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姪御×王子  作者: 味醂味林檎
第五章 望みの果て
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第四十一話

 ミルディアを追って謁見の間を出たロズは、その行方を追うために魔術によってそよ風を作りだした。風は城の中を吹き抜けて、ロズの行くべき道を指し示す。決してクロヴィスのように戦う手段にはならないが、弱い風も使い方によっては役立たずというわけでもない。

 廊下を駆け抜けながら、行く手を阻む騎士を撃つ。ライフルを撃たれる前に、ロズのリボルバーに装填されている風の弾丸は騎士の鎧も剣も破壊して吹き飛ばす。時間をかけて魔力を籠め、魔術式を仕込んだ弾丸の破壊力は人に使うには威力がありすぎるくらいだが、鎧を着込んだ相手にはこれくらいでちょうどいい。そもそも相手がロズたちを殺すつもりで襲ってくるのだから、こちらも殺すことを躊躇わないくらいの意気込みでいなければ生き残れない。

(それにしたって随分と数が多いな……ミルディア王女の人望というよりは、グレネ家の財力だろうか)

 ロズとて無暗に人を襲いたいわけではなく、避けられそうな場合は別の道を選んで戦闘を最低限に抑えているが、それにしても数が多い。多くは妖精のようだったが、中には耳の尖っていない者も混じっていた。人間が混ざっているのだ――それはマリウスの手先ということだろうが、それを考慮してもかなりの数の戦士がミルディアの手先として働いている。

 ミルディアの母の実家であるグレネ家には金がある。ミルディアが率先して新技術を輸入し、上手く活用して先祖が持っていた金を動かしているからだ。

 そういった意味では間違いなくミルディアは才覚を持った妖精だ。政治家として、経済に明るいのは良いことだ。だが、彼女の目は戦争に向いている――それはよろしくない。それに彼女は魔族をレテノアから切り離すつもりでいる――予言の文化までも馴染んでいるほどのこのレテノアで、それは今更というものだ。確かに魔族と妖精の血が混ざることで、優秀な純血の血筋の家系が減っていくことはあるけれど、それだけ妖精と魔族の結びつきは強いものでもある。ミルディアの理想は簡単な話ではなく、いざ実行するとすれば必ずそこに血が流れるようなものだ。国から手っ取り早く魔族を減らしたいのなら殺すしかない。

 ここに集まっている彼女の騎士たちは一体どのような想いでミルディアに付き従っているのだろう。ロズにはそれはわかるところではない。彼女に心酔している者もいるだろうし、金によって動いている者もいるかもしれない。どちらにせよ今のロズにとっては敵でしかないものだ。

 外で何か起きているのか、道中で大きな音が聞こえたこともあったがそれは無視した。一人で進むのは厳しいと感じ始めたような頃、魔族の戦士たちの姿を見つけて、どうやら外のことは解決したらしいと悟った。彼らの力も借りて、ロズは魔力の残滓を追いかけて、城の中を駆ける。騎士を撃ってから、戦闘不能であると判断した後は彼らの生死など気にしている余裕はなかった。風の導きで謁見の間から東棟に移動する間に、仲間たちの力も借りて、しかし既に三回弾を装填し直していた。騎士を撃ち、時に城のインテリアを破壊してその破片で敵を蹴散らして、最早残る弾は僅かだった。無理矢理持ってきたバイクが外にあるが、どうにも城の中では階段も多く使えそうもない。いざというときの脱出用くらいにはなるだろうが、今のロズにはちょうどいい武器にはなってくれない。

「いたぞ、ロズ・バルテルミーだ!」

「げっ、見つかっちまったか」

 相手は三人だった。皆ライフルを持っていることを確認して、ロズは迷わず銃を撃った。狙うのは体の中心で、とりあえず真ん中を狙っておけば多少狙いが外れても体のどこかには当たるものだ。ライフルの扱いにそう慣れていないらしい彼らは、ロズが素早く拳銃を撃つのに対抗しきれず、一人は鎧を壊された衝撃でそのまま倒れ、一人は腕から血を流して、最早武器を取るどころではない状態であった。もう一人はライフルを撃つより早くロズに足を撃たれて狙いを外し、その痛みに呻いた。

 的確に三人を戦闘不能に追いやったが、ロズはリボルバーの弾が残り一発になったことを確認して溜息をついた。武器らしい武器がこれっきりだ――ロズはそもそも魔族の戦士として育ってきた。武器がないなら殴ったり蹴ったりすればいいが、相手がライフルを持っていると思うとそれでは心もとないように感じられた。まともに使えない様子を見るときちんと銃の扱いを教育する時間が足りていないのだろうと予測できるが、それでも銃は銃だ。引き金を引かれればその破壊力は魔術品でなくとも充分すぎる凶器だ。

 どうするか、と考えようとしたところで、再び足音が聞こえてロズはそちらに顔を向けた。鎧がすれる金属音が響く。

「随分暴れまわってくれたものだ、そよ風の魔女」

「お前は……!」

 すらりとした見覚えのある剣は、かつてソリルリザートで見たものだった――ミルディアから与えられることになった名剣で、それを辞退して彼女の騎士に譲った。その騎士――ラドルフ・ファイトがそこにいた。




◆◆◆




 ゲリアが誇る迎賓館、柊館の一室でネビューリオは足に鎖をつけられていた。ドレスは採血のために無残に切り裂かれ、背中から左腕にかけて透き通るような白い肌が露出していた。未成熟な背には、王族の証である八枚羽の痣も存在を主張する。注射針を刺した痕は丁寧に止血されているが、それがまた異質でもある。

 騎士ラドルフに、婚約者であるパレイゼ・リードの身の安全を保障すると言われ、彼女は此処へ来た。ラドルフの言ったことが真実かどうか見極める手段はなかった。罠である可能性を考えなかったわけではない――が、姉が処刑しようとしていたパレイゼの命を救える可能性があるのなら、とネビューリオは僅かな望みにかけたのだ。

 結果として、ネビューリオは黒いローブの男たちに取り押さえられ、縛られて実験動物のように血を抜きとられた――言ってしまえばそれだけだ。一度に大量の血を失って気が遠くなるような感覚があったが、ぼんやりとした意識の中で、自分の血を煽る男の姿を見た。彼は足を引きずっていたはずだったが、血を飲んだ瞬間にそれは完治したようだった。

 それから、血の薬に関して意見を求められた。彼らは妖精でもないくせに随分と薬について研究を重ねていたようで、部屋に持ち込まれていた幾つもの資料に目を通すことを強いられた。それを見たうえで、さらに完成度の高い薬を提供するよう求められたのだ。

 銃を後頭部に突きつけられて脅される。ここで断ってしまえば、パレイゼの身に何があるかわからない。自らのことよりも婚約者の命のことを想って、ネビューリオは望まないままにその研究資料を手に取った。ローブの男たちは何か他に用事があるようで、部屋の外に見張りの男を一人残してどこかへ行ってしまった。

 たった一人の見張りとはいえ、か弱い少女一人で此処を逃げ出せるわけもない。足は鎖が繋がれ、その鍵はリーダー格らしいマリウスと呼ばれていた男が持っていってしまった。鍵を壊せるような道具も見当たらず、ネビューリオは言われたまま研究資料の内容を把握することに努めている。がっちりと拘束されているわけではないが、それでも閉じ込めておくには充分と判断されたのだろう――そのとおりだった。

 ただひたすら、静かな時だった。信奉するゴーメーの小さな胸像がインテリアとして置かれているのがせめてもの慰めだ。蜘蛛の人形ゴーレムを使って救援を要請したことも、果たして上手く伝わったかどうかすらわからないままで、ネビューリオはただ耐える。

 資料にはマリウスの名前があり、全て彼が作ったものらしかった。害獣を元の生物に戻すための研究をしていたらしく、きちんと整理されてまとめられたものもあれば、日記のような形式になっていて読みにくいものもあった。中には研究資料とは関係ないような、ミュウスタット帝国に反逆しようとしているかのような内容も混じっていた。ミルディアとの関係を示唆するようなものもある――いかにも外へ出すつもりがなさそうな機密情報にも等しい内容の資料ばかりで、ネビューリオは自分を逃がすつもりもないのだろうと思った。彼らにとってはネビューリオは都合のいい実験材料であり、魔法薬の資料そのものでもあるのだから。

 姉とは道を違えたのだという証拠のことは、心の隅に棘となって刺したが、その悲しみで沈んでしまうわけにはいかなかった。とはいえ特別できることもない。

 一体どれだけの時が経ったのか、窓から差し込む光の加減もいつの間にか変わっていた。柊館の壁は分厚く、あまり音が聞こえないこともあって外の様子はほとんどわからない。

 突如、がちゃがちゃとドアノブを触る音がして、中に男が入ってくる。黒いローブを纏う彼は、随分と疲弊した様子で、そしてどこか荒々しい瞳でネビューリオを睨むように見た。がっと肩を掴まれて、ネビューリオは思わず怯んで声を上げた――その手はトカゲのようにびっしりと黒い鱗に覆われており、鋭い爪を持っていた。ひどく傷ついている腕からは、人のものとは思えないような真っ黒な血が流れていた。

 この男は人間であるはずなのに、人間の手をしていない。ネビューリオは確信を持って言った。「治したい害獣というのは、あなたのことなのね――マリウス・ウルズヴィヒト」

 マリウスは害獣が吠えるときのように低く唸って、しかし頷いた。

「そうとも、そのためにはどんな病も治す妖精の血が必要だ」

 ぎりぎりとネビューリオの肩を掴む手に力が籠められ、彼女は痛みに眉を顰める。

「あ、あなたは……魔術によって生まれてきた、そのせいで魔力炉に障害を負ったのでしょう。人間も魔術に手を出すのね……」

「そうだ。私の母は人間であるくせに魔術に手を染めようとして、失敗したのだ。だから私がこのような欠陥を持って生まれてくることとなった。優秀な子を望んだのだろうが、本当に――くずのような母だった。だがどうでもいいのだ、今となっては――妖精の王女という至高の薬がここにある」

 そのままネビューリオを床に押し倒して、マリウスはぎらぎらとした目つきのまま、注射器の針を彼女に向けた。鋭い針を向けられてネビューリオは悲鳴を上げるように「わたくしの血を使ってもあなたは治らないわ!」と言った。

「なんだと?」

 彼女の言葉に反応して、マリウスが動きを止めた。早く言えと急かすように肩を押さえこむ力を強くされて、ネビューリオは震える声で話を続ける。

「妖精の血の薬は、病も傷も治すけれど――あなたの場合は、その在り方が自然であり過ぎている。害獣になってしまうことを、自分の能力にしてしまっている。そうあることが自然な状態になってしまっているものは病ではない。元からあなたはそういう生き物として生まれてきているのよ――人間でありながら害獣でもある、それがあなたの在り方。薬があっても変えられるものではない……」

「まさか――まさかそんなことがあるものか! 至上の妖精の血でも治らないだと! ありえない! 私の魔力炉は病んでいる! 人を癒す能力を持ちながら、人を癒すことを諦めるというのか!」

「体の傷は癒せても、あなたは既に異常を起こした魔力炉の魔力で体質に変化が起きているの――強い魔族が角や羽を持って怪物に近づくように、あなたもまた怪物になってしまった。人間でありながら魔族に近い存在として生まれてきたあなたには、ただの人間になることはできない。器そのものが異質であることを正常ととらえているから、正常な人間の魔力炉を移植しようとすれば魔力不足であなたは存在を維持できなくなって死んでしまう――」

「嘘を言うな!」

 マリウスが吠えるように叫び、ネビューリオに注射器の針を突きたてた。無理矢理に針を刺される痛みから彼女は悲鳴を上げる。少女の苦痛など全く気にも留めず、採取した血を何かの粉末と混ぜて飲み干した。恐らくそれは彼の研究資料にある薬のどれかなのだろう。間もなくして、黒い鱗が人の肌に戻っていく。傷も瞬く間に塞がって消え、彼が傷を負っていたことなど全くわからなくなっていた。

「昔話をしようか、妖精の王女殿。ミュウスタットという国の話だ」

 何、妖精から見ればそう古い時代のことでもない――マリウスはネビューリオの耳元に囁いた。

「我が祖国は、犠牲の屍の上に建っているのだ。帝国という形を作るためにそこに暮らしていた者を殺し、その帝国をさらに広げるために周りの国を食い荒らしてきた。自分のために他人を蹴落とすのがミュウスタット流なのだ。私の家もそうやって発展してきた」

 血塗られたミュウスタットの歴史。かつての王国を打ち倒し、帝国として生まれ変わったミュウスタットは、周辺の小国の争いを解決するとしてそれらの国へ侵攻し、国の一部として取り込んできた。実際にさまざまな兵器を開発し、レテノアにとっても一つの脅威となっている。魔王という抑止力がなければ、あっさりとレテノアも瓦解していただろう。

「私は財団を発展させ、先代の皇帝の信頼も得たことで、揺るがない立場を得た。望んだものは全て手に入る。今では金で解決できないことはないほどだ。何もかもが順調だった。ただ一つ――私の病を除いては」

「……害獣化してしまう、ということ……? それを治すために、妖精であるお姉様に近づいたというの……?」

「そうだ。妖精の王女と懇意になっておけば、妖精の薬を得るのも容易くなる。ミルディア自身は期待したほどの妖精ではなかったが、他の害獣の個体でも研究を進めるのに協力してもらった。メーフェの地を獲るためといって、あの王女殿は随分と私に尽くしてくれた――そういう意味では、素晴らしいパートナーとも言えるかな」

「心にもないことを。一体あなたの望みのために、今までどれだけの生き物を犠牲にしてきたというの――」

 些末な犠牲だ、とマリウスは言った。

「崇高なる目的のためならば、それくらいは安いものだ。今の皇帝は随分と温い考えを持っている。私ならばもっと上手くやれる。だからこそあの男をその玉座から引きずり下ろし、私の支配のもとで、ミュウスタットを完成された帝国に作り替えるのだ。しかしながら、人の上に立つものは人でなければおかしい。人の国なのだから」

 理想を語る彼の言葉は、ネビューリオにはどうにも現実的なものには聞こえなかった。現実にそのような考えを持ち行動する者がいると、信じることができなかった。彼は自分の望みのために、あらゆる他者を犠牲にしてでも、それを叶えるつもりでいる。いっそ狂信的なようにも感じられた――自らの考えを信じ切って、他の言葉を聞くつもりがない。

「妖精の血を飲めば、私の体は人に戻るのだ。私は人間だ。お前の血には間違いなく効果がある」

 くつくつと笑っているが、その瞳には最早理性の色が見えなかった。害獣化が進みすぎて、彼の思考にも影響が出ているのかもしれなかった。

 ネビューリオは無理矢理血を抜かれたせいか、どうにも力が上手く入らないまま、床からマリウスを見上げた。「違うわ」と呟くとマリウスに殴られたが、それでもネビューリオは言葉を紡ぐことをやめなかった。

「……かなしい人。害獣としてのあなたが、薬の魔力で欠けたところを埋めているだけよ……あなたは害獣としての性質で魔力に飢えているから、それが一時的に満たされているにすぎない。あなただってわかっているはずよ――ずっと研究してきたんでしょう。目を背けたって結果はもう出てる」

「黙れ――私はまっとうな人間にならなければならないのだ! ミュウスタットの玉座のためには! お前が生きて薬を作る気がないのなら、それこそお前という素材を全て使ってでも私は望みを完遂する――!」

 部屋に飾られていたゴーメーの像を掴んで、マリウスがそれを振り被った。

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