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姪御×王子  作者: 味醂味林檎
第二章 女神祭
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第十話

 女神祭――それはいわゆるところの収穫祭だ。実りの秋の季節、豊穣の女神ゴーメーに感謝を捧げ、また次の年の豊作を祈る。

 この女神祭は主に妖精たちのほうが熱心である。魔族も女神に興味がないわけではないが、どちらかというと戦いの中に身を置き、外敵を屠り獣を狩ってきた魔族よりも、魔族に守られながら安全な内地で農業に従事してきた妖精のほうがゴーメー信仰を重視しているところがある。

 レテノアのラペイレット王家はこの女神祭において、妖精たちの代表として祈りを捧げる役目を持っている。それだけ聞くと大層堅苦しい祭りのようだが、祭りというだけあってこの時期は騒がしくなる。

 街には屋台が並び、夜の遅い時間まで灯りが点り、民は収穫した恵みを大鍋で煮詰めて分け合う。王宮の庭園も解放され、多くの人が出入りし、三日間祭りのために国中の妖精が沸き立つ。

 では魔族はといえばだが、妖精の王族の守護を務める騎士たちが忙しいくらいで、他はさほどでもない。そもそもそうした祭りは妖精たちが暮らすレテノア中央で盛んなため、国境を守るという役割の都合上辺境の地で過ごす魔族は祭りのために何かするということがあまりないのだ。民間では交流もあるが、せいぜい毎年魔界から挨拶の手紙出したり贈り物をしたりするくらいで、あとは社交的な魔界貴族が妖精たちの晩餐会や舞踏会に顔を出すくらいのものである。魔王がそういったイベントに参加しない理由は国境警備のほうが重要だから――それに尽きる。妖精も自らの安全を確保するためなら無理強いはしないのである。

 ロズはといえば、これまで魔王に倣って手紙と贈り物で済ませていたのだが、今年に関しては行く理由があった。イースイルの妹の一人――ミルディア王女の成人の儀があったからだ。

 ミルディアは現在の妖精の政治で重要な地位についている。フェルマ公爵と並んで王代理ネビューリオの補佐を務め、国を動かす立場にある。成人しないうちからあれこれと政治に口を出していた彼女は、若いながらに大胆で行動的で、自分の何倍も生きている妖精たちを上手く従えてきた強かな女性である――ロズはそんな印象を持っている。魔界から祝いの品は贈ったが、改めて挨拶が必要な時期にきていた。

「魔王は国防のために動かないけど、俺はそこまで影響力ないからな。魔界側の代表、ってわけでもねえが……」

 言いながら、懐から封筒を取り出す。上質な黒い封筒、その封蝋には王家の紋章が刻印されていた。

「招待を受けて無視するわけにもいかねえし、呑気な妖精や魔族にも礼儀はないわけじゃねえし。よかったなイース、ちゃんと俺が女神祭に出るやつで。俺のとこの使用人だってことにして連れてけばバレずにすむんじゃねえか」

「だといいんですけど……ロズさんには本当に色々面倒をおかけします」

「気にするな、妖精の内情調査にはちょうどいい機会だ。話してみたい相手もいるしな」

 脳裏に浮かぶのは妖精の政治の中心人物たちだ。何の気兼ねもなく、怪しさを感じさせないように接触できる機会はそう多くない。

「真面目にドレス着てお人形さんやらなきゃいけないと思うと、肩が凝りそうだぜ」

「……そんなに動きやすそうな格好をしているほうが、貴族としては珍しいのではないでしょうか?」

「動きやすいの便利なんだがなア」

 上着は黒いジャケットで、下はデニムにロングブーツ――そんな出で立ちを好むロズがレテノアの貴族の中で珍しくないわけがなかった。装飾品などほとんど身に着けないため金がかかっていないが、貴族らしく見えるかといわれると答えは否だ。

「女神祭ではちゃんと猫を被る。……取り繕いきれるといいな」

「そこで目を逸らさないでください」




◆◆◆




 レテノアの王都ゲリアは非常に古い時代から栄えた都市である。石造りの建造物の多くは千年以上の歴史を持ち、古代の魔術品によって保存されてきた。白い石の巨大な門をくぐると、そこは幾何学模様に似た独特の紋様が施された美しい建築が立ち並ぶ――遺跡と共に暮らす街、それが大都市ゲリアである。

 妖精は魔術を使えないが、魔族と共にあることを選んだ彼らは、魔術品を身近なものとして捉えている。道路にそびえる街灯は魔族が作り上げた光を発する魔術品だし、公園の噴水の管理も魔術品によって行われている。しかしそれらは老朽化が進み、中には現代の技術者では修理ができないものもある――そのため魔力操作の必要ない人間の技術への代替が始まっており、古い時代からのものと新しいものが混ざり合った奇妙な風景がそこにあった。

 女神祭のこの時期、大通りは色とりどりの花が飾られ、さまざまな屋台が並ぶ。王宮の庭園が解放され、貴族お抱えの音楽家たちが奏でる調べを目当てに多くの民がやってくる。人が集まるので見世物も充実し、大道芸人があちこちで自らの極めた芸を披露する。まさに文字どおり、お祭り騒ぎだ。

 貴族たちはというと、常日頃から政治に関わるものたちはゲリアに邸宅を持ち、そこで過ごしている。それ以外の者はラペイレット王家が主催するパーティに招かれ、迎賓館として使われている柊館で三日間を過ごすことになる。ロズもそこで寝泊りすることになる。

「あの、ロズさん、どこもおかしくないでしょうか……」

「ビビって挙動不審になってると怪しくなる。堂々としてりゃ大丈夫さ、イース」

(むしろこの化粧スキルは俺には真似ならんレベルだ)

 イースイルを従者として連れて行くにあたって、彼に茶髪のウィッグを被せてその黒髪を隠したが、それだけでは当然顔立ちで正体がばれてしまう。それを補うため化粧に頼ったのだが、そのおかげか元の美形の青年はすっかり別人である。具体的には眉毛を添って形を変えたり、周りから見てわからないようにテープで引っ張って目を吊り目風に見せたり、だ。二年も行方知れずとなっていた王子がそんな恰好をしているとは誰も想像がつかないだろう。そもそも王子だったものが家臣にあたる魔族の従者として振る舞っていれば、簡単にはイコールで結びつかないに違いなかった。

 一方のロズは、いつもどおりの格好で王宮に顔を出すわけにはいかないので、普段はまず着ることのない浅葱色のドレスに身を包んでいた。目立つ装飾は少なく、ハイネックで首元まで隠しているので決して露出も多くなく、派手ではないはずだ。慣れないロングスカートが動くのに少々煩わしいが、パニエで膨らませたその下に拳銃を隠しておけるという意味では便利でもある。このドレスではバイクに乗るのは難しいので、身を守る手段の確保は重要であった。

「護衛をつける、というのではいけないものですか?」

「世話役くらいは世間体もあるし俺自身ドレスとかよくわからんし連れてくが、護衛ってのは外聞が悪いぜ。本来守る側であるはずの魔界貴族が守られてちゃお話にならない。大丈夫さ、戦い方はわかる。最低限自衛くらいどうとでもなる」

「……そうでした。あなたは私を救ってくれた戦士です。恐れるものなどありませんね」

 イースイルが言った。「ちゃんとあんたも守ってやるよ」とロズが笑いかけると、彼は「はい」と笑顔を返した。適度な緊張は必要だが、それで体が強張って思うように動けなくなるのではいけない。イースイルはちょうどいい具合に肩に入っていた力が抜けたようである。

 今回はミミも連れて行く。彼女にはイースイルのことは訳ありだということを言い含めてある。何も言わずにということは難しかったためだが、彼女はロズよりも年若い魔物であり、幼い頃から姉妹のようにして育ったこともあって信頼のおける相手だ。決して口外しないと約束をとりつけた。今回の女神祭の間に余計な情報漏洩はしないで済ませたいところだ。

 一角獣モノケロスの引く馬車に揺られながら、徐々に近づくゲリアに、ロズは警戒を強めた。




◆◆◆




 豊穣の女神ゴーメーの神殿は危険な怪物、害獣たちが生息するテゾー山麓にある。二年前にイースイルが行方不明となり、神殿が血に染まった事件が起きたことから、王族は無理に危険を冒してゴーメーの神殿へ赴くことはせず、王都ゲリアに建てられた教会で祈りを捧げるものとなった。現国王が妖精の魔法医療でも生命維持がやっとというほどの病に倒れたということもあり、滅多なことでは王族は王都を離れないようにしているのだった。

 ――教会のステンドグラスに彩られた光を浴びて、少女が祈りを捧げていた。

 濡れ烏の艶やかな黒髪を結い上げて、見える項は象牙の白だ。ふわりとした菫色のドレスの袖からは嫋やかな指が覗き、一層彼女の繊細な美しさを引きたてる。

 静かな祈りの後、司祭に見送られて、彼女は教会から出ていく。入り口の段差を降りる時、灰色がかった青の瞳に、長い睫毛が影を落とした。騎士たちに付き添われて、迎えの馬車に乗りこんで出発する。

 咲いている。そう表すのが相応しいような、可憐な乙女だった。この国にその顔を知らぬ者はいない。彼女の乗った馬車が道を通れば、誰もがその姿を一目見ようと足を止め、その顔を見たものは感嘆の息を漏らす。清廉なる花の妖精――彼女こそ、レテノアの王女、国を背負う王代理ネビューリオ・ロラン・ラペイレットその人であった。

 王代理である彼女は、本来王が務めるべき役割を代行している。政治のあれこれについての下知を下すことは勿論、女神祭の折ゴーメーに祈りを捧げるといった宗教的な儀式もまた公務のうちである。ネビューリオはまだ若いため、腹違いの姉ミルディアや、賢者と名高いフェルマ公爵の手を借りて、王代理としての役目を果たしている。王代理とはいえ、わからないことも多いため、権力者という意識はあまりなかった。ただ、そういう看板を背負う役目を任されているだけだった。

 今日も貴族たちを集めた晩餐会が開かれるが、ゲストを迎えるのは姉のミルディアが担当している。ネビューリオも何もわからない娘というわけではないが、誰を招きどうもてなすかということについては姉の経験には勝てない。そのためいずれは学んでいく必要があったが、今のところは諸々のことは全て姉に任せることにしていた。姉が頼っていいのだと言った言葉に甘えている。

 今回の女神祭には、そよ風の魔女も来るという――魔王の姪である。ネビューリオとは直接の面識はないが、普段手を借りているパレイゼ・リード・フェルマ公爵の親戚シャルロッテが魔王の息子に嫁いでおり、パレイゼを通じて噂話を聞いていた。数多くの危険な害獣を屠ってきた逞しい戦士、交易に積極的なベルク領主、新技術に偏見の少ない柔軟な考えを持つ魔女――。

 これからのレテノアのために、妖精の王族として接触を図らなければならない、とネビューリオは思った。兄イースイルがいなくなってから王宮に不穏の影が消えない。貴族たちが次々と変死を遂げ、ネビューリオを支えてくれる者は随分少なくなった。古い時代から妖精と魔族は協力をしながらも、互いの政治には必要以上に干渉しないようになっていたが――共に手を取り合いレテノアを守っていく仲間が、彼女には必要だった。

 馬車の窓から外を覗く。女神祭のために沸き立つ街が見える。その賑わいを、ネビューリオは遠目に眺め、人伝に話を聞いたことしかない。どんな危険があるかわからないからと、いつも誰かと一緒でなければ外へ出られない。そして一緒に来る騎士や侍女たちは皆何かあっては困るとそもそもネビューリオを外に出そうとしなかった。

 自分が王族でなければ閉じ込められることもなかったのだろう――ままならない。そんなことを思いながら、ネビューリオは静かに息をついた。

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