表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姪御×王子  作者: 味醂味林檎
第一章 そよ風の魔女
8/58

第六話

 イースイルやネビューリオの生母ロラン妃の実家は、レテノア王国の創成期から続くような古い家柄の妖精貴族だ。王妃を輩出した名家であり、他にもレテノアの有力な貴族たちと繋がりを持つ家系である。それは直接の血縁であったり、支援をしている相手であったりと様々なかたちだが、ロランを決して無視できない者たちだ。

「ネビューリオ王女が王になれば力のある貴族たちが彼女の味方につく。温厚な性格の彼女ならば積極的に他国の戦争に加担しようとはまず考えないはずです――この二年のうちに心根が変わっていなければ、ですが」

 王の代理であるネビューリオ王女は、しかしまだ正式な王ではない。彼女が最も時期国王に近いというだけで、他に王の候補がいないわけではなく、今の妖精の政治は完全な一枚岩ではない。

(貴族の暗殺事件ってのも珍しくない話だ、色々派閥ができてんのはミュウスタットだけの話じゃない)

 立場上はトップであるネビューリオは成人も迎えていない少女であり、フェルマ公爵とミルディア王女の補佐があってようやく王代理として機能している現状では、彼女自身の意思だけで決まることは決して多くない。その二人の補佐も、それが悪いというわけではないが彼女の意思で決まったものではなく、周りの政治家たちによって決められたものだった。

 正式な王として即位すれば、補佐役を決めるのにも彼女の自由が利くようになり、国の舵取りにも自分の意思を反映できるようになる。ミュウスタットから不利益を被るような要求を受けたとしても、それを拒否し、迅速に対応できるようになるというわけだ。

「けど、王女を王にするって言っても具体的にはどうするつもりだ? 国王はまだ退位してねえし、妖精お得意の魔法医療で延命してるって聞いてるが」

「王の選定を早めさせる――それができれば理想的です。早く次の王を選ぶべきだと、世論や王宮を牛耳る貴族たちがそう考えていると伝われば、老い先短い国王がそれを拒むことはないはずだ。ネビューリオを王にする、その流れを作るために、信頼のおける貴族に協力を仰ぎたいと思うのですが……」

 徐々に言葉が尻すぼみになっていく。不安が顔に滲み出ている――それをやりきれるという自信が、イースイルにはないのだ。

(女神祭のときに潜り込むってのはあんまりだもんなア……)

 素性を隠して貴族に近づくということ自体がまず困難である。いくら王宮の庭が一般に開かれて侵入しやすくなったとしても、基本的に貴族が怪しい者を近づけさせるはずがない。たとえ近づけるルートがあったとしても、途中で誰かに見つかってしまう確率が高い。そしてその時の発見者がイースイルの味方であるとも限らないのだ。

「妖精は王家に連なる優れた妖精を王にする仕来りでありましたな。であれば、王の選定では至上の妖精たるネビューリオ王女が確実に次の王に選ばれる……か。他に競争する相手がまだ何人かいたはずだが」

 テオが思い返そうと顎を触りながら思考する。オーウェンが「直系の王女が二人もおいでですから、他の血縁から選ぶ必要はないのでは?」と言うとそれはイースイルが否定した。

「そういうわけでもありません。より優れた妖精を選ぼうとすると、候補はもっと増える。同じ王女でも、ネビューリオは魔法医療の天才ですが、ミルディアにはそこまでの才能はありません。他の妖精貴族のほうがずっと優秀な者が何人もいます。上に立つ者としての才覚も含めて考えるとまた話は変わります」

「王の選定も簡単な話じゃねえんだな」

「はい。尤も、次期国王になるような世代の者となると、私の知る限りでは有力な候補といえるのはフェルマ公爵くらいのものですが……」

 そう語るイースイルは、ミルディア王女は選択肢として考えていないようだった。

(ミルディア王女じゃ駄目な理由ってのがあるのかねェ)

 ロズは以前新聞や雑誌のニュースに取り上げられていたミルディアを思い出す。

 ネビューリオの補佐として政治の舞台に立つ若き姫君。彼女は現国王の側室グレネ妃の娘であり、今年十九になるネビューリオの腹違いの姉にしてイースイルの妹。妖精の長い寿命を考えるととても若いが、レテノアの法律では既に成人している年齢である。レテノアの古い習慣で成人する者は予言を受けることになっているが、ミルディア王女は「大抵のことは思いどおりになる」と告げられたとされている。

(予言が当たってるなら、今のレテノアの政治もミルディア王女の思いどおりになっているのか……?)

 フェルマ公爵が他国の技術に興味を持っていることもあって、最近のレテノアでは新技術を取り入れることに積極的になってきている。

 かつてレテノアでは技術といえば古い時代の遺品や魔族の職人たちが作りだす魔術品だった。魔術品は作り上げる際に魔術が絡むため魔族にしか生み出すことができないが、使用することについては妖精でも人間でも扱える道具である。人々の生活に非常に身近なものであり、水道や火といった人々のライフラインとなるものにも管理のために魔術品が使われているほどだ。

 しかしながら、魔術品を作りだせるのが魔族だけであり、その魔族も誰もが同じ品物を作りだせるわけではないところが問題視されるようになった。より豊かな生活のために優れた魔術品を誰もが欲しがるが、職人の数は限られている。需要に供給が追い付かないのだ。そこで注目を浴びたのが技術の開拓のために種族を問わない科学だった。

 現在では蒸気機関の船や鉄道といった交通手段の整備が進められ、未だ魔術品が生活の中心になっているとはいえ、海外から色々な機械が輸入されて一般庶民にも浸透し始めている。ミルディアの主導で飛空船の導入計画も進められており、これからは空の便も移動手段となっていくはずだ。そこに反対意見が出なかったわけではないが、反対派の筆頭だった妖精貴族が急死してからは牽制されることもなくなった。

 こうした動きを見るとネビューリオよりも派手、というかよく目立つ。全てミルディアの思うままに動いているというのなら、その理由もロズは何とはなしに納得できるような気がした。そこに少しばかりきな臭いものを感じなくもない。考えすぎと言われればそれまでだが、最近続く貴族の不審死はミルディアにとって都合がよいようだ。大抵のことは思いどおりに――まさに予言のとおりというわけだが、どうにも上手くいきすぎた話のような感覚がする。

「話はわかりました」

 テオが言った。果たしてロズと同じ感想を抱いているかは定かではないが、その声にイースイルを拒絶する色はなかった。

「レテノアの民を守ることこそが我々魔界貴族の役目。振りかかる火の粉は払わねば」

「烈風魔王……」

「――とはいえ、我ら魔族があからさまに特定の妖精に肩入れすることはできない。現状の魔族の待遇に不満はないから、魔界が動く理由がないのです」

 魔族は妖精の王家に仕え、領土を与えられ自治を認められている。その点に問題がない以上は妖精の政治に口を出す理由はほとんどないに等しい。レテノアが戦争に巻き込まれた場合に真っ先に戦いの場に出るのが魔族であるため、不要な争いは避けるべきではあるのだが、イースイルのもたらした情報だけでは弱いのも本当の話だった。魔族が直接確かめたわけではなく、この話を持ちだしてもはぐらかされてしまうかもしれない。今後の魔族の待遇に関わるかもしれないことだ――迂闊に表立って目をつけられるような行動は取れない。

「魔界を動かすことは容易ではないが、我が姪が個人的に何かする分にはさしたる問題にもなりますまい。ロズは妖精交じりですから、妖精の政治に首を突っ込んでもおかしいところはない」

 それはつまり、魔界としてはイースイルのやりたいことに関与する気はないが、ロズが自己判断で関わる分には支援もしないが咎めもしないということだ。情報収集は必要なことではあるが、積極的に動くことが難しい魔界にとって、ロズは自由に動かせる駒であり、いざというときには真っ先に切り捨てることもできる。上手くいけば妖精の内情を探り政治に口出しするきっかけを作ることができ、万が一失敗しても魔界にとって重要な損失にはならない――ロズは魔王の姪だが、決して魔王候補ではないからだ。

「だってよイース。俺たちで勝手にやるっきゃねえなア」

 そう言いつつ、タルトを口に入れる。さくさくとした生地とやわらかい林檎の組み合わせは絶品だ。口の中に林檎の甘酸っぱさが広がる。

「む。なかなかに美味」

「あ、あの、ロズさん……手伝ってくれるんです、か?」

 イースイルが言った。その答えは是だった。口の中のタルトを咀嚼してごくりと飲み込み、ロズは頷いた。

「イースが望むかたちかは知らん。だが元々あんたを拾ってきたのは俺だし、ジジイはその辺俺が勝手にやる分には文句ねえっぽいし。むしろ俺に色々やらせる気満々だよな」

「おや、よくわかっているじゃないか。結婚を嫌がるのなら他の手段で立派に魔界のために貢献してくれたまえ」

 きっぱりと言い切られ、いっそ清々しささえある。ロズは政略結婚から逃れるために百体の害獣を狩ったが、もしかしたらこれはこれで面倒くさいことを背負ったのかもしれなかった。そもそもそんなことが関係なくとも魔王ならば何かしら理由をつけてロズを使っただろう――使い勝手がいいことは間違いないのだ。魔王の姪という血筋も、妖精交じりであることも色々な面で都合が良い。

「吾輩にもできることがあればお手伝いするのですが」

 オーウェンが申し出る。妖精とも共存する魔物は数多くいるが、元々魔物とは人とは違う生き方をするものである。オーウェンが魔界伯爵という立場にあるのは、共存していくうえで魔物たちを取りまとめる役が求められたからだが、魔界側の立場であり彼が政治的意図をもって直接妖精に関与することは難しい。

「お気持ちだけでもありがたい、オースリー伯爵」

 イースイルがほっとしたように息をつく。ロズは元から彼を匿い協力してやる気でいたが、協力については曖昧だった。とりあえずはロズが動くことは許しが出た――というよりは妖精に近づくよう命令されたとも取れるのだが、イースイルにとっては重大なことだろう。

「オッさんのことは無理強いしない程度に頼らせてもらうとするぜ――っと、イース、あんた大丈夫か?」

 椅子に座っているままのイースイルの体がふらりと揺れたように見えて、咄嗟に肩を支える。本人も驚いているようで、目を丸くしていた。

「すみません……」

「いや、旅の疲れが出たんだろう。気づかなくて悪かったな。少し休んだ方がいい――そういうわけだ。イースを客室に連れてく」

「ああ、殿下、ゆっくり体を休めるとよろしい」

 ロズはまだ少しふらつくイースイルの体を支えつつ、魔王の部屋を出ていく。その後ろ姿を見つめながら、テオがぽつりと呟いた。

「あの子が世話を焼きたがる男が存在するとは……」

「姫様とイース殿は気が合うようでございますね」

「……ロズが殿下を魔界に引き込んでくれることを期待しよう。ロズは魔術師の親には向かんが、あの様子なら魔界寄りの妖精の親にはなれるかもしれない」

「そういうところが姫様に嫌われるのだと思いますぞ」

 オーウェンは呆れたように肩をすくめた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ