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姪御×王子  作者: 味醂味林檎
第二章 女神祭

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第十三話

 ラドルフ・ファイトはラペイレット王家に仕える妖精の騎士である。

 戦士の多くが魔族であるとはいっても、妖精の戦士が全くいないわけではない。ファイト家は代々騎士を輩出する家系であり、ラドルフもそうだった。彼の場合、何代か前の先祖に魔族の血が入っているとかで、純血ではない分魔族としての逞しさも持っていた。魔王の息子クロヴィスに嫁いだシャルロッテと似たような境遇というわけだが、彼の場合は魔族の血が薄すぎて魔術は全く扱えず、丈夫な体だけが細やかに特徴として残っているに過ぎない。

 とはいえ、それでも充分すぎる能力であった。戦士として戦うのならば、大抵の魔術師が使うような魔術は実戦には向かない。逞しく勇ましく戦えて、仕えるべきものを守ることができるだけの力があるのならそれでよい。騎士に魔術は求められない。

 ラドルフは元々王家を守護する騎士団の一員の一人であり、現在はミルディアに取り立てられて彼女の近衛をやっている。レテノアのニュースになったのを、ミュウスタットにいた頃に伝え聞いた覚えがある。イースイルにとっては警戒すべき相手の筆頭であるはずだったが、それにしてはラドルフにイースイルを害そうとする様子がなかった。

 はっきり言ってしまえば、イースイルは拍子抜けした。イースイルは自分が生きていると、ミルディアにとって都合が悪いと思っている。かつて自分を襲ったものは、ミルディアの手の者だと信じているからだ。元々気が合わない兄妹で、互いに生まれながらにしてロラン妃とグレネ妃の派閥争いに参加することを義務付けられていた。仲睦まじくできる理由はどこにもない。

 そのミルディアの騎士に見つかったというのに、ほんの少しも敵意が感じられない。自分を襲った連中の仲間であるはずなのに――だ。だからイースイルは何でもないような表情を作って、余裕があるように振る舞い、様子を窺うことに決めた。

「よく私と気が付いたな。そんなにわかりやすかっただろうか」

「……あなたの、目の色が見えたから」

「それだけで断定できるものか?」

「最初は人違いだと思いました。しかし、一度目につくと比べてしまうものです。背丈も記憶の中の殿下とほとんど変わりない。いつも右足から踏み出す歩き方も、背筋を伸ばした姿勢も」

 間違えるはずがない、と確信を持った言い方をするラドルフに対し、イースイルは「よく見ているものだ」と一言返すのが精一杯だった。まさかそこまで詳細に観察されているとは思いもしなかった。イースイルとラドルフはそこまで深い関係でもないのだ。

 そんなイースイルの驚きに対し何を感じたのか、ラドルフは「わかりますとも、他のものはわからなかったようですが」と言った。イースイルは彼にそれほど注目していなかったが、彼から見たイースイルは違ったということだろうか。

 きちんと騎士の格好をしているということはまさに任務の最中だったということだ。今日は女神祭でゲリアは賑わっているのだ――その中で何が起きてもおかしくない。騎士たちが城の警備をしていても不自然ではないし、思い返せば庭園でもちらほらと見かけたような気がする。

「お前にも任務があっただろうに、私を追ってきてよかったのか?」

「私の役目は王宮の警護。怪しいものを見つければ何かしら対応しなければなりません」

「成る程、これも仕事のうちか。私はもっと演技の勉強がいるようだな」

「……一体これはどういうことなのですか。今までどこに――それにこの格好は、バルテルミーの……?」

 正体が知られた時点で隠す意味など最早ないが、こう追及されると居心地が悪い気分がする。バルテルミーに余計なトラブルを招くわけにはいかない。厄介な存在であるイースイルを庇護し、此処まで連れてきてくれたのはロズなのだから――とはいえ、隠すことができない状態なのだから、言葉を濁すこともできない。

「……バルテルミーには、よく助けられている。人の助けがなければ生きてはいけない。今の私は王子と呼ばれるようなものではなく、ただの一人の妖精でしかないのだ」

「あなたがいなくなってから、僅か二年のうちにゲリアでは色々なことがございました」

 苦々しい表情で、ラドルフは言った。有力な貴族の死が相次いだのはニュースになったくらいだが、大きく話題に上がらなかっただけで、怪我や病で政治の場から退いた者も多い。罪を犯したとして処分された者もいる。かつてイースイルがいた頃とは違って、政治を動かす妖精は随分と代が替わり、それぞれの主張も変化してきている。国王が臥せっている今、ネビューリオを中心にそれを補佐するミルディアとパレイゼが実権を握っており、以前とは王宮での権力図が変わりつつあるのが現状だ。僅か二年のうちにこれほど荒れて――未来へのバトンが繋がれているといえば聞こえはいいが、先代がリタイアする理由が物騒すぎる。ミルディア派とパレイゼ派で政治家たちは派閥を作っており、表向きには何でもないような顔で協力しているが、実際には激しい権力抗争が起きている。

「レテノアの新しい未来のため、ミルディア様は交通網の整備を急いでおられる。だがそれを望まない者もいる……彼らの反抗や、それに対する粛清によってどれだけの血が流されたかわかりません。物わかりの悪い者が淘汰されていくのは、自然なことかもわかりませんが」

 沈痛な面持ちで彼は語った。これまで新聞や雑誌で話題に上がったようなこと、それよりもさらに深いところの話でもあった。話の内容に嘘の色は見えない。

 しかしイースイルは、どうしてラドルフがそのような表情をするのかわからなかった。現状を心から悲しんでいるかのような顔だ。話していること自体は疑わしいところはないが、果たしてラドルフの表情が演技なのか本心であるのか、判別ができない。手の中が汗ばんで湿っぽい感覚がする。ミルディアの側近ともいえるような立場にありながら、恐らく多くの事件は彼女が手引きしたことに違いないのに、そのやり方に恭順しないなどということがありえるだろうか? それともミルディアが意図して彼に全てを見せてはいないということなのか?

「王宮にお戻りにはなられないのですか」

 ラドルフが言った。イースイルはさまざまな想像を巡らせながらも、「私の席はもうないだろう」と返した。

「死んだ者が生き返っては混乱を招くだけだ。次の王を継ぐべき者はいる。そこに私がいなければならない理由はないはずだ」

 既に亡き者として扱われているイースイルが今更存在を主張したところで、既にレテノアはイースイルを必要としていない。無益な争いが生まれるだけか、あるいはそれすら起こらないうちにイースイルが始末されるだけだ。それでも今ゲリアを訪れたのは、見たい未来があるからだ――決して自らが王になるためではない。

 残念だ、という顔をしながらもラドルフは背を向けた。この場でイースイルを無理矢理連れていく気はないらしい。その必要がないと感じているのかもしれなかった。バルテルミーの紋章をつけたイースイルは今、使用人のふりをしながらロズについてきたのだ。女神祭の間は王都から出る予定はないということを理解しているに違いなかった。その間に対応が取れると判断されているのだ――イースイルは息が詰まるような気分がした。

「……ネビューリオ様は今でもあなたを待っている」

 ラドルフはそう言ったきり振り返ることなく、そのまま去った。イースイルはそれを呆然と見送って、ふと、自分が拳を握りしめているのに気が付いた。ゆっくりと指を開くと、くしゃりと潰れたミミのメモが顔を出した。必要なものと題されたメモ――まだ買い物が終わっていない。

「手ぶらで帰ったところで、すぐにロズさんに相談できるわけじゃない……か」

 彼女は彼女で貴族たちを相手に立ちまわっている真っ最中のはずだった。今のイースイルにできることは、それこそ頼まれた買い物を済ませるくらいだ。話し合いは、彼女が部屋に戻る夜――。




◆◆◆




 ――イースイル王子が生きている。

 その事実をどう扱うべきか、ラドルフは悩んだ。イースイルは今王子という身分を隠して行動している。彼は自分が再び表に立つことに乗り気ではないようだった。確かに最近のゲリアは物騒だし、彼も成人の儀式の折に襲われたのだから躊躇う理由があるのはラドルフにも理解できる。

 かつてイースイルは成人の儀式の折何者かに襲われ行方をくらませた。その何者か――それがミルディアに関係のあるものだということを、ラドルフは知っている。ラドルフ自身が関わったわけではないが、ある日偶然的にその事実に行きついてしまったのだ。ミルディアが素性の知れない誰かと話しているところを目撃してしまった。

「知ったのならば、協力してもらうわよ。あなたの力、前々から気にかけていたの」

 そしてラドルフは彼女の騎士として取り立てられ、現在では側近ともいえるような立場にいる。若くして上に立つ者としての自覚を持ち清廉な王子として育ったイースイルに対し、元々敬意を持っていたラドルフであったが、ミルディアによって王族の直属の騎士という名誉を与えられ、いずれは騎士団を率いる団長として重用してもらう約束をした。敬愛するイースイルを殺したも同然の女に仕えることに不満を抱かなかったわけではないが、今となってはそれなりに情を抱いていた。

 あの姫は幸福ではないのだ。側室の娘であり、妖精としての才能にも恵まれなかった。頭が良くあらゆる知識を詰め込み、それを会話に活かし人を魅了する才能は豊かであるのに、妖精王になるために一番必要なものが彼女には欠けていた。父王から特別の愛情を注がれることもなく――どこか歪んだ形に成長してしまったのも無理はない。そのことを悟る程度には、ラドルフはミルディアの傍で過ごした。

 果たしてミルディアが葬り去ったはずのイースイルが存命であることを彼女に伝えるべきであろうか。伝えれば必ずミルディアはイースイルを殺そうと動くはずだ。そうなれば今度イースイルを手にかけることになるのはラドルフ自身かもしれなかった。果たして自分にそれができるだろうか。ミルディアに兄殺しを命じさせてよいのか――。

「おお、ファイト卿、ちょうどよかった」

 イースイルと別れたラドルフが戻ると、同僚から呼び止められる。そこで思考の海から浮上する。

「何かあったのですか」

「直接何かあった、というわけではないのだが……柊館から通報があったのですよ。黒っぽいローブを着た怪しい者たちが貴族の屋敷が並ぶトロワ通りに入っていくのを見たと」

 女神祭の時期、通常よりずっと多く人が出入りするゲリアである。王族も民衆の前に露出するため、万が一のことがないよう気を配るのは当然のことだった。少しでも怪しい挙動をする者がいれば通報されるのもおかしくない。

「黒いローブ?」

「複数名です。顔を隠していたそうで、素性が知れません。目撃したのは柊館の執事たち、それとベルク公爵の侍女でして――」

「ベルク公爵の……?」

「ええ、なんでも一角獣の世話をするのに庭に出た際に、怪しい人影を見たのだとか。少し追いかけたそうですが見失ったそうです」

 イースイルの着ていた服に刺繍されていたバルテルミーの紋章を思い出す。当代のベルク公爵は魔王の姪でもある。彼女の侍女が見たという黒いローブの者たちについて、ラドルフには心当りがあった――ミルディアの騎士として考えるならば、バルテルミーには知られたくないことだった。恐らくその連中は、ミルディアの客に違いなかった。

 ラドルフは心を決めた。

「その件は私に任せていただこう」

 ラドルフはミルディア殿下が心配だからと理由をつけて、彼女のいる柊館に向かった。一言二言用事を告げれば、使用人たちは快くラドルフを出迎え、ミルディアのもとに案内した。

 彼女は舞踏会でゲストと話している最中だったが、ラドルフの来訪を知ると話から抜け出した。柊館の廊下を渡り、空き室に入って内側から鍵をかける。

「ご報告がございます」

 今のラドルフはミルディアの騎士である。騎士であるというのならば二心を抱くことなく、今仕えるべき主に忠誠を捧げなければ――ラドルフがそうするべき相手は、最早かつて王子だったものではない。

 ミルディアは新緑の瞳を細めながら、ラドルフの頬を指先でなぞった。触れられたところから熱を持つような気分がする――そんな思いを腹の底に沈めて、ラドルフは今日の出来事を淡々と告げた。

「成る程……ローブの者たちについては確かにわたくしの客人よ。色々と話し合うことがあったのだけど――あまり目立たないようにさせなくてはね」

「イースイル殿下やベルク公爵の件はいかがなさいますか」

「そうね……どうするのが一番良いかしら」

 ミルディアはラドルフの報告を聞きながら、そっと指先で唇に触れて考えるような仕草をした。

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