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姪御×王子  作者: 味醂味林檎
第三章 忍び寄る嵐
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第二十七話

 ロズの不在の間にイースイルが見たもの。それは過去の文献とミルディアの用意した資料である。

「過去の戦争の記録を見た時、グレネの名を見つけたんです。三千年近く前の話でしたが……その時代の記録を調べようと、クロヴィス殿に協力してもらったんです。魔王城の蔵書を送ってもらって……」

 お忙しいところに無理を言いましたが、とイースイルは言った。だが過去のことを調べるなら、古いものを好くクロヴィスに頼るのが一番的確だろう。ロズももし何かあればそうすればいいと思って、電話を使えばいいと言ったのだ。

「グレネ家の祖先は、元々メーフェ半島で暮らしていました。メーフェは温暖な気候で、海に囲まれた豊かな土地ですから、どの時代でもその奪い合いが起きています。グレネもそれが理由で、他の土地から移住してきた人間に居場所を奪われた」

「故郷を取り返すため――なら確かに理由にはなるか」

 実際には、その長い時の間にグレネをレテノアへ追いやった人間たちが築き上げた国は、また別の人間によって滅ぼされ、新しい国もまた別の国によって滅び……という歴史を繰り返しており、最早グレネ家の仇敵の姿など欠片も残ってはいないはずである。そもそも人間は魔族や妖精と違って寿命も短く、記憶の風化も激しいのだ。誰がグレネの過去など覚えているだろう。レテノアですら調べに調べてようやくわかるようなことだというのに。

 だが、そこにミルディアの行動の動機があるのなら、色々と説明がつくのだった。各地の交通網を整備するのが兵站のためだとすれば、確かに何の障害もなくメーフェとの戦争ができる。国境を守る魔族たちがそれを望まず従わずとも、ミュウスタットから兵器を輸入すればいいのだ――それがあれば魔族の力などなくとも充分に戦う兵士を用意できる。

「西進派はメーフェを拠点に使えればそれでいいはずだもんな。ってことは、マリウスってやつはメーフェを餌にミルディア王女と交渉してるのか……西進のためにミュウスタットの兵が通れる道を作らせている、と」

「あるいは、ミルディア王女のメーフェ半島への執着を知ったマリウスが西進が可能だと野望を抱いたか。功績さえ残せばミュウスタットでの地位は盤石となる。どちらにせよ大層な悪巧みとは思わないか」

 ルクラスの言うとおり悪巧みと言って差し支えないだろう。そのために邪魔と判断された相手は傷つけられ、退けられている。実際に戦争ともなればより多くの犠牲が出ることも自明の理だ。

(民のため、ってのが全部嘘だとは思いたくないが……)

 ミルディアに何か裏がありそうだとは思っていたが、民のためというのも完全な嘘ではないだろうと予想していたロズには引っかかる部分もある。しかしその仮説を信じられるだけの要素もあった。

 ロズは魔界公爵であり、戦士である。レテノアを守る義務があり、民の繁栄を願っている。そういうふうに育てられた。だからこそレテノアの不利益は望まないし、そのために必要なことはしなければならないと思っている。

 ミルディアの考えがどうであれ、実際にレテノアを他国の軍の通り道にしようとすれば、妖精の貴族たちも黙ってはいないだろう。もしそれを押し通すならば、誰からも文句をつけられない立場にならなくてはならない――例えば、王であるとか。

「……ルクラス卿、あんた俺に何をさせたいんだ?」

「簡単なことさ。西進派を止める手伝いを頼みたい」

「マリウスに協力しているであろうミルディアを牽制してろ、と?」

「お互い悪い話じゃないだろう?」

 ルクラスが言った。確かに悪くはない。ミルディアの怪しい行動を野放しにはできないのは確かなのだ。

「俺たちも協力し合おうじゃないか。こちらからできる限りの情報提供はするし、東進派が無事に意見を通せたら当分レテノアのことを攻めはしないぞ。魔王が交代してぐらついてる隙をつくことはしないでおく」

(痛いところをついてきやがるぜ)

 魔王が交代したからといって全て機能しなくなったわけではないが、落ち着いているとは言い難い状況である。西進派がレテノアに入ってくることがあれば、レテノアに合法的に入国して国を食いつくしてしまう可能性も充分に考えられるのだ――それを先導するのは、西進派筆頭のマリウスに違いないのだから。野心家が殊勝にしているはずがないし、いざそれが国の決定となったならミュウスタット人のルクラスは不服があってもそれに従う。西進派を中心として、それ以外の者たちもレテノアの敵になるかもしれないのだ。

「俺と仲良くしよう、ベルク公爵。俺は騎士にすぎないが、皇帝陛下に意見できる程度には信頼を得ている騎士だ。損はさせないつもりだが……どうかな?」

「……あんたたちの国の話だったはずなんだがな」

「どうせもうレテノアも関わってる話だろ」

「あんた結構ワルだな……」

 言いながら、ロズは右手を差し出した。ルクラスは「善良なだけじゃやっていけないのさ」と答えて、その手を取った。

「あんたイースのダチらしいからな。しょうがねえ、付き合ってやるぜ」

「そりゃどうも。助かるよ」

「あと言っておくが、あくまで俺はベルク公爵にすぎない。俺の独断の範囲でできることは限られてると思うがおわかり?」

「充分だとも」

 ルクラスは満足げに笑った。隣国の皇帝と同じ顔が目を細めて笑っている――そこに傷さえなければ、本当に見分けがつかないかもしれないくらいに、本当に似ていた。

「協力ってのは良い。何ならより繋がりを深くするために誰かレテノアの娘を俺の妻に迎えるってのもありかもしれないね――たとえば綺麗なお姉さん、あなたは俺なんてどう?」

「おい」

 ルイスに扮していたときと変わらず態度が軽い。ロズが呆れた視線を送る中、彼女よりもイースイルのほうが動揺していた。

「だ、だめですよ! そんなのは私が許さないぞ! それにルクラスはどうせ早死にするんですから!」

「冗談だよ。つーかイースくんその言い方よしてくんない?」

 余裕があったルクラスの笑みが引きつっていた。仮面がないと表情がよくわかる。慌てるイースイルと複雑そうなルクラスが妙に面白く感じられて、ロズは声をあげて笑ってしまった。




◆◆◆




 ベルクを出発するには遅すぎる時間だからと、ルクラスはベルク城の客室に一泊することとなった。彼から見たベルクは、ミュウスタットとそう変わらないように思えた。

 人間の発明した道具がそれなりに普及していて、ミュウスタットでの生活と大きな差異はない。街を歩く人の耳が尖っていることと、魔物が当たり前のように人の暮らしに関わっていること以外は特別違っているということは感じなかった。レテノアの他の街では魔術が生活に密着していて、人間の暮らしぶりとはまるで違うと思ったものだが――。

 ぼんやりと城の中を散策してみる。ロズには城の中を動き回るなとは言われていなかった。そもそも彼女もルクラスに大人しさなど期待してはいないだろう。

 夜風に当たりたい気分になって、庭先へ出る。ベルク城は城壁を別に作っているため居住以外の機能を排除しているところがある。その分美しい芸術品のような繊細な造りをしていて、決して広くはないが庭も丁寧に手入れされている。ルクラスは花には詳しくないが、その美醜くらいは区別がつく。たとえ夜でも、美しいものは美しい。

「ん?」

 ざわ、と物音がした気がしてその方向へ目をやる。薔薇の植え込みの影になっているが、白っぽい何かがいるのがわかった――あれはロズに仕えている猫の魔物だ。確か名前はミミといったはず――彼女は蝙蝠のような姿をした魔物らしきものと話していた。

「お遣いご苦労様ですの」

 ミミが労わると、蝙蝠はばさばさと飛んで夜の闇に姿を消した。そこへルクラスが近づいていくと、声をかける前にミミが振り返った。

「こんな時間にどうしましたの?」

「後ろから驚かそうと思ったのに」

「残念でしたわね。ミミは何でもよく聴こえますの。どんなに足音を消したつもりでもミミにはわかりますのよ」

 夜の月に照らされて、彼女の白い毛並みが銀色に煌めいた。悪戯っぽい子供のような笑顔――獣だが随分と表情豊かだ。それが魔物というものなのか、とルクラスは実感した。

「あまり夜遅くまで起きているものではないと思いますの。人は朝起きて夜に寝るものですもの。もうお休みになられてはいかがかしら?」

「それはそうなんだが――あ、そういえばさっきの紅茶すごい美味しかったよ。猫なのに紅茶平気なの?」

「ミミは魔物でありますゆえ、ただの猫とは違いますの。そういうものにも耐性があるからこそ、ロズ様のお傍に置いていただいているのです――いえ、そんなことは些末事ですの。何か御用でもございますの?」

「いや、そういうわけじゃ……何を持ってるんだ?」

 あくまでルクラスは異邦人である。怪しいことをするつもりではないが行動としては怪しまれてもおかしくはないかもしれなかった。誤魔化すようにミミの持つモノについて触れると、彼女は「調べものですの」と言った。彼女の手には小さな金属の物体がある――。

「弾だな」

「の、覗き込まないでください! これはロズ様にお届けするんですの!」

「なんで貴族への届け物が梱包されてないんだ……」

「これは魔術で保護してありますの! それに大きな荷物を運んでいると目立ちますもの」

 ミミがあれこれ言うのを聞き流しつつ、彼女の持つ弾を観察する。暗くてわかりにくいが、細長く小さな溝がある。

「これ見覚えあるぞ」

「……なんですって?」

 ミミが抵抗をやめた。ちょうどいい――ルクラスは彼女の持つ弾丸を指さして説明する。

「これは恐らくスピア社製のライフル弾だ。ここんとこに溝がある。貫通力が高いフルメタルジャケットだ。ちょっと歪んでるみたいだが」

「ミミにはよくわかりませんの……騎士も銃を使うものなんですの?」

「兵器のことを知るのも必要なことだ。ミュウスタットの軍にも配備されてるモノだしね」

 スピア社の弾といえばミュウスタットではどこでも手に入るものだが、レテノアともなれば話は違う。これが外から持ち込まれたものというのは明白だ。

 特にこれはライフルの弾だ。フルメタルジャケットはミュウスタットでは主に軍用として扱われていることが多く、一般にはあまり流通していない。レテノアでこれを使ったところで出処は相当調べなければわからないだろう――これを使った者は、誰かに見られても構わないと思っている。それで素性が知られるとは想像もしていないのだ。

「これで誰が撃たれたのかな?」

 ルクラスが言うと、ミミは大きく溜息をついた。秘密を漏らすわけにはいかない立場で、しかし無碍にはできない面倒くさい客を相手にすることで気疲れしているようだが、わざわざベルク城に持ち込まれるようなモノなのだ。見慣れた弾でもそれが持つ意味合いが違ってくる――ルクラスにとっても、重要な意味があるに違いなかった。そんな予感がしている。

「ロズ様にお話をしますの。もう夜も遅いのですから、ルクラス卿はお部屋にお戻りになってくださいまし。お伝えできることがあるとすれば太陽が昇ってからですの」

「おやまあ」

 そこまで言われてはもう戻るしかない。慌てて無理強いすれば警戒されてしまうだろう。ただ明日を待てばよいのだと思えば、多少余裕はある。尤も、この証拠はルクラスにとって不利に運ぶものにもなり得るが。

 ミミは「きっとお叱りを受けますの……」と呟いた。誰に対して言ったわけでもないだろうが、ルクラスは彼女の背に向かって声をかけた。

「ここにいられなくなっても俺んとこにお嫁にくればいいよ、子猫ちゃん」

「軽薄な男は好みじゃありませんの!」

「手厳しいなあ」

 庭から去っていくミミを見送って、ルクラスも与えられた部屋へ戻ることにする。夜風に当たるだけと思っていたが、面白いものを見た。ミュウスタットの誰かがレテノアの誰かを襲ったという間違いのない証拠がそこにある。一歩間違えばとんでもない火種だが、それがあれば皇帝アクラダに対して、信用のおけない者を遠ざけるよう進言しやすくなるに違いない――。

「それにしても、子猫ちゃんってのも結構可愛いもんだな」

 美しい猫ミミの顔を思い出しながら、ルクラスは足取り軽く廊下を行く。

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