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甲冑系巫女姫  作者: 遊森謡子
第一章 巫女姫と獣人は砦で出会う
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4 甲冑の下は制服です

 何人かの優しい手に促され、ドーム型のその建物の壁際におかれたベンチに座らせてもらった。木製のカップに入った白湯をもらい、私は温かいそれを一口飲んでから、やっと落ち着いてあたりを見回した。

 ……いつの間にか、おっさんもグラーユさんも長もいなくなっている。この場にいるのは、知らない女性が二人。

 おろおろと視線を泳がせる私に、四十代くらいの小柄な女性が穏やかに言った。

「新しい甲冑を作るんでしょ? 採寸するから、男どもは追い出しちゃった」

 そ、そうか。甲冑を作ってもらう話になってたんだった。

 落ちついてみると、思ったよりもすぐに怖くなくなった。壁や床に広げられた、不思議な柄のファブリック類の色合いが、部屋の雰囲気を優しくしているからかもしれない。そして何よりも、トゲのない柔らかい視線が警戒心をほどいていく。

「採寸、あ、じゃあこれ脱がなきゃ」

 今着ている甲冑を脱ごうと、私はカップをベンチに置いて立ち上がった。でも、ベルトやら蝶番やらがあちらこちらにあって一人では脱げない。二人の女性が手伝ってくれる。


 私はちらちらと、女性たちを観察してしまった。

 鎧獣人の男性と同様に、女性たちも額や手の甲に金属的な部分がある。でも、範囲はとても小さくて、何か飾りをはめ込んだだけのようにも見えた。形は様々だ。

 男性はたぶん、肩も金属だと思う。あと、普通の人間なら後頭部は丸く、首にかけてへこむようなラインになると思うんだけど、そこが逆にやや盛り上がっている。前から見ても横から見ても、肩から上がとにかくがっしりした感じで、一度アルマジロ状になった所を見た私としては、あのあたりが変化するんだなぁと納得がいった。背中から腰とかも、脱いだらすごいのかも(何が?)。

 でも、女性はそれがない。額と手の甲以外、私と変わらないように見える。


「あの……皆さんも、鎧獣人なんですよね? こう、丸くなる……」

 失礼にならないかとドキドキしながらも、尋ねてみた。すると、私より少し年上らしいスレンダーな女性が、キュートな吊り目を細めて教えてくれた。

丸装(がんそう)化して戦うのは、男だけね。女はできないわ」

 ……知らない単語が出てきた。丸装化……

 小柄な方の女性がニコリと微笑んだ。

「女は戦いに出ることはないけど、いざって時に身を守るくらいはできるわよ」

 シャリン、と金属がこすれるような音がして――

 二人の女性たちの手首から先が、金属のグローブ状に変化した。あっ、よく見ると足も! ずいぶんゴツい靴を履いてると思ったら、靴じゃない! 膝から下がブーツ状に金属になってて、固そうな蹄まである。

 これで殴られたり蹴られたりする人は、ただじゃ済まなそう……

 ニッコリしながら手足を見せてくれる女性たちに、私はひきつった笑みを返した。


 そうこうしているうちに、上半身の甲冑をはずされた。吊り目の女性が、軽く目を見開く。

「あら、面白い服」

 私が着ていたのは、今日も高校の制服だった。甲冑の下に丸襟のブラウス、しかも青いスカーフリボン付き。

 今さら恥ずかしくなって、顔が熱くなる。戦場にふさわしいとはとても思えない。


 なぜこんな格好なのかと言うと、こんな経緯による。

 自分がおかしな世界にいると気づいた翌日、停戦交渉の時に身につける甲冑を試着するように言われた。でも、私はまだ混乱の真っただ中で、何を言われているのかも頭に入って来ないような状態。着替えを手伝うからってイズータさんに近寄られ、触れられたとたん、パニックになって泣き喚いてしまったのだ。

 結局その時は、制服の上からでいいからってなだめすかされて甲冑を着けたけど、前の晩に眠れなかった私はその格好のまま疲れてうとうとしてしまい、夢の中で女神ナジェリと出会い――第一回目の甲冑発動が起こった。

 その後しばらく、私は制服で過ごして着替えを拒否した。数日のうちにようやく落ち着いて、下着とか寝間着とかは着替えるようになったんだけど、朝になるとイズータさんは制服を用意した。私がまたパニックを起こすのを恐れたんだろうと思う。

 そして停戦交渉の日、また制服の上から甲冑をつけた私は殻に引きこもり――今日に至る、というわけで。

 ……そろそろ、こちらの服を着ます、ってイズータさんに言おうかな。


「下に着る服で、甲冑がぴったりするように調整できるのよ」

 鎧獣人の女性たちの説明によると、甲冑と下に着る服を紐で結び合わせて、ずれにくいようにするんだそうだ。そのための、紐を通す穴が空いた服があるんだって。

 私はそれを着ていないため、身につけられたのは胸・肩・背中を守る甲冑と(すね)当て、それに肘から手の甲までを覆うものだけだった。腰から下を守る甲冑を着けられなかったので、下に鎖帷子のワンピースみたいなものを着ていて、それがお尻の半ばまでを覆っている。で、さらにその下から制服のスカートが見えてる、と。靴は革ブーツだ。

 女性たちはそれらを一つ一つはずし、紐のようなものをメジャー代わりにして採寸を始めながら、

「あなたは女だから、甲冑を着て実際に戦うわけではないでしょ? 身を守るために着けているだけなら、あまり気にしないで下には好きな服を着ていいと思うけど」

 と言ってくれた。

 現金なもので、好きにしていいと言われると、じゃあちゃんとしたものを着ようかな……という気になる。ここの女性たちが、私の意志を尊重してくれるのが嬉しかった。


 そして、今の話でわかったこともある。おっさんがいつも怒っている理由についてだ。

 どうやらこの国では、女こどもが戦場にいるのは、かなり異常なことらしい。長も驚いてたし、砦でイズータさん以外の女性を見かけたこともないから。

 そう、つまり、おっさんが怒ってるのは……私がビビりだからだけじゃなく、私の置かれた境遇を思ってくれてのことなのかもしれない。


 採寸が終わり、ひとまず元の甲冑をつけ直すことになった。例によって一人ではできず、手伝ってもらう。これ、どうにかならないものかな。

「あら、これ、結ばなくていいの?」

 一人の女性が、私のスカーフリボンを差し出してくれた。

「あ、ええ……今は、いいです」

 私はそそくさと受け取り、畳んでスカートのポケットに突っ込む。これが一番、場違いでしょう。

「サラサラした、きれいな生地ね。あなたの故郷では、みんなこれを結ぶの?」

「いえ、これは制服のリボンだから、うちの学校の女子だけが……」

「学び舎の生徒が結ぶ紐なの?」

「ええ……」

 ん? と思った。

 私が説明した言葉と、違う言葉が返ってくる。学校と学び舎、リボンと紐。意味はまあ合ってるけど、微妙にずれて。


 実は、ちょっと気になってはいた。私、ここの人たちと普通に会話してるけど、それって変じゃない? 

 ここの人たちが話している言葉って、日本語じゃない気がする。停戦交渉の時に地図に書かれていた文字を見たんだけど、やっぱり見たことのないものだった。少々画数の多いアルファベットみたいな文字で、記号が色々くっついてる感じ。テンテン……あ、「濁点」ね、それとかマルとか、ああいう役割をするのかな。それとも、漢文の授業でやった返り点みたいに語順を表すんだろうか。

 もう一つ気になるのは、誰かと話をする時、テンポが少しずれること。私が話しかけて相手が答える、その間に0.5呼吸くらいある気がする。


「はい、いいですよ」

 その声に我に返ると、女性たちがすっかり甲冑を着せ終えてくれていた。

「それじゃ、またね。気をつけて」

 にこやかに見送られてしまったので、私も半分上の空のまま、「あ、はい、ありがとうございました」と一人で建物を出た。


 そこはちょうど集落の真ん中あたりで、広場に面していた。ぐるりと見回してみる。

「すず」

 声をかけられて、ぎょっとして振り向くと、建物の横に置かれていた丸太からグラーユさんが立ち上がったところだった。おっさんの友達だと自己紹介してくれた、あの栗色の長髪を後ろで結んだ優しそうな男性だ。

「良かった、落ち着いてるみたいだね。いや、あの乱暴な男にいきなりここに連れてこられて、泣かされて、訳も分からず採寸されて、また連れ戻されるのってどうなんだよと思って、ちょっとね」

 苦笑するグラーユさん。心配してくれたらしい。

「あ、私は大丈夫です」

 反射的にうなずいてしまったけど、謎の世界で巫女姫やらされてる今の状況のどこが大丈夫なのか、と心の中で自分に突っ込みを入れておく。

「採寸も、無事に終わったみたいだね。何か、希望があったら聞くよ? ええと、僕も甲冑の製作には関わるから」

 そう言われても、甲冑についてほとんど何も知らない私に、注文などつけられるはずもない。

「あ、いえ、特に……」

 答えがそれだけというのも素っ気ないかなと、付け足す言葉を探す。

「……甲冑って、着るのにも脱ぐのにも人手がいるんですね。着替えはいつも一人でしていたので、ちょっと落ち着かない、です」

「そういえば、東原砦には男ばっかりだよね。いつも、甲冑を着るときはどうしてるの?」

「お世話してくれる女性が一人いるので、その方が。でも……私のせいで、迷惑かけちゃってて……」

 いつも固い表情をしているイズータさんを思い浮かべ、私は申し訳ない気分になる。

「そう。……あ、これ」

 グラーユさんは、小脇に抱えていた平べったい箱を手に持ち直し、私の方に向けて開いた。


 中には布が敷かれ、色とりどりの綺麗な石が詰まっていた。宝石という感じではなかったけれど、それぞれ磨かれてつやつやと光っている。

「精霊石だよ。君の甲冑につけたらいいと思って。どれがいいかな」

「精霊、石……」

「知らない? まあ、お守りみたいなもの。触ってみて」

 言われて、私はおそるおそる手を伸ばした。

 箱の上で、どれを触ってみようかと手を迷わせたとき、するっ、と何かに指を触られた。同時に、つん、と引っ張られるような感触。

「わあっ! 何か触った!」

 私があわてて手を引っ込めると、グラーユさんが笑う。

「自分を選んでくれって、誘ってるんだよ」

「誰が!?」

「石の精霊が」 

 精霊。

 ちょ、ちょっと色々聞いてみよう。おっさんよりグラーユさんの方が聞きやすい。

「い、石ひとつひとつに、精霊がいるんですか?」

「そうだよ」

 私が何も知らないのを見て取ったのか、グラーユさんは「ナジェリ信仰のない国から来たんだね」と足下から石ころをひとつ拾い上げた。

「こういう普通の石にも宿ってる。この石が砕けて二つになっても、それぞれに宿る。たくさんの石の精霊が集まって、ひとつの大きな姿になることもあるらしい。大精霊、っていうのかな。個々でもあり、石全体でもある」

 グラーユさんの言葉は、私の頭の中に、ナジェリと会ったときのことを思い出させた。女神の周りを飛び回っていた半透明の小さな存在、あれがきっと精霊だ。小さなひとつひとつが集合して、まるで意志を持った一匹の大きな魚のように空中を泳いでいた……

「そして、石や木々、水や火、全ての精霊が一つになった存在が、ナジェリと呼ばれる女神なんだ」

 グラーユさんは両手を広げて、何か大きいものを表すジェスチャーをした。

「グラーユさんは、精霊の姿が見えてるんですか?」

 聞いてみると、彼はニコニコしながら首を横に振った。

「あまり。精霊の中でも、例えば石の精霊は強い力を持つと言われてるんだけど、たまに湯気のように何か揺れたかな? って思うくらい。はっきり見えるのは、修行を積んだ精霊使いくらいじゃないかな」

 精霊使い……そんな人がいるんだ。

 なるほど、石の精霊は力が強いから、こういう石を『精霊石』と呼んでお守りにするのかな。

 感心しながら箱の中を眺めるうちに、深い赤の石が目にとまった。私は一月生まれで、誕生石がガーネットなので、これなんかいいかもしれない。

「これを……」

 触らずに指さしながら、私は言った。

「ガーネットみたいだから」

 いつものように、半呼吸の間が空いて、グラーユさんが言った。

「がーねっと?」

 この単語は、通じない……


「あのっ」

 私は聞いた。

「へ、変なこと聞くみたいで、アレなんですが……私、どうしてグラーユさんと普通に話をしてるのか、わからなくて」

「ん? ……あ、もしかして、すずは自分の国の言葉を話してるの?」

 グラーユさんが、面白そうに目を見開いて言うと、さらにこう続けた。

「ちなみに、人間たちが使う言葉と、この集落の鎧獣人たちが使う言葉は違うんだけど、知ってた?」

「えっ?」

 知らなかった! 停戦交渉の場で話されている言葉も、今グラーユさんが話している言葉も、私には全部日本語に聞こえるのに。

「精霊は万物に宿るから、『人』の精霊もいる。その人が言葉を相手に届けたいと願えば、届けようとするらしいよ、精霊が」

 グラーユさんは教えてくれる。

 そうなんだ、じゃああのほんの少し感じるタイムラグは、精霊が介在しているために起こる……とか?

「まあ、精霊の力には限界もあるみたいだけど。例えば、僕たちと鎧獣は話せないしね」

 グラーユさんはそう言うと、私が選んだ赤い石を手に取った。

「じゃあ、これを甲冑のどこかにつけておくね。石も喜ぶよ」

「はい……」

「それじゃ、暗くならないうちにお帰り。ヴァレオなら、そこの裏の井戸にいたよ」

 グラーユさんは石を受け取ってそう言うと、苦笑した。

「ごめん、あいつがあの調子だから、僕たちもつい君に気軽に接しちゃってて……気に障ることがあったら」

「ないですないです」

 私は大急ぎで言う。巫女姫扱いされるより、ずーっといい。

「ならいいんだけど。でもヴァレオのアレはやりすぎだよな。適当にあしらっていいんだからね?」

 真面目な顔でそう言ったグラーユさんは、すぐにまた優しい顔になると、軽く手を挙げて立ち去っていった。


すみません、さっそくですが1話目の時系列のミスに気づいて、ちょっとだけ直しました。内容は変わっていません。

「丸装化」は遊森の創作した用語です。ダンゴムシが丸まることは「球体化」というらしい、とTwitterのフォロワーさんから教えていただきました(ありがとうございます!)。

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