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甲冑系巫女姫  作者: 遊森謡子
第二章 巫女姫と獣人は耳を澄ませる
9/32

3 禁じられた精霊魔法

 驚いて、私は息を呑んだ。

「……あ、あんな強いのに?」

 奴隷の立場に甘んじるような種族とは思えなくてそう言うと、

「そこに、精霊使いが関わってくるんだ」

おっさんは淡々と続けた。


「あちらこちらで戦争が起こっていた昔、精霊使いは戦争にも駆り出され、攻撃に参加していた。が、そんだけ戦いが続きゃ、嫌でも兵器が進歩する。精霊魔法より強力な兵器が次々と生まれる。だんだん立場を弱くしていった精霊使いは、別の方向に力を発揮し始めた。精神に作用する精霊魔法だ」

 精神に……?

「敵の視界を奪ったり、幻を見せたりして、混乱させたり戦意を喪失させたりする。光や闇、空気や水を同時に操る、高度な魔法なんだとよ」

 幻といわれると、「蜃気楼」が思い浮かぶ。自然が見せる幻、それを精霊を操って作り出すんだろうか。

 考えながら聞いていると、おっさんは私が理解するのを待ってくれたかのようなタイミングで、話を進めた。

「精神に作用する魔法を研究するうち、精霊使いたちはおかしな魔法を生み出した」

 目の前に見えていたおっさんの左手が、手綱を離れた。私の左のこめかみあたりをトン、とつつく。

「記憶を消す魔法だ」

 はっ、と肩越しに見上げたおっさんの顔は、西日の陰になって、赤銅色の瞳が少し紫っぽく沈んで見えた。

 おっさんは続けた。

「お前、精霊によって記憶を奪われたらしい、と言ってたな。それは、精霊使いが精霊を操ってやったことかもしれねえってことだ」


「え、あの」

 私は戸惑って尋ねた。

「記憶を消してどうするの? いやあの、私のことじゃなくて……戦争中に作られた魔法なんだよね。敵に、何か秘密とか作戦とか自白させるならともかく、忘れさせちゃったらダメなんじゃないの?」

 すると、おっさんは眉をしかめて言った。

「さっき、鎧獣人は奴隷だったと言っただろう。人間より強い力を持つ鎧獣人を奴隷にするために、精霊使いは鎧獣人を一人ずつ狙って幻を見せ、故郷から引き離したんだ。そして、故郷と血縁の記憶を消した」


 驚きのあまり、絶句する。

 私と同じように、知らない場所に連れてこられ、親や子を忘れ、帰り方もわからない……

「で、戦争が終わったら記憶を戻してやると言って、働かせたり戦わせたりしたんだ。親や子の元へ帰るために、鎧獣人たちは従った」

 淡々としたおっさんの話を、私も冷静に聞こうとしたけど、思わず言葉がこぼれる。

「ひどい」

 もしかしたら、親や子も自分と同じ目に遭っているかもしれない。そう思っても、大切な人たちがどこにいるかもわからないんだ。


 おっさんはほんの少し、声のトーンを上げた。

「しかしまあ、精霊使いたちがそんな風に調子に乗りやがったんで、その当時の戦争が終わった後に、非人道的な精霊魔法を国が厳しく禁じた。奴隷も解放された」

「良かった……じゃあ、鎧獣人たちは故郷に戻れたの?」

 ちょっとホッとして質問した私に、おっさんは首を横に振った。

「いや。この件に関わった精霊使いたちは、精霊魔法の闇の部分に踏み込んだ奴らだったからな。精霊の世界に引き込まれて消えちまったのもいたし、処分を恐れて姿を消しちまったのもいたそうだ。鎧獣人たちは、記憶を失ったまま放置された。半分獣で、元奴隷で、帰る故郷も持たずにさまよい、その日暮らし。今、鎧獣人が人間たちより低く見られてんのも、うなずけるだろ」


 そんな……だってそれは、精霊使いのせいで……

 なにも言えないでいる私に、おっさんは淡々と言った。

「やがて、故郷を探し出すこともできず、記憶を失ったままの鎧獣人たちが集まって集落を作り、生きるために仕事を請け負うようになった。それが、あの甲冑師の集落だ。人間との混血も進んでいて、グラーユみたいにほとんど人間、みたいな奴もいるがな。長は記憶のない獣人、最後の生き残りだ」

 


 空が夕暮れに染まり始めた頃、緩やかに下る荒野の果てに、東原砦が見えてきた。

 疲れでボーッとなった私が、ソルティバターの背に揺られながら景色を眺めていると、おっさんが軽く前かがみになった。ごつん、と甲冑がぶつかり合う。

 私の耳元で、低い声がした。

「お前の記憶を精霊使いが消したなら、その精霊使いは禁を破ったことになる。だが証拠がない。しばらく黙ってろ」

「でもっ、私の記憶が戻る方法があるなら早く、早く見つけたいよ」

 私がまた身体を捻っておっさんを見上げると、おっさんは顔をしかめた。

「そりゃそうだろうが、少し待てって言ってんだ」

「だって、長が」

「あ? 長?」

 おっさんはいぶかしげな声を出した。

「長は、記憶を奪われた獣人の、最後の生き残りなんでしょ」

 うつむいた私は話しながら、甲冑の胸に拳を押し当てた。そこで揺れる気持ちを、ぐっと押さえ込むように。

「私の記憶が戻ったら、長の記憶だって戻せるかもしれない。故郷を、思い出せるかもしれないじゃない。……生きているうちに……」


 親を忘れてしまっていても、恋しい、会いたいという気持ちは私の中に残っている。長も、そんな切ない気持ちを、何十年も抱えてきたのだろう。

 そう思うと、新たな涙がこぼれた。


「だあっ、また泣いてやがんのか!」

 おっさんが声を荒らげた。

「いちいちいちいち余計な塩分出しやがって。今度泣いたら顔を舐めんぞ!」

「はあ!?」

 なにそれえ! い、いくら塩が貴重だからって!

「弱ってる生き物は食いたくなんだよな。味見だ。獣だからな」

 ニヤリ、とおっさん。

 ドン引きして涙も引っ込んだ私は、鞍上でずりずりとお尻をずらしておっさんから数センチ離れた。ソルティバターが「何やってんの」と言いたげに「シュウッ」と声を上げる。

「バーカ、冗談に決まってんだろ。鎧獣人は雑食だが、人間は食わねぇよ」

 おっさんはペッとそこらへんに唾を吐くと、急にまじめな声に戻って言った。

「お前の記憶がないと聞いたとき、本当は俺もすぐに行動を起こしたかった。長のことを知ってたからな。しかし、どうにかするにはマトモな精霊使いを探さなきゃならねぇ」

「探さないと見つからないくらい、少ないの?」

「ユグドマ国内を鎧獣人たちが探しまわって、今まで見つけられなかったんだぞ。でも、お前が巫女姫として停戦交渉を片づけりゃ、ツーリとの行き来が可能になる。あっちにはいるかもしれねぇ。全ては停戦交渉が終わってからだ」

「うん……」

「砦の中では、どこで誰が聞いてるかわからねえ。うかつに色々しゃべんなよ。世話係の女とかにもだ」

 私はうなずいて、近づいてくる砦を見つめた。


「襲撃の件、報告しないわけにゃいかないだろうな……行ってくる」

 ソルティバターを厩舎に入れたおっさんは、私を内中庭までは送った後、嫌々といった感じで去っていった。

 私は一人で重い身体を引きずり、自室のある三階までの階段を上って……一体いつイズータさんに甲冑を脱がせてもらったのかもわからないまま、泥のように眠った。


 目が覚めたら、翌日の昼になっていた。

 お湯を使わせてもらってさっぱりして、パンをちょっと口にしてるうちにまた眠くなって。次に意識が戻ったら、さらに翌朝……といった具合。相当疲れてたらしい。身体のあちこちが痛む。

 私、こんなに食事抜いてて大丈夫なんだろうか……と心配になって、その日の朝食はしっかりと取ることにする。よく噛んで、余すところなく栄養にしよう。

 あっ。食事、と言えば……


 窓が小さいので、部屋からは太陽が見えないけれど、そろそろお昼かな……という頃。

 部屋の隅の、簡易ベッドか長椅子っぽいものに腰掛けて縫い物をしているイズータさんに、私は意を決して話しかけた。

「あの……そろそろ、食事を取りに行くんですよね」

 イズータさんはちょっと嫌そうに顔をしかめて私を見ると、

「食事はまだ、できていないと思います。もう少しお待ち下さい」

 と言って顔を伏せ、縫い物に戻ろうとした。私は急いで言った。

「その時、私も一緒に行ってみたいんですけど」


「え」

 イズータさんはもう一度顔を上げた。今度は嫌そうではなく、そばかすのある白い顔にただ不思議そうな色を浮かべている。

「ええと、ここのこと、もう少し知りたいですし。でも、わざわざイズータさんについてきてもらってあちこち見て回るのもアレなので、食事を取りに行くついででいいんです。行って帰ってくるだけで」

 私は予防線を張った。イズータさんが、私に砦の中をいちいち案内するよりも一緒に食事を取りに行って帰るだけの方が楽だ、そう思ってくれるように。

「あ、それと、ちゃんと着替えますから」

 私は座っていたソファから立ち上がった。今日は砦の外には出ないので、甲冑をつける必要はなかったけれど、砦の中をうろうろするならそれなりの格好をしないと。


「わかりました」

 イズータさんは縫い物を置いて立ち上がった。

 部屋では寝間着みたいな格好だった私が、ついに着替えると言い出したのだ。この機会を逃さないようにしようと思ったのかも。

 部屋の隅に、服がかけてあるのは私も知っていた。イズータさんがカバー布を取り去り、持ってくる。

「こちらのドレスを、お召し下さい」

 ど、ドレス、ですか。戸惑いながらも、私は着替えを始めた。

 まず白の、足首まである長袖ワンピースを着る。上半身は身体にぴったり沿っていて、スカートはフレア。で、その上からターコイズブルーのガウンのようなものを着た。ガウンは胸の下で紐で結ぶようになっているんだけど、それ以外は開いていて、ワンピースの胸元とスカートの前が見えている。ガウンの袖は肩から割れているんだけど、肘でたぐって紐を使って留めた。そこから下は開いて、ワンピースの白い袖が見えるようになっている。

「あの……イズータさんみたいな服の方が、動きやすい、かな」

 ちょっと言ってみたけど、

「少しでも名のあるお家柄の方は、みなこういう服装をなさいます。巫女姫様に、私のような格好をさせるわけには」

と彼女は答えた。誰か上の人に、これを着せろと指示されてるんだろう。

 おっさんと一緒に行った町にも、こんな格好の人いたな。ドレスっていうともっと華美な、ヒラヒラフワフワしたイメージだったけど、こんなシンプルなのもあるんだ。

 イズータさんに袖を整えてもらいながら、私はガウンの色に見とれてしまった。似合うか似合わないかは別として、今はとにかく、これで頑張ろう。

「ありがとうございます。ええと、そろそろ……?」

 尋ねると、

「はい」

 とイズータさんが扉を開けてくれる。

 私は一つ深呼吸すると、扉の外に出た。長いスカートが足にまとわりつくかと思ったけど、少し固めの生地のせいかそんなことはなく、意外と歩きやすい。

 後から出てきたイズータさんは、

「こちらです」

と先に立って歩き始めた。


 階段を下りて内中庭に出ると、武器を磨いていた兵士たち数人がイズータさんを見て、ニヤニヤしながら何か言いかけた。でも、すぐ後ろから私が出てきたのを見て、驚いて目を見張っている。

「巫女姫サマ」には手が出せないようなことを、おっさんは言っていた。それなら私は大丈夫なんだから、その分イズータさんを守らなくちゃ。

 私は緊張で冷や汗をかきながらも、背筋に力を入れて、なるべくスッスッと歩くようにした。

 内郭、北辺の建物にある扉から中に入るまで、誰も話しかけてこなかった。前を行くイズータさんが、ホッとしたように小さなため息をつくのがわかった。

 ――そっか、こうやって堂々としてるだけで、巫女姫っぽく見えるのかも。練習だ!

 石造りの廊下を気合いを入れて歩き、「ここが厨房です」とイズータさんが開けてくれた扉から、スッと中に入る。

 ――身長190センチくらいありそうな、髭の濃いおやっさんが、エプロン姿でお玉を持って無言で振り向いた。

「あっ、こ、こんにちは、お世話になってます、ご飯取りに来ました」

 へこへこと頭を下げる私は、全然巫女姫っぽくないのだった。


【第2ヒント】ヴァレオの名前は、元の形から3回くらいひねってしまって一番わかりにくくなってしまいました。1回ひねった時点では、ある色の名前(元の形の別名)。それを英語にして縮めたのが「ヴァレオ」です。

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