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姪御×王子  作者: 味醂味林檎
第三章 忍び寄る嵐
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第十九話

 烈風魔王テオ・バルテルミーの死。ベルクへ戻る前に、行き先は魔王城へと変更された。

 このレテノアで最高峰の魔術師の死だ。いくら老いの兆しが表れていたからといっても寿命で死ぬには早すぎる。何かあったことは間違いなかった。

 魔王城に辿り着いたロズたちが見たものは、凄惨な光景だった。

 無残にも破壊された城壁、抉られた地面。堅牢な城の面影はほとんどなかった。それを修繕するために魔族や魔物たちが集まって何か作業をしているが、それにしても悲惨だった。

 ミミに馬車のことを任せて、ロズは庭を見回した。そこそこそれなりには整っていたはずの庭すらも、すっかり荒れ果てている。

「ひどい、ですね……」

 イースイルが呟く。本当にそのとおりだった。ひどいとしか言いようがない有様だった。

 修繕作業を指図しているのは猫の魔物オーウェン・O・オーウェルだった。オーウェンはロズたちに気が付くと、緊張が途切れたのか肩を震わせた。

「よくお戻りになられました」

魔王ジジイが……死んだと、聞いた。この有様は……どういうことだ。何があったんだ」

「これは暗殺でございます。皆寝静まる真夜中に、前代未聞の怪物が現れ……そこへ何者かが不意打ちをしたのです。テオ様が亡くなられ、それにシャルロッテ様もお怪我を負い――」

 オーウェンから話を聞きながら、魔王の部屋へ向かう。

 王都で女神祭が開かれている二日目の深夜に、それは突然現れたという。暗かったために姿ははっきりとは確認できていないが、大きな翼を持つ害獣だった。それはひどく暴れて、結果魔王城を破壊した。テオはクロヴィスと共に持ち前の魔術で害獣を食い止めていたが、いざ仕留めるため魔術を紡ごうとしたその瞬間、暗闇のどこかから放たれた銃弾に邪魔をされた。その一瞬の隙に、害獣がテオの心臓と魔力炉を食い破って暗闇に消えたという。そして動揺しているクロヴィスを二発目の弾丸が狙っていたが、シャルロッテがそれを庇い負傷した――。

「幸いにも一命は取り留められました。今は処置を施し、お休みになられております。よく眠られているようです」

「そうか……顔を見ておきたいが、レディの寝顔を見に行くってのはいまいちな……シャルロッテ殿は助かったんだな?」

「はい。――あれほど強力な害獣が現れ、すぐに姿を消したことも謎めいておりますが……何者かがテオ様やクロヴィス様の命を狙っていたことは間違いありませぬ。犯人は未だ捜索中ではございます」

 そうこうしているうちに、魔王の居室へ辿り着く。ドアを開けると、中にはテオの遺体が横たえられた棺があり、そのすぐ傍にクロヴィスが立っていた。

「ああ――ロズ。それにイースイル殿下……」

 やつれている。目はやや充血しており、顔面は蒼白であった。ひとしきり泣いた後なのかもしれない。彼にとっては実の父親だ。突然父を亡くして何も思わないはずがなかった。しかも最愛の妻も自分を庇って倒れたのだ。その衝撃は決して小さいものではないはずだ。

「今、祈りを捧げていたんだ……ああ、本当に、なんてことだろう」

 棺にはテオの遺体がある。食べられてしまった胸を隠すように、花が敷き詰められている。ロズはそれを間近で見て、ああ――と息をついた。自分の伯父であり、両親を亡くしてからは親のような存在であった。気は合わないところが多かったけれど、だからといって嫌っていたわけではないのだ。

 イースイルもまた、魔王の遺体に感じるところがあった。数百年の時を生き、レテノアを守ってきた戦士たちの長。外敵の脅威を寄せ付けない力の象徴、国の英雄。つい先日話したばかりだというのに、その命は失われてしまった。

「故郷に尽くし、多くの民を守った英雄に安息を。その魂がよき道へ進むように」

 イースイルが祈りの言葉を口にすると、クロヴィスは「感謝します」と言った。立場はないに等しいといえど、今まで守り抜いてきた国の王子から言葉を貰えば、臣下としては幸福である。

(……それにしたって害獣に暗殺者? こうも立て続けに)

 王都ゲリアで騒ぎがあったばかりだというのに、魔界でもこのような事件が起こるとは。テオが死んだ、その事実が横たわる――実感が湧くと、胸の奥が締め付けられるような感じがした。涙は出なかったが、悲しみが指先にまで広がる気分がしていた。それは決して熱にはならず、むしろ脳髄の奥を冷やす。

 ――何故テオが死ななければならなかったか。クロヴィスも狙われたというから、バルテルミーの血筋に意味があった可能性はある。烈風と謳われた魔王、その子も魔王になるといわれれば、他に魔王になりたいと思う者が野望を抱いてもおかしくはない。そうでないなら、他に理由になりそうなことはイースイルくらいのものだ。

 ロズとイースイルの行動について、魔界はどちらかといえば傍観していた。それでもロズは魔王の姪という血の繋がりを持っており、イースイルには目的がある。イースイルのことを感づいていて、それを疎ましく思うものがいれば、彼を支えるものを潰そうとするのは自然な考えだ。

 ロズが思考に沈みかけたとき、クロヴィスが沈黙を破る。

「女神祭の帰りだというのに、急がせてしまったね。僕も何がどうして、本当に、色々とわからないんだよ」

「クロヴィス、無理をするな」

「無理はしてないよ……」

(嘘をつけ)

 ひどい顔をしている。折角の色男も形無しだ。平気なふりをしようとして失敗している。

 それでもロズはそれ以上指摘できなかった。クロヴィスは今、誰かに弱さを曝け出すことができない。魔王の後継が弱々しくては、荒っぽい戦士がついてこないからだ。涙を受け止めてくれるであろうシャルロッテも倒れた今、彼の支えは己の矜持しかない。

「僕が……しっかりしないと、ね。リーダーを喪って、魔界が混乱してしまう。魔族には魔王が必要だ。僕が魔王にならなくては。こんなに早いとは――思っていなかったが」

 レテノアには魔王に相応しいような魔術師を輩出する家系が限られている。優れた魔術師が多ければ魔王を選定するのに揉めることになるが、今のレテノアではそれはないだろう。クロヴィスならば文句は出ない。そもそも彼に反対できるほどの魔術師はそう多くないのだから、予言で魔王になることを告げられていた男が魔王の椅子に座ることは自然の成り行きだ。

 とはいえ、魔界の象徴たる魔王が暗殺によって命を落としたことは、あまり良くない。魔王の座を簒奪するためにやったわけでもなく、正体不明の何者かにやられたというのは聞こえが悪い。

 魔王の引き継ぎ、父の死、妻の負傷、害獣への対策――クロヴィスにとっては負担が大きい。ストレスで潰れてしまわないか心配だが、誰もその立場を代わることはできない。ロズはいとことして彼を支えることはできるが、それで彼の痛みを全て引き受けられるわけではない。

「一体何から話せば……我ながら動揺している。冷静にならないと」

「何があったかは落ち着いてからでいい。後であんたの記憶を見ることにする……今はあんたも休んだほうがいいぜ」

「そうは言うがね、僕がやらなければ色んなものが滞るじゃないか。それに何かしていれば悲しみなんて感じなくて済むし……」

「体には疲れがたまるんだ。シャルロッテ殿が目を覚ましたときにもそのひっどいツラ見せるつもりかよ。ろくに寝てねえんじゃねえのか?」

 妻の名前を聞いて、クロヴィスはようやく、力なく頷いた。




◆◆◆




 シャルロッテが目を覚ましたのは、ロズたちが到着してから三日も後のことだった。彼女は開口一番クロヴィスの安否を気にして、彼が無事であると知ると安心したように息をついた。

「けれど、お義父様は亡くなったのね……」

「ああ――でも、きみのおかげで僕は助かったよ」

「そうでなければ困りましてよ」

 わたくしにはあなたしかいませんもの――とシャルロッテは呟くように言った。それが果たしてクロヴィスを想っての言葉なのか、魔界での後ろ盾が何もなくなってしまうからなのか、人形のような表情からは全く読み取れない。だがクロヴィスは感じいったようにシャルロッテの手を握った。

「シャルロッテ殿が生きていてよかった。あんたが死んだら、クロヴィスはダメになっちまうしさ」

「ふふ……銃創というのは、なかなか痛いものなのね。一歩間違えば内臓に傷がついて死んでいたと医者から聞きましてよ。銃というのは強い兵器ね……」

 彼女の視線は誰とも合わなかった。だが、言葉には身を持って体感した説得力が滲み出ている。弓の名手である彼女にとって、技量がなくとも敵を殺せる飛び道具は興味深くも脅威であるに違いなかった。ロズも銃を持っているが、あくまでも害獣に向けられるものであり、シャルロッテは完全には理解していなかったのだろう。こうしてその威力を体感して感じ方が変わったのかもしれない。

「銃というのは、そんなに流通しているものだったかしら。わたくしはあまり噂を聞かないけど――ベルクや王都ゲリアでは流行っているの?」

 シャルロッテの問いかけに、ロズとイースイルはそれぞれ考えながら答える。

「……そうだな。俺が使ってるからってのもあるが、ベルクでなら手に入れようと思えば手に入るもんですね。値は張るが外から輸入してるものがある。だが、暗闇の中でまともに狙撃ができるようなライフルを売る許可はまだ出していない。俺の目を盗んで商売をやってる不届き者がいれば話は別ですが」

「王都のことは今一つ……ただ、王都は海や国境と隣接している地域ではない。レテノアにはまだ命中精度の高い銃を生産する技術はないはずですし、決して気軽に入手できるものとは……」

 そして二人で顔を見合わせる。そもそも外国の技術を取り入れようという動きは比較的最近のものであり、レテノアでは銃は誰でもが容易く扱えるものではない。

「そう……下手人の特定にひとつ役立つ情報ですね」

 シャルロッテが静かに目を閉じる。クロヴィスは「早く解決できるよう努めるよ」と言った。




 テオの葬式は早々に行われた。季節は秋、暑くはないとはいえ遺体を長くは放置できない。城の被害もひどく、遺体の有様もあまり見せられたものではなかったため、身内だけで手早く済ませてしまった。クロヴィスは新たな魔王を名乗り、魔界中にそれを周知させるべく各地に連絡を送っている。

 ロズはクロヴィスから魔術によって事件当時の記憶を受け取り、イースイルとミミを連れてベルク領へと戻った。クロヴィスの記憶にあるのは、暗闇の中で翼を持つ害獣を見たことと、テオが殺されシャルロッテが撃たれたことへの動揺――正直なところ、気分が悪くなるような記憶だ。しかしながら、それを思い出させたことをロズは後悔していない。

「クロヴィスの記憶にある害獣は、暗いからわかりにくいが、たぶん王都に出たのと同じやつだ」

「どういうことです? 王都で姿を消した後、魔王城に移動したのでしょうか……でも、そんなに短い時間でどうやって?」

「レテノアではそんなにメジャーじゃないが、物質を転移させる魔術ってのはあるんだ。それを応用した魔術品も発明されてる」

「理論上は可能……ということですか」

「どうやって害獣なんて化け物を操ってんのかはわからねえけどな……」

 襲撃犯について現状でわかることは、害獣を操る手段を持っていて、外国の魔術の知識を持っている。それでいて、人間の技術を扱うことに躊躇いがなく、外国製のライフルを使ったと思われる――それくらいだ。正体が一切不明だが、あまり国内の者がやったという感じはしなかった。

 女神祭でレテノアの政治の中心人物らと接触して、ロズはそれも調べ足りないと思っていたところへ、魔界でも大事件が起きてしまった。全く冷静になれる状況ではなかったが、一旦ベルクへと戻ってきた今なら、ゆっくりと思考に沈むことができそうだ。

「情報の整理をしよう。今後のことを考えねえと」

 ロズが言うと、イースイルは深く頷いた。

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