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姪御×王子  作者: 味醂味林檎
第三章 忍び寄る嵐
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第二十四話

 ロズたちの冒険はおおよそ順調だった。道中現れる弱い害獣を狩りながら、コンパスの指針に従って進むだけだ。そこにこれといった支障などなく、日が落ち始めた頃、目的の害獣を発見した。

「あれか」

 それは鳥によく似ていた。猛禽類のような鋭い嘴を持ち、体は鎧のような硬い物質で守られているらしい。翼は風を切る羽に覆われているが、この羽もどこか丈夫な金属に似ているように見える。体の大きさはルイスが乗ってきた馬やラドルフの一角獣モノケロスくらいで、決して特別大きい害獣というわけではなかったが、翼は二対、足も四本あるという時点で普通の鳥とは決定的に違っている。

 それは体内で上手く収めておけない魔力を時折吐き出しているようで、それが息をするたびに氷となって辺りの木々や地面を凍らせた。あんなものが度々街にやってくるというなら、確かに被害は大きくなりそうだ――冬支度をする時期ではないのに冬が怪物の姿でやってくるというのでは。

「さて、どうするか……ラドルフ、お前はあいつの能力はわかっているのか?」

 この中でソリルリザートに一番縁がありそうなのは彼である。とはいっても彼も普段は王都で暮らしている男だ、答えがそう簡単に出るはずはなかった。

「力が強く、凶暴だと聞いています。氷結させる能力であらゆるものを破壊し、凍らせたものを食らっていくと」

「あんまり真正面から行かないほうがいい系っすかね。でもあいつ絶対飛びますよねえ……あ、飛んだ」

 羽あるもんな、とルイスは害獣を観察する。翼が二対もあるのだからこれで飛ばなければ嘘だ。飛翔するのに翼を揺らして、その衝撃が風になって辺りを揺らす。飛ぶということは、ラドルフやルイスの剣が届きにくいということでもある。

「まずは私があれを撃つ。バランスを崩したところを、お前たちが斬ればいいだろう」

「トドメ刺す手柄もらっちゃっていーんです?」

「そんなものに拘って無駄に苦労する必要はないだろう。一番都合よく効率よくだ。目的は害獣を始末することで手柄をあげることとは違う」

(名声を落とさないようにする、ってのはあるけどな)

 そんな内心までは口に出さず、ロズは銃を抜いた。撃鉄を起こし、照準器で狙いを定め、引き金を引く――それだけだ。乾いた破裂音がしたのとほぼ同時、風の弾丸が害獣の鎧を貫き、巨体が地面に墜落した。落ちた際に耳を劈くような咆哮をして、震える空気がひやりと冷たくなる。

「ほら、二人ともさっさと斬りにいかないか」

 ロズが促すとルイスが不満を言った。

「心の準備とか一切させてくれませんね」

「無駄口を叩いている暇はないぞ」

 まず先にラドルフが一角獣モノケロスを蹴って飛び出した。彼の重みのある剣が害獣の鎧に振りおろされる――ガキンと大きな音がして、害獣の体が歪んだ。それも苦痛を感じているのか、また冷気の吐息を辺りに撒き散らして地面やそこに生える草を凍らせる。

「乱暴な騎士サマはこれだからいけねえや。もっとスマートな仕留め方があるでしょーよ」

 次はルイスの番だった。彼のサーベルが害獣の表皮の鎧の隙間を狙って、肘を回し遠心力によって重みを増した斬撃となって襲い掛かる。それは害獣の肉に突き刺さり、体を裂いたところからどす黒い血が噴き出した。切断するような勢いで斬りつけ、そのまま肉に埋もれた剣を抉るように引き抜く。

「――――――――――!!」

 害獣が吠える度、氷結の世界が広がる。鋼の翼をばたつかせて、辺りを風圧で支配しようとする。ルイスは身軽な動きですぐに距離を取ったが、近くにいたラドルフは分厚い剣を盾のように構えて翼の攻撃を受け止めた。

「あれェまだ死なねーの? まあそういうこともあるか」

「読みが甘いんだ、能天気め!」

 ラドルフが悪態をつくのにもルイスはどこ吹く風といった様子で、その目は次の手を考え始めているようだった。

 しかしロズとてただ二人の戦いを後ろで見ているだけでいるはずがなく「いや、もう死ぬぞ」と二人の会話に割り込んだ。

 この程度の相手なら、恐るるに足らず。風の銃弾のもう一発で事足りる。撃ち出された弾丸は害獣の口内へと真っ直ぐに突き進み、その体内から破壊した。

「ほらな、死んだろ?」

 もうピクリとも動かない害獣とロズを見比べて、ルイスが不満げに言った。

「公爵様がトドメもってくなんて聞いてねえ!」

「私が取らないとは言っていないだろ。足止めご苦労」

「これが効率のいい狩り方ってやつなのか……世の中頭のいいやつに有利ってわけかよ……」

 ルイスはいっそわざとらしいくらいの勢いで嘆くようなことを言う。何となくだが、ロズは彼のそういった態度はどこか造り物めいて見えて、全く本心であるという感じがしなかった。目元が見えないから区別がつかないだけかもしれなかったが。

 ラドルフは慎重に死体を調べていた。ロズが撃った弾は的確に心臓に到達し、その命を止めていた。ラドルフが害獣の鎧の隙間を見つけて、剣で害獣の首を落とす。

「動いていなければ斬れますね」

「当たり前だ。動かないんだから狙いが外れるわけがあるか」

(だがこいつちょうどいい解体役だな……)

 巨大な害獣を切断するのに最も都合がいい剣を持っている。ミルディアが彼を連れてこさせたのはそういう意味もあったのだろうか。何にせよロズがしなければならない面倒な仕事が一つ減るということだ。使えるものは使う。

 ある程度ばらばらにされた頃、ロズが切断された翼に触ると、思いのほか簡単に動かすことができた。体が非常に硬い鎧で覆われているわりには、重さ自体はさほどでもないようだった。硬い殻の下は空洞になっている部分もあるようで、鎧を叩くと場所によっては軽い音がした。重すぎては飛べないから、そのように進化したと見るべきか、害獣となったことで別の性質を得てこうなったと見るべきかはわからないが、この硬さは魔力炉から異常放出される魔力の影響を受けたものに違いなかった。魔力炉そのものは大きな傷もなく、未だに魔力に満ちていたが、心臓が停止しているのだ――やがて炉も停止する。

 荷物をある程度まとめて、ロズのバイクに首を積む。翼は積み上げるには大きすぎるので、縄で縛って引きずることに決めた。ルイスの馬やラドルフの一角獣には他の体のパーツを積んで、大きすぎるものに関してはやはり引きずるかたちになる。

 あとは帰るだけだったが、陽は既に傾いていた。来るまでの間にかなりの害獣を始末してきたから帰りに妨げは少ないだろうが、今日中にソリルリザートに戻ることができるかどうかは怪しかった。

(でもこの害獣だらけの森で野宿ってのもイマイチだよな……だいぶ狩ったから減ってるだろうが)

 大して強くないものが多いとはいえ、眠りについて隙を見せることはあまりしたくなかった。正直なところラドルフやルイスのことも信用しきれてはいない状況で、疲労があるからといってまともに眠れる気もしない。それくらいならば、無理にでも森を抜けてしまうのも一つの手ではないか――そう思ったのだ。早く終わらせたい。幸いにも今日は満月の日であった。明るさは充分にある。

「え、でも荷物あるんですよ? マジで言ってます? 俺わりと疲れてるんですけど」

「こういうところに長居はしたくないんでな。戻ってからベッドで寝ろ。荷物は……軽くすればいいだろ」

「軽く?」

「ラドルフ、害獣の死体に傷をつけたらまずいか?」

 聞けば、その返答は「今更です」とのことだった。確かにそうだ。研究目的だから綺麗に始末するよう気を付けるはずが、心臓をすっかり破壊しているくらいなのだから。とはいえ害獣の研究に一番重要そうな魔力炉は無事だ。強く咎められることもないだろう。

 ロズはばらばらにされた害獣の体に、魔術式を書きつけていった。ルイスが興味深そうにロズの手元を覗き込んでくるのを無視して作業を続ける。全てに魔術式を書き終わって、ロズは一つゆっくりと息を吐いた。その吐息に魔力を込めるようにして、魔術式に吹きかける。大きく持ち上げる必要はないのだ――ただほんの少し、地面から指の一本の分でも浮き上がればいい。地面との摩擦がなくなるだけで、馬や一角獣への負担が少なくなるだけで、充分に速く進めるようになる。

「これが魔術ってやつですかあー、俺こんな間近で見たのは初めてかも。思ってたより地味っすね」

「そういうのは本当の魔王にでも求めるんだな。私にはそこまで大掛かりな魔術はできないよ」

「これは大掛かりじゃないんです?」

「ソリルリザートまで持てばそれでいいっていう突貫作業だからな。私が使った魔力がなくなれば浮遊の効果は失われる」

 これが死んだテオやクロヴィスであれば指一本分どころか自分の頭よりも高い位置にまで浮かせられるだろうし、たった一日二日といわず一か月浮かせ続けることも可能だろう――しかしロズにはそれだけの魔術は扱えない。妖精の血を引いている影響で、一度に多量の魔力を外へ出すことが難しいのだ。それだけの魔術を行使するには、ロズなら魔力を補う魔術品を用いなければならない。それを作るのには少々手間がかかる。

「さあ、軽くなった。ソリルリザートへ戻るぞ」

 ロズが声をかけると、ラドルフとルイスはそれに従った。尤も「早く行きましょう」と乗り気のラドルフに対してルイスは「人間は魔族ほどタフじゃねーのに」と不満げだったが。疲れているところを無理をしてでも戻ろうとすることについてはロズも全く悪いと思わないではないが、早く全て終わらせたい気持ちが強かった。信用しがたい気を張る連中と一緒にいるより、一刻も早くベルクへ戻ってミミやイースイルの顔を見たかった。

(それにしても――思ったよりも弱かった)

 バイクを走らせながら、ロズは思う。

 本当にロズを始末するつもりだったなら、この程度の害獣退治に向かわせるというのでは足りない。かといってラドルフにはロズを襲ってくるような様子は見受けられなかった。そう見せていないだけという可能性がないわけではないが、彼は害獣を運ぶことに集中しているようだった。

 本当に害獣退治にロズを使っただけだったのだ。わざわざ冒険者まで雇って、害獣を倒し回収させることがそれほど重要ということか。ラドルフも夜に戻ることを反対はしなかった――より早く害獣を届けるべきと、彼が考えている証明だ。信用はしがたいが、もしも斬られることがあれば森の中より街の中のほうがよかった。害獣にやられたというデマが流される不名誉などは非常によろしくない。

 陽が沈み、夜が来る。満月に照らされて道は明るく、ただ影だけが濃い。道中で害獣たちを蹴散らしながら進んできたからか、帰り道に妨げはほとんどなかった。敵がいないだけで全く進む速さが違った。たまに飛び出してくる害獣がいれば、撃てばいいだけのことだった。この調子なら、日付が変わる前にはソリルリザートへ辿り着けるだろう。

 その後のことも考えなければならないが、少なくとも街の中では、基本的には人しか相手にしなくていい。それが一番気を遣うところでもあるが。

 イースイルは今頃どうしているだろう。ベルクを出てからそう日が経っているわけでもないというのに、本当の意味で何ひとつ繕う必要がない相手が、今は恋しくてならなかった。

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