にいる自分に恐れをなしてしまったということだった。


 ジュジュが居なくなったお城で、誰もがうろたえているのに、カーラだけが従容としている姿は、どこか不思議でならない。

 やはりジュジュの言うとおり、カーラはジュジュがこうなることを知っていて教育していたのだろうか。

 一番棘を持った言葉で責められると思っていた人物が寡黙でいたことに、グェンは少し落ち着きを取り戻した。

 それよりも、常に優しくジュジュに接していたエボニーに激しく責められ、驚いていた。

 エボニーは涙を溜めながら、この状況を酷く心配している。

 その気持ちもわからないではなかったので、余計に罪悪感に苛まれてしまった。

「なぜ私に一言相談してくれなかったのかしら」

 先生、生徒を越えて仲がよかっただけに、エボニーにしたら裏切られた気持ちがあったのだろう。

 いつもは優しい人なのに、この時ばかりは体に力をこめて憤慨しているようだった。

 ジュジュがこの城に居ないことで、グェンがその影武者になることになってしまったが、カーラはきつい目ながらも、そこに信頼するとばかりに見つめていた。

 先ほどまで恐れ多いことをして恐怖に慄いていた気持ちが不思議と払拭され、やらなければならない使命に燃えるようだった。

 カーラはただ厳しいだけじゃなく、その状況をすぐに飲み込み、一番いい方法を導き出している。

 起こってしまったものは仕方がないと言ったのは、すでに先を読んで行動しているからだった。

 ジュジュもきっとカーラの教えがその先に必ず役立つと知っていたから、厳しくとも耐えられたのに違いない。

 ジュジュが感じ取っていたカーラの事が、グェンにもわかるような気がした。

 グェンはカーラを見つめ返し、無言ながらも目で訴える。

 ──あなたはもしかしてこうなることをわかっていたのでは?

 それが通じたのか、カーラの口元が微かに動いて、それが微笑んでいるようにグェンは思えた。

 しかし、それは自分が心で思いこんでそう見えただけかもしれなかった。

 実際、カーラの真意を確かめる事はできなかったが、ジュジュのためにもグェンはこの一年間影武者になろうと覚悟を決めた。

 ジュジュがこの城を去った理由をエボニーに問われたが、グェンはその理由は言わない方がいいと判断し、何もわからないままを突き通す。

 必ず戻ってくるのを強調するために、一年後に戻ってくる約束を交わしたことだけは伝えていた。

 全てが無事に終わることを願って、ジュジュの城の脱走の理由は誰にも明かさなかった。

 しかし、勘のいい者にはすでに気がついている様子だった。

 

 ジュジュがいない事を、その両親である女王陛下と王配殿下に誰が伝えるか、それはカーラしかできないと、皆一斉にカーラにその責任を押し付けた。

 カーラだけが顔色一つ変えずに冷静でいられることが、頼もしくもあり、不自然でもあり、不気味でもあった。

 教師という役職柄、無理に冷静のフリをしているのではと疑って見ているものもいる。

 少なくとも取り乱しているエボニーにとって、カーラの泰然自若な態度は鼻についていた。

 カーラは一人静かに廊下を進み、パーティ会場となっている大ホールへ向かう。

 その先の廊下の角を曲がったところで、誰もいない事を確認すると、ふっと息が漏れていた。

 そして口元に手を当て、空気が漏れるようにクククと笑って、それを堪えるのに肩を震わしている。

 カーラをよく知るものが見れば、その態度は似つかわしくなかったが、カーラはこの事態にあまり困ってない事は確かだった。

「さて、なんとご報告すればよいものか」

 その時の驚きを楽しむように、カーラは堂々と入り口のドアを開けた。

 大ホールでは熱気と共に、まだかまだかと、王女の登場をワクワクして待ち望んでいる男達の顔がそこで束になっている。

 王女が姿を現す予定の入り口からカーラが現れると、太陽の光を追うひまわりのごとく一斉に向きを揃えて注目した。

 カーラはその注目に物怖じせずに、まっすぐにジュジュの両親の前に向かった。

 そこで二人に耳打ちをすると、目を一瞬見開いて驚いたが、その後は二人は顔を合わせて、何かを悟ったようにお互い納得した顔を見せ合った。

 ただ、そこに集まったゲストに申し訳ないという気持ちがあり、最後は眉を下げるように困った表情になっていた。

 その様子はそこに居たものに見られている以上、説明をする義務があり、女王は立ち上がり、コホンと一度喉の調子を整え、そして良く通る声でそこに居た者達に呼びかけた。

「皆さん、王女のためにお集まり、誠に感謝します。しかし、残念なニュースが入りました。ジュネッタージュ王女は、このパーティに参加することができなくなりました」

 そのニュースを聞くや否や、周りが急にざわめきだした。そのざわめきが落ち着くまで女王は暫く話すのを控える。

 再び観衆が理由を知りたいと、静かになったとき、女王は語りだした。

「ジュネッタージュ王女は、急病のためパーティを祝う状態ではありません」

 女王自身それが嘘なのはわかっているが、ここは建前上そうするしかなかった。

 男たちは、急病と知って心配の眼差しを向けている。

 嘘をつくことは心苦しく、一層罪悪感が募り、女王もまたその後言葉に詰まってしまい、少し俯き加減になってしまった。

 そこに助け舟を出そうと、王配殿下が立ち上がり、女王を気遣いだした。

 それがまるで王女の体調の悪さに悲しみで打ちひしがれてるようで、本当の理由を知らない者達は、重病なのではと疑ってしまった。

 その後は王配殿下が続けた。

「お集まりの皆さん。折角駆けつけて下さったのに、申し訳ない思いです。今日はとても大切な日でしたが、また必ず皆さんにお集まり頂く機会を用意しますので、その時まで待って頂きたい」

 それを言った後、世話係たちが現れ、女王達を退場させようと施した。

 二人にとってそそくさとその場から立ち去る事は助かったが、後ろめたいだけに背中を丸めて哀愁が漂っている。

 その姿は見るものに、さらに誤解を生じさせた。

「ジュネッタージュ王女はかなり体調が悪く、重病に違いない」

 誰しも『重病』という言葉を口に出し、いつしかそれが事実と決め付けられて広がっていった。

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