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姪御×王子  作者: 味醂味林檎
外伝

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三日月の夜は猫魔会

 ――猫魔会。それは猫たちの互助会であり、全世界で暮らす猫の魔物たちが集まる秘密の集会のことでもある。

 具体的に何をやるかといえば、猫たちだけの秘密――と言えば聞こえはいいが、大抵は難しいことではない。世界の猫たちの暮らしを良くするため、情報交換をしたり、各猫たちの支援をしたり、親睦のために食事会を開いたりする――何せ魔物の猫たちである。彼らの情報網というのは広く、そして知恵があるぶん仲間意識も強いのだ。開催地によっては、遠方から訪れる猫には交通費も支給される。猫魔会は猫に優しい猫のための互助会である。

 さて、そんな猫魔会だが、今回はレテノア王国が開催地である。オーウェルの森――レテノアにおける魔界の一角で、猫の魔物オーウェン・O・オーウェル、またの名をオースリー伯爵の治める魔物たちの森だ。

 オーウェン・O・オーウェルは烈風魔王テオ、そして次代のクロヴィスにも仕え、レテノア魔界においては重要な地位にいる存在だ。そんな彼だが、猫魔会においても理事を務めており、世界の猫から尊敬を集める存在である。気ままな猫たちを取りまとめるというのは並大抵の苦労ではなく、従って理事を務めるというのはそれだけで尊敬モノなのだ。

 さて、そんなオーウェンだが、彼にも悩みの一つや二つ存在する――そう、恋煩いである。

 三百年以上も生きてきた猫の恋。流石に初恋もまだというような初心さはとうの昔に捨てているが、それでも十分に純粋で曇りのない想いだった。特に手慣れているわけでもないので、いまひとつ手に余る感情だが、だからといってそれを封じ込められるほど軽い気持ちでもなかった。

 相手は、遠く東のヒノモト帝国で暮らしている音子オトコという、尾が二つに割れた化け猫である。ヒノモトでは人に寄り添って暮らす魔物のことを特に妖怪というそうだが、彼女もまた妖怪としてある家に仕えて女中をしているという。四百年近く生きているという話だから、オーウェンよりも年上である。

 完全に、身分違いの恋であった。しかも遠距離だ。国内ならまだしも外国、それも大陸を超えた先の島国で暮らす相手で、容易く会えるわけでもない。実際に会ったのもつい最近の話で、それまでは文通相手でしかなかった相手である。

 しかしながら、会えないことを理由に諦めがつくようなものでもなかった。いざ会った音子はすらりとした肢体の猫で、それは艶やかな濡れ烏のような黒の毛並みをしている――あれほどの美しい色をオーウェンは他に知らない。

 美しい見た目のみならず、彼女は長く生きている分落ち着いた気性をしていて、物識りでもあった。それはつまりどういうことかといえば、話が合うのだ。全く違う文化で育っているはずなのに、オーウェンが何か話題を振ったときに、それにきちんと応えてくれる理知的な女性なのだ――文化の違いを理由に拒絶することもなく、分かり合うために対話できる。その魅力に、抗えるはずもない。

 猫魔会の知り合いを通じて文通仲間となり、顔も合わせた今は名実ともに友好的な関係となったけれど、恋仲というには程遠い。そもそも向こうはオーウェンのことはあくまで猫魔会の理事としか思っていないだろうし、よくて年下の友人としか思われていないだろう。仕えている家のことを大事にしているようで、猫魔会や旅行以外で国を離れることもないに違いない。そんな彼女だからこそ惚れたのだが、オーウェンも伯爵という立場上、領地である森を捨ててヒノモトまで彼女を追いかけにいくわけにもいかなかった。

 叶うはずのない恋心ではあるものの、だからといってその火が燻っているのを消せないままでいる。この想いは他の連中には隠しているけれど、果たして音子には伝わっているのだろうか。

「そんなことをうじうじ考えているからオースリー伯爵には恋人ができないんですの」

「あーあー聞こえんなあー」

「ひどい現実逃避を見ましたの」

 ――ひた隠しにしてきたオーウェンの恋心を暴いたのは、あろうことかオーウェルの森の出身であり遠い親類でもある猫、ミミであった。今回、彼女は猫魔会開催の準備のため、手を貸してくれている。

 ミミはまだ若い魔物だが、大抵の猫が苦手とするものに耐性を持っている。人と同じように生活できる特性を買われ、現魔王クロヴィス・バルテルミーの従妹にあたるロズ・バルテルミーのメイドとして仕えている。本人たちは歳も近いので姉妹のように育ったわけで、それはそれで良いことだろうが、このミミときたらロズ以外の誰かにはかなり当たりがきついところがある。これも若さゆえか、あるいはオーウェンに対しては身内ゆえでもあるのか。

「今回は折角レテノアで猫魔会が開かれるのですから、お相手の方に格好のつかないところは見せられませんの。わかっていらっしゃるんですの?」

「わかっている、わかっているとも。はあ、音子殿……」

「これは重症ですの。不安だわ」

「……お前、呆れたように吾輩のことを言うがな、吾輩も知っているんだぞ。お前が最近文通の相手に色々思い悩まされているということを。吾輩と大して変わらんじゃないか」

 オーウェンが指摘すると、ミミはあからさまに動揺した。

「ミミの場合は言い寄られているだけですの! べ、別にミミがどうこう思っているわけではないんですから! 大体相手は外国人で、人間で、しかも……」

「あーあー聞こえんなあー」

「……オースリー伯爵、わざとやってらっしゃるんですの?」

 ミミは苛立ったような声色をしていたが、そんなものはオーウェンにとっては些末なことだった。彼女は人間相手に気があるわけがないと言い張っているが、オーウェンの見立てではかなり絆されてきていて、色々と時間の問題のような気がしている。それはそれで課題も多く、もし二人が結ばれたとしても苦労は多そうだが。

 ――そういえば、誰かに仕えているという意味で、ミミと音子は似ている。

「お前を口説き落とした人間は一体どんな手紙を書いてるんだ……」

 参考までに聞きだせないものかと思うと同時に口から滑り出ていた。ミミはぶんぶんと大袈裟に首を振って否定した。

「口説き落とされてませんの! ただの日常のお手紙です。そんな、オースリー伯爵のようにしつこい口説き文句なんてありませんし、まあ、ちょっとくらいあってもいいかもしれませんけど、ってそういうことじゃなく!」

「ふむ、推してダメなら引いてみろ、というやつかな……?」

「違いますったら!」

 抗議の声など耳にも入らず、猫魔会への準備を進めながら、オーウェンは考えた。音子の愛を分けてもらうためにはこちらの誠実な愛が必要だと思っているけれど、それだけではいけないのかもしれない。ただでさえ相手より年下で、頼りがいがあるという風には見られていないのだから、上手く自分を演出しなければいけないのだろう。そんなことが器用にできるようなオーウェンではないが、とにかく、何か工夫しなければならない。

「いや、でも普段滅多に会えないのにここで引くわけにも」

「もう勝手にしてください。あなたに付き合っているとやたらと疲れますの……全く脈なしなら文通も何もないでしょうから、そう悩むほどのことでもないんじゃありませんの?」

「音子殿は繊細で可憐な方なのだ! 迂闊なことをして嫌われるわけにはいかん。ありふれたがさつな猫とは違うのだ」

「四百年も生きてる猫が繊細……?」

 ミミは人に使える猫同士として音子と話をしたことがあるが、一般家庭の人間に仕えている音子は近所の店のタイムセールに参戦するなどミミにはいまひとつよくわからない話をしていた覚えがある。その話をしている音子は確かに物腰穏やかで言葉遣いも丁寧、可憐で可愛らしい猫には違いなかったが、どこか強かで全く繊細さの欠片もなかったように思う――恋は盲目。そのような面はオーウェンにはひとつも見えていないか、あるいはそれすらも魅力として映っているかどちらかだ。ミミですらよくわかっていないことなのだから、そもそも伯爵であるオーウェンが異国の庶民の日常的な争いなど理解しているはずもなかった。

「今回は折角レテノアに来てくれるのだ。手紙で確認しているからな。彼女にはレテノアの良いところをしっかりと見てもらわなければ」

「猫魔会の私物化はだめですのよ」

「公私はわけるとも。だが猫魔会が終わったからといってすぐ帰ることもないだろう。しばらく旅行として楽しんでいただくのだ――そして吾輩と一緒に過ごしてもらう! のだ!」

 過ごしてもらう、というのが本当に一緒に過ごすだけのデートを指しているのだから、オーウェンは歳のわりには純朴である。その先のことを考えていないわけでもないだろうが、ミミはこの様子を見る限りたぶん手を出すことはできなさそうだと予感した。戦いにおいては勇敢な戦士であるオーウェンも女相手には形無しのへたれだということは若いミミにもわかる話だった。

 だが、それだけ純粋に相手を想うというのも、オーウェンの良さには違いない。

「報われないかもしれないって思っていて、よくそれだけ音子さんのために尽くせますね」

 ミミが言った。オーウェンは、何でもないというような顔をした。

「女性の時間を貰おうというのだから、相応に対価はいるというものだ」

「まるでミミのことを女と思っていないような言い方ですのね」

「お前は女というより小娘だし身内だろう」

「なんて言い草かしら」

 露骨な贔屓である。別にオーウェンに贔屓されたいわけではないミミはそれ以上不満を言わなかったし、オーウェンもミミがそんなことを望んでいないとわかっていた。

「お前、猫魔会が終わったらロズ姫様に土産を持って帰るといいぞ。オーウェルの森で採れるものは食べ物としても魔術品の素材としても使えるものが多いからな。あと駄賃もやるぞ」

「それはどうも。ありがたくいただいていきますの」

「うむ」

 オーウェンは満足げに頷いた。労働の対価は必要だ。世の中はギブアンドテイクである。あらゆるものは対価をもって手にすべきなのだ。

 ――音子の愛も、愛をもって買えるものならいいのだが。




◆◆◆




 猫魔会は次の三日月の晩である。それまでに猫魔会の会場設営や食事の手配など全て済ませておかなければならないが、その間オーウェンの恋煩いに付き合わされなければならないと思うとミミは辟易する。これも身内ゆえ、と思えば仕方ないと溜息をつくだけですむことだが。

 しかしこれだけ想われるとは、音子が少々羨ましくもある。果たしてミミに手紙を送ってくる隣国の騎士は、ミミのことをどれだけ想っているのだろう。一番最近貰った手紙には、ミミのことを幸せにできたらいいのにとあったけれど、それはどこまで本気なのだろう。

「オースリー伯爵ほど遠距離ではありませんもの、ね」

 その気になれば会いに行ける場所だ。隣国といえど異文化の国だから容易いことではないけれど――そこまで考えて、ミミははっとなって首を横に振った。これではまるで、自分のほうが相手を好いているようではないか。

「――こういうのは、会いに来てくれるような人でないとだめですの。そう、きっとそうですの」

 自分の言い聞かせるように、ミミはそう独りごちる。とりあえず手紙の返事には「だったら会いに来い」とでも書くことにしよう。ミミはそう決めて、ひとまず目先の猫魔会を待つことに決めた。ミミの参考になりそうなオーウェンと音子の行く末を見守ってからでも、別に遅いことはない。




 ――猫魔会。それは猫たちの互助会であり、出会いの場であり、新たな刺激を得るための交流の場である。その具体的な内容は、猫たちだけの秘密である。

猫回。具体的な猫魔会の内容? 秘密です。

オーウェンの恋の相手である音子は、拙作『折れろ! 俺の死亡フラグ』に登場する猫です。ロズたちには関わりのない存在なので、本編ではその辺りの事情は割愛しています。

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