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姪御×王子  作者: 味醂味林檎
第一章 そよ風の魔女
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第四話

 オーウェンが馬車を調達していたので、魔王城まではイースイルはそれにオーウェンと相乗りすることになった。ロズにはバイクがある。オーウェンの馬車にバイクを積めないわけではないが、積まなければならない理由もないので並走することになる。ロズは馬車に揺られるより、バイクで風を感じるほうが好きだった。

「今日は魔王城に顔を出す。ベルク城に行くのは後からだが、明日になるかもな。女神祭まではまだ日数もあるし別にいいよな?」

「それは問題ありませんが、私が突然お邪魔してもよいものでしょうか」

「どうせ部屋なんか有り余ってんだから気にしなくていい」

「姫様、事実でも言い方を考えてくださいませ」

「烈風魔王は懐が広いからイースが心配することなんか何もないぜ。でも一応フードでも被って顔隠してたほうがいいな。お前のローブにフードあるだろ。使用人とか色々出入りしてっから、一応目立たないようにな」

「はい」

 そうして、早朝にフーチェ村を出発した。

(イースには余計な悩みのタネをやっちまったかな)

 昨夜のプロポーズの返事は、まだ貰っていない。

 実際には結婚の申し込みというよりは取引の提案だった。互いに前世がどうこうということを隠さなくてもいい。ロズにとっては結婚に関して魔王から口出しされずに済むようになるうえ、イースイルは妖精の元王子であり、上手くすれば妖精王家と何かあった際の交渉のネタにできるという利点がある。加えて純血の、それも王になると言われていたほどの魔法医療の才能を持つ妖精とくれば、確保しておきたい人材には違いなかった。戦いで傷ついたとき、魔族の魔術では他人の傷を癒すことができないからだ。

 イースイルにとっても得はある。ロズの伴侶であればバルテルミー家で彼を保護する理由ができ、彼がこれからやることに関して支援を受けられる。それに、魔族は政治の中枢に口を出すことは少ないが、国防の大部分を魔族に頼っているレテノアにおいて影響力は相応にあるのだ。イースイル自身が王にならずともネビューリオ王女のために作れるコネは作っておいて損にはならない。

 要するに政略的な結婚であり、煩わしい男女関係を作らないための防衛線を作ろうという話である。形の上だけの夫婦ならば互いに行動が縛られるということも少ないし都合がいいはずだ――が、イースイルにはそう簡単に割り切れることでもないのか、返事は保留となっている。

(確かにこれはこれで健全じゃねえ感じはするけど)

 全く事情を知らない相手を巻き込んで不幸にするよりはマシではある、といったところか。尤もロズは魔王に押し付けられるような結婚話よりは都合がいいと思っただけでそれ以上の理由もないので、断られたらその時はその時としか思っていないのだが、イースイルは予想以上に真面目な気質のようだった。もっと言うのなら陰謀に晒され危険な目に遭ってきたわりには純粋で素直で、そして初々しい。利用するためだけの関係に罪悪感を抱くらしい――今頃馬車の中でオーウェンと世間話でもしながら悩んでいるのだろうか。都合がいいのはロズにとっても同じことなのだが、律儀なことだ。

 魔物が引く馬車とバイクが並走し、休憩を挟んで数時間、村から出発して森を抜け平原を抜け、舗装された道路を通って行くと、幾つかの風車と魔族の街の先に、堅牢な石造りの城が姿を現した――魔王城だ。

 レテノアの妖精の力を借りられることを条件に、彼らを守る戦士となったのが魔族たちだ。そういった歴史から、レテノアでは魔界は国境に近いところに広がっており、この近くの城は優美なものよりも軍事要塞に近いものが多い。魔王城が丈夫な石の砦であるのは古い時代の戦争の名残である。

 重たい鉄門が開かれ、中へと招かれる。馬車とバイクを使用人に預けて、天守に入ろうとしたその時、真っ先に目についたのは庭に巨大な機械のようなモノが運び込まれているところだった。ロズの身長の倍ほどの高さはあるだろうか、歯車に似た部品が噛み合った箱状の何かだ。部品の一つ一つが蠢き、時折内部に宝石らしきものが輝いているのが見える――機械のようとは言っても、ロズはその中に魔力を感じ取った。これは魔術品だ。

 指揮を取っているのは、蝙蝠のような翼の生えた魔族の男だ。魔族は有り余る自らの魔力で体を変質させてしまう生き物だが、彼のように通常の人とかけ離れているほど、魔族として優秀であるという証拠でもある。ロズは彼に話しかけた。

「嫁さんほったらかしてまた変なもん拾ってきたのかよ、クロヴィス」

「変なものではないよ。素晴らしい旧時代の遺品だ。それにシャルロッテを放っておいた覚えもない」

 振り返った彼――クロヴィスは不服そうにそう言った。

 クロヴィス・バルテルミー。烈風魔王の息子であり、ロズの従兄であり、次の魔王になると予言されている男。ロズにとっては兄のような存在だ――とは言っても百歳を過ぎた彼と未だ二十歳のロズでは話が合わないことも多いのだが、若い青年の姿をしているからか年齢など感じさせない。このレテノアの魔界で最も優れた魔術師の一人だ。その顔立ちは、どことなくロズと似た雰囲気があった。

「一緒に遺跡調査に行ったんだが、彼女は弓の名手だね。僕が魔術を使う前に害獣を全部仕留めてしまったよ。でも流石に疲れたみたいで、昼間から寝るって言って今日は部屋に引きこもってしまったけど」

「……あんたらはいつも楽しそうだな。そんで、それが土産ってわけかよ」

「ああ、発掘してきた。現代に残っていない過去の魔術を紐解くことができれば、現代の新しい魔術と組み合わせてよりよい魔術研究ができるというものさ。そう思うだろう、オーウェン?」

「確かに、旧い魔術は継承が途絶えてしまったものも多い。新しく生まれた魔術もありますが、それはそれとして過去の技術は大切にすべきものには違いありませぬ」

 その意見にはロズも同意であるが、クロヴィスが過去にも発掘してきた古代の遺品とやらの多くはガラクタである。たまに当たりはあるが、ほとんどは古いこと以外に取り柄のない独創的なオブジェ同然のものばかりだ。ロズが目の前にある巨大な魔術品を怪訝に思っているのを悟ったのか、クロヴィスは「これだって貴重な歴史資料なんだよ」と言い訳めいたことを言った。

「どういう品かはまだ調べていないけど……これだけ複雑な機構を持つものだから、それなりに良いものには間違いないはずさ」

「見た感じ何かの動力炉っぽいが。人工的な魔力炉とかそういうやつじゃねえの? 魔力が宿るものは壊れにくいもんだし、綺麗に残ってんのも納得できる」

「……ロズはこれの構造がどうなってるかわかるの? 再現できたりするのかい?」

「んん……そうだな、バラせば一発だぜ?」

 一度分解すればどうなっていたのかはある程度把握できる――ロズの提案をクロヴィスは「絶対駄目だ」と拒否した。万が一元通りにならなかった場合に彼の言うところの遺産が失われるのが恐ろしいのだろう。あからさまな拒絶にロズは苦笑したが、そんな彼女の様子を見てクロヴィスは溜息をついた。

「そんなに気軽に扱うものじゃないんだよ……全く。ところで、お客様かい? 何だか珍しいね、ロズがこの城に誰かを連れてくるなんて」

「ああ……そういえばそうかな」

「そうだとも。ロズが連れてくるものなんて首だけになった害獣ばかりだ。というか、お客様の前でくらいもうちょっと大人しくはできないのかな……」

「こいつはそういうこと気にしないやつだからいいんだよ」

「よくないけどお前は直すつもりはなさそうだね……仕方ない。この話は一旦保留だ。それで、ええと、そのお客様だよ。僕はクロヴィス・バルテルミーというのだけど――きみはどこのどなたかな?」

 ローブを纏ったイースイルの顔は隠れている。此処にいる誰も、ロズとオーウェンの他は、その正体に気が付いていない。ただひたすら、顔の見えない男が怪しげであるだけだ。居心地が悪そうなイースイルを庇うように、ロズは笑って言った。

「俺の大事なお客様だよ。イースっていうのさ。旅人でね、凄く話が面白いんだ」

 ロズは周りから見えにくいような角度で僅かに頭を傾けて、唇の前に人差し指を立てながら、クロヴィスの他の誰にも聞こえないような小さな声で、囁いた。

「――王子様なだけはある」

 クロヴィスは目を見開いて、それから、穏やかな笑顔を浮かべて、イースイルに向き直った。

「ようこそ、魔王城へ。魔王がいるだけで他には何もない城だが、部屋はいくらでも余っているから、くつろいで過ごしてほしい。今日は泊まっていかれるのかな?」

「ええと……その」

「一応ベルク城に行く予定はあるけどな。暫くそっちで滞在してもらうんだ。オッさんもやることやったらオーウェルの森に帰るんだったか」

「ええ、魔物たちの中にも人の営みに関わるものが多くおります。あまり放っておくと無用なトラブルを引き起こしかねない連中もおりますので」

 答えに詰まったイースイルの代わりにロズが対応し、それに続いてオーウェンも答える。ロズにもオーウェンにも、魔界貴族として自らの領地に仕事がある。魔王城に立ち寄ったのは魔王と会う、それだけのためだ。イースイルのことをどうするかという相談はあるが、それを除けばイースイルはロズたちに付き合わされているだけだ。

「ふむ……だがもう昼だ、ベルク領やオーウェル領へ向かうなら明日にするのがいい。何せ遠いからね。今から向かっても夜になってしまう。急ぎでないのなら、今日のところは此処でゆっくりと休んでいくべきだ。イース殿の部屋もすぐに用意させよう」

「……お気遣い、ありがとうございます」

「後で旅の話でも聞かせてくれると嬉しいな。僕も興味がある――けど……」

「ああ、クロヴィスはちょっと忙しそうだな、今」

 例の旧時代の魔術品である。城の中へ運び込むのは一苦労だが、この巨大な魔術品を庭に置きっ放しにしておくわけにもいかない。

「申し訳ないね。もし時間が取れなかったら、ロズから聞きだすことにしよう」

「お、おう……しっかり聞いとくわ。とりあえずジジイに挨拶してくる。じゃあなクロヴィス、また後で」

 これ以上は作業の妨害になると判断し、ロズはオーウェンとイースイルを連れて館の中へ入った。重たい扉の向こうには古めかしい絨毯が敷かれた廊下が続いている。窓は少なく、灯りはあるもののぼんやりとして特別明るいというほどでもない。

「ロズ様、そちらの方は……」

「大事な客だ。彼も魔王に会わせたい。彼の身元は俺が保証する。あと、こいつの部屋は俺と隣にしてくれよ」

 使用人に言いつけて、荷物を預けて運ばせる。ロズたちはそれを軽く見送って、そのまま奥へと進んでいく。

「イース殿、ご安心召されよ。烈風魔王は無暗に人を傷つけるようなことはいたしませぬ」

「バルテルミー家は妖精と縁深いし、妖精を無碍に扱うってことはまずないぜ。わかりやすいとこで言えば、息子のクロヴィスがシャルロッテ殿――妖精の嫁を貰ってる。あんた昔結婚式出てたろ」

「ええ。あの頃は子供で物事もよくわかりませんでしたが、シャルロッテ姫はフェルマ公爵の従妹であり、そのフェルマ公爵はラペイレット王家の親戚に当たります。戦いを魔族に頼っている妖精にとっては、とても大事な式だったのですね」

 その台詞を聞いて、ロズは思い当たる。妖精はより優れた妖精の跡継ぎを求めて、優秀なもの同士で婚姻する場合がある。そういった優秀な遺伝子を求めることは魔族にもよくあることだが、旧家であればあるほどその傾向が強く、妖精の王家はその時代ごとに優秀な血を取り込んできた家系である。その関係で、血縁関係のある家系が幾つかあるのだ。

「そういえばそうだったか。ややこしい関係だな、俺もちっと忘れてたわ。覚えなおしとこう」

「そうなさるのがよろしい。貴族の皆様の顔と名前は頭に叩き込んでおいて損はございませんよ」

「オッさんは全部覚えてんのか。俺魔界の連中と有名人しか覚えてねえんだけど」

「長く生きていれば相応に付き合いも発生いたしますので。中央の方ともそれなりに顔を合わせております」

(そういえばこいつクロヴィスの三倍くらい生きてるんだった)

 猫の魔物は種類にもよるが魔族同様に豊かな魔力を持ち、長命である。オーウェンが老けていないので若いロズには実感が湧かないが、三百年以上生きているこの猫は充分に魔界貴族らしい貴族としての特徴を持っている。

「……ロズさんとオースリー伯爵は随分仲が良いようだ」

「そう見えましたかな。何せ、姫様が生まれた時からの付き合いでございますからね」

「気心が知れた仲ってのは合ってんな」

 そんな雑談をしつつ、廊下から階段を上って上の階へ移動し、ついに金の装飾が施された扉の前に辿り着く。ゆっくりと扉が開くと、扉の大きさにしては中はそれほど広くない――否、壁際に豪奢なチェストや古めかしい壺などが沢山飾られているから少しばかり窮屈に感じられるだけだ。実際には相応に広い部屋で、中央には大きなテーブルがあり、その一番奥の席に目的の人物が座っていた。

「おお、待っていたよ。ロズは仕事をきっちりやってきたようだね」

 声の主はクロヴィスと似たような黒い翼が印象的な魔族だった。

 特別派手な意匠ではないが、上等の上着には金の刺繍があり、それが優雅さを醸し出している。黒い髪には僅かに白髪が交じり、皺のある顔はしかし枯れたという感じはない。若々しい力強さこそないものの老成した落ち着きがあり、口許の髭は丁寧に整えられており清潔感がある。

「お褒めの言葉どーも、魔王サマ」

 ロズはまるで感情のこもらない言い方をしたが、彼は――烈風魔王テオはただゆったりと微笑んだ。

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