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甲冑系巫女姫  作者: 遊森謡子
第一章 巫女姫と獣人は砦で出会う
6/32

6 私の中の、そこかしこに

「…………」

 私は例によって、自室のソファの上で背中を丸めて縮こまっていた。

「…………」

 私の真向かいにはおっさんがガニ股で座り、右膝に右腕で頬杖を付いた格好で何か考えながら私をにらみつけている。

 えーと、怒ってます、よね。

 先程行われた第二回停戦交渉で、私がまた殻に引きこもったから。


 ユグドマとツーリ両国の主張は、第一回の交渉と同じく平行線だった。他の部分では譲歩しても、聖地の所有権、というか、管理権についてはどちらも譲らず。

 話し合いの終盤、交渉の手札がなくなったユグドマは「巫女姫」の存在に頼り、ツーリの集中攻撃の的になった私が耐えきれるはずもなく……

 まんまと引きこもった私は、丸まったまま自室に運ばれて来たのだ。


「あのな」

 おっさんは一度目を閉じてため息をつくと、さっき殻から出てきたばかりの私をまたにらんだ。

「お前が巫女姫らしく演じきりゃ、聖地をこっちの領地にできて、交渉もさっさと終わるんじゃねぇのか?」

 私はおどおどと視線を動かし、ボロボロの寝室の扉――外して壁に立てかけてある。寝る時も出入り口に立てかけるだけ――を見たり、テーブルの上に置いてあるパンの入った籠を見たり。

「交渉が嫌ならよけい、終わらせる努力をしろよ、努力をよ!」

 何も言わない私に苛立ったのか、おっさんは語気を荒げる。

「そ、そんなこと、言ったって」

 弱っていた私はすでに半泣きで、おっさんを見上げる。

「巫女姫らしくって、どうすれば「らしい」のか、わからないし……」

「お前の国には、神に仕える女とかいねぇのかよ? いるんだろ?」

 い、います、神社とかに巫女さんが。

「そいつもお前みたいにメソメソグズグズしてんのかよ、違ぇだろ? ったく、お前んとこは、親もその親もお前みたいな風なのか? 少しは思い出せよ!」

 バンッ、とテーブルを叩かれて飛び上がった私は、また甲冑を発動させてしまった。甲冑の肩と腰のあたりの板が何枚も増殖し、前に向かって広がる。

 がちーん。

 また、おっさんの剣に閉じるのを阻まれた。


 ……ぷちっ。


 堪忍袋の緒って、頭の中にあるんだな、という音がした。


「その手をどかしてよ!!」

 私は両手を拳にして、剣を握ったおっさんの手を打った。おっさんがぎょっとした顔になる。

「私の! たったひとつの逃げ場なの! この中は! 一人にしてよ! 親のことだって、思い出せるものなら思い出したいよっ! おっさんは見張られてもいないし好きにできるんでしょ!? 私にもこの中くらい自由にさせて!」


 おっさんの手が緩んだので払いのけたけれど、もう甲冑は閉じなかった。私が怒鳴って発散(?)したので、甲冑が発動するきっかけを失ったんだろうか。それとも、精霊たちが呆れちゃったんだろうか。

 私はパンの籠の上にかぶせてあった布巾をひったくり、ソファの隅にうずくまるようにして、べしょべしょになった顔をゴシゴシ拭いた。うう、セレブなティッシュが恋しい。


 ……沈黙が落ち、私は布巾を顔に当てて丸まったまま動けなくなった。


 ど……ど……どうしよう。

 つい怒りにまかせて、あんな……おっさんの腕をぶったりして……お、怒られる。


 おそるおそる、布巾から目だけ出してみる。

 むっつりした顔で腕を組んでいたおっさんは、私を見つめたままだった。眉を潜め、言う。

「思い出せるものなら……って、何だ」

 ぎくっ、とする。

『思い出せないのは、あなたが巫女姫である証拠だ』

 この世界で最初に会った人たちに言われた言葉が浮かび、心が重く沈む。何も言えず、呼吸の音だけを数えていると、さらに聞かれた。

「何かが思い出せないのか? おい、どういうことだって聞いてんだ。……お前、正式に名乗ってみろ」

「え」

 おっさん、真剣な顔をしている。何で今、名前を。

 心に疑問と不安がたまって、どんどん重くなっていく。正式に名乗ろうと思ったら、日本では名字プラス名前だけど……

「正式に、って言われても……家族の名前と、自分の名前、それだけなんだけど」

 ごまかすように私が言うと、

「こっちとは名乗り方が違うのか」

 つぶやくように言ったおっさんは、さらにこう言った。

「父親の名と、母親の名を言ってみろ」

「…………」

 私は首を横に振った。

「なぜ言わない。お前の国がどうだか知らねぇが、こっちでは自分の名と一緒に、血縁の――血で結ばれた者か、婚姻で結ばれた者の名を名乗る。でないと死んだ後、精霊が魂を家族や配偶者の元へ連れていってくれねぇし、お前が死んだときに周りの者が家族に知らせてやれねぇだろ」


 そう、なんだ。

 でも、じゃあ、今の私が死んだら……精霊は、私の魂を家族の元には返してくれないだろう。だって……


「それが。思い、出せないの」

 口にした言葉の端っこが、震えた。ごくりと喉を鳴らしたけど、口の中が乾いていて気持ちが悪い。

「親の、こと。私、日本っていう国から、来た。それは覚えてる。でも、家族のことが……思い出せない」

「何で」

 勝手に目の前がぼやけ、涙が頬を伝っていく。ああ、また泣いてしまう。

「わかんないよ……名字も、思い出せないの。私、どうなってるの……?」

 

 学校帰りに具合が悪くなって、意識が飛んで。

 気がついた時に私がいた石壁の部屋は、この砦の内郭にある主塔の一室だった。

 私に冷たい瞳で質問してきた二人の中年男性は、後からわかったんだけど、頭の薄い方がユグドマの大臣。そしてもう一人の細身の方が、このあたりの領主だった。

 彼らはさっきのおっさんと同じように、両親の名前を尋ねてきた。


 そこで初めて、名字も、両親の名前も顔も、脳裏に浮かばないことに気づいたのだ。


 混乱する私とは逆に、二人の男性は「これでいい」といった風で、部屋の入り口の方を振り返った。

 扉の脇には、黒いマントに杖をついた――まるで映画に出てくる悪い魔法使いみたいな格好をした人が、立っていた。

 その人は、とても嬉しそうに、笑った。性別もよくわからないしわだらけの顔で、子どもみたいに無邪気に。

 そして、コツコツと杖を突いて、部屋を出て行った。


 残った大臣と領主は、私に話して聞かせた。

「あなたは女神がこの世界にもらいうけ、人としての血脈から離れたのだ。血縁を忘れているのは、その証拠。あなたはこの世界で、巫女姫として生きることを定められたのだ」


 意味が全然、わからなかった。

 でも、ここへ来たときの記憶と家族の記憶を持たない私は、その空白をまことしやかに埋める説明に、反論する術を持たなかった。

 人としての血脈を離れた? どういう意味? 私、人間じゃなくなっちゃった……?

 確かめたくて、二人が見ていない隙に制服から校章を外し、ピンで指を傷つけて赤い血を確認した。それを見つかって、校章を取り上げられた私は、混乱して逃げようとしたところを抑えつけられた。私がそんなだったから、イズータさんという見張りをつけられたのだと思う。


 その後、今の部屋に移動するときに砦の様子を初めて見て、自分がいるのが日本とは似ても似つかない場所なのだとようやく理解した。

 保護してもらうために、無事で過ごすために、とにかく言われた通りに振る舞った。甲冑を身につけ、兵士たちの前に姿を現し、停戦交渉の場に行った。

 それが、巫女姫としての役割だなんて知らずに。


 夢の中で、女神ナジェリは、「私にはあなたの血縁をたどることができない」と言っていた。それは私が、家族を忘れているから。

 精霊によって奪われた「ひとつのもの」――それは血縁の記憶。精霊はなぜ、私からそれを奪ったんだろう……

 

 おっさんは、途切れ途切れの私の説明を黙って聞いてから、言った。

「何で言わねぇんだよ」

「……」

 信じてもらえるわけないじゃない。故郷のことは覚えているのに、家族の記憶だけ飛んでるなんて。

 やっぱり私は巫女姫なんだと、そう印象づけるだけなら、本当はこんな話は誰にもしたくなかったのだ。


「……領主と大臣の後ろにいたっていう、もう一人な」

 おっさんは、ぼそりと言った。

「そりゃ、たぶん精霊使いだ。お前がお前の国からいきなりここに来たってのは、そいつの力が関係してると思う」

 あれが、精霊使い……

 黙ったまま続きを待つ私の前で、おっさんは顎髭を撫でながらしばらく何か考えていたかと思うと、やがて手を下ろして軽く膝を叩いた。

「……まあ……色々、あるわな」

 何ですかそりゃ。まとめ方、意味不明だし。

 でも声の調子からして、とりあえず、おっさんはもう怒ってないらしい。


 彼はしばらくして、こう言った。

「なあ。家族との絆は、血だけなのか」

「へ」

 布巾を鼻に押し当てたまま返事をしたら、変な声になった。

 おっさんは続ける。

「お前の顔、お前の考え方、お前の癖。そういう所にも、一緒に暮らして来たお前の家族の存在はあるはずだ。完全に消しさる方が無理なくらいの、それは強固な絆だ。あんま、悲観すんな」

 私は、ひぐっ、としゃくりあげたまま、息を止めた。

 

 ……私の制服の、ブラウスのボタン。ほとんどのボタンが二つ穴なんだけど、ひとつだけ、四つ穴のがある。あれはもしかしたら、お母さんがつけてくれたのかもしれない。揃いのボタンが、見つからなくて。

 ソルティバターの名前を思いついた時、頭の中に、競馬の実況がすらすらと思い浮かんだ。あれはもしかしたら、お父さんが競馬が趣味だったのかも。会社が休みの日曜の午後、テレビで中継を見ているお父さんを、私が見ていた……?

 

 私の中のそこかしこに、家族がいるのかもしれない。たとえ、顔は思い出せなくても。


 私は、おっさんを見つめ返した。赤銅色の瞳が、私を穏やかに見つめている。

 暖炉の火が、静かに爆ぜる。


 はっ、と我に返った私は、もう一度鼻をかんでから急いでさっきの話の内容を思い出した。

 そうだ、嫌でも何でも、今は巫女姫らしく振る舞わないといけない、って話をしてたんだった。脱線したのを戻さないと、今度こそ本当に怒られる。

「あの……巫女姫らしくって、どうすればいいのか、わからないから……教えて。神話についても、ちょっと聞いただけで、何が何だか……問題の聖地も、行ったことないし」

 すると、おっさんはちょっと考えてから言った。 

「じゃあ、行ってみりゃいいだろうがよ」

「どこに?」

「聖地ゴウニケ」

 私は目を丸くした。おっさんは立ち上がる。

「なるべくすぐに行けるように、許可を取っておく。準備もしておくから、そのつもりで心の準備だけしとけ。ビビって丸まったお前を運ぶのはごめんだ」

 おっさんはそう言うと、「じゃあな」とあっさり部屋を出ていった。


 私はポカーンと、それを見送った。

 聖地に行くって……争点になってる場所じゃない、入れるの? それと、どのくらい遠いの?

 もうちょっと、情報ちょうだいよ。


 それに……

 励ましてくれたお礼、言いそびれちゃった。


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