表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姪御×王子  作者: 味醂味林檎
第三章 忍び寄る嵐
27/58

第二十五話

 ロズたちがソリルリザートへ戻ってからは早かった。真夜中についたが、ミルディア本人はまだ起きていて、ロズたちを迎え入れて労わった。

「まだお休みになられていなかったとは」

「あなたたちの力を信じていないわけではなかったけれど、少し心配でしたのよ。でも良かったわ」

 ミルディアは使用人たちに命じてロズたちが運んできた害獣の死体をどこかへ運ばせた。その後のことは知らない。上質なベッドの客室でゆっくりと一晩休んだ後は、褒賞を与えられて解散だった。

 ロズは最初、金の首飾りと剣を与えるといわれたが、それを辞退した。首飾りはともかく、剣はいらなかった。ロズ自身、予言で剣を取るとよくないことが起こると言われている――だからこそ、いくらそれが名剣であると言われても、安易に受け取るわけにはいかなかった。

「戦士であるあなたにぜひ受け取っていただきたいと思っているのですが」

 ミルディアにそう強く説得されても、うなずくわけにはいかなかった。戦士にとって、通常剣を与えられることは名誉なことだ――ロズは自分の予言について公に言いふらしているわけではないから、ミルディアが剣を与えようと言ってくるのは本当に好意でしかないはずだった。無論、ロズと縁を結んで何らかの交渉に役立てようという気はあるだろうが――。

 ただ断ってはミルディアの機嫌を損ねるだけだろう。ただでさえイースイルのことを知っていながらロズに声をかけてきていることを思うと、彼女はどうにかイースイルからロズを切り離したいのではないだろうか。そして可能ならミルディアの側に引き込んでしまいたいと考えているのではないか――ロズはそんな考えが浮かんだ。それが限りなく正解に近いように思えるのは、恐ろしい美麗な笑顔で近づいてくるミルディアが、今のところロズ自身に対して特別不利になることを仕掛けてきているわけではないからだった。

「この剣では気に入らないのかしら?」

「……いえ、そのようなことは。良い剣です。しかし此度私が害獣を討ち取ることに成功したのは、ラドルフ殿の助力あってこそ。ルイスも役に立ちましたが――その剣は、ラドルフ殿に与えられてはいかがだろうか。彼のほうがよく使いこなすに違いない」

 その返答に納得したのか、ミルディアはロズに譲ろうとしていた剣をラドルフに与えることに決めたようだった。それでいい。ロズはまだ剣を持つつもりはない。

「私にこの剣を……」

 ラドルフは剣とロズを見比べたが、ロズとしては彼に持ってもらうのが一番良い選択だった。普段から剣の扱いには慣れているであろう騎士が持つなら剣も本望だろう。「やはり騎士が持つ方がさまになります」と付け加えたのは少々わざとらしかったかもしれないが、ラドルフはミルディアから剣を大切そうに受け取った。それからロズに向き直って「どうも」とだけ言って会釈した。

 ミルディアは代わりにと言って首飾りと共に宝石で飾られた指輪を寄越した。血のように深い赤の、かなり大粒のルビーだった。

「今回は本当に助かりましたわ。またこのようなことがあれば、ぜひあなたの力を貸していただきたいわ――そう、民のためを思えばこそ、あなたのような方の力が必要なのよ」

「そう言っていただけるのは光栄だ。しかもこのような素晴らしい首飾りと指輪までくださるとは」

「わたくしはあなたとは仲良くしたいのよ」

 ミルディアは嫣然として微笑んだ。以前ネビューリオが言っていたことを思い出す。ミルディアはロズを気に入っている――烈風魔王が死んだ今、ロズの背後にはいとこに当たるクロヴィスがいるが、それが目当てというわけではないのだろうか。

 ルイスは仕事の成功報酬として金を貰っていたようだ。確かに流れ者の冒険者には財宝よりも換金の必要のない現金のほうが喜ばれるだろう。ロズも人のことを言えたたちではないが、随分と演技っぽい大袈裟な喜び方をしていた――ように見えた。

 ロズは臣下らしく礼をしてソリルリザートを去った。ようやく仕事が終わり、ベルクへ帰ることができるのだ。

「……それで、お前はなんでついてきてるんだ?」

 バイクを走らせるすぐ後ろに、栗毛の馬に乗ったルイスがついてきていた。

「綺麗なお姉さん、いくらあなたが強いからって一人旅は危ないでしょう?」

「雇った覚えはないぞ。何が目的だ。金はもうミルディア殿下からいただいたろう」

「アッハッハ。公爵様が治めてるベルクってのが気になってるのさ。まさか観光客の一人を追い払うような領主様じゃないだろ」

 どうやらベルクまでついてくるつもりらしかった。仮面に隠された目が何を思うのかさっぱりわからないが、ただベルクに来るだけならバイクを追いかける必要はないはずである。それをわざわざついてこようとしている辺り、彼はまだロズに用事があるということなのだろう――。

 無理にでも来るというならバイクの魔力を高めてスピードを上げるというのも意味がない。ただでさえ害獣を運ぶのに馬を酷使させた後である。ロズは仕方なくルイスの馬に無理がかからない程度にスピードを落としてやることにした。ルイスのためというよりは馬のためである。

 それに――わざわざこうして接触しようと試みる行動力は嫌いではない。

「要件があるなら話せよ。その顔を見せてくれるっていうなら信用してやらないでもないぜ」

 もうミルディアもラドルフもいない。ロズが貴族らしく取り繕う必要もない――元々ルイスと話すときは少し崩れてはいたけれども。

「おや、ある程度予感はしてたけど、思っていたよりだいぶお口がやんちゃだ。でもそれも悪くないね」

「返事は簡潔に」

「ハイハイ見せますよ、顔を見せりゃいいんでしょう――でも人目のないところがいいな。あなたの城とかね。俺の話ってのも、あんまり聞かれたくないことなんだ。特別大事なお話」

「……ハア。いいだろう、どこまででもついてくるがいいさ。だから今、当たり障りのない範囲で話せ」

「しょうがないなあ……せっかちさんなんですから。じゃあちょっとだけ言います。隣の国の話ですよ、誰が悪巧みしてるか知ってる」

 たぶんあなたにとって大事な話だと思うけど――とルイスはしてやったりとばかりににやりと笑った。やられた――ロズは思った。今、この時にそんなことを聞かされたら、興味を持たずにはいられない。




◆◆◆




 ロズとルイスが去った後、ミルディアの指示により回収された害獣が運び出されていた。マリウスの元へ届けるためだ――害獣の研究目的というのは嘘ではない。ミルディアの管理下ではなく、マリウスの下で行われるだけのことだ。

 害獣は対価だった。取引相手であるマリウスが求めていた。彼はレテノアにない技術を持っている。それを用意する力がある。それがあって初めて、ミルディアの――グレネの悲願が達成されるのだ。メーフェの地を得る。グレネの家も、そこに住まう民も皆繁栄できる――。

 早く対価を渡せば、それだけ早くモノが手に入る。何事も速さは重要だ。特に他の誰かに秘密を抱えているときは。

「これで彼に兵器を用意させるだけの対価はできたわね……そろそろ本格的に動かなくては」

「……私は、やはり信用ならぬと思いますが。人間は弱く脆い、それに軽薄です。マリウスもルイスも変わらない」

「お前の意見は聞いていないわ。使えるものは使うだけよ」

 元々害獣の被害があったのは本当のことだ。迷惑な害獣を効率よく退治し、その死体を交渉の道具にも使える――完璧な計画だった。マリウスがどうして害獣の死体を欲しがるか、その詳細な理由は知らないが彼はどうやら害獣を操る研究を進めているということは悟っている。その技術で魔王城を襲ったのだ――そうでもしなければレテノアで最も優れた魔術師であった烈風魔王テオを殺すなど不可能に近い。

「ねえ、ラドルフ。お前、ベルク公爵を手に入れるにはどうしたらよいと思う?」

「あの方は……イースイル殿下を匿っているのでしょう? ミルディア様につくでしょうか」

 そのことをラドルフはよくわかっている。何せその目でイースイルがバルテルミーの紋章を付けているのを見ているのだ。それをミルディアに伝えてこないのだから、彼女を籠絡するのは至難の技と見えた。

「人は誰しも利を求める生き物よ。現にお前もそうだったわ」

 ミルディアは言った。

「烈風魔王は死んだ。血筋を重視する連中の象徴がいなくなった。マリウスは今度は上手くやったようだわ。新しい魔王がいるとはいえ、自分たちのことで手一杯でしょう。今なら何をしても煩わしい妨げはない」

「それはそうでしょうが、イースイル殿下が黙っているとは思えません」

「彼自身には今は何の力もないはずよ。あくまでバルテルミーの権威を借りているだけ。あの男がまだ生きているとは思っていなかったけれど――それならそれで、面倒事を全部背負ってもらえばいいだけのことだわ」

 彼女は何か思いついたらしかった。機嫌がいいのか、その唇には笑みが浮かんでいる。ラドルフにとってはそれが何の意味を持つものでも、従う他はない。ゆえに詳細を知る必要もなかった。

 ただ気にかかるのは、彼女のロズへの拘りである。

「ミルディア様は随分とベルク公爵に執着しておられるように思える」

 魔族は元々国境やそれに近い地域で暮らしている。それは国境警備を任せられているからだが、件のロズ・バルテルミーが治めるベルク領は海に面した土地である。ロズ自身は外国から新技術を受け入れることに寛容であり、その点に関してはミルディアがやることに反対するようには見えなかった。今回の害獣退治においても、無駄な動きを避けて仕事を進めようとしていた――ように感じられた。利を求める、というのも全く間違いではないだろう。

 もしもロズがイースイルを捨ててミルディア側についたなら、ベルクという拠点を活用できる。それだけでメーフェ征服という目的を果たすのが容易になる――だが、ロズがイースイルから離れることを、ラドルフは想像できなかった。戦士としての名誉をラドルフに譲った時点で、ロズは利だけで動く者ではないと感じられたのだ。

「ベルク公爵が従わない場合はどうします」

「その時は予定どおりにするだけのことよ。魔界を解体して、魔族に頼らなければならないレテノアを改革する。残念だけれど――その時は彼女ともお別れね。わたくしの理想の邪魔はいらないもの」

「ミルディア様が彼女に固執する理由がわかりません」

 ラドルフ自身は、ロズのことは嫌いではない。あの短い間で、ラドルフに名誉を譲ったロズは騎士の扱い方をわかっている。自分だけの活躍だと驕らない姿勢は好ましい。イースイルが彼女の元にいる理由も、彼女の人となりが多少なりとも関係あるのだろう。

 だが、それはミルディアが気に入る理由にはならない。利用価値があるとはいってもそれを獲得する難しさも一際だ。それに特別拘らなければならない理由などないはずだった。相手を始末する方がずっと容易い。

 そのことについて、ミルディアは「国を動かすなら強い女に関わらせるほうが上手くいくものでしょう」と言った。

「大胆で勇敢で柔軟――そんな強かな女友達が一人くらい欲しいのよ」

「女友達、ですか……」

「個人的にも気に入っているのよ。ああいう女はレテノアではあまり見ないもの――考えが何もないわけではないわ。要はイースイルをどうにかすればいいだけのこと」

 そうは言うが、果たして利で繋がろうとする相手が友になれるものだろうか。だが、ラドルフはそれ以上何も言うことはしなかった。何があってもミルディアについていくだけだ。他にできることがあるわけでもなかった。

「安心なさい、ラドルフ。わたくしは予言されているのよ――大抵のことは上手くいく、とね。尤もいずれは予言など必要のない世になるでしょうけれど」

「は、い……」

「わたくしの理想はね――生まれで全てを決められるような世の中を変えることよ。そのために王となる――お前はわたくしに従うわよね」

 幼子に言い聞かせるような声で言われて、ラドルフは頷いた。予言は絶対だ。上手くいくと言われているなら上手くいかないはずはない。それを疑う必要はどこにもないのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ