精霊使いにスイーツを
小話です。
結婚式用の肩当てと、素晴らしい冠を試着させてもらった後のこと。
「そうだ! 何だか余裕がなくて、すっかり忘れてた」
ヴァレオさんと一緒に部屋に戻った私は、日本から持ってきたリュックを開いた。
中から取り出したのは、チョコレート。溶けたらいけないから、周りをカリッとしたものでコーティングしてあるチョコにした。カラフルな粒が、ジャンボサイズの筒にたくさん入っている。
「これ、皆に差し入れしようっと」
「何だ、これ?」
ヴァレオさんが不思議そうにしているので、私はとりあえず筒を開けると、黄色いのを一粒つまんで差し出した。
「はい」
「あ?」
「これ、お菓子。噛んでみて」
ヴァレオさんは警戒するような表情でチョコを見ていたけど、すぐに口を開いて軽く顔を突き出した。
ええっ、自分で食べてよぅ。
私はちょっと恥ずかしかったけど、チョコをぽいっと、ヴァレオさんの大きな口の中に入れた。
「…………」
ヴァレオさん、口を閉じて味わってます。
「……こんな甘いもん、初めて食ったな」
「あ、苦手だった……?」
「いや。悪くねぇ」
ヴァレオさんはニッと笑って、それを広間に置くことを提案してくれた。食事の後とか、ちょっと休憩に来た時とかにつまめるだろう。
私はレポート用紙を取り出しながら、ヴァレオさんに尋ねた。
「『お菓子』って、どう書くの?」
「何でそんなこと聞くんだ。菓子が欲しいのか」
なぜか聞き返される。
「何でって……紙に、『お菓子です 食べて下さい』って書いて、一緒に置いておこうと……」
「ああ……」
ヴァレオさんはもごもごと、「何だこの筆記具」と言いながらシャーペンで書こうとしてくれたけど、力が強いせいか芯をボキボキ折ってしまっている。
「そういえば、こっちでお菓子を食べたことがないような……あ、ユグドマにいた時は、まだ停戦交渉してるところだったし、それどころじゃなかったけど」
私はシャーペンのかわりにボールペンを渡しながら、ヴァレオさんに聞いてみた。
「この都市に来てからも、果物は食べたけどお菓子は見かけたことないね。鎧獣人は、お菓子を食べないの?」
「んなことねぇよ、食うよ」
ヴァレオさんは下を向いたまま、今度はボールペンで文字を書いている。最初は紙に穴を開けてしまっていたけど、すぐにコツをつかんだらしく力を加減して書き始めた。
「そう? 食べてみたいなぁ……お城の厨房で作ったりすること、あるかな」
聞くともなしに言ってみたけど、なぜか返事はなかった。
数日が経ち、先生から文字を習っていた私が午前中の勉強を終えた頃、ルザミさんがやってきた。
「すーずっ。いいもの持って来たわよ」
そう言ってルザミさんが差し出したのは、小さな籠。上に布がかかっている。
「何ですか?」
受け取った私が布を取ってみると、中には美味しそうな焼き菓子が入っていた。厚めのサブレみたいな感じで、こんがりしたきつね色を見せている。
「わ、お菓子! これ、私に?」
「そうよ。食べたがってたって聞いたから」
「あ、ご、ごめんなさいワガママ言って」
「謝らないでちょうだい、私はすずの笑顔が見たいだけ」
ルザミさんは私の頬をするりと撫でる。
「えっと、ありがとうございます! の、飲み物でも」
私はあわててその手から逃れると、低いテーブルに籠を置いた。
こちらの飲み物はちょっと変わっていて、シナモンスティックにそっくりの枝のようなものを、水出しして飲む。この部屋にも、ピッチャーに水とそれを入れたものが用意してあり、私はそこから小さなカップに注いで、ルザミさんと自分の前に置いた。
「それでは、いただきます!」
さっそく籠に手を伸ばす私。
「美味しい! サクサク!」
パクパク食べている私を、ルザミさんは自分も食べながら「良かったわー」とニコニコ見つめている。私はルザミさんに聞いた。
「これ、みんながよく食べるお菓子なんですか? 私、作り方、覚えたいな」
「えっ」
一瞬、ルザミさんの目が泳いだ。
「作り方……作り方ね。今度、厨房に聞いておいてあげるわ、時間がある時にね」
そして、彼女――彼はそそくさと立ち上がると、「またね、すず」と部屋を出て行ってしまった。
……何だろう? 変な感じ。
その日の午後。
グラーユさんが町に出かけるというので、私も気分転換に連れて行ってもらうことにした。城を出て石畳の坂を下り、店の並ぶ通りに入る。
革製品の店でグラーユさんが用を済ませている間、私は店の近くをぶらぶらして通りを眺めていた。
「すず、お待たせ。何か探してるの?」
店を出てきたグラーユさんに、私は尋ねる。
「グラーユさん、ここってパン屋さんはあるけど、お菓子屋さんはないのね」
「えっ」
グラーユさん、ちょっと遠くへ視線を飛ばした。
「そ……ういえばそう、かな」
「お菓子はみんな、家で作るのかな」
「そうかもね」
「…………」
私はじっと、グラーユさんを見つめた。
何か、こないだから、おかしい。いや、シャレじゃなくて。
お菓子の話題を出した時の、鎧獣人の皆の態度が、おかしい。
私はグラーユさんとまっすぐ向き合うと、言った。
「グラーユさん。私、決めてるんです」
「何を?」
軽く目を見開くグラーユさん。私は続ける。
「色々なことをはっきりさせないまま一人で想像してると、考えが悪い方へ悪い方へ行っちゃうから、気になることはちゃんと聞こうって。……お菓子の話をすると、ヴァレオさんもルザミさんもグラーユさんも、いつもと様子が違う。どうしてですか?」
「えっ、そんなこと、ないと思う……けど。いつもと同じだよ?」
グラーユさんが、にこっ、とする。
「……そうですか」
じゃあ、気のせいだったのかな。
私はうつむいて、反省した。
ちょっとした言動を気にし過ぎるの、良くないな。グラーユさんはいつもと同じって言ってるんだから、気にしないようにしないと……
「……あー、やっぱりダメだ!」
急に、グラーユさんが右手で顔を覆ってのけぞった。私はびっくりして見上げる。
「え? な、なに?」
「すずが悲しそうにしてるとダメだ。それじゃ、意味がないんだ。……えーとね、すず。正直に言います」
グラーユさんは眉を八の字にして、しょんぼりと言った。
「鎧獣人の都市では、あまりお菓子が手に入らないんだ……」
城の談話室で、私はヴァレオさんルザミさんと向かい合っていた。ヴァレオさんは頭をかいてるし、ルザミさんはマントの端っこをいじっている。
「ごめんね、すず」
ルザミさんが謝る。
「実は、今日あげたあのお菓子ね。鎧獣人が作ったものじゃ、ないの。人間の町で、買って来たものなの」
私は首を傾げた。
「えと……ヴァレオさん、鎧獣人もお菓子は食べる、って言ってたけど、じゃあそれも嘘……なの?」
「いや、嘘じゃねえ」
ヴァレオさんはぼそぼそと言う。
「あれば食うし、材料があれば作る。要するにな、肝心の砂糖がなかなか、ここまで流通しないんだってよ」
何でも、こちらでは砂糖は何とかという根菜から取れるそうなんだけど(日本の甜菜みたいな感じ?)、平地でしか育たない植物の上に流通があまり多くないんだとか。その上、比較的近くにお菓子作りを観光の目玉にしている人間の町があって、そこで消費されてしまい、山の鎧獣人の都市までは砂糖がなかなか回って来ないのだという。
「わかりましたけど……それをどうして、私に内緒にしてたの?」
それがさっぱりわからなくて、聞いてみると、ルザミさんは涙目で言った。
「だって! すず、お菓子が好きなんでしょ? この王国より人間の町の方を好きになって、出て行っちゃったらどうしようって思ったんだもの!」
私は思わず絶句した。
え、ヴァレオさんは? と視線を移すと、ヴァレオさんはそっぽを向いて黙っている。
「ヴァレオさんも、同じこと考えてたの?」
「お、俺だけじゃねぇよ。いつもすず、すずって騒いでる奴らは皆、心配してたんだぞ」
えええええ。
「……………………あの。わ、私がお菓子お菓子ってがっついたせいで、気を遣わせちゃってごめんなさい。でも私、そこまでお菓子に執着してないから……そんなことで、人間の町を選んだりしない」
大体、たまにだけど日本に帰れるわけだし。
「ほんと? ほんとね?」
ルザミさんが私の手を握ろうとし、すかさずヴァレオさんがバシッとやる。
「ほんとです。あれ、でも、料理にたまに甘みがあるのがありますよね。あれはどうやって?」
「あれはチャギの木の樹液なんだけど、加熱すると甘さがなくなってしまうの。だから、料理には最後に入れるし、お菓子を作ったとしても最後にかけるしかなくて」
ルザミさんは、その盛り上がった肩を少し落とした。
「城の料理人も、すずにここのお菓子を出してあげたいって言ってたけど、いつもチャギのかかったお菓子だといずれはバレてしまうでしょ。ちゃんとしたお菓子は、人間の町にしかないんだってことが……だから、出せなかったの」
「えっ、じゃあ、ここのお菓子っていうのもあるんですか? 食べてみたい!」
私はすぐに頼んだ。
ルザミさんとヴァレオさんは、心配そうな表情で顔を見合わせた。
「美味し……!」
勝手に頬がほころんで、私は歓声を上げた。
城の厨房で食べさせてもらった、鎧獣人が良く食べるお菓子――それは、ぷるぷるした半透明の果肉を持つ木の実にチャギの樹液シロップをかけるというシンプルなもの。このシロップの味が何と黒蜜そっくりで、要するに全体的にわらび餅そっくりなのだ。
「ちゃんとしたお菓子じゃないですか! 私、寒天とかところてんとか、こういう系だーい好き! あのね、きな粉もかけると美味しいと思います」
「キナコ?」
不思議そうな厨房の料理長さんに、大豆という豆を炒って粉にしたものだと説明すると、似たものを作れそうだと言ってくれた。そのうちきな粉もかけて食べられるかも!
「鎧獣人の都市にこんなものがあったなんて。あー、氷があったら、かき氷にしてかけても美味しそう」
うっとりしていると、ルザミさんが満面の笑顔で言った。
「あるわよ氷! 山を少し登った所の氷室に! 行ってくるわっ」
すぐに飛び出して行こうとするので、私は「今度でいいですっ」と止める。
「つーかお前、氷作れないのか? 精霊使いの力で」
ヴァレオさんに聞かれ、私は手を叩いた。
「そうか、私が氷を作れれば、色々冷たい系のスイーツも……動物のミルクはあるんだから、アイスクリームも作れるかも!」
今の私は、氷を作ることはできないけれど。
黒蜜アイスクリームのために、精霊の力で氷を作る訓練をする……なんて、動機が不純!? と思いつつも、よだれが出そうな私だった。
【精霊使いにスイーツを おしまい】