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姪御×王子  作者: 味醂味林檎
第一章 そよ風の魔女

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第九話

 イースイルがロズの屋敷で過ごすようになって数日が経過した。その中で彼が知ったのは、ベルク城にはロズの他は使用人たちしかいないということと、ベルクの街が外国から様々なモノや技術を取り入れてレテノアの他の街とは雰囲気が違うということだった。ロズ自身が外国の技術に興味が強いため、その影響が民の生活にも現れているのだった。領主たるロズがバイクに乗っているくらいである。散歩がてらに街を観察してみれば、自転車を乗りこなす子供がいたり、魔術品を利用した発電施設があったり、輸入品の家電を売る魔物の商人がいたり――と、レテノアの他の街ではあまり見られない光景が見られた。

 港のほうに目を向ければ、蒸気機関の大きな船が汽笛を鳴らしている。ずらりと船が並ぶ様は圧巻だ。これから冬に向けて蓄えも必要だからか、積荷を運ぶために人々が忙しなく働く様子はベルクが発展した理由を感じさせた。

 イースイルが見る限り、良い街だ。人は明るく活気に満ちている。イースイルが守りたかったのは、こういった人々の暮らしだ。

 ロズは気さくだ。魔族の貴族は皆戦士であり、優秀な魔術師ばかりである。ロズは自らの魔術を魔術品の技術で補っているが、それでも魔界公爵というだけあって充分に強い戦士である。しかし彼女は恐ろしいという感じがあまりなく、頼っていい者だと感じられるのだった。心の中にするりと入りこんで吹き抜けていくそよ風――イースイルにとって、彼女はそういうものだ。前世の記憶がある仲間だとか、命を助けてもらった恩人であるとか、そういうことを抜きにしてもロズの気質は好ましいものだった。ただ、交流が浅く、まだ彼女のことでわからないことが多すぎるため、距離を縮められないでいるだけだ。

 さて、ベルクで過ごしロズの庇護の元暮らすことに対してイースイルは何の不満もなかったが、自然と噂が耳に入ってくる。ロズとイースイルが恋愛関係にある、というものだ。最初は面と向かっては口ごもった使用人たちだったが、やがて代表としてミミがそういう噂があるということを白状した。

「否定しようってのが無理あるわなア……」とはロズの言葉である。今まで男の影など全くなかったロズが突如連れてきた男、となれば噂が立たないわけがない。利のために結婚を持ちかけたのはロズのほうであり、彼女が否定できるはずもなく、使用人たちの間ではすっかり二人ができていることになっていた。

「気分を悪くさせていたらすまん」

「いえ、あの……別に、構いません。私が返事もはっきりさせないままにしておいたのもいけなかった」

 イースイルは言った。

「私はあなたのことをあまり知らないと気づきました。良ければ教えてください」




◆◆◆




 ロズの父は烈風魔王テオの弟だった。百歳以上も歳の離れた兄弟であったために、魔王の座を争い合うということもなかったという。魔王の交代するべき時期に、ロズの父はまだ子供で候補にすらならなかったのだ。

 とはいえ、魔術師の名門バルテルミー家の血筋である。兄と同様風の魔術に長けた魔術師で、幾度もの戦争で戦果を挙げた。レテノアの揉め事がある程度落ち着いてからは魔界公爵としてベルク領を治めることとなり、現在のベルク領こそロズの影響が多大に現れているが、城壁を築き港湾を作り上げ、発展の礎となったのは父であった。

 母は妖精族の出身だった。レテノアでは大抵の荒事は魔族が解決するが、妖精も戦わないわけではなく、母は妖精の騎士の家系だったという。どういう縁が絡み合って二人が結婚へ至ったのかは不明だ、とロズは笑った。

「戦争の関係で会ったんだろうが、そういう馴れ初め話を聞く前に二人とも死んだもんでな」

「そう、でしたか……」

「ひどい嵐の夜に、馬車が崖から落ちたらしい。戦場以外で死んだのに、それがベッドの上じゃないとは」

 そのせいでロズは幼くして両親を失うこととなった。魔王に並ぶような魔術師を失ったベルクは混乱し、一時は傾いたが、父の友人であったオーウェンの手助けがあってどうにか立て直すことに成功した。幼いロズは頼れるものに全力で縋りつき、その傍らで魔術品の技術を磨き、どうにか継承した公爵の地位を守ることができた。

 ちょうどその頃前世のことを思いだしたり、未熟な小娘に従う気のない厄介な使用人や部下たちと揉めたり、雇用関係を維持しきれなかったり――とそこそこ事件も起きたが、それらのトラブルを乗り越えて今のロズがある。使用人たちとの雇用関係に関しては父の頃ほど厳格に分業する決まりではなくなってしまったが、ロズの代からはシフト制で労働時間と休息を調整するように規則を変更したので現在彼女に仕えている者たちからは不満の声はない。無用な負担をかけるのはロズの望むところではないのである。

「もうちょっとでどっかの知らねえ男に嫁がされて全部台無しになるところだったわけだが。やっぱり俺は魔界貴族としちゃ中途半端な魔術師だから、何かで功績を稼がなきゃ立場がない」

「それは……お疲れ様、です」

「労わってくれるのはあんたくらいだよ」

 くく、とロズの含むような笑い声が漏れる。僅かに疲労感が滲み出ているようで、しかし今を楽しんでいる。魔族とはいえ妖精の血を引いているだけあってロズの顔も綺麗な造詣には違いなかったが、妙にあくどい感じのする笑い方であった。あくどいが嫌いになれない、そんな笑顔で、それが不思議とロズに似合っている。そもそも彼女自身、淑女らしく楚々とした笑みで微笑むことは向いていないという自覚があった。

「それで、まあ、なんだ。あとは……成人のときに予言を受けるだろ。その時に言われたんだ。俺はいつか剣を取り、剣によって世界の半分を失うと」

 笑みを引っ込めて、ロズは言った。これはロズの人生において、恐らく最も重要なことだ。

「世界の半分、それが何のことなのか俺にはわからない。だが、多分大事なものをなくすとか、そういうことなんじゃないかと予想してる」

「それは……避けられないのですか」

「避けられるくらいなら予言にはならない。予言の魔術ってのは本来そういうもんだ。だから後悔だけはしないようにしたい――っと、俺が自分のことで話せることっていったらこのくらいかね」

 そこまで言ったところで、ロズがイースイルを見ると、その表情は真剣で、ロズのほうが息を呑むくらいだった。イースイルはロズの手を取って、深呼吸のように息を吸ってから言った。

「私はあなたが好ましいと思う」

「そ、そうか」

「あなたとの結婚は、きっと私に多くの利があるということはわかる。何より前世とかいう意味の分からないものを隠さなくてもいい。そしてあなたにとっても、何らかの利はあるんでしょうね。けれど今の私があなたに返せる、と自信を持って言えるものはとても少ない。ええと、だから……そのう……まずは、こ、恋人から……?」

 途中で恥ずかしくなったのか、イースイルは俯いた。手を握ったままだから、彼の震えはロズにじかに伝わってくる。そして耳まで赤くなっているのも、しっかりと見て取れた。ロズはゆっくりとイースイルの手を外すと、その肩を軽く叩いた。

「ありがとうな」

「た、たとえ何かあって別れることになってもというか、ロズさんに他に好い人ができても、結婚してなければすんなりいくと思いましてですね。あ、勿論それはロズさんに不満があるというわけではなくてですね!」

「わ、わかった。とりあえず嫌われてないことはわかったから」

 盛大に照れて早口になるイースイルを宥める。魔界の強靭な戦士とは違うが、立派な男性の体躯は細身のロズからすれば充分に大きいはずだったが、彼女がそういうことをあまり感じないのはイースイルがあまりにも慌てて縮こまっているからかもしれなかった。取引のつもりで結婚をもちかけたロズは罪悪感を抱かないでもなかったが、彼の態度には可愛げを感じていた。

 ただ、このままでは埒が明かない――そう感じたロズは別の話題を振ることにした。

「そういえば、あんたは成人の儀のときに襲われたんだろ。そのときどういう状況だったのかよく知らねえんだけど、予言は受けたのか?」

 その問いに対し、ようやく落ち着きを取り戻したイースイルは首を横に振った。

「あの時は……予言の巫女に扮した敵に襲われたんです。本当の予言者じゃなかった。ミュウスタットに暮らしているのは人間ばかりでしたし、予言を聞くことはできませんでした」

「そっか……じゃあ今からやろうぜ、予言。二年も遅れたが、成人した祝いもなかった、そんでそのままってんじゃ寂しいだろ」

「え?」

 ぽかんとした顔をしているイースイルににやりと笑いかけて、その腕を引いてロズは言った。

「俺だって魔女の端くれなんだぜ」




◆◆◆




「予言の魔術の作法は知ってる」とロズは自分の部屋にイースイルを招く。簡素なベッドと作業台と思しきテーブル、それと何か古い本が並ぶ本棚があり、あまり貴族らしい豪華さは見受けられなかった。テーブルの上に何かの歯車や重たそうな工具が置かれている辺りに、女性らしさというものは欠片も見当たらない。宝石らしき石もあるが、魔術品を作るための材料としてしか扱われていないそれは、部屋の隅にある箱の中に乱雑に詰め込まれていた。

 魔術師らしさでいえば、職人のようですらある。魔術研究のためであろうか、テーブルの上にミニチュアの祭壇が作られており、レテノアで信仰の厚い豊穣の女神ゴーメーの像が飾られている。イースイルが本棚のほうに注目すると、レテノアの民話や古い神話についての本もあった。これもロズの研究資料の一部である。

「ロズさん、肌のお手入れとかきちんとしていますか」

「……一応な、一応。そっちの引き出しに入れてあるし、よその奴と話すこともあるんで一応はちゃんとしてる、一応は」

「それならいいんですが……面倒でも手を抜くとシミになりますよ」

「お、おう……まさかこんなタイミングでそんな説教を聞くとは……ああ、イース、そこで待ってろ」

 ロズは作業台に合わせてある簡素な椅子を持ってきて、そこにイースイルを座らせた。ちょうど女神像の真正面になるような配置だった。

「作法はわかるが、精度はそんなによくないほうだ。こんな魔術使った経験も少ねえし。細かい部分までは見られないと思う」

「構いません。なんだかどきどきしますね……まさか今になって予言を受けられるとは思わなかったので」

「ハハハ。生き物には辿るべき運命ってもんが決められているらしいぜ。生まれたときから自分の魔力の影響を受けて、ある未来に向かって引き寄せられていくもんなんだと。普通は見えないもんだが、世界の層が少しずれたところの異界にはその光景が存在する」

 ロズは箱の中から適当な青い石を幾つか取りだす。爪とほぼ同じ大きさとでもいうのか、決して大きいものではない。どれも研磨はされておらず尖っているが、不純物が少ないのか吸いこまれそうな透明感がある。鈍く輝くその深い青はベルクの海の色に似ていた。

「あくまで予言は予言、世界のほんの少しずれたところを――ただ覆らない運命があるのを覗き見るだけの魔術だ。未来の全部がわかるわけじゃねえし、予言によって運命が決まるわけでもない。気楽にしてな」

 ロズが手の中の石を握りしめる。すると、まるで液体であるかのように石が溶けて、指の隙間から青い光を発しながら零れていく。その液体で足元に円のような模様――ロズが魔術式と呼ぶものだ――を描き、彼女はその上に立って目を閉じた。

 すう、と深く息を吸い込む。窓もドアも閉じられているはずだが、そよ風がイースイルの頬をふわりと撫でた。熱も冷たさもないその風は、ゆるやかに渦を巻いて二人を取り囲む。何か、普段触れている空気とは別のものの感覚がある――それはほとんど一瞬のことだった。ロズが目を開ける。

「イースイル・ロラン・ラペイレット」

 名を呼ばれて、イースイルは身を強張らせた。気楽にとロズは言ったが、どうしても緊張した。これはかつてイースイルが聞きたかった、そして聞けなかった予言者の言葉だ。自然と、彼女の言葉を聞き逃さないように集中している。

 ロズは告げた。



「――お前は生涯王となることはないだろう。だがお前が心から望むことは、一つは必ず叶えられる」



 それは王子として生まれ王となるべく育てられた男にとって、呪いのように残酷な審判であり――同時に、救いともなりうる祝いであった。

「一つは、叶うのですね」

 イースイルは噛み締めるように言った。ロズはそれ以上のことは口を噤んだ。彼の叶える一つが、果たしてどのような望みであるのか、ロズにはわからない。彼がレテノアのことを心から想っていることは確かだろうが、その望みが叶うと確定したわけではないということを、今のイースイルに伝えるのは憚られた。祝福はただ祝福であるべきだ。無用に不安を煽るような真似は、ロズの好む手段ではない。

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