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姪御×王子  作者: 味醂味林檎
第三章 忍び寄る嵐

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第二十二話

「明け方に森の調査はしております。やつは活動しているようですから、必ず狩る機会はございます。くれぐれも宜しくお願いします」

 例の害獣は街の西側にある森に生息しているのだという。繁華街を通りぬけて、飛空船の停留場になっている丘を過ぎる。グレネの使用人たちに城壁を閉じる門まで連れてこられると、後は勝手にしてくれと言わんばかりに外へ出された。

 王家の姫君付きの騎士に害獣殺しの魔女、それに人間の冒険者――なかなかに奇妙な組み合わせである。少々息苦しい感じがするのはラドルフがいるからだろうか。少なくとも彼の前では、ロズは表面上貴族らしく取り繕わなければならないのだ。

「とりあえずこいつが指し示す方角に向かえばいいんだろう……」

 ロズが昨日支給されたコンパスを見る。針が指し示すのは北ではなく、害獣がいる場所――ちょうど今移動しているのか、針はゆらゆらと揺れてはいるが、おおよそ西のほうを指している。強い魔力の歪みを持つものだけにしか反応しないように作られているようで、強い相手を探すには便利だが中途半端な相手は見つけられないという意味では普段使いはできそうにない。どこの技師が作った道具かはわからないが、量産できるようなものとして最低限の機能しか持たせていないのだろう。

 移動に関しては楽ができる。ロズにはバイクがある。ラドルフには王家の紋章が描かれた鞍をつけた一角獣モノケロスがいる。

「珍しいな。馬か」

 冒険者のルイスが乗っていたのは栗毛の馬だった。

 レテノアにも馬がいないわけではないが、近年は馬車を引くのも一角獣の役目となりつつある。オーウェルの森が逞しく足の速い一角獣の産地であることもあって、あえて馬を選ぶ理由も少ないのだ。そんな中で、美しい毛並みの馬を連れているというのは物珍しい感じがする。

「魔物が少ない国じゃ馬はどこにでもいますよ。結構タフだし、走るのも速いと思いますがねえ」

「昔はレテノアでも一般的だったらしいがな。だがこの国には魔物の統べる森がある。優秀な馬を探すより魔物を探す方が早い」

「ところ変わればってやつかなあ。あ、でもベルク公爵様はバイクなんですね。レテノアにはガソリンないって聞いてたからやめたんですけど、バイクのほうが良かったかなア」

「これは一応魔術品であって、通常の燃料ではなく魔力を吸い上げるマシンだ。レテノアではガソリンは安くないし、こんなものを人間のお前に扱えるとは思えないが」

 ロズが指摘すると、ルイスは「そりゃ残念だなあ」と本気では思っていなさそうな声色で呟いた。

「何でもいいですが、のんびりしている場合ではありません。早く片付けましょう」

 ラドルフが言った。彼の表情から苛立ちが滲み出ているように感じるのは、ロズの気のせいというわけではないのだろう。実際に彼の溜息が聞き取れてしまった。

(こいつらと一緒ってほんとにめんどくせえぞコレ……)

 溜息をつきたいのはこっちのほうだ、と思いながらも、口元まで出かかったそれを無理矢理飲み込んで、ロズはバイクに魔力を注いだ。とにもかくにも進まなければ話にならない。




◆◆◆




 ロズが「そよ風の魔女」――大した魔術師ではないという意味の蔑称を敬称のように変えたのはこれまでの害獣退治の実績である。尤もその全てを一人でやってきたことではないが、自らの魔術を補うことに長けている彼女は並の害獣相手なら容易く片付けられる。

 害獣に対して一角獣や馬は怯むが、バイクは恐れない。乗り手の命令に従って動く道具だからだ。

「くたばりな!」

 ロズが躊躇いさえしなければ、鉄の塊も躊躇せずに害獣の体へと突撃し、その生物として歪んだ体を轢く。ぐしゃりと潰れてもまだ息があれば、拳銃で追撃すればいいだけのことだった。

「派手にやりますねえー。バイクのほうが壊れちゃうとかないんです?」

 ルイスが言った。バイクで撥ねた上に銃弾を撃ち込む徹底ぶりを興味深く思っているのか、転がった害獣の死骸をじろじろ観察している。

 実際ストレス発散でもある。命を軽視するような振る舞いはよくないとは思うものの、真っ当ではないものを破壊するのに悩みを抱える理由はロズにはなかった。

「早々に壊れないよう魔術で強化してあるんだよ、こいつは。害獣どもだって、魔術品の素材になりそうっていうんならもうちょっと丁寧に始末するがな、コンパスに反応もしないようなこんなのは本当にどうしようもないんだ。魔力を溜めこんでるわけでもない、ただ何かを食らおうとするだけの怪物は手早く片付けるのが一番だ」

 害獣の肉は不味くて食用にもならない。ただひたすらに殺し合うだけの相手だ。それをわざわざ余計な傷をつけないように、等とこだわる必要など何もない。

「じゃ、例のやつは綺麗に殺すんです? 持って帰るんでしょ?」

「一応回収しろと言われているから努力はするが……自分の身が一番かわいい。無理はしない。危なくなったら普通に殺す」

「そりゃあいい考えだ。俺も死なない程度に頑張ろ」

「真面目にやる気はあるのですか」

 ロズとルイスが呑気な応酬をしているところへラドルフが口を挟んだ。彼にとっては口を挟まずにはいられないだろう。ミルディアから害獣を回収せよと命令されている彼女の騎士なのだから、目的が果たされない可能性を看過できない。

「害獣には未だ解明されていないことが多いのです。研究資料はきちんと持ち帰らなくては。今後のためにも」

「それってさ」

 ルイスがラドルフのほうに体を寄せたその時、草陰から害獣が飛び出してくる。狼に似た何かだった。その目はすっかり退化して何も見えていないようだったが、鼻が利くのかラドルフたちを目がけて飛びかかってきた。

「頭は――落としてもいいんだよな?」

 ルイスはそのまま馬上でサーベルを抜き、一切無駄な動きをすることなくまっすぐに振りおろす。剣の刃は害獣の首を捉え、綺麗に頭と体を分断させた。

 体が真っ二つになってもまだ歪んだ命は消えないのか、じたばたと暴れる害獣を、今度はラドルフが斬り捨てた。そうしてようやくごとりと転がる死骸を一瞥して、ラドルフは言った。

「運びやすいよう多少解体することは許されている」

(それって研究に使えるのか……)

 バラバラにしてしまっていいものかと疑問ではあるものの、ロズは余計なことを言って不興を買いたくはないので黙っていることにした。

 とりあえずは、ルイスの腕はそう悪くないようだから、いざというときに困らされるということはないだろう。ラドルフも気を抜けない相手とはいえ害獣狩りの経験があるのだから、単に害獣退治ということについてはそこまでロズが不安に思うことはないのかもしれなかった。

「心配しなさんなって、ラドルフの旦那。前金はたっぷり貰ってるし、やることはちゃんとやるとも。公爵様の目もあるし。やっぱり綺麗な女の目の前で雑なことはできませんって。ねえ?」

「……ねえ、と言われても困るんだが。というかその気もないのにそういうことを言ってるとそのうち刺されるぞお前」

「その辺は、ホラ、危なくなったら逃げるだけなんで」

 良くも悪くも素直というか開けっ広げな言い方をするルイスは、仮面で顔を隠していることを除けば爽やかで話しやすい好青年なのかもしれなかった。少なくとも趣味嗜好については嘘はつかなさそうだ。ロズとて必要とあらば隠し事はするので、案外ルイスとはそれなりに上手くやれるかもしれない。尤もラドルフのほうは信じられないものを見るような目で見ていたので、二人の気は合わなさそうではあるけれども。

 手の中のコンパスの針は先程より揺れが少なくなってきていた。そろそろ近づいているのかもしれない。面倒な連れのことはともかく、気を引き締めなければならない。

「どこの馬の骨とも知れぬ冒険者風情が生意気な」

「たかが騎士のくせにエラソ―じゃありませんかね。親しみ深い公爵様を見習ったらどうです?」

 放っておくだけでも知らないうちに何か言い合いの種を見つけてきている辺り、ロズには手の付けられない部分だ。そもそも深く関わりたくなかったし、煽りのネタに使われるのも本当は嫌だったが口は挟みたくない。気を引き締めるどころではないが、とりあえず進むだけは進まなければ。




◆◆◆




 ベルク城に残されたイースイルは、ロズから許可されているからと書庫に籠っていた。彼女が言っていたとおり、此処には古い本が沢山ある。新しい本もないわけではないようで、真新しい背表紙の電気工学の専門書などがちらほらと見えるのは、完全にロズの趣味なのだろう。

 最近の情勢を調べるだけというのなら城下へ行くほうがよいのだろうが、近頃何かと物騒だ――本当に。世話役をしてくれているミミに渋い顔をされるのもあり、イースイルは手近なところから調べることに決めた。シャルロッテに見舞いの血の薬を送った今、他にやることがないともいう。

「何かあればお申し付けください」とミミは言ったが、正直、好かれていないことはわかっているのであまりあれこれお願いするのは気が引けた。

 どこから手をつけていいかわからないので、とりあえず興味のある分野から本を探していく。旧い時代に書かれたものと思われる本は沢山あり、その中にはイースイルが王都にある王立図書館でも見たことのないようなものも混ざっていた。千年以上前の戦術指南書などは、そもそも戦いから逃げた妖精の街では滅多にお目にかかれるものではないのだった。

 イースイルは元々王子だ。歴史のことは知識として教わっている。妖精たちは他の種族――主に人間からの迫害を受けていた。それから逃れるために当時ある魔族のコミュニティと手を結び、現在のレテノア王国を作り上げるに至った。妖精が何もしてこなかったわけではないが、レテノアの歴史の中で目立つのは魔界の勇士たちの活躍である。彼らがいなければ、妖精はとうの昔に滅びていたに違いない――。

 現代においては魔族と妖精の血が混ざりあって、どちらの種族にも強い力を持つ純血が減ったことが問題視され始めているけれども、だからといって切り離せる存在ではない。魔族がどのように戦い、どうやって勝利をその手に掴んできたのか、イースイルは知りたかった。国を守るために必要なことが、もしかしたら、そこに書かれているのではないかと――本棚にある兵法書を何冊か取りだして、書庫の隅のほうにある小さなテーブルに広げた。

 それを読むことで何が変わるというわけでもないだろうが、イースイルはそれを興味深く感じながら読み進めた。前世でいつだったか流行った経営戦略の本を興味本位で手に取った時に読んだようなことと、何となく似たことが書いてあるのだった。孫子の兵法を元にした本などもあったくらいだから、経営と戦争は似ているところがあるのかもしれない。どちらも人を運用するという点では共通している。

 じっくりと読んでいると、情報収集という建前など忘れて、のめりこみ始める。戦略に関してはどこかで見覚えのある話もちらほらとあったが、戦術になると知らないことばかりだ。戦略と戦術は似ているようで違っている。あまりこういうことに踏み込んだことはなかった。勿論王になるために帝王学として国を動かすということ、人を操るということを学ばされはしたけれど、実践的な戦いの作法は知らない。せいぜいが護身程度の、習い事の剣術でしかない。

 主に防衛についての記述が多いのは、魔族が妖精を守る契約をしているからだろう。実際にあった例も解説されている。イースイルには全て理解できる話ではなかったが、戦いの原理を知るというのはなかなか面白い。次へ次へと頁を捲っていく中で、イースイルはある記述を発見した。

 ――妖精が人間に追い詰められていた時期。三千年近く前の、妖精の敗北の記録だった。

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