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甲冑系巫女姫  作者: 遊森謡子
第二章 巫女姫と獣人は耳を澄ませる
8/32

2 鎧獣人の戦い方

 山々に囲まれて、巨大な花が咲いているように見えた。

 水の成分が特殊なのか、鮮やかな青色を湛えた花弁型の池が、放射状に並んでいる。その中央に、氷山みたいな白い建物があった。周りのいくつもの池の合間を縫って、細い白い道が幾筋も通っており、建物を中心に広がった水の波紋かレースの縁取りのように見える。


「あの、白いのが、神殿?」

 指さすのがはばかられて、私は風で顔にかかる髪を押さえながら、ただ尋ねた。おっさんはうなずく。

「そうだ。もともとあそこにあった岩、っつーか岩山を、くり貫いて作った建物らしい」

 すごい……じゃあ、土台を作ってその上に建てたのと違って、まるで建物が地中から生えてるような感じ、なんだろうか。

 朝陽が昇り、太陽の光が山を越えて聖地に届き始めた。白い神殿と、いくつもの池の水面が、きらきらと輝く。

 風向きが変わり、聖地の方から吹き上がってきた風が髪をなびかせた。


 その風が、不思議なものを運んできた。


「……何か、聞こえる」

 私はつぶやいた。

 例えるなら、小学校の頃に習った鉄琴……ううん、もっと最近にも似たような音を聞いた覚えがあるけど、何だったかな。とにかく、やや硬質で美しい音が、神殿の方から聞こえてくるのだ。不規則な間隔で、微かに。

「『女神の音楽』と言われている。誘われて中に入ると、迷って出てこられなくなるそうだ」

 おっさんは言った。

 え、中、迷路みたいになってるの? 怖っ……

 迷路の一部でも見えないかと、私は池の周りに目を凝らした。


 そんな私の横で、おっさんは胸に片手を当てて軽く腰を折り、慇懃に話しかけてくる。

「で、あの神殿におわす女神に選ばれた巫女姫さんよ。次の交渉の時は、何か成果を上げて下さいませんかね」

 くっ……私が巫女姫なんかじゃないって、日本から精霊使いに呼び出されただけだって、知ってて言ってるからねこの人……

 どうすればいいか考えながらも、私はつい愚痴をこぼした。

「わ、私にとっては、いきなり甲冑が閉まって引きこもるだけでも不思議な人に見えるのに……巫女っぽく見せるって、どうやって?」


 ……しばしの沈黙。


 あれ? と見上げると、おっさんがどこか遠くに目をやりながら、投げ出すように言った。

「甲冑にこもれ。今すぐ」


「えっ」

 私は動揺した。

 私がこもることを、甲冑への冒涜だってくらいに怒ってたくせに、何でいきなりそんなこと言うの?

 何か、私また変なことを言って怒らせたのかな……それでとうとう、どうでもよくなって……?

「あ、あの」

 半泣きで話しかけようとしたら、

「早くしろ! 殺されてぇか!」

 怒鳴りつけられて飛び上がった。その拍子に女神からもらった力が勝手に発動し、甲冑の肩と腰のあたりに重なった鋼板が増えて展開した。

 甲冑は私を包むように空中で丸く閉じ、ずん、と殻ごと落っこちた振動が来る。倒れないのは、近くの木にもたれでもしたんだろう。

「う……うくっ……」

 涙がぼろぼろとこぼれ落ちる。私は口元を両手で覆うようにして、暗い殻の中で身体を丸めた。

 おっさん、私のこと殺したいほど怒ってるの? 顔も見たくないから、こもれって……。私、何をしちゃったんだろう、どう謝ったら許してくれる?


 突然、甲冑の外が騒がしくなった。

「ひぐっ?」

 しゃくりあげながら耳を澄ませる。

 入り乱れる足音、何か重いものがぶつかり合う音、低い気合いの声。

「な、なに?」

 つぶやくと、甲冑が二十センチくらい開いた。外を窺った時、目の前の地面におっさんの足――三つに割れた(ひづめ)――がズシンと踏み込んできた。

 ガキィン、と耳をつんざく音。

 はっ、と見上げると、身体をひねったおっさんが甲冑の肩の部分で剣の攻撃を受け止めているところで――剣!?

 一瞬こっちを見たおっさんの赤銅色の瞳が、殺気で赤味を増して燃え上がっている。

「入ってろ!」

 怒鳴られて、また甲冑が閉まった。

 襲われてるんだ! おっさん、私を甲冑にこもらせておいて、私を守って戦ってる!

 やだっ、怖いよ、殺されたくないよぅ! おっさんも死なないで! でも、おっさんはたった一人で何人かを相手してて……! ぶ、武器も持ってなくない!?

 私はスカートのポケットから携帯を取り出し、両手に握りしめて、甲冑の中で縮こまった。家族のことは思い出せなくても、日本から持ってきたものは心の拠り所だった。携帯を額に押し当てるようにして、ただ祈る。

 ひときわ大きなおっさんのうなり声がした、と思ったら、ズン、と地響きがした。ドゴン、ドガン、と重いもの同士がぶつかる音、野太い悲鳴。メキメキと木の折れる音。


 やがて、甲冑の外は静かになった。


 私はガクガクと震えていた。

 一体、どうなったの? どうしよう、外に出てみたら、おっさんが地面に血塗れで――


「おい。もういいぞ」


 声がした。

 はっ、と顔を上げるのと同時に甲冑が開いて、勢いよく立ち上がろうとした私は腰が抜けて前につんのめった。

「うおっと」

 金属で覆われた腕が、私を受け止める。

「きゃあ!」

 反射的にその手から逃れようとして、身体を捻って膝をつく。

「ちょ、何暴れてんだ」

 がしっ、と腕を捕まれ、震えながら見上げる。髭だらけの顔、いつもの目の光。おっさんだ。

「お、だ、だ、だ」

「大丈夫だ落ち着け。俺の攻撃方法は知ってるだろ、負けやしねえよ。二人ばかし逃げられたが」

 私を立たせるおっさんの手のひらは、手袋も何もつけていなかったし、鎧獣人だけど温かな人間の肌だった。その温かみに、少し落ち着いてくる。


 あたりを見回すと――すごいことになっていた。

 せっかくまばらにでも生えていた木はなぎ倒され、藪は押しつぶされ、岩は割れ……何だか今いる場所がずいぶん広くなった感じがする。そしてあちらこちらで、兵士みたいな人たちがうめき声を上げていた。

 砦の寝室のドアを壊した時みたいに、転がり回って攻撃したんだろうけど、なんて言うか、自然破壊……?

 おっさんはあたりを歩き回って、倒れてる人たちの甲冑の首あたりに手をかけて軽く引き起こし、何か確認している。

「一人くらいとっつかまえて帰りたいが、お前もいるし他にも来たらやばいしな」

 おっさんは私の視線に気づくとそう言い、軽く首を振った。

「さっさとここを離れるぞ」

 そして私の手首をつかんで引っ張り、私が半分腰を抜かしているのに気づくと、腰のあたりを抱くようにしてぐいぐいと歩き出した。

「う、うぇ……はい……でも怖……」

 ビクビクしながら、倒れている人の合間をおっさんと一緒に通りぬける。

「な、何で私たちが、襲われるの? 聖地に近づいたから、怪しまれて?」

 黙っていられなくて、震え声で尋ねる。

「それとも、停戦交渉と関係あるの? わ、私がちゃんとできないから? ごめ、ごめんなさ」

「落ち着けって」

 おっさんが一度立ち止まり、私の両腕をつかんで視線を合わせた。

「先走んな。お前のせいじゃねえ」

「ほんと……?」

 おっさんの瞳から本心を読みとろうと、じっと見つめる。おっさんはちょっと怯んだように視線を泳がせたけど、のけぞるようにして私の顔と距離を置きながら、もう一度視線を合わせて言い放った。

「ばぁーか、お前はこっちの世界に呼び出されて巫女姫やらされてる被害者だろ? 大人しく被害者ヅラしてろっ」

 え、えええー。慰められたのか(けな)されたのかわからないよぅ……

 私は複雑な気分で、おっさんに続いてえっちらおっちらと急な岩場を降りていった。


 帰りは強行軍だった。おっさんは、ソルティを休ませる時間を少しずつ取るだけで、ほぼ徹夜で帰路をたどった。

 私とおっさんは、ずっと沈黙していても平気なほど仲がいいわけじゃない。私は半分無意識に話題を探し、ぼそぼそと口にする。

「……お……ヴァレオさんが剣とか持ってない理由、わかった気がする」

 背中側にいるおっさんは、喉の奥で笑った。

「甲冑を着こんだ相手を倒すには、剣や弓で甲冑の隙間を狙わなきゃならねえからな。俺にはそういうのは向いてねぇんだ。甲冑の外から吹っ飛ばした方が早ぇ」

 うわー。確かにあんな風に攻撃されたら、ひとたまりもないわ。

「さっきの人たち、おっ……ヴァレオさんにはどういう人たちなのか、わかってるの?」

 おそるおそる、尋ねてみる。

 おっさんはしばらく黙っていたけれど、こう答えた。

「あいつらが着ていた甲冑は、俺たちが関わったもんじゃねえな」

 えっと、鎧獣人が作ったものでもないし、おっさんたちが修理したこともない……ってこと?

「じゃああっちの、ツーリの人たち……」

「わかるのは少なくとも、あの砦にいて俺たちと一緒に戦ってきたやつらじゃない、ってくらいだ」

 そっか……まだ、ユグドマの人たちだって可能性もあるんだ。じゃあ……

「……私、死んだ方が都合がいいの、かな」

 まだ震えている両手を握りしめながら、私はぽつりと尋ねる。おっさんがハッとしたように私を見た。

「何言ってんだ」

「私が死んで、死んだのをあっちの、ツーリのせいにすれば、偉い人にとっては何かと有利なんじゃないの? だから」

「わからねぇよ。お前、ちょっと黙れ」

 うう。お前だの、おい、だの、結局全然人の名前を呼ばないよね、このおっさん。

「わ、私の名前、ちゃんと呼んでよっ」

 ぐずぐず泣きながら、小声で訴える。おっさんは背後で黙っている。

 聞こえてないのか、それとも無視されたかな……と思っていたら、声がした。


「し……しゅじゅ」


 ……しゅじゅ? ……『寿々』?

 私はぽかんとしてから、思わず「ぶっ」と吹き出した。


「笑うな! こっち見んな! お前の名前が言いにくいのが悪いんだっ」

 おっさん、珍しく顔がちょっと赤い。そっか、言いにくかったんだ。日本の名前だからね、しょうがないんだろうけど……ぐふっ。ダメだ、赤ちゃんみたいとか思ったらもう。あー可愛い!

 必死で笑いをこらえていたら、手の震えも怖いせいなのか可笑しいせいなのかわからなくなってきた。


「とにかく! もし、お前を殺してツーリのせいにしたかったとしても、砦の中で狙われることはねえ。あそこにいりゃ、ひとまず安心だ。だろ?」

 話を戻すおっさん。そうだよね、ユグドマの砦の中で起こったことをツーリのせいにするのは難しい。

 私はうなずいたけど、まだ不安は残る。

「砦の中では、そうかもしれないけど。外に出たら、また狙われるかもしれないんだよね……?」

「砦を出るときは俺がいる。見ただろ、負けやしねえよ」

 自信満々におっさんが言うので、私は振り向いておっさんの顔をじっと見た。

「やめてよ、そういうの死亡フラグって言うんだよ。自分は死なないっていう人ほど死んじゃうんだから……おっさ、ヴァレオさん、死なないでね」

 おっさんはまたもや、ちょっと怯んだように顔を引いた。でも今度は視線を逸らすことなく、何か言いたそうで言えないような、しかめっ面みたいな変な顔をしている。

「あ、でも、本当にさっきはすごかった……」

 私はハッとして、おっさんが弱いから心配しているわけではないのだとフォローする。

 たった一人で、あんなに。鎧獣人って、強い。


 ふと、鎧獣人の集落で偉い人の甲冑を作ることに、何か複雑な思いを抱いているようなおっさんの言い方を思い出した。立場、弱いんだろうか。

「人間よりずっと強いんだね、鎧獣人って。なんだか、鎧獣人の誰かがユグドマの代表として停戦交渉に出ても、おかしくない感じ」

 力だけが全てじゃないだろうけど……とは思いつつ、私は進行方向を向いたまま言う。

 集落の誰かが、交渉に一緒に来てくれたらいいのにな。まあ、おっさんが来たら私、めっちゃダメ出しされそうだけど。

 するとおっさんは、またしばらく黙りこくった。そして、私が次の話題を探し始めた頃、口を開いた。

「一つ、砦に戻る前に話しておきたいことがある」

 おっさんの喉が鳴る。ただの咳払いなのかもしれないけど、うなり声みたい。

「鎧獣人の立場についてだ。数十年前まで、鎧獣人は、人間たちの奴隷だった。長が若い頃の話だな」

●甲冑系巫女姫ビクビクイズ●


ちょっとしたお遊びをさせて下さい♪ キャラクターの名前由来当てクイズ~!


「寿々(すず)」「ヴァレオ」「ソルティーバター」「グラーユ」(登場順)、そして第二章の最後に登場する新キャラの5人の名前は、ある法則に基づいて名付けました。その法則を当てて下さい!

これから第二章が終わるまで、各話後書きに一つずつヒントを載せます。わかった時点でお答え下さい。新キャラの名前が最終ヒントになります。それまでに答えがわかった方なら「ああやっぱりねw」と確認でき、わからなかった方は「あっ、これでわかった!」ってなるような名前、のはずです。(うまく行かなかったらゴメンナサイ(汗))


回答は、拍手コメント(非公開設定になっています)、なろうメッセ、TwitterDMのいずれかでお願いします。感想欄・活動報告コメント欄ですと他の方に回答が見えてしまいますので、御遠慮下さい。

正解は4月10日夜、活動報告で発表します。正解者の方には……方には……すみません、書くことでしかお礼できないので、遊森作品のどれかの番外編リクエストがあれば受け付けます。


それでは、お遊びスタート!


【第1ヒント】5つで一組です。

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