第二十八話
ロズはミミから報告を受けて、ルクラスにも魔王城の事件の詳細を伝えることに決めた。
「ミミの迂闊でしたの……」
「いいさ、どうせ情報は共有することになる。あとルクラス卿よ、あんたうちのメイドに気安くちょっかいかけんなよ」
「可愛い子猫ちゃんだと思って」
(これ素なのか……)
ルクラスは普段はどうにも軽いところがあるらしい。まさかミミにもそういう話を振るとは思っていなかったが、最早そういう生き物だと考えるべきか。
「とりあえず話すぜ。あんたは害獣が魔王城を襲ったことはわかっているみたいだけど、細かい話をするとそこには誰かさんの悪意も絡んでたわけだ」
何者かに魔王やシャルロッテが狙撃され、操られた害獣が魔王を襲った――ミュウスタットの帝都で起きた事件とも類似しているこの事件に、人間が関わっている疑いを向けていたということを語る。恐らくはマリウスと関係がある話なのだろう。
「九割九分間違いないだろうね。帝国軍のライフル弾は調べれば用途がわかるが、マリウスの私設軍隊のものだったら幾らでも誤魔化しができる」
「なるほどね。まさかあんたからこいつの正体を告げられるとは思わなかったぜ」
ロズは銃弾をつまんで観察しながら言った。
「ミュウスタット人の犯行、恐らくマリウスの手の者ってことでほぼ間違いないわけか……王都にまで潜り込んでもバレないような道がそいつらにはあるんだよな。フェルマ公爵は何か知らねーかな」
「パレイゼですか?」
イースイルの知るパレイゼは、若くして賢者と呼ばれるような物識りな男だ。彼に聞いてわからないことなどまずない。全能というわけではないはずだが、頼りになる男には間違いない。しかもロズは彼の連絡先を知っていて、連絡をつける手段を持っているのだ――前回は上手く繋がらなかったが、二度目は繋がるかもしれない。
「何でも知ってるってんで有名な人だし、ダメ元で聞いてみるのもありかもしれんと思ってな――ま、その前にこいつのことでルクラス卿には言っとかなきゃいけねえことがあるか」
「うん?」
「こいつは重要な証拠のひとつ――これを理由に俺たちはあんたたちに喧嘩を吹っかけることができる。いくら魔界が混乱してると言っても、魔王の復讐のためとあらば皆団結するさ――あんたたちが隙をついて攻めると考えるより先に行動すればいい。わかりやすい火種が見つかったわけだしな」
「おっとやっぱりそうくるか」
ルクラスが苦い顔をした。だがロズも譲るわけにはいかないのだ。ルクラスとは協定を結んだが、主導権を握られるのは望ましくない。彼は対等であるという体ではあるがどうにも人の弱みをついてこようとするところがある。だがこちらも弱みを握れるとなれば、精神的にもフェアといえよう。
「そんな面倒なことはしねえよ」とロズがフォローすると、ルクラスは苦笑した。
「脅威はなるべく減らしておきたくてね」
「気持ちはわかるぜ」
誰しも地位を持ち、守るものができるとそうなるものだ。ロズとて生まれ直す前はこれほど深く考えるということはしなかったものだが、魔界貴族としての責任を学ぶと自然とこうなった。嫌なことは出来る限りそれが発生する前に片付けてしまいたいのだ――被害を減らすためにはそれが一番である。
「それで、ルクラスはこの後どうしたいんですか。そういうのは今のうちにハッキリとさせておいたほうが良い。お互いの連携のためにも」
イースイルが促すと、ルクラスは姿勢を正した。一つ咳払いをしてから、思案するように話し出した。
「できれば、俺としてはそいつを理由に西進派が面倒を起こそうとしていると皇帝陛下にお伝えしたい」
「それで?」
「国益のために西進派を排除するように仕向ける。今の状況を懇切丁寧に解説してやれば陛下も俺の進言を無碍にはしないだろうからな……そのために、提出する証拠としてその弾丸を譲っていただくことは可能かな?」
ロズはゆっくりと首を横に振った。それから腕を組み、唇を笑みの形に歪める――悪戯のアイデアを思いついた少年のような笑顔で、彼女は言った。
「残念だが俺たちはこれをあんたには渡せないぜ。それにもう面倒事は起きてる。だから言い回しを変えてもらおう――西進派と思しき連中がレテノアに喧嘩を売った。魔界はそいつを買う気だが取引には応じると主張してる……ってね」
◆◆◆
烈風魔王の姪にして、現魔王クロヴィスの従妹でもあるロズは魔界の重要人物にすぐに連絡がつけられる立場にある。テオは人間の技術にはほとんど興味を持っていなかったが、クロヴィスは違う。古いものの研究を好んでいるが新しい技術を取り入れることにも寛容で、彼の部屋にはロズが設置するよう進言した電話がある。これを傍聴するほどの技術はレテノア人にはないはずだ。
ロズがルクラスとのやりとりについて報告をすると、クロヴィスは『全てロズに任せよう』と言った。
『僕はまだまだ魔王業には慣れなくてね。人間の技術にも興味はあるが、人間そのものについては普段から商売をしてるロズのほうが詳しいだろうから』
そういうわけで、ロズはクロヴィスの威を借りて抗議文を認めた。ミュウスタットへ戻るルクラスに持たせるだけで済む簡単な仕事である。あとはルクラスが上手く立ちまわればいいだけのことだ。
「銃弾なら写真があれば充分だろ?」
「何事もなく解決したらまたこちらからも連絡しよう。あの可愛い子猫ちゃんともまた話したいし」
「あんた何を言ってるんだ」
子猫ちゃんとはミミのことだ。単純に愛らしい姿の魔物と触れ合いたいという感じがしない。むしろ対等に女性として見ているような言い方だ。あまりにも当たり前のようにさらりと言うそれが軽口なのか本気なのかよくわからないが、どうにもロズにはついていけない。
ルクラスがベルクを去るのを見送ってから、イースイルは「あれは本気っぽい感じでしたね……」と言った。冗談を言うような雰囲気ではなくしみじみと言うので、ロズは頭を抱えた。
「あいつマジか」
「悪い人間ではない……と思うんですけど」
「善人でもなさそうだけどな」
「そこは私も否定できませんね。一応気を張る相手には表面上取り繕ってるみたいですし、そういうところはロズさんと似ているかもしれません」
「俺と似てるとかそれすっげえタチが悪いぜ」
ミミはロズに仕えるメイドだが、姉妹のようにして育った仲でもある。いつかはミミも嫁にいくだろうとは思っているが、変な相手は選べない。どちらかというとルクラスは変な相手の範疇に入る――ミミは人ではない。立場ある人間であるルクラスの傍に行くには困難が多すぎるとわかっていて、ロズはミミを差し出すようなことはしない。
そもそも当のミミはといえばルクラスに対して特に強い興味を抱いているわけではないようなので、そもそもロズがルクラスを応援する理由など一つもなかった。ロズ自身が政略結婚から逃れるために行動していたくらいなのだから、それを他人に強要するつもりはない。
「まあいい、深くは考えないことにする。この弾丸が手元にあるってだけでも充分だ。クロヴィスをせっついて国境警備を強化させておこう」
「ルクラスは上手く皇帝を説得できるでしょうか……」
「東進派が有利になればレテノアと揉める原因になる西進派は解体される方向に向かうはずだ。逆にルクラスが失敗したとしても、こっちは相手を拒否する理由があり、迎え撃つ準備ができているってことになる。防衛戦はレテノア魔界の得意とするところだぜ」
妖精たちの説得も必要にはなるが、ミュウスタット人に敵意を向けられた事実がこの弾丸という形で残っているのだ。それが難しいことだとはロズは思っていなかった。元々魔族は自治を認められていて、妖精を守る立場にある存在だ。その魔族の不満を買うようなことを、妖精の貴族は基本的にはしない。妖精の敵は魔族の敵であり、魔族の敵は妖精の敵になるのだ――たとえ西進派と繋がりがあるはずのミルディアでも、自分の立場を悪くするようなことを進んでするとは思えなかった。もしもミルディアが彼女に同調する派閥を率いて自分の意見を通すようなら、魔界は魔界の意見を尊重する貴族たちを立ててミルディアの排除に向かえばいい――あまり綺麗な方法ではないが、そういったことも一つの手段として考えられる。
(できればそれより早いところミルディア王女を抑え込むだけのモノが見つけられればいいんだが……)
イースイルを保護した際に、オーウェンは人間社会に魔物を紛れ込ませると言った。そしてロズの依頼で、王都にも魔物を派遣している。各地の調査は魔物に任せるのが一番だが、魔王城の修繕にも関わっている彼らに急げとも言えない。急かさずともある程度わかれば報告してくるはずである。
「オッさんに頼んだ調査の結果も気になるが、さて。他に今できそうなこともないし――今度こそフェルマ公爵に電話してみるか……」
「そうですね。それが良いと思います」
ダイヤル式の電話は便利だ。番号さえわかっていれば話したい相手に直接繋がる。これぞ文明の利器、人間の発明品の中では特に素晴らしいものといえよう。魔術品に似たものがないわけではないが、それを稼働させるコストを思うと電話をかけるほうが良いのだった。
今回の電話はすぐに繋がった。だがそれに出たのはパレイゼ本人ではなく、彼の使用人であった。
『ロズ・バルテルミー・ベルク公爵様でございますね。パレイゼ閣下より伝言をお預かりしております』
「フェルマ公爵殿はおられないのか」
『閣下は今国王陛下の容体を見ておられます。あの方も妖精の中では優れた血をお持ちでありますので。王都での害獣事件の後始末やその犯人の捜索にも人手がいる状態で、閣下もお忙しいのです』
「ああ……国王陛下は具合がよろしくないのか?」
『ミルディア殿下がソリルリザートより戻られてすぐ、容体が急激に悪化したのです。これまでも良くはありませんでしたが、悪くなるということもなくある意味で安定はしていたのですが』
電話口の男は淡々と語る。
(国王の症状がよくない――何かあったか)
疑わしい要素は幾らでもあったが、それをただの使用人と話すのは憚られた。相手がどのような立場であるかはっきりとしない以上、本人に話せないなら黙っているほうがよい。仕方がない――今は彼から伝言とやらを聞くしかなかった。
『閣下は近々王都で一波乱起こるとお考えです。その際、ベルク公爵様にも何か降りかかるかもしれないとご心配しておられます。くれぐれも警戒を怠らぬようにと――特に何かを抱えているのなら気を付けてほしいと』
「確かに伝言受け取った。警戒、ね」
私も詳しくは存じませんが、と電話の男は言った。これ以上は話せることも特にはない。ロズは電話を打ち切った。
「父に何かあったのでしょうか」
「イース……あんたの父さん、長くないかもしれないぜ」
「親の死に目にあえないかもしれないことは、とうの昔に覚悟をしています。私のことは気にしないでください」
そうは言うものの、イースイルの目は伏せられていた。いよいよ父の死が迫っているとなると気持ちに暗い影が差すのも当然のことだ。彼はきっとそれを抱え込むのだろうが、ロズはいざとなったら胸を貸してやるくらいの気持ちはあった。どうにも彼のことは放っておけないのだ――前世を持つという数少ない仲間であり、自分を好いてくれているらしいイースイルを。
そして国王が死ぬということをロズは考えないわけにはいかなかった。魔界で魔王が死ぬよりもずっと意味のあることだ――テオの死よりも影響力がありすぎる。
(一波乱、ね――そんな言葉で済めばいいが)
国王が逝去したなら、そのときは本当に次代へと王位が引き継がれなければならない。王代理のネビューリオが有力であるとはいえ、それをミルディアが黙って見過ごすはずがないのだ。彼女が本当にメーフェ半島への侵攻を考えているのなら猶更だった。
(嫌だな……どうも俺たちは後手に回っているぞ)
何かわかりやすい公的な理由がなければ行動に移れない。立場というのはこういうときに不便だ。無論、地位があるからこそより大きなものを動かすこともできるのだが。
ミルディアの派閥と対立し潰しにかかる――先程あまり綺麗な手段ではないと感じたそれが、もしかしたら一番現実に近いところにあるのかもしれなかった。本当に手段を選ばないのなら、理由など探すまでもなくミルディアを暗殺すればいいのかもしれないが、それはロズの矜持が許さなかった。それをやってしまったなら、万が一ことが露見したときに魔界に汚名を着せることになる――何よりイースイルを貶めたものと同じものになってしまう。
(そういうことを考えちまう辺り、俺も結構イースのこと好きだよなあ……)
見た目こそ別に可愛げがあるわけではない男だが、穏やかな灰色の瞳と、ロズに対して好意を曝け出してくる態度が好ましく思わせるのだ。それが恋だという感覚はなかったが、いつだってそうだ――彼のために何かしてやろうという気を起こさせる。
「ロズさん? どうか、しましたか?」
「いや。俺も結構甘ちゃんだなあって思ってさ」
「……私は、そういう甘さも好きですよ。そのほうが綺麗だ」
イースイルが言った。そこに偽りの色はない。それに少し安心して、ロズは小さく息をついた。




