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その戦いの結末は

「トーケルとスティーグだな!」

 ヴィルヘルムが叫びながら剣を抜いて構えた。

「なかなかの勘をしてる奴だ」

 トーケルがそういって舌打ちをすると、二度目の術を編み始めた。ヴィルヘルムは間合いを詰めようとしたが、それを遮るようにしてアスタが術を放つ。トーケルの雷とアスタの風がヴィルヘルムの前で壁を創るように衝突し、風で散らされた雷がきらめきながら四方に散らばった。

「風で散らすなど……!」

 アスタはまだ本気を出さずに様子をうかがっていた。術を編むときに一つの言語を使うのが最も効率よく力を発揮できる。

 神殿の術は基本的に純粋なベルシュ語で組まれていることが多いのだが、おそらくトーケルもスティーグもオルヴァーが魔石に利用した理論を知っているに違いない。トーケルの術はあえてベルシュ語とビア語が混ぜられて構成されている。

 オルヴァーは魔石理論を公表した際に、重大な嘘を織り交ぜた。それは人類の研究を五十年遅らせるとされた”大嘘”だ。それは、二言語以上を混ぜて使えば魔力効率がよくなるという嘘だった。

 アスタはそれを知っていて、あえて無理をして三言語を織り交ぜて使っている。しかしトーケルは本当に魔力効率がよくなると信じて二言語を混ぜて使っているのだろう。

「こんなことをして、ただで済むと思ってるのか!」

 ヴィルヘルムがじりじりと間合いを詰めながら叫ぶと、トーケルがふんと鼻を鳴らして笑ったあと、まけじと叫び返した。

「ふん! まだまだ顔を知られていない新首相が死んだところで、大した事件になりはしない」

「新首相?」

 思わず小さな声でつぶやいたアスタは、ヴィルヘルムの背中を見つめた。そしてわずか三秒だけ考えた後、自分のすべきことを開始した。

「暗殺が成功しても、大神官の地位は剥奪されるぞ!」

「この青二才が!」

 トーケルが叫び終えると同時に、雷を放った。そしてそれまで攻撃をしていなかったスティーグが前に出てトーケルに続き炎を放つ。

 その二つの攻撃をヴィルヘルムは後ろに跳ぶことで避けた。

「くそ……」

 なかなか思うように二人に近づけないことにいら立ち、ヴィルヘルムはアスタの方を振り向いた。すると、アスタの後方に迫る三つ影に気づき、反射的にそちらに向かって走り出す。

 一方、アスタは少し大がかりな術を組んでいたので、ヴィルヘルムが自分に向かって走り出してきても、その場を動くことができなかった。おそらく自分の背後に何かが迫っていることに気づきながらも、アスタは全く表情も変えず、集中を乱すことなく術を構成し続けた。

 アスタの右耳からわずか数十センチのところで、二本の剣がかち合った。ヴィルヘルムは突進してきた勢いのまま相手に突っ込み、その剣を弾き飛ばすと、蹴りを入れて昏倒させた。その後アスタと背中合わせに立つと、後ろに向かって叫んだ。

「そっちは頼んだ!」

 ヴィルヘルムの叫び声と同時に、地を揺るがすような轟音が鳴り響き、暑い熱風が彼の髪を揺らした。しかしヴィルヘルムは後ろを振り返ることはなく、目の前に対峙する二人の男のすきをついて攻撃に転じた。もしアスタが見ていれば、ヴィルヘルムが政府の人間ではなく、軍人だと気づくことができただろう。

 しかしアスタは自らが構築した術を維持するのに必死で、後ろの戦いにはまったく気が向いていなかった。彼女の作り上げた術はトーケルとスティーグの体を爆風で吹き飛ばした上に、彼らが作り上げた術にヒビをいれた。

 それを視認したアスタは、トーケルとスティーグの状態を確認するよりもさきに、自らが作った相手の術のほころびから、異常事態を知らせるための炎を打ち上げた。

「やはりお前は……」

 すでに戦いを終えていたヴィルヘルムは、アスタの魔術の規模を見て小さくつぶやく。アスタはそのつぶやきを聞き取ったが、あえて無視してこういった。

「まさかあなたが新首相だったなんて思いもしませんでした。新聞はきちんと読むべきですね」

「それは……」

「ヴィルヘルム殿! これは……」

 騒ぎを聞きつけて駆け付けたのは、軍部の頂点に君臨する三人だ。

 ブルーノは火傷を負ったトーケルが最期の一撃を放とうとするのを見た。そしてそれを反射的に魔術で止めると、まだ気を失っているスティーグとともに捕縛するように部下に命じた。

「大神官の地位が惜しかったようですね」

 剣を鞘に納めたヴィルヘルムはブルーノに近づいてそう言った。アスタは悩んだ末にヴィルヘルムの後ろについていくことを選んだ。

 まだ残っている術を見つめながらブルーノはしばし考えてから、アスタを見た。

「彼らの術を破ったのはあなたですか?」

「……ええ。何か不都合なことでも? ここには川もありませんから、都合の悪いことを流すこともできませんが」

 アスタは挑発するかのように言った。ヴィルヘルムは意味が分からずにブルーノの顔色を窺うと、彼の顔から血の気が引いていくのが分かった。 

「不都合なことは何もありません。ただ、一般人であるあなたを巻き込んでしまって申し訳なく思います」

「そうでしょう。不都合なんてあるはずも在りませんね。新首相も、あなたも、神殿権力の剥奪を望んでいたのでしょう? 神殿がこんな不祥事を起こしてくれて万々歳。一般人の被害もなかったのですから。あってもなかったことにしたのでしょうけれど」

 今度は何故かベルシュ語に切り替えてアスタが早口でまくしたてた。さすがのヴィルヘルムも何かがおかしいと気づき、どう行動すべきか思案し始めた。

 しかしここで警備兵の一人が話を遮った。

「ヴィルヘルム首相、ブルーノ総帥。この会場にいた客はみな非難するように誘導しています。ビア=ラクテアの統一を祝う席での不祥事ですので、これから押し寄せるであろう記者への対応をお願いしたいのですが……」

「……わかった。すぐに行く」

 アスタのほうを気遣わしげに見た後、ブルーノは踵を返して駅の正面入り口のほうへと歩いていく。

「一緒に来てくれ。念のため医療班に診てもらってほしい」

「……わかりました」

 様子がおかしいアスタに声をかけた後、ヴィルヘルムは後ろを気遣いながらも、ブルーノの後を負った。



 





 大神官二人による新首相襲撃事件は、ビア=ラクテアを揺るがす大ニュースだ。その大ニュースを記者たちが文章に起こして新聞の草案を上げている頃、様々な予定を切り上げて、特別列車は再び走り出した。

 ビア=ラクテア連合国になった事を祝うための席で起こった事件は、少なくはないダメージを政府に与えたものの、大神官二人が結託してくれたことにより、ビアとラクテアの抗争という図だけは避けられた。そのため、とにかく事件が全国民に伝わる前に列車を動かし、どうにかこの特別列車の運行だけは成し遂げようと言う政府の人間たちの意向によって、列車は動き出したのだった。

 あれほどの事件があったとは思えないほど穏やかな空模様を見つめながら、列車の展望台にいたアスタは、小さくため息をついた。

 ブルーノの反応から、彼が母親を裏切ったその人なのだと確信はしていた。しかしながら、これでアスタは遠回しにセルマの生存を彼に伝えてしまったことになる。

 ラクテア軍の総帥ならまだしも、連合国軍総帥となれば各方面に顔が利くはずだ。彼が本気になればアスタの素性を洗い上げることは可能だろう。そうなればセルマの居場所も分かってしまう。

 ラクテア軍としては、英雄として死んだセルマ・エクダルに手を出す理由は全く持ってないはずだが、今の彼女はセルマ・アッペルグレーンである。ラクテア人がビア人だと思われているセルマを殺すのは問題になるので、もし暗殺する気ならば何かしら理由をでっちあげるだろう。

 たとえばセルマが戦争時代に国を裏切った大悪党である、とか。

 しかしここまで考えてからアスタは首を横に振った。

 一つの疑問がアスタの頭を離れなかったからである。

「問題は、どうして殺さなかったかだわ」

 そして自問自答で終わるはずだったその疑問に答えた人がいた。

「良心の呵責ですよ」

 アスタは反射的に振り返ると、そこにはブルーノがいた。

「あら、口止めしに来たの?」

 アスタは強気でそう言ったが、ブルーノが容赦なく距離を詰めてくるのを見て、内心では焦っていた。彼は軍人で、自分は一般人だ。母親から護身術は一通り習っているが、軍の総帥になるような人間が、本気で自分を殺そうと思っているのだったら通用しないかもしれない。

「セルマ・エクダルの娘なんですね? つまり、彼女は生きているのですね?」

「ええ。両親ともに健在だから」

「あなたの氏はなんというのですか?」

 ブルーノは手を伸ばしてもぎりぎり届かない距離でぴたりと歩みを止め、穏やかな声で問いかけてきた。

「言うと思う?」

「私が調べられないと思いますか?」

 それはさきほどアスタも懸念していたことだ。そしてそれに対する答えはすでに出ている。

「オルヴァー・アッペルグレーン。この列車を作った魔石研究の第一人者よ」

「ラクテア人の私でも知っています。彼のおかげで非常にビア=ラクテアは文明化が進みました」

「それで、何が目的? 炎の華と呼ばれた女の娘よ。簡単に殺せるなんて思わないで!」

 アスタはそういって後ろに飛びずさると、術式を組み上げようとした。しかしその行動を読んでいたかのような素早さでブルーノは間を詰めると、アスタの右手を掴んだ。


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