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姪御×王子  作者: 味醂味林檎
第三章 忍び寄る嵐
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第二十三話

 ロズが害獣退治に行き、イースイルが調べものに集中している頃、ロズから依頼を受けたオーウェン・O・オーウェルは自分の配下の猫や蝙蝠たちを王都に派遣していた。

 魔物とはいっても、見た目が害獣と変わらないような怪物的なものから、ただの動物とさほど変わらないものもいる。人の暮らすところに紛れ込んでもばれないものだ。

 あちらのことは部下に任せて、彼自身は魔王城の再建に立ち会っていた。建設に携わる魔族たちと魔物が連携できるように、この場にいる魔物たちにあれこれ指図しなければならないからだ。居住に関してはさして支障はないが、城壁がないままにしておくわけにはいかない。冬が来る前にある程度体裁は整えたいところである。

 レテノアにおいては魔族と親しい魔物たちは害獣と間違われて狩られないようにオーウェルの森を安堵されている。魔王は魔物を守る存在でもあるのだ――魔界の象徴たる魔王城を修繕するのは必須事項だ。

「精が出ますね、オースリー伯爵」

「シャルロッテ様!」

 太陽に煌めく金糸の髪を靡かせて、シャルロッテがオーウェンに声をかけた。つい先日負傷して倒れたとは思えないほど当たり前のことのように、彼女はそこに立っていた。

「お体はよろしいのですか」

「ええ――イースイル殿下が血を分けてくださったの。もう全て塞がりましてよ」

 無理はしていない、という彼女は元々表情が乏しく、今日もいつもと違っているのかいないのかオーウェンには判別がつかなかった。魔族と妖精の血が混ざっているというならロズもそうだが、彼女は身内の前では思っていることが大体顔に出るタイプだ。シャルロッテはロズとは共通点こそあるもののまるで違って、どうにもオーウェンにとってはわかりにくい相手である。

「何か御用でございますか」

「これを見てもらいたくて」

 そう言ってシャルロッテが取りだしたのは、少し歪んだ形をした鉄の塊――使用済みの弾丸である。「わたくしを撃ちぬいた弾でしてよ」とシャルロッテは付け足した。

「わたくしの体の中になかったから、どこかに落ちていないかと思って探していたら見つけたの」

「病み上がりで何をなさっているのですか。クロヴィス様がご心配なされます」

「わたくしがいたって仕事ばかりでしてよ。それに病み上がりだからこそ、あまり激しい運動はしていないのよ」

「そうは言いましても……」

 先日撃たれて体に穴が開いたばかりの彼女が、ふらふらと外を出歩くのも納得できることではないし、犯人の凶器を探し出すというのも間違いなく現魔王であり夫でもあるクロヴィスに無断で行っている。

 報告するつもりがあるのかないのか、シャルロッテは言い訳のように言った。

「一応、クロヴィスに見せようかとも思ったけれどね――こんなもの見たら、彼、きっと卒倒してしまいます。今は心が弱っているもの」

 クロヴィスは傍目にもわかるほどシャルロッテを溺愛している。その彼女を傷つけた銃弾を、本人から差し出されては確かにそれなりにショックを受けそうだ――とオーウェンも納得してしまった。特に今は父であるテオを喪った悲しみから抜け出せていないのだ。余計な心労を与えるのは避けたいところであった。シャルロッテの行動が心労にならないとは限らないが。

「それで、この弾丸を吾輩に見せたということは何かあるのでしょうね」

「あなたは長く生きているし、それに、ロズとよく一緒に行動しているでしょう? あの子は銃を使うし、あなたにも知識がないものかと思って――襲撃犯の特定のために、この弾がどういうものなのか知りたいのです。銃にも色々種類があるとロズから聞いたことがありましてよ」

「ふむ」

 現状で襲撃犯の捜索は行われているが、捗ってはいない。烈風魔王テオの死や魔王城が破壊されたことで慌ただしいのだ。少しでも洗いだせる情報があればはっきりさせておきたいのは確かだ。

 とはいえ、オーウェンも銃に関しては詳しくない。そもそもそういった科学技術には疎いし、ときどきロズのバイクに乗せられることはあるがそれだって好きではない。専門家とは違うのだ――知識などないに等しい。

 そのことを伝えると、シャルロッテはあまり抑揚のない、本心かどうか区別のつかない声で「残念だわ」と言った。

「……このような調べものはつい先日までベッドで寝ていた方のやることではないと思いますが。随分熱心なのですね」

 オーウェンがそう言うと、シャルロッテは僅かに首を傾けた。人形のように美しく、人形のように表情のないはずの顔に、ほんの少し陰りが見える。

「――熱心にもなりましてよ。クロヴィスにはもう命の保証がなくなってしまったのだもの」

「命の保証、ですか」

「そうよ。魔王になると予言を受けていたということは、魔王になるまでは何があっても死なないということに他ならない。それはもう少し先のことだと思っていたのに、彼はもう魔王の立場を得てしまった――わたくしの立場を保証してくれる唯一の人は、いつ死んでもおかしくない人になってしまったのよ」

 シャルロッテは妖精の貴族の娘であった。魔族の血を引いており、魔族の世界で一般的な魔術程度なら使えないこともない。だがそれは決して優れた魔術師というわけではなく、妖精としても人を癒す才能に特化しているわけではない。

 それはつまり、レテノアにおいては立場が弱いということだった。否、何の責務も負うことのない一般の市民であればそれでもいいのだ。だが彼女は民の上に立つ貴族の生まれだった。より優れた能力を評価する傾向の強いレテノアで、中途半端は歓迎されない。

「ロズのような魔術品の技師でもないわたくしには、ずっとわたくしを肯定し庇護してくれる誰かが必要なのよ。貴族という立場を捨ててどこかへ逃げる勇気もないのだもの」

 貴族でさえなければ魔術も妖精の癒しも必要ないものだが、ずっと続けてきた暮らしを捨てて新しい世界へ飛び込むには足が竦む。

 かといって貴族として暮らしていくにはシャルロッテは周りから認められる要素が少ない。シャルロッテを肯定するクロヴィスがいなければ、彼女はここで生きていくうえで苦労が多くなる。そういった意味では魔王になるまで死なないことを約束されていたクロヴィスは理想的な相手だったが、ここにきてその保証はなくなってしまった。

「……クロヴィス様のことは愛しておられない、と?」

「わたくしを愛してくれるクロヴィスを愛していてよ」

 シャルロッテは美しかった。美貌の妖精に相応しいだけの美しい顔で愛を語る彼女は、ただひたすらに美しい。獣であるオーウェンにとっては人の美醜など大した問題ではないが、それでも彼女が美しいことは理解できる。だが、その唇から紡がれる愛がどこか空虚なのは、彼女が本心からクロヴィスに恋をしているわけではないからなのだろうか。元々彼女はクロヴィスに見初められたからと、魔族と妖精を繋ぎとめるために差し出された供物にすぎないのだ。

 魔王クロヴィスの妻である。それだけが彼女がレテノア魔界で何の妨げもなく生きていける理由になる。弓の腕は二の次で、特別優れているわけではない妖精の力も魔術も何の意味も持たない。

 オーウェンがシャルロッテの内心を推し量ろうとしていることに気づいたのか、彼女の繊細な手がオーウェンの頭に触れて、その毛並みをゆるりと撫でた。

「わたくしは現状に対して別に不満などないのよ」

「それはよいことですが」

「クロヴィスと引き合わせてくれたパレイゼにも感謝しています。今の生活はそれなりに幸福だと感じていますから――だからこそ彼に死なれるようなことがあっては困ります。彼を害すものは早々に見つけて駆除しなければ」

 クロヴィスの敵はシャルロッテにとっても敵である。

 理由はともかく、シャルロッテが犯人探しを重視しているのは間違いないらしい。オーウェンとて彼女の気持ちが全くわからないではない。ロズが幼い頃、そよ風と嘲られていたのを間近で見てきたのだ――妖精と魔族の血が混ざっている、それだけで充分コンプレックスになりうる。クロヴィスを何の理由もつけないまま愛するわけにはいかないのは、彼女の生い立ちのせいだろう。

 それでも、彼女がクロヴィスのために行動しようとしているのは本当のことなのだ。

「……シャルロッテ様は顔で損をしておられるなあ」

 何も顔に出さなければ声色にも出にくいので、周りから見るとほとんど理解できない。その点に関しては自覚しているようで、シャルロッテは肩をすくめて「リードの一族は皆そうなの」と言った。もう少し抑揚があれば冗談っぽく聞こえるはずだし、事実彼女も半分冗談のつもりなのだろうが、顔も一切動いていないせいで不必要に意味深に聞こえるのだった。オーウェンは今度は口に出さなかったが、心の底からシャルロッテは顔で損をしていると思った。

「銃弾についてはいっそベルクへ送ってはいかがでしょうか。姫様は銃の知識がある、イースイル殿下もしばらく人間の国にいたと言います。あの二人が見ればわかるやもしれませぬぞ。それでわからないことなら、もう、どうしようもありませんから別の切り口を探すことになりますが」

 オーウェンの提案に、シャルロッテは迷っているように口元に触れて沈黙した。

「何か問題でもございますか」

「……クロヴィスに黙っていたらやはりまずいかしら」

 彼はこの弾を撃った誰かに父を殺され、自らも殺されかけた当事者である。魔王としてやっていくのに今は政務に追われているし、この弾丸を見せて彼がまた動揺するのは完全に予想がつくことだが、全く無視して進めていいかといわれるとそうではない。

 オーウェンは「はあ」とひとつ溜息をつく。

「では吾輩から上手く伝えておきましょうか。伝えたという事実があれば問題にはなりますまい」

 シャルロッテから伝えづらいというなら、そのあたりのことを肩代わりするくらいはできる。大したことではない。言い方に気をつければいいだけのことだ。クロヴィスのことも彼が生まれたときから知っているのだ――どのように言えばすんなりと受け入れてくれるかは、十分すぎるほどわかっている。

「流石……わたくしの十倍近く生きているだけのことはあるのですね。頼りになります」

「長く生きていればそれだけ知恵も力もつきますゆえ、存分に頼りにしてくださってよいのですぞ。ロズ姫様など吾輩を害獣退治のためといってあちこち連れまわすくらいですからな」

「わたくしもロズのように振舞えればよかったのですけど」

「あれでは少々お転婆がすぎます」

 戦士としては元気なほうが良いことは確かだが、それに振り回された経験も少なくないオーウェンは渋い顔をした。特にバイクはよくない。一角獣モノケロスに乗るときのような穏やかな気分ではいられないのだ――風を受けるときの感覚が好きではない。

「それでもあなたはロズについていってあげるのですね」

「……友人の忘れ形見であり、テオ様の姪御でもあらせられますゆえ。それに吾輩の気を引くのが上手いのです」

 どうやって身に着けたのか、若くして高度な魔術品の制作技術を持つロズはあれこれと魅力的な道具を報酬として提示しながらオーウェンの協力をとりつける。確かに幼いころからものづくりに興味は示していたが、著しい成長である。文字通り魔法のような手で作り出されるものが魅力的で、毎回放っておけないからと理由をつけて、オーウェンはロズについていってしまう。

 シャルロッテはその言い分を聞いて僅かに目を細めた。そのよく見なければ笑顔ともわからないような微笑に何か含みがあるような感じがして、オーウェンは居心地が悪かった。

「……とりあえず、その銃弾については吾輩がお預かりしておきます。シャルロッテ様はクロヴィス様のところに顔を出してきてはいかがでしょうか。あなたがいるといないではやる気が変わりますから」

「ではそうします。ありがとうオースリー。それではよろしくね」

 シャルロッテがクロヴィスの元へ向かうのを見送る。オーウェンの手の中には、彼女から預かった弾丸が、鈍く輝いていた。

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