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姪御×王子  作者: 味醂味林檎
外伝

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敵に回してはならぬ1

 ミュウスタット帝国の首都の正式な名称をイオバーニアというのだが、それはミュウスタット初代皇帝アクラダ・イオバーン一世からきている名である。悪政を敷いていたかつてのミュウスタット王国を打倒し革命を成した功績を称えてこの名がついた。それ以前にはこの都市は王国時代のさる王子からとってシルヴィオンブルクと呼ばれており、さらにその前にはまた別の名前であったという。現代のミュウスタットにおいては、皇帝が暮らす城があるということでもっぱらただ『帝都』と呼ばれる。それで通用するのだから、街の名前など本当はどうでもいいことなのだ。どうでもいいのだが、正式な書類などでは気を遣うこともある。

 ミュウスタット帝国騎士団長ルクラス・ガイストは、机の上に積み上げられた書類の山を見て溜息をついた。

 隣国レテノアの王女と通じて、皇帝への謀反を企てていたマリウス・ウルズヴィヒトのやったことは、決して軽いものではなかった。元々マリウスへ疑いを向け、さらにレテノア側とも交流を持って調査していたルクラスは、その行動と人脈を買われてマリウスの後始末の責任者となっていた。

 本当ならば、そのような面倒な仕事を進んでしたいとは思わないルクラスだが、他に適任がいなかった。何せマリウス・ウルズヴィヒトは隣国の『ゲリア事変』にも関係する歴史的大事件の首謀者であったのだ。大きな財団や私設軍隊の解体も必要となったが、当のマリウスはゲリアにて発狂して死んだという話だ。彼の管理下にあった財産などは、代々受け継いできたような宝物や書物に至っては、管理用の書類が帝都の旧名で記録されているものもあって整理するだけで一苦労である。面倒事は全て残されたものに押し付けていったのだ――傍迷惑な話だが、不本意ながら彼を調べていたルクラスが一番詳しいのだ。他の誰かに押し付けることはできなかった。

 幸か不幸か、マリウスの記憶はレテノアの魔王クロヴィスが吸い上げたという。知りたければそこから詳細な情報を得ることはできる――借りを作ってしまったという意味では素直に喜べないが、調査においてつまづくということはまずないだろう。

 一応、ある程度のことは落ち着いてきてはいるのだ。それでも雑務がまだまだ残っているから、終わる気がしないだけだ。そもそも本来の騎士団の仕事とは違う話になるので気疲れするというのも大きい。

 ふと目線を下ろすと、書類の他にもいくつか手紙があるのがわかった。これもこれで無視できず、一つ一つ確認していく。帝国軍の連絡事項に始まり、細々とした請求書や、届け先を間違えているものもある。必要なものとそうでないものに仕分けていくと、ある一通の手紙に目が留まった。

「……レテノアからの……ベルク公爵からか。イースくんと連名だ」

 ベルク公爵――ロズ・バルテルミー・ベルクとは、事件のあとも個人的に友人として文通をしている。イースイルとは元々友好関係があった。正確には以前匿っていた際に交流を深めていたのだが、ともかく、二人ともルクラスにとって友人といっていいものである――はずだ。立場上、利害の話も絡んでくることはあるけれども。

 手紙の内容は大して難しい話ではない。近況がどうだとか、こちらの様子を気遣うような無難な話だ。ただ一つだけ他の手紙と違うのは、ロズたちからの便箋には、もう一つ別の差出人のものが一緒になっているということである――ベルク城のメイド、猫の姿をした魔物ミミからの手紙である。

 どうして別々ではないのか、あるいは連名ではないのかといえば、この手紙がルクラスへの返事だからだ。ルクラスがロズたちへ送る手紙とは別に、ミミ個人に宛てて手紙を出している。当のミミは人の言葉は話せるが、人の字を書くことができないため、ロズが代筆したものを一緒に送ってくるのである。

 ミミからのメッセージは長文のときもあれば、たった一行や二行に収まるような短さのときもある。しかし今のところ、返事がなかったことはない。

 ミミからの返事。帝国の騎士であり地位を築いているルクラスに対して、返事をしないのは無礼にあたるからと義務的なものかもしれない。それでも、あの白銀の毛並みの猫が、ルクラスのために何かしら考えている時間があるということを想うと、充分だった。

 微笑ましい気持ちになりながら、彼女の手紙を読む。当たり障りのない日常の話がほとんどだが、それもまたルクラスの忙しさで荒んだ心を癒してくれた。種族は違えど、地続きの同じ大地で、同じように生きている。

 ルクラスは、ミミに恋をしていた。




◆◆◆




「ルクラスには妻がいなかったな」

 皇帝アクラダ・イオバーン三世は、自室で紅茶を飲みながら、ルクラスを見てそんなことを呟くように言った。

「はあ、そうですが、それが何か」

 言われたルクラスは、何でもないことのように返事をした。

 本来ルクラスは仕事上必要な場合を除いて気安くアクラダの部屋を訪れるような立場ではないのだが、アクラダのほうがルクラスをいたく気に入っていて、ときどきこうして茶飲み友達のように接してくることがある。そして紅茶を飲みながら、今後の東方の小国攻略について戦略を議論したり、内政について意見を交わし合ったりするのだ――わざわざ騎士であるルクラスを呼びつける理由は彼自身にはよくわからないが、アクラダには必要なことなのだろう。皇帝にとって、気を抜ける一時というものかもしれない。ルクラスも暇というわけではないが、この場で出される紅茶や茶菓子は一級品ばかりなのでやぶさかではない。

 今日のところは呼ばれたわけではない。マリウスのことについて報告しに来ただけだが、そのまま引き留められて紅茶を飲んでいる。こういうことが度々あるから、ルクラスはアクラダを訪ねるときには口のところが開けているドミノマスクを着用することが多くなった。

 アクラダはルクラスの顔――実際には仮面で半分隠れている――を見て「結婚はしないのかと思ってな」と言った。

「もしその気があるのなら世話をしてやろうか」

 良い娘を何人か知っているぞ、とアクラダは笑った。ルクラスはぎくりとした。相手は完全に善意の顔をしている。

「私にはまだ早い……ですよ」

「何を言う。お前、俺と歳が近かっただろう。俺も嫁を貰っているのにお前が早すぎるということはない」

 むしろ遅いくらいじゃないか、と言われると反論の余地がなかった。

 アクラダは知らないことだが――むしろ知る必要のないことだが、ルクラスは彼の双子の兄弟である。つまり同い年、三十六歳だ。人間の人生などせいぜい七十年もあればいいところ、その半分が過ぎ去っているのに伴侶もなし。アクラダは既にうら若き侯爵令嬢マルグレート・カスキ・モンテスパンを妻に迎えている。なるほど、確かに結婚が遅いと言われても仕方がないのかもしれない。

「ですが、私にはその気はないのです」

「そうなのか?」

「陛下がどうしても、必要なことと仰るなら考えますが」

 結婚というのは未だ政略に使われる手段でもある。帝国の利益だけを素直に追及するのならば、惚れた腫れたは抜きにして、政治的な都合のために嫁を迎えるべきであるのは確かだった。ルクラスは地位としては帝国騎士団長でしかないが、アクラダという後ろ盾がある以上、それなりの影響力を持っている。

「そういうつもりじゃなかったんだがな」

「あなたにそのつもりがなくとも、多くは何かしら裏を考えるものです。その中でましなものが果たしてどれだけいることか」

「……ヨルクも同じようなことを言っていた」

 そういうところは似たのだな、とアクラダは懐かしそうに目を細めた。

「父は任務にしか目のいかない男でしたから、まずひとが寄りつきませんでしたよ」

「勿体ないことだ。世の女は見る目がない。あれほど忠誠を尽くしてくれた有能な軍人は他に例がなかったというのに」

「それは家庭にとっては都合が悪いのですよ」

 他人から尊敬される仕事人でも、家族にとっては良き父にはならない――そういうタイプの人間だった、のだろう。養子として育てられたルクラスが不都合を感じたことはなかったけれど、ヨルクがルクラスの命を助けたことそれ自体、もしかすれば皇帝一族への忠誠からくる義務感だったかもしれない。果たしてヨルクは生涯妻を持つことはなく、何一つ証明されるものはないのだが。ルクラスとて自分の言うことが正しいと信じているわけでもなかった。だが、乗っかるにはちょうどいい。

「私は家庭まで顧みることのできる甲斐性はありません。陛下で手一杯ですよ」

「何という言い草だ」

 不服であるというポーズではあったが、アクラダのそれは冗談らしく顔が笑ったままだった。そのことに安心しながら、ルクラスは紅茶を飲み終えると、適当に話を切り上げて退室した。

 ミミへの想いは秘密の恋である。しかもルクラスが一方的に熱を上げていて、相手は種族も違えば暮らす場所も肩書にも壁がある。どうせミミと結ばれることはないだろうと諦めてはいるけれど、どうにも未練があるのは事実だ。結婚はどうしてもしろと命令でもされない限りしたくはない――話しは終わったのだから、暫くは静かだろう。終わったのだ――そう思っていた。思っていたのだ。

 それから数日後のある昼下がり、ことは起きた。




「ルクラス、あなた、もしかして恋をしてるの?」




 ――見抜かれた。

 衝撃的なその台詞を言い放ったのは、柔らかなブロンドの髪を三つ編みに結って花飾りを着けた、あのアクラダの妻――マルグレート・カスキ・モンテスパンだった。

 成人となる誕生日を迎えたばかりの彼女は、未だあどけなさを残した少女と見まごう童顔で、野に咲く花のような愛らしさを感じさせた。清楚で瑞々しい可憐さだが、堂々として自信に満ちている。その証拠というわけでもないだろうが、彼女の纏うドレスは華々しく煌びやかで、両手の指にはアクラダや多くの貴族たちから贈られた豪奢な指輪がいくつもつけられていた。彼女の部屋に行けば、きっと高級なアンティーク家具や一流の技師が作った調度品が並べられ、最新の家電やファッションで溢れかえっているのだろう――そう思わせるだけのものが、彼女にはある。

 マルグレートの表情は問いかけるようでいて、しかし確信しているようでもあった。ルクラスはすっかり動揺してしまって、いくら仮面で顔を隠したところで、取り繕うことはできなかった。随分と年下の女を相手に、何を焦る必要があるのか――そうは思っても、知られたくない秘密を鋭く言い当てられてしまっては、落ち着いてはいられなかった。隠すことには誰より長けているつもりだったのに、こうも容易く暴かれてしまっては。

 冷や汗が出る。じっとりと汗ばんだ感覚がして、何か言おうと口を開くが、何を言っても無意味なようにも感じられた。

 マルグレートの円らなブルーの瞳には、冷静さを失ったルクラスの姿が映っていた。彼女は「何か躊躇う理由でも?」と首を傾げて言った。それはつまり、話せということか。腹の中に抱えた、叶わないとわかっていながら諦めのつかないたちの悪い恋心を、よりによって仕えるべき主であり兄でもある男の妻に、洗いざらい吐きだせと。それも、ルクラスが白状すると信じて疑わないような顔をしている。

「私、誰にも言わないわ」

 マルグレートが微笑んだ。それが幼い子供が秘密の話をするときのような悪戯っぽさで、ルクラスは折れるしかなかった。


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