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姪御×王子  作者: 味醂味林檎
第四章 罪の在処

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第三十六話

 妖精軍の指揮を代行するラドルフは、内心で焦りを感じていた。

 主たるミルディア王女は、計画は全て順調であると言った。だが、どうにもラドルフは不安の要素を感じてならない。それは得体の知れないマリウスへの不信感そのものでもある。

 確かに兵器は強い。これまで磨いてきた剣の腕など全く関係もなければ、魔界貴族の魔術よりも戦闘に特化した力を容易く扱うことができるのだ。生まれついての才能に左右される魔術や魔法医療とは違って、誰であっても扱い方さえ覚えれば同じ力を使えるというのは、非常に重要なことだった。

 だが、それでも、ラドルフはマリウスを信用することに否定的な感情が拭えない。相手は人間だ。それも自分の国を転覆させようと企むような輩だ。信用に値しない――ラドルフの感覚では、とても頼れる味方とは考えられなかった。

 現在、ミルディア王女はパレイゼ・リード・フェルマに連なる者たちに嫌疑をかけて強引に王都へ呼び集めている。パレイゼを処刑し、一族もろとも滅ぼすなり追放するなり、その権力を奪い尽くす魂胆だ。そもそもパレイゼに対する嫌疑も罪の擦り付けであるが、そういった手段は歴史上珍しい話ではないだろう。

 それに加えて、イースイル王子のことも表沙汰にした。その生存を認めるのではなく、偽物であるということにして始末してしまうつもりである。

 これらの関係から、今、魔界から新たな魔王クロヴィスと、そよ風の魔女ロズが王都へやってくる。嫌疑のかかった者たちの護送という名目だが、恐らくは助命嘆願をしてくるはずだ。それどころか、ミルディアの決定に不満でも抱こうものなら、いつ牙を剥くとも知れない。相手は戦いの専門家である。

 ミルディアからあれこれ権限を与えられているとはいえ、本来一介の騎士にすぎないラドルフに自由が利くことは少ない。嫌な予感がするからといって、その対策を万全にできるかといわれるとミルディアの許可がなければままならない。もしも予感が的中して魔界の連中が反旗を翻すようなことをした場合に、果たしてマリウスはこちらの味方であると頭数に数えて良いものか。

 無意識のうちに、ラドルフは親指の爪を噛んでいた。不安への対策を思考して知らず知らず体が揺れる。ミルディアの騎士として、彼女の不利になるものを取り除かなければならない。マリウスのような怪しい者ではなく、自分のような騎士こそが、本当にミルディアの力になれるはずなのだ。

 ――難しい、とラドルフは思った。全て順調にいっているとミルディアは言うが、どこに落とし穴があるかわからない。相手は魔界を束ねるような立場の戦略兵器に等しい怪物のような魔術師たちだ。果たして彼らを上手く説得できるか、あるいは不満をぶつけられたときに捻じ伏せられるものか。いくらマリウスの銃が烈風魔王を殺した兵器だからと言っても、それが何度も通用するかわからないのだ。

 本当に王女の言うとおりならば有利な立場であるはずだが、ラドルフはあまり勝利するイメージを抱けないでいた。消極的でいけないとは思うが、ミルディアはいつか破綻しそうな気がしてならないのだ――それならば、一人くらい、万が一の対策を練っておくものもいなければならないだろう。

 ラドルフは妖精軍の中でも、自分と同じようにミルディアについた騎士たちを集めることに決めた。これから数日のうちに、ともすれば一日二日のことであっても恐らく状況は大きく動く。そのとき、何かミルディアにとって良くないことが起きたとしてもすぐに対応できるように、味方として信頼できそうな相手には予め言い含めておくのだ。

 そこまで考えて、ラドルフは目を閉じた。随分とミルディア王女に入れ込んでいると自分でも思った。たった二年ほど前には若きイースイル王子のしなやかな強かさに羨望を抱いていたというのに、今ではすっかりミルディアのほうについている。彼女の誘惑という毒を飲んだ結果だ。あの薔薇のような彼女にとっては、ラドルフの存在は支えになる土どころか養分以下の存在でしかないかもしれなかったが、それでも取り立ててやろうと言われているのだ。それを受け入れたのはラドルフ自身の意思である。

 ふと、ネビューリオ王女のことを思い出す。ミルディア王女は妹を暗殺させるため、マリウスの手の者から狙撃手を選んで撃たせたが、それは結局失敗に終わった。

 本当に殺すつもりだったのなら、何でもないような顔で近づいて国王を殺したのと同じように毒を盛るだとか、それこそラドルフに命じて直接斬らせるだとか、そういった手段を取ればよかったのだ。それならば銃の狙いが外れて殺せない、というようなことはなかっただろう。

 ――ミルディア王女は、妹を心から殺そうとは思っていないのではないか。

 そのような憶測にこれといった根拠があるわけではなかったが、ラドルフの脳裏にはそのような考えがよぎった。イースイルを城から突き放した後、正妃ロランの娘であるネビューリオが王代理となり、ミルディアがその補佐についたが、その間にも殺そうと思えば殺せるタイミングはあったはずだ。妹を生かす理由を「その機ではなかった」と言うミルディアだが、それだけであったのだろうか。

 ミルディアの傍につくようになってから、恐らく一番に彼女のことを知るようになったラドルフには、どうにもそれだけという感覚がしなかった。イースイルとは深く対立しているが、妹とはそこまでではないような感覚があるのだ。補佐としてついていたからということもあるが、表立って激しく争うことはなく、むしろ当たり前の姉妹のようなところもあったはずだ。それはネビューリオが穏やかな気質で、他人の意見をよく受け入れる柔軟さを持っていたことが大きいが、たった一人の姉を心から愛し、決して下に見ることなく敬意を持って接する、そういった姿勢がミルディアの琴線に引っかかっているのではないのか。まるで聖女のような妹に、過激な毒を与えることが躊躇われたのではないか。

 果たしてミルディアの本心がどこにあるのか、ラドルフにも完全にはわかるところではなかったが、もし妹に情があるというのならそれは野心を抱くミルディアの中に残された微かな人らしさなのかもしれない。そして、それはミルディアにとって不利な状況を招く原因にもなり得る。王位を簒奪し、人間への復讐を果たそうと考えるような女に、人らしい心などあっては。それは弱さにしかならない。

 ラドルフの主には、悲劇が必要なのだ。最後まで強く美しく甘美な毒であるためには、人らしさを取り戻させるような存在は必要ない。イースイルを始末する、それと共にネビューリオについても、対応しなければ。

 そう考えていたところへ、ミルディアからの連絡を伝えに使用人がやってきた。

「……パレイゼ・リードの血をマリウスへくれてやる、だと?」

「優秀な妖精の血を技術開発のために使うと……」

「首を刎ねる予定があるからちょうどいいということか」

 もう数日もすればあの公爵の命はない。確かにちょうどいい研究資料にできる――だが、ラドルフはゆっくりと首を横に振った。ちょうどいいというのなら、ネビューリオの対処をするためにもちょうどいいタイミングではないか。あの優しく美しい姫君ならば、婚約者の命を助けてやるとでも言えば、喜んで血を差し出すのではないか――この国で誰よりも優れた、至上の妖精の血を。

「ラドルフ殿?」

「ご苦労だった。もう戻るがいい」

 最早、深い事情を知るわけでもない伝達係などに構っていられる暇はない。ミルディアという薔薇のために、ネビューリオという菫には養分になってもらうほかない。それがたとえ、かつて敬意を抱いていた王子の同腹の妹であってもだ。

 妖精族なら誰しも自分の血を薬に変えるために、医療用の注射器や血を保存するための瓶を持っている。新品のそれを用意して、ラドルフはミルディアに無断でネビューリオの部屋を訪ねた。

 豊かな黒髪の彼女は、突然やってきた来訪者に対して、驚いた様子であった。

「一体、何の用です――お姉様がお呼びなの?」

「あなたの血をいただきに参った」

「わたくしの血を……?」

 何のために、と訝しがる王女に対し、ラドルフは自分の主が誰かを誘うときと同じように囁いた。

「パレイゼ・リードの命が惜しくはないのですか」

 ネビューリオは目を見開いた。




◆◆◆




 シャルロッテを乗せた馬車と、イースイルを乗せた馬車はそれぞれ別に出発したこともあって、到着は同時とはいかない。時間としては、恐らくクロヴィスたちよりロズたちのほうが先についている――ロズたちはイースイルを護送してきたのだという顔をして、王都の門を潜り抜けた。ロズは一旦馬車から出て、バイクに乗って馬車のすぐ傍を行った。

 先に王都へ辿り着いて、旅人のような顔をして潜入している魔界の兵士たちがいるとはいっても、その数は怪しまれない程度に留まっているため決して多いわけではない。上手く活用すれば力になる、という最低限度の人数だ。ここは決して気を抜ける場所ではなく、今は敵地ともいえる場所だ。何せ考えの近い政治家、貴族たちの多くがパレイゼ同様に捕らえられたり、政治の場から遠ざけられている。

 城へ向かうのがこれほど憂鬱なことがあるだろうか。馬車の中に無理矢理武器を詰め込んで、狭くなっているところへ乗り込んできたものだから、そもそもあまり休まらなかった。その状態で、これからミルディアに相対する――そのことを覚悟して進む遺跡と現代建築の融合した街は、この日雲が多く、太陽は陰って見えなかった。

 バイクで馬車と並走していると、御者が「うわ」と何か驚いたような声を上げた。ロズは様子を窺う。

「どうかしたか」

「いえ、突然猫が飛び乗ってきたもので……」

「おや、そやつは吾輩のところの偵察兵ですぞ」

 オーウェンが小窓から顔を出して言った。御者に飛び乗ったというその灰色をした猫は、するりとしたしなやかさで馬車の中へ入りこんだ。何かくわえていると気づいたロズが小窓から中を覗き込むと、それは見覚えのあるものだった。よく見せろと言ってイースイルに猫を抱えさせると、間違いない、それが持っているのは女神祭のときにロズがネビューリオに贈った蜘蛛のブローチだった。窓枠を飛び越えてロズの腕に飛び移る様はまさしく蜘蛛そのものだ。

「こいつリオ様の人形ゴーレムだ。お前リオ様と会ったのか」

 返事はにゃあという鳴き声一つだが、それで充分すぎた。イースイルは猫を抱えて目を合わせる。

「あの、リオと会ったのですね? あの子は無事でしたか?」

「吾輩が話を聞きだしましょう」

 猫同士ですから、とオーウェンは言った。灰色猫はイースイルの腕から飛び出すと、にゃあにゃあとオーウェンに何か話した。ロズもイースイルもさっぱり理解できなかったが、猫同士では話が通じているようであった。当然といえば当然の話だが、人語を解するオーウェンもやはり猫なのだということを改めて実感させられるような状況である。

「ふむ、なるほど」

「何だって?」

「ネビューリオ殿下は騎士たちの見張りのある部屋に閉じ込められているようですが、無事であるとのことです。蜘蛛のブローチはネビューリオ殿下がお放しになったものを持ってきたと」

 ロズの手の上で蜘蛛が跳ね、馬車に戻って床に降り立つと何かガリガリと音を立て始めた。床を削っているのだ――それは言葉だ。

「救援求ム――これは、リオからのメッセージ……!」

「これは命令されたうちに入るよな?」

 ロズが確かめるように言うと、イースイルもオーウェンも頷いた。

「よし、それならグレーのチビと蜘蛛、お前たちに新しい仕事だ。たぶんこの後クロヴィスとシャルロッテ殿の馬車がくるから、リオ様からのヘルプコールを伝えるんだ。クロヴィスが使い魔を作って命令を拡散するのが一番早いからな……」

「クロヴィス殿は猫のことをわかってくれるでしょうか」

「蜘蛛がきちんと伝えてくれるはずだ。一応そういう風に魔術式を作ってる」

 できるだろう、と問いかけるようにして蜘蛛と目を合わせると、頷くような仕草をした。それだけ意思疎通ができるのだから問題はない。ネビューリオに尽くすように作った蜘蛛だ、自分の主人である美しい少女を救うためであればきちんと役割を果たすだろう。

 猫の背に蜘蛛を乗せて、馬車の外へ送りだす。間もなくして、グレーの猫の姿は街の雑踏の中へ消えていった。

「あやつは鼻が利きますゆえ、クロヴィス様の馬車はすぐに見つけられるはずでございます」

「あの猫も魔物なんですか……」

「流石に人の言葉を話すところまではいきませんが、あれは景色に溶け込んで姿を消す能力を持っていますから、まず見つかってはいけない相手に知られることはないでしょう」

「それすっげえ頼りになるな。俺たちはこんなキャンドルがなきゃそれできないんだぜ」

「まあ、あれは逆に言えばそれしかできない猫ですから、姫様のように道具で補えるほうが、何にでも対応しやすいでしょうが。専門性という意味では有能でございますよ」

 ランタンの中でキャンドルの火が揺れた。火がある間は幻惑が色々なものを隠してくれる。ネビューリオとパレイゼを救いだすために、もう暫く、馬車の中身は隠し事にしておかなければならない。

 王城は、もうすぐそこまで迫っている。




 それからおよそ三十分の後、密かに魔王クロヴィスの使い魔が魔族の戦士たちに命令を伝えることとなる。戦士としての誇りをかけて、狂気に堕ちたミルディア王女を拘束し、ネビューリオ王女を救出せよ――ネビューリオの救援要請は、充分すぎるほどの大義名分であった。


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