第三十四話
ロズに魔術品の制作を命令したクロヴィスは、その頃、ロズに代わってミュウスタットに電話連絡をとっていた。魔界の繋がり、いとことしての繋がりは深い。イースイルどころかシャルロッテにも影響のある事態へと発展してしまった今、ベルクだけの問題ではない――魔界の代表が話を通すほうが早いのだ。
クロヴィスが打診すべきことは、指名手配のマリウスの扱いであった。レテノアとして、魔界として、マリウス逮捕のために行動に制限がかかるようではいけないからだ。万が一殺してしまうようなことがあっても良いという条件でなければ望ましい形での協力はできない。
その連絡を受けたミュウスタット皇帝アクラダは、むうと唸った。
「なんとか殺さず捕縛するということはできないか。厳正な裁きを受けさせたいのだが」
『武装している相手に手加減などしている余裕はない』
電話の向こうで顔もよく知らぬ魔王にそう言い切られると、アクラダはまた唸った。
直接こうして上に立つもの同士で連絡を取り合うのは、間に人を挟まないことで無用な情報漏洩が起こるのを防ぐためだが、その場で全て考えなければならないのは忙しない部分でもある。一つの判断で全てが決まる。
マリウスを殺されるのは、ミュウスタットにとって少々都合が悪かった。無論、捕まえたなら裁判にかけて、適切な形で罰を下すことになる。恐らくマリウスが有罪の判決を受ければ刑罰は処刑か終身刑となるだろうが、その前に彼には聞きださなければならないことがあるのだ。
マリウスはミュウスタットでも有数の財団のトップに立っていた政治家である。それが大量の財宝や兵器を持ちだした。その行方は把握できるのか。そして彼の屋敷の地下に残されていた何かの痕跡――何の目的で何をしていたのか。今後の犯罪事件の抑止のためにも、恐らく情報を握っているであろうマリウスには尋問が必要なのだ。先日捕らえた男は組織の末端にいる者だったようで、マリウスの計画を具体的に掴めるようなことは知らなかった。マリウスをいずれ殺すとしても、可能ならば捕まえて聞きだせることを全て聞きだしてしまってからのほうが都合がいい。
そこへ、部屋のドアがノックされる音がする。今は誰も入れるつもりのないアクラダだったが、ドアの向こうで「緊急です」と言われると、アクラダは渋々クロヴィスに了解を取って、電話を保留にした。
一体何ごとかと思いながら鍵を開けると、そこにいたのは他の騎士に体を支えられながらも、きっちりと軍服を着込んだ仮面の男――今は入院しているはずのルクラスだった。
「なっ……お前、なぜ……!? 安静にしていなければ駄目だろうが!」
「いやあ、陛下。事情をわかった相談相手がいたほうがよろしいでしょう」
仮面で目元を隠しているが、口元はへらりと笑っていた。銃で撃たれた傷の痛みは相当のはずだ。事実体を支えられてやっと立っているくらいで、気力だけで来たのだろう。本来ならここで病院へ戻すべきであったが、アクラダが相談相手を求めていたのも事実だった。
あまりクロヴィスを待たせすぎるわけにもいかず、アクラダはルクラスを部屋へ連れ込み、普段自分が使っている豪奢なベッドに寝かせた。ルクラスを連れてきた騎士は外へ出し、アクラダは「よし」と言った。
「良いのですか、私が此処を使ってしまって」
「お前の心遣いはありがたいが、無理をされては困る。傷に障らないようにせねば」
寝たままでいいからアドバイスをくれ、と言われて、ルクラスは柔らかなベッドに横たわりながら苦笑した。受話器を取ろうとするアクラダに、ルクラスは「誰とのお電話かな」と問う。
「レテノア魔界の新たな魔王、クロヴィス・バルテルミーだ。マリウスを殺してしまってもいいかと聞かれている」
「はあ、なるほど。ならばマリウスの生け捕りは諦めるがよろしい。魔界の連中の機嫌を損ねるのは後がつらい。何せあの烈風魔王の子と姪が相手です」
「だがマリウスは……」
「奴の屋敷のことは聞き及んでおります。恐らくは害獣研究の残骸だ――奴は害獣を操る手段を得ている可能性が高い。捕らえたとき、我々にわからないように害獣を操って襲い掛かってくるかもしれません」
「お前――いや、いい、詳しい話は後で聞く」
以前害獣事件の捜査を命じたが、まさかここでマリウスと繋がってくるとは予想していなかったアクラダは頭を抱えながら、改めて受話器を取った。
どうにもルクラスはマリウスの悪事について資料以上のことを把握しているようだ。恐らく先日の襲撃のせいで話すのが遅れたのだろうが――ともかく、それならばマリウスを生かしておくのにリスクが大きすぎる。
「待たせて申し訳ない」
『それで、お返事は?』
「――そちらのご協力がいるのは事実。引き渡しが死体でも文句は言わない」
『英断をどうも。こちらとしても協力しやすくなる』
そこで電話が切れた。アクラダは自分の判断が正しいかどうかわからなかった。少なくとも今の返事で、マリウスの持つ多大な情報や何かの研究成果が失われたかもしれない。その損失はどれほどだろうか。
だが、それでもルクラスを無視はできなかった。現状で、一番信頼が置ける相手は彼だ。先代から仕えたヨルクの子にして、自身の側近であるこの仮面の騎士こそが、状況を一番把握している。
「……お前、害獣事件の調査もそこまで進めていたわけか?」
「確証がないことを報告するわけにはいきませんから、話が遅くなりましたがね。マリウスの屋敷地下の話を聞いて確信を得ました」
「お前がそういうのなら、そうなのだろう」
アクラダが言った。帝都に現れた害獣によって有力な家臣を何人も失うことになったため、頼れる者は少なくなったが、ルクラスがいるということに安堵していた。
「西進派、か……何故俺はもっと早くその裏に気が付かなかったのか」
故ヨルク同様、父の代から仕えてきたマリウスを、その実績をもって信用していたが、すっかり裏切られてしまった。アクラダは打ちのめされた気分がしているのと同時に、自らを情けなくも思う。自分が早いうちにマリウスのことを見抜いていれば、事態は簡単に終結したのではないか――ルクラスは「今はもうわかっているのですから良いでしょう」と言った。
「過去よりも前を向かなければ。マリウスの関係者は皆姿を晦ませたといいますが、探せばどこかに隠れているやもしれません。その捜索に人員を割いていただけますか」
ルクラスが言うと、アクラダは頷いた。ルクラスは礼を言ったが、暫く沈黙してから「お一つ申し上げてよろしいか」と声を上げた。
「何だ、言ってみろ」
「陛下はもしや警戒心が薄くていらっしゃるのか」
「お前を相手に警戒する必要があるのか?」
アクラダが首を傾げると、ルクラスはハハ、と乾いた笑いを漏らした。一体何がおかしいのかよくわからないが、どうもこの騎士は機嫌を良くしたようだった。笑いを堪えきれないといったふうにくふ、と吐息を漏らして、それが傷に響いたようですぐに笑い声は呻き声に変わった。
「無理をするな」
「いや、はは、情けないことです」
「やはり病院に戻ったほうがよさそうだぞ」
「この柔らかいベッドは名残惜しいですなあ」
「なら医者を呼ぶか。お前から聞かなければならない話はまだまだある」
言いながら、既にアクラダの手は電話に伸びていた。もうすっかりその気であった。ルクラスが「私も話したいことが山とあります、今後のために」と言うと、アクラダは満足げな顔をした。
◆◆◆
一晩を魔王城で明かしたロズは、翌日、両手に四つのランタンを持っていた。中にはキャンドルがある。明るい今はわかりにくいが、火が点されていないにも関わらずぼんやりと光っているようであった。
「それがクロヴィス殿からの頼まれものですか?」
イースイルが覗き込みながら問うと「そうだ」とロズからの肯定が返ってくる。
「幻惑キャンドルだよ。こっちも色々備えておかねえとだろ。でも目立つわけにはいかねえから幻を作って隠しちまおうってハラさ。幻を魔術って言うのはちいと無理がある気がするけどな」
「どう違うんですか……」
「魔術ってのは魔力を形にすることなんだ。幻ってのは実体はないものだからさ。魔術品って意味なら間違いじゃねえからいいのかもしれねえけど」
「厳密な区分みたいなものがあるんですね。魔法医療が魔術ではないのと同じことですか?」
「まあそんなところだ」
ランタンを抱えてロズが言う。持つのに苦労していそうだと感じて、イースイルはロズから二つ受け取った。
「四つも作ったんですね」
「俺たちが使う分と、クロヴィスが使う分、あと予備もいれての四つだ。流石に神経使った気がするが、まあ、それなりにいい出来にはなっただろ」
あとは火を入れるだけでいい、とロズは言った。にやりと笑うのは少年のような悪戯っぽさがあったが、一晩ろくに眠っていない彼女は少し疲労しているようだった。
ミルディアからの要請を表向き甘んじて受け入れることにした魔界は、シャルロッテとイースイルを別々の馬車に乗せて運ぶことに決めた。シャルロッテはそのまま出発し、イースイルは一旦ロズと共にベルクへ戻ってから出発する。
身柄を引き渡すというのは見せかけだ。馬車の中には武器や防具も一緒に積んでいる。さらに護送のためと称して、オーウェン・O・オーウェルを呼ぶ。彼をイースイルのほうにつけるのは各地に派遣された魔物たちからの連絡を通訳するためである。これらは、ロズが作りだした幻惑キャンドルに火がつけば、まるで存在しないかのような幻想が生み出され全て隠されてしまうため、容易にミルディア側に知られるということはないだろう。
他にも、一足先に魔族の戦士たちを王都へ送りこんでいる。旅行者に見せかけて王都のホテルに泊まらせているが、全て有事に備えて、すぐに行動に移せるように待機させているのだった。
「ミュウスタットの連中からマリウスをうっかり殺してもいいと言質をとったよ。やつが実際どこにいるかはわからないが、ミルディア殿下と繋がりがあるのなら王都にいてもおかしくないからね」
「クロヴィスも王都に行くんだろ?」
「ああ。パレイゼ殿、ひいてはシャルロッテを含めたリード一族の助命嘆願、という建前でね。魔界の軍勢を全て王都に連れて行くわけにはいかないし、万が一のことがあったときの戦力として僕は必要だろう。その間の国境警備は他の魔族たちに任せておくことにするよ。使い魔も置いておくし、状況さえ把握できていればそう問題じゃないはずだ」
「油断はできねえけど、まあそうするのが一番か。怪しまれないで一番の戦力を王都に連れていけるってのはいいよな」
クロヴィスは烈風魔王テオの血を色濃く受け継ぐ新たな魔王だ。魔王と言われるだけのことはあって、周囲に大きな影響を与える魔術を使いこなせる人物である。魔王一人の力というのは、重大な戦略兵器そのものに等しいのだ。
魔王の存在はミュウスタットへの牽制にもなっているが、今皇帝アクラダにはレテノアを攻める余裕も、そのつもりもないだろう。そういった意味では、彼が城を空けることができる絶好の機会である。
「とにかく、ネビューリオ殿下の安全の確保と、パレイゼ殿の救出を優先しよう。ネビューリオ殿下から一言もらえれば、それで充分ミルディアに抵抗する理由になる」
「戦争させないでおこうって言って内乱やってたんじゃとんだ皮肉だけどな」
「人に刃を向けようと言う王女が相手なんだ、向こうだって刃を向けられる覚悟もしているだろう」
クロヴィスが言った。ロズはそれに対してはもう何も言わなかった。
ともかく準備は整った。王都へ向かう――パレイゼが前に伝えてきた波乱とはこれだろうか。何にせよ、相当に疲れさせられる事態にはなりそうだった。
(イースイルもシャルロッテ殿も守る、外国との戦争も避ける、リオ様とフェルマ公爵も助け出す――全部やんなきゃってのはマジで骨が折れそうだ)
だがやるしかない。ロズはふう、と一つ息を吐いてイースイルの元へ向かった。これからが短くて長い、歴史に刻まれる事件になるのだ。




