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姪御×王子  作者: 味醂味林檎
第五章 望みの果て

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第四十三話

 ロズと対峙したラドルフ・ファイトは感心する、というような口ぶりでロズに話しかけてきた。

「流石は害獣狩りで名を上げただけのことはある、というところですか。城中に妖精軍の戦士たちを配置していたのに、もうこのようなところまでやってきたとは」

「……お褒めにあずかり光栄だよ、ラドルフ。だがあんなクソみたいな配置なら誰だって押し通れるとも。この城は防衛に向いた作りじゃねえからな。さて……お前がいるってことは、ミルディア王女にはだいぶ近づいているんだろうな」

「そうですね――だからこそ、あなたをこれ以上進ませるわけにはいきません」

「お堅い騎士さんは大局が見えてねーのかい? 俺の後にも魔族の仲間たちが大勢来ているんだぜ――お前一人で何ができるかな」

 軽口を叩きながらロズは思考していた。ロズはその焦りを極力表に出さないよう努めなければならなかった。そのうえで勝利のために対策を講じなければならない。

(トリガーハッピーのつもりはねーけど、残弾はあと一発)

 もっと多くの銃弾を持って歩けばよかったのかもしれないが、銃弾というのは案外重いものである。そもそも風の魔術を仕込むことに手間がかかっているため、銃弾そのものが量産できる代物でもなかった。こればかりは仕方がない。

 しかしながら一発はある。問題はこれをいつ使うかだ――魔術の力が籠った弾丸の破壊力といったら他の強力な武器に引けを取らないが、ラドルフはロズがこれを武器にしていることを知っている相手なのだ。この一発だけが頼りという状況で、迂闊に使おうとすれば、ラドルフとて何の対処も考えていないということはないだろう。それに、どうにも違和感があるのだ――ラドルフは一人で来た。

 勿論、ラドルフはミルディアの騎士であって守られるべき存在とは違う。しかしながらたった一人だということが引っかかった。恐らくはミルディアを守るために、他にも騎士たちを連れていておかしくないはずなのだが、その姿は見えない。ミルディアの傍に控えさせているのだとしても、それならば何故、彼女に一番近しい存在であるラドルフが出てきたのか。魔族の軍勢が攻め寄せてきている中で、彼にはなぜか、どこか余裕があるように見えるのだ――まるでただロズに会いに来たかのようだった。

 その違和感について、深く考えるだけの余裕は、ロズにはなかった。どうせ考えたところで答えは出ないのだから、戦いの中で見出すか、聞きだすしかないのだった。そのためには武器が必要だ。彼と戦うのに充分な武器がいる。

 銃というのなら倒した騎士の銃剣になっているライフルを奪ってもいいが、大型のライフルを素早く扱うのは容易くはない。使い方がわかっても言うことを聞いてくれるような銃とは思えなかった。重く大きな銃を撃つ準備をしているうちに斬られかねないうえ、その命中精度も信用できはしなかった。自分のものではないとはそういうことだ。

 奪える武器があるとすれば、騎士の持っていた抜かれないままだった剣くらいのものだ。たとえそれが飾りの鈍らであっても、剣などというものは元々鈍器のようなものだ。そういう意味では充分武器にできる――それもそれで好ましい手段かと言われると、ロズとしては納得したくはなかったが。

 ラドルフはくつくつと笑った。まるで何でもないことのように、たとえば日常の中で友人と冗談を言い合うときのように――笑っていた。

「後から誰か来るにしても、今は一対一。誰の邪魔も入らない。あなた一人を止めることくらいはできるし、あなたが止まれば魔族の軍勢にも影響は出るだろう――何せあの烈風魔王の姪だ。それとも新しい魔王のいとこと言ったほうがよいのかな」

 言いながら、ラドルフが剣を向けてくる。じりじりと互いに動きを警戒しながら、先に動いたのはラドルフのほうだった。一気に間合いを詰めて切っ先をロズに向け、そのまま貫こうとしてくるのを素早く身を翻してかわす。そのまま先程倒した騎士が持っていた護身用と思われる片手剣を奪って、襲い掛かってくるラドルフの次の一撃を弾き返した。

「手癖の悪いことですね」

「騎士のお前に合わせて剣で戦ってやろうってんだぜ。光栄に思えよ」

 右手で剣を構え、すぐに踏み込めるように左足を前に出す格好で、空いた左手は背中に回す。

(ついに俺は剣を取った)

 剣の重みがそれを実感させた。戦い方そのものは、幼い頃に習っている。レテノア魔界の伝統的な剣術だ、魔族として生まれたなら習わないはずもない。剣によって世界が損なわれると予言を受けたときからは、ほとんど剣を触っていないが――叩き込まれた戦闘技術は体が覚えている。

(いつかは今日だ、覚悟はできてる)

 恐れる必要はない。成人の折告げられた予言が正しいのなら、少なくとも死にはしない。それがロズから恐怖を取り払ってくれた。逃れられないのだから向き合うしかない。最後のたった一発を放つ隙を探すのだ。それまで剣で凌ぐのみである。

「今頃クロヴィスがお前たちの害獣を仕留めている頃だろうぜ――最大の戦力がなくなったらお前たちにはもう対抗手段はないはずだ。銃もろくに打てない連中ばかりしかいないらしいからな。命が惜しいと思うならとっとと降参したらどうなんだ?」

「あなたが相手でなければ連中も少しは戦えたかと。魔族の兵士たちは現にまだ此処へ来ていない。魔王とてすぐにこちらへ来られるわけでもないでしょう――まだ戦いは終わっていない。ミルディア様のためにもここでやめるわけにはいかない」

 振り下ろされるラドルフの両手剣は重く、まともに受けていられるようなものではなかった。受け流すようにして衝撃を和らげながら、ロズは舌打ちをした。

 流石は騎士というだけのことはあって、ラドルフの攻撃は一つ一つが重い。いくら魔族といえど、ロズは女の体であって、相手は自分よりも人と戦うことに慣れた騎士だ。害獣相手ならば話は違うが、理性を持った人を相手にするのはどうにも相手に分がある。力技で捻じ伏せるにはロズに力が足りなすぎる――今までも女に生まれたことを性別を間違えたと思っていたが、今ほど悔しさを覚えることは初めてだ。こんなことで女であることを実感したくなかった。頼りない片手剣は、グレネ家に伝わっていた名剣に押しつぶされて壊れてしまうのではないかと思われた。

「ずっとあなたと剣を合わせてみたかったんですよ。害獣ではないものの相手は苦手でしたか?」

「ハッ、お前随分お喋りだな。俺に拘る理由が何かあったかよ」

「あなたはミルディア様が気にかけておられた相手だ」

 グレネ家の名剣がラドルフの腕力で滑らかに振られ、それをロズが寸前で避ける。相手の剣のほうが重い。まともに打ち合いなどしていたらこちらの片手剣ごときは本当に折られてしまう――既に刃毀れをしている。即席でもいい、この剣を強化しなければならない。

 ロズは自らの魔力を剣に注ぎ込む。バルテルミー家の魔術は風だ。風の刃を剣に乗せるように、剣を魔術品として作り替えていく。その間にもラドルフが次々と鋭く剣を振り下ろしてくるのをかわし、受け流しながら、ロズは耐えた。

「ミルディア王女が俺に夢中なのが気に入らないってか!」

「あなたや、イースイル殿下、ネビューリオ殿下――ミルディア様を取り巻く全てのものが邪魔なのだ。ミルディア様が王位を望むのならば、私はそれを用意しなければならない。完全な王になっていただくためには、ミルディア様を揺るがすものはどのようなものであっても排除しなければ」

「ご大層なこと言ってるが、随分楽しそうなツラしてやがるじゃねえかよ……! ああ!?」

 片手剣に魔力が宿る。一瞬の隙をついて右足から踏み込み、風を纏う剣を振り下ろせば、ラドルフの鎧を容易く切り裂いた。彼の体にまでは届かなかったが、おおよそロズの思うように強化できたようだ。

 ラドルフは鎧を破壊されて、しかしこらえきれないといった様子で「ふは」と笑うように息をついた。

「やはり烈風魔王の姪! イースイル殿下の頼った女! 戦いながら武器を自分のものにしたか――こうでなくっちゃあ嘘だよなあ!」

 次の一撃は、今まで以上に重く、しかし速かった。ロズは心臓を狙ってくる剣を間一髪でかわすが、その次が来るのが速い。ただ力任せに振るわれているようで、ラドルフの剣は間違いなくロズを的確に殺しにきていた。長い剣はそれだけで重量がとてつもないが、それを易々と振り回すラドルフは騎士として有能なのだろう――今のロズにとっては厄介な相手でしかない。

「楽しいですよ、ロズ・バルテルミー・ベルク! 今此処であなたを壊せると思うと……! これでまた一つ、ミルディア様の心に巣食う余計なものをなくせるのだと思うと!」

 興奮した様子で、これは面倒なことになったとロズは悟った。戦いの最中で興奮しているというのは、それだけで危険なのだ。当の本人は冷静ではないし、その冷静さの欠片もない暴力を向けられる側は苦戦を強いられることになる。暴走しているといってもいいような状態なのだ。

「お前ッ……俺一人にどれだけ本気になってりゃ気が済むんだか……! 俺のあとにも仲間たちやクロヴィスがいるってのに、まさかマジに勝てるつもりでいるわけか?」

「ははは……さあ、どうでしょうね。それはやってみませんと。何せ強い害獣もいるのです――死んでいるのは魔王のほうかもしれません」

「甘くみるんじゃないぜ。クロヴィスは強いんだ。大勢の仲間たちもいる。ミルディア王女のやり方に反発する仲間たちだ。俺たちは正しいと思うものを支持する」

「イースイル殿下の言葉で魔界が動いているのですね――あなたもそれで動かされている」

「魔界はあいつを認めてるんだよ」

(何より俺が気に入ってる)

 自分と同類だとわかって、その気質を気に入ったからイースイルの願いを叶えようと手伝ってきたのだ。そうするほうが魔界にとっても都合がよかったから、魔界の軍勢も味方につけて、こうしてゲリアへやってきた。

 彼は自分に力がないことを知っている。それこそが彼の強みなのだ。高貴な生まれだからと驕ることもなく、一人でできないことについては人に頼ることができる。素直に感謝を示して人を頼れるということはそれだけで強みである。

 思えばロズには、イースイルのように強い動機はなかった。魔界貴族として生まれ、責任ある立場として育てられたからこそ、民に不利益をもたらすようなことはできない――確かにそういう思いはあったが、何もかも誰かからきっかけを与えられたことばかりだった。害獣狩りを始めたのも烈風魔王テオに結婚を回避するためにやれと言われたからだったくらいだ。イースイルが現れて、彼や利益の絡む魔界に――周りに動かされて、ロズは此処に立っている。それがなければロズはベルクの城でルーチンの日常を過ごすだけで、好き勝手に過ごしながら、ただ緩慢に滅びていくだけの存在であったに違いないのだ。

(ああ――俺は本当に、イースイルのためだけに此処に来ているんだな)

 驚くほどに、ロズにはそれ以外に理由が見つからなかった。あのどこか頼りないようでいて、けれど誇り高い王子として存在しているイースイルが望んだからこそ、ロズは戦っているのだ――胸にすとんと落ちて納得する。ネビューリオ王女やフェルマ公爵を助けたいというのも、全てイースイルに繋がっている。なるほど、イースイルに動かされているというのはラドルフの言うとおり間違いない。

 ラドルフはすっと目を細めて、あまり抑揚のない声で「イースイル殿下には、本当に、多くの仲間がいらっしゃる」と言った。

「……それも当然な話ですか。あの方は昔から全てを持っておられた。正妃ロランを母に持ち、妖精としての才能に恵まれ、父君からも期待をかけられて――ゴーメーは不公平な女神だ。最初から全部揃っているものを追いかけても、そうでないものは追いつけない。女神は弱い者を補ってはくれない」

 言葉こそ先程よりも感情的ではなく落ち着いているようにも聞こえるが、そんなはずはなかった。彼は笑っていた。だが、そのどこか歪みを感じさせる笑みは、ロズが思う笑顔とはかけ離れたものである。

「私はイースイル殿下のお言葉一つで騎士として力を認められた。だからこそ彼に憧れたこともあった。あの慈悲深い王子に仕えるのだと思っていたが――違うのだ。既に沢山持っている者のところには、私などは必要なかった」

 語りながら、ラドルフはロズに斬りかかってくる。随分と饒舌だった。そして彼の剣は重い。しばらくのうちは受け流せていたが、攻撃の手が緩むことはなく、徐々にロズは追い詰められていった。いくら魔術の力を宿した剣でも、即席で魔術をかけただけのものだ。敵に触れられなければ意味がない――今は防衛が限界だった。ラドルフの攻撃が重すぎるのだ。隙を見つけて撃つどころではない。

「ミルディア様にはさまざまなものが足りなかった。だが欠けているからこそ完成しているのだ――あの方はそれでこそ美しい。理解者のいない孤独こそがミルディア様を完成させる。だがあの方も非情にはなりきれないところがあるようですから……私が代わりをして差し上げなくては。いらないものが捨てられないなら、私が全て片付けて差し上げればよいことだ」

 ラドルフはまるで恋人のことを語るかのように、ひどく甘い声色をしていた。その甘さはミルディアによく似ていて、目の前の敵一人くらい容易く殺せると思っている顔をしているのが、ロズをひどく苛立たせる。勝利したと思っている顔というのは、本当に気に入らない。少なくともこの場で、ロズ一人は始末できるものと、確信しているような顔だ。

「ミルディア様から全てのものを遠ざければ、あの方はずっと美しいままでいられる。それ以上に素晴らしいことが他にありますか。ベルク公爵……あなたのことは戦士として尊敬している――が、ミルディア様の永遠のためには、やはり必要のないものだ。あの方に美しく壊れていただくためには」

「……お前、ミルディア王女を勝たせたいわけじゃねえのか……?」

 ロズの問いかけに答えることなく、ラドルフは剣を振り下ろした。今度こそロズはそれを防ぎきれず、鉄の重みで片手剣が弾かれた。一瞬剣を持っていた右手がじんと痺れて思うように動かなくなる。ロズが体勢を立て直すより早く、重く鋭い刃が下から彼女に襲い掛かった。避けようとして後ろへ一歩体を反らしたが、切っ先はロズを捕らえて視界を切り裂いた。

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