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姪御×王子  作者: 味醂味林檎
第三章 忍び寄る嵐
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第二十六話

 ロズがルイスを連れてベルク城へ戻ると、イースイルのときからそう経っていないこともあってか「またか」という目で見られることとなった。だがそんな視線など気にしてはいられない。

「ロズ様、おかえりなさいませ」

「ああ、今戻ったぜミミ。イースはどうしてる?」

 僅か数日のこととはいえ、離れている間彼のことが気にかかっていた。全く実感らしい実感はないが一応恋人同士である――何もおかしな話ではない。尤も現状では恋心というよりは仲間意識といったほうが適切な感覚ではあるけれども。

 ミミは少し目を泳がせて、言いにくそうに答えた。

「それが、その……書庫にずっと閉じこもったままで……」

「なんだって?」

「たまに外へ出たかと思えば、城下の図書館で調べもの。それに、何度か電話をしている姿を見ましたの……何だか凄く熱中しているようですの」

 調べものをするといい、と言ったのはロズである。だが特に結果を期待していたわけではない。だがイースイルは随分と張り切っているようだ――様子を確認せねばならない。

 しかしルイスを連れて行くのもどうか。イースイルのことは最重要機密である。ルイスが知ることもそれに近いことのようだが――。

 ロズが悩んでいる間に、足音が近づいてきた。すらりと背の高い黒髪の青年――そんな男はベルク城には一人しかいない。城を空けた数日の間焦がれたイースイルその人だった。片手にレテノアの地図を持っており、まさに調べものをしていたところだったらしい。彼はやや興奮した様子で、地図を持ったままロズを抱擁した。

「ロズさん、おかえりなさい! わかりましたっ、わかったんです! クロヴィス殿に本を送ってもらって――」

「お、おう落ち着けよイース。お客人の前だぜ」

 ロズの背後にいるルイスを振り返る。仮面のルイスは口元だけでも充分にわかるくらいに、にっこりと笑っていた。それを見たイースイルは呆然として呟くように言った。

「……ルクラス、ですよね……? 髪型や仮面を変えていますけど。何故あなたがここに」

「ルクラス?」

 その名前には聞き覚えがある。仮面の男はくく、と笑い声を漏らして、自らの仮面を外した。

「しばらくぶりだなあイースくん。元気そうだね」

 その顔には彼が前に言っていたような火傷はなかった。代わりに額から鼻を通って頬にまで斜めに伸びる傷がある。だがそれ以上に驚くべきことは、その顔が傷さえなければ新聞に載っていた隣国ミュウスタットの皇帝アクラダと瓜二つなのだ――。

「改めて名乗らせていただこう、ベルク公爵よ。我が名はルクラス・ガイスト。ミュウスタット帝国騎士団長である」

 いっそ大袈裟なくらいの挨拶に、何と言葉を返していいかわからない。冒険者ルイスの正体は隣国の仮面騎士――ロズはすっかり混乱していた。




◆◆◆




 ベルク城の応接室では、全く顔を隠す気のなくなったルクラスが茶を啜っていた。ミミが淹れた紅茶を気に入ったのか、二杯目を要求する辺りわりとふてぶてしい。ミミは湯が冷めてしまったからと言って一旦退室した。

 イースイルは「彼はそういう男です。取り繕う必要がないと思ったらすぐに寛ぐ。顔は私も初めて見ましたが」と言った。顔を知らずとも二年も共に過ごしていれば、その内面くらいはわかるというものか。イースイルの言葉には説得力がありすぎた。

「だが、それにしたってルイス……じゃねえんだった、ルクラス卿よ。あんたミュウスタットじゃお偉いさんだろうが。それがどうしてこんなところにいるんだよ。あんたがいないって大騒ぎになってるんじゃねえのか」

 ロズが問うと、ルクラスは何でもないことのように「平気平気、代わりを置いてきたからなあ」と言った。

「代わり……」

「普段から顔隠して生活してるんでね。似た体格のやつが同じ仮面つけてりゃバレないってこと」

「マジか……マジなのか……」

 つまりそれは仮面の下を入れ替えて、身代わりを置いて抜け出してきたということだ。荒唐無稽な噂話の一つにもそんな話があったが、案外全て冗談というわけでもなかったらしい。それはそれでとんでもない話だ。中身が入れ替わってもまかり通るなどと。

 ルクラス・ガイスト。普段顔を隠していることからさまざまな噂が飛び交う謎の人物――それが今、何一つ隠す気などないような顔をして目の前にいる。歳の頃は、ロズより十ほどは上と見える。行方不明となっていた間ルクラスに匿われていたというイースイルが保証するのだから間違いなく本人なのだろう。大事な話があるというのも信用が増す――それにしても気になることが多すぎる。

「……あんたが顔を隠してるのは、やっぱり、皇帝に似てるからなのか?」

 折角だからと不思議に思っていたことを聞く。本題に入る前にその人柄を知っておきたい――というのは建前で、実際にはロズの好奇心である。

 ロズの問いかけに対して、ルクラスは気を悪くした様子はなかった。むしろ口が軽すぎると言われるくらいの勢いでぺらぺらと話しだす。

「そうだなア。一応アクラダ陛下とは双子の兄弟なんだ。とは言っても俺は捨てられっ子だし世間に公表はできないし、陛下も俺の正体を知らないけど」

「その話、今初めて聞きましたよ。面倒事を避けるための仮面ってそういうことだったんですか」

 イースイルが口を挟んだ。ヨルクの息子としか聞いていなかった、という彼の主張に、ルクラスは決まり悪そうに頭を掻きながら返事をする。

「いや、ヨルクに育てられたんだしヨルクの息子と言っても嘘じゃないだろ……って、俺の身の上話とかはまあどうでもいいことだよ。俺が話したいのはそういうことじゃないんだ」

「今ミュウスタットの深い闇を垣間見た気がするんだが」

「綺麗なお姉さん、あなたはそれを悪用する気があるのかい?」

 ルクラスが言った。それこそ冒険者ルイスに扮していたときのような気軽さだ。彼の話が本当なら、ミュウスタット皇帝アクラダとは同じ歳――つまり三十六歳になるはずだった。ロズやイースイルよりそれなりに年上だ。だがそれにしては軽すぎる。ただ、言い回しこそ軽いけれど、ルクラスはロズがその情報を簡単に他へ口外しないと確信しているようだった。

「確かに今のところ使い道のある情報じゃねえけど」

「そうだろうとも。そんなことより西進派の話をしよう。建設的な会議にしようじゃないか」

「悪巧みしてるやつがいるって話だったか」

 ルクラスは頷いた。

 ミュウスタットでは今、西進派と東進派の二つの派閥が争っている。西進派はレテノアより先のメーフェ半島へ侵攻し、そこから南の新大陸を目指そうとしている。東進派はこれまでどおり西側にあるレテノアと波風を立てないようにしながら、東の小国を取り込もうとしている。

「俺自身は東進すべきと考えている。西への侵攻は現実的ではない。国民にも相当の負担を強いることになるうえ、中途半端な飛び地があると統治に苦労するだろうしな。東の小国を取り込むのも容易というわけではないが、小競り合いばかりしている連中を統一することでより強固なミュウスタットが生まれる。だがそんな理屈を並べても西進すべきという者どもは一定数いるわけだ――その筆頭がマリウス・ウルズヴィヒトという男だ」

「そいつが悪の親玉?」

「恐らくはね。ミュウスタットの政治家どもの中じゃ、やつが一番煩くて行動的だ。金もあるしな……俺はあいつが怪しいと踏んで、その周囲をずっと探ってきた」

 ルクラスはこれまでにも何度も配下の騎士たちや雇った探偵、冒険者、便利屋――あらゆる手を尽くしてマリウスを調べていたという。彼自身もまた顔を隠して人の中に紛れ込み、彼の弱みを探していた。

「どうもやつの手下がレテノアに出向いているらしいことはわかった。マリウスの後援している財団がミルディア王女の要請を受けてあれこれ技術提供をしていることも」

 ミルディア自身はさまざまな国の技術を取り入れようとしている。ミュウスタット人と関わったからといって目立つわけではない。だが一度目につくと、それしか見えないほどに気にかかる点でもある。

「私設軍隊の軍備増強にも凝っているみたいだから、他にも探りたいことは山とあるんだが……最近になって、ミュウスタットの帝都で害獣が現れて暴れる事件が起きた。何故そこに現れたのか不明。その害獣は、巨大な翼を持つ何かだった……」

「それって――!」

「レテノアでも同じような事件が起きているんだろう?」

 そのとおりだった。まさに王都や魔王城の事件と同じだ。イースイルは伝え聞くだけだが、ロズはまさにその害獣と対面し、事件そのものを体感している。

「俺は皇帝陛下の命令によって、その害獣の調査をすることになった。マリウスのことを探れなくなると思ったが、どうもこの害獣事件自体もマリウスと関係があるんじゃないかという疑いが出てきたんだ」

 あくまで疑いに過ぎないが――とルクラスは言った。ミュウスタットでの事件では、東進派の政治家たちが被害を受けたという。西進派であるマリウスにとっては政敵と言える存在だ。

「間違いなくマリウスは害獣を飼い馴らしている。どうやっているかはともかくだ。東進派の多くが害獣事件で死んだり、負傷したり……陛下から遠ざかることになった。その隙にマリウスは陛下にあれこれ吹き込んでいる。レテノアの協力を取り付けられる、西進によって新大陸を得られると言って陛下の心を惑わしているんだ」

 レテノアの協力。ロズやクロヴィスがそれを約束するはずはないが、妖精の貴族はそうとは限らない。もし悪巧みをする者がいるのなら――。

 ロズはイースイルが真剣な表情をしていることに気がついた。そういえば、ロズが帰還したとき、イースイルは「わかった」と言わなかったか。

 ルクラスは話を続ける。

「やつが言っている協力ってのはミルディア王女のことだろう――そう踏んで、俺は冒険者に成りすましてソリルリザートに行ったわけだ。彼女が何か知っているかもしれないからな。しかも害獣を研究目的に回収するというじゃないか」

「ははあ」

 ルクラスがどうしてレテノアにやってきたのか。マリウスを怪しんでいるのなら、それに関わっている人物を当たるのも当然の流れだ。まさか自らそれをやるとまでは誰も思わないだろうが、だからこそ警戒されない部分も少なからずあるのかもしれない。

「というかよくバレずに潜り込めたな。多少なりとも審査とかあっただろう」

「そこはそれ、俺の配下を何人か紛れ込ませたり、他の冒険者どもに金を握らせて冒険者の募集から遠ざけたり……経歴の詐称はどうにでもなるさ。要するに、俺が一番怪しくなく、まあまあ使えると思わせればいいだけだ」

 元々彼自身、ミュウスタットで暮らすだけでも隠し事をしているのだ。取り繕うのはお手の物、といったところか。どことなく後ろ暗い技術である。

「ソリルリザートの民間人に話を聞いたが、ミルディア王女は飛空船や鉄道の開発にかなり力を入れているというじゃないか。西進派と繋がることでどんな利があるのか、彼女のやっていることは西進派にとって都合がいい」

「利ならあります」

 ここで黙っていたイースイルが口を挟んだ。利ならある。彼ははっきりそう言い切った。

「何がわかったんだ」

 ロズが問うと、イースイルは先程から持っていた地図を広げた。レテノアの地図だ。近隣の国についても描きこみがされている。彼は確信を持っているという目つきであった。

「メーフェ半島を攻める理由を持っているのはミュウスタットの西進派だけではありません。ミルディアもそうなのです。だから彼女は各地に鉄道や飛空船の停留場を作っている――飛空船と鉄道を使えば人もモノも簡単に運べる。南西のメーフェに向けて戦力を送りこめる」

 イースイルの指先が、地図の上をなぞる。彼が指しているのは、以前ロズがミルディアから受け取った資料にあった開発を進めている地域である。点と点を辿るように線で結べば、国境を守る魔族を避けて最短のルートで、メーフェまで辿り着ける。

「ミルディアはグレネの血を引く女です。グレネはかつて旧い時代、人間に追われてメーフェ半島から移住してきた一族だ。ミルディアは――ミルディアこそ、メーフェを攻める理由を持っている」

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