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甲冑系巫女姫  作者: 遊森謡子
後日談
29/32

獣人王国の精霊使い 4

 十日が経った。

 帰還組の獣人たちは皆、都市の獣人たちとの最初の仕事をやり遂げるまでは城に滞在することになっていた。私も一緒だ。

 朝食と夕食は、客室棟にある広間で皆で食べるんだけど、私以外の皆は忙しそう。さっと食べて仕事に行ってしまうので、この所ずっと挨拶しかしていない。

「あの、今、どんなもの作ってるの?」

 ちょっと誰かをつかまえて聞くと、

「甲冑とか、装飾品とか、まあ色々ね」

という風に答えてくれるけど、

「見に行ってもいい?」

と聞くと、「大勢出入りしてるから危ないよ」とか「そんなにかからないから、できあがったら見せるよ」とか答えて、皆そそくさと行ってしまう。グラーユさんもだ。

 ……何だか、前と違う。でも、当たり前なのかな。鎧獣人だけの場所で暮らし始めたら、何も仕事してない人間の私にかまけてる暇なんてないよね。

「最近、あまり皆と話をしてないな」

 夜、部屋でヴァレオさんに愚痴っても、ヴァレオさん自身ちょっと疲れているみたいで、

「一段落するまではしょうがないだろ」

という感じ。私の手をつかみ、さっさと寝てしまう。

 側にいても、ちょっと、寂しかった。

 

 ある日、私はついに、皆の仕事場を見に行っちゃえ! と一人で部屋を出た。城の中の、だいたいこの辺かなというのはわかっていたので、後は通りすがりの人に聞いて歩いていく。

 やがて、金属音や何かを削る音が聞こえてきた。渡り廊下からのぞくと、裏庭に石造りの別棟があり、音はそこから聞こえてくる。

 あそこで皆、この都市の人たちと頑張って仕事してるんだ。うまく行ってるといいな。覗いてみたいけど、入口から堂々と入るのも気が引けるから、どこか外から覗ける場所は……


 そこへ、話し声が近づいてきた。私はハッとして、柱の陰に身を潜めた。

 向こうから歩いてきたのが、ヴァレオさんとルザミさんだったのだ。


 あれ? 私、何で隠れてるんだろ。


「ねえ、いいでしょ?」

 ルザミさんが、ヴァレオさんに何か頼んでいる。

「何度も言わせんな、ダメだ」

 ヴァレオさんが答える。二人の口調はさらに打ち解けたものになっていて、私は何だか息苦しさのようなものを感じた。

「じゃあ、城で一緒に暮らすのは?」

 ルザミさんの、どこか切ない声。

「婚姻まではもうお願いしないから……一緒にいられるだけでいいの」


 ……え?


「お前それ、すずには言うなよ」

 ヴァレオさんが横目でルザミさんをにらむ。

「お前に言われたら、あいつはうんと言っちまう。そのうち俺から話すから」

 

 声が、遠ざかる。

 私は柱に寄りかかったまま、その場に座り込んだ。

 今の、どういう意味?

 

 ルザミさんが、ヴァレオさんに王様になって欲しがってることは知ってる。主になって欲しい、自分は側で助けるって。

 でも、婚姻って……何? 私には言うなって、何?

 

 ううん、何となくわかる。

 ルザミさんはきっと……ヴァレオさんを好きになったんだ。


 私とヴァレオさんは、略式でどさくさの婚姻を結んだけど、それなら正式な方法もあるはず。それをしていないんだし、婚姻の結びは反故にできるって話だから、あの二人がこれから結ばれることだって──

 でも、ヴァレオさんは私のことを気にして、ルザミさんの望みを突っぱねたんだろう。もしルザミさんが私に、ヴァレオさんと別れてくれって言い出したら、「あいつはうんと言っちまう」から。

 そう、私はうんと言っちゃうだろう。だって私は、ヴァレオさんを引き止められるようなものを何も持ってない。ルザミさんの方がお似合いだもん。二人を見るたび、ずっとそう思ってた。

「そのうち俺から話す」……何を? 私はまだ、ヴァレオさんとどんな風に暮らしたいか、返事していない。でもヴァレオさんは、ルザミさんのいるこの城で暮らしたい、って話?

 それってヴァレオさんも、ルザミさんに惹かれてるから?


 もしかして、皆ももう知ってるのかな。二人のこと。だから最近、私に会うのが気まずくて、皆あまり私と話をしなくなったんじゃ……

 考えれば考えるほど、それが答えのような気がしてくる。


 私はふらりと立ち上がると、ゆっくりと客室棟へ戻り始めた。急いで歩くと頭の中のぐちゃぐちゃが余計撹拌されるような気がして、ゆっくりゆっくり歩く。

 ようやく、自分の部屋の前まで来た。私は少し考えて──

 隣の部屋のドアをノックした。

「どうぞ」

 応えがあったので、中に入る。

 天蓋つきのベッドで、枕を背にこちらを見たのは、白い髪に白い髭の長だった。

 長はこの都市で、幼馴染にあたる男性と再会することができた。そして、長の両親がやはり王家に連なる人物であったことも判明していた。ただ、高齢の長がこれから王になることは、ないみたい。

「すず、どうしたんだ」

 だいぶ顔色のよくなった長は、私を見て軽く目を見開いた。

「ここへおいで。何かあったのか? 一人で、頑張りすぎているんじゃないのか?」

「……長……」

 私はベッドの側まで行くと、震える唇を一度噛みしめて抑えてから、尋ねた。

「婚姻って、どうやったら、反故にできるの?」



 自室に戻り、私は日本から持ってきたリュックを開いた。中からレポート用紙とペンケースを取り出し、部屋の隅の書き物机に座る。

 直接、ヴァレオさんと話す勇気はなかった。だから、手紙を書こう。こちらの文字で、ヴァレオさんに……お別れの手紙を。

 こんな精神状態でこちらで暮らしていたら、私はきっといつか、精霊使いとしての力を御しきれなくなる。家族の所に、元の生活に戻ろう。私の世界は元々日本だったんだから。そこで無理せず、穏やかに暮らせばいい。


 本当なら、女神ナジェリの神殿から日本に帰って、それっきりのはずだった。でも、ヴァレオさんはこちらに戻る手段を残してくれた。

 そう……ここに来るまでの旅は、日本に帰るまでの猶予だったんだと思おう。巫女姫じゃない私として、こちらで過ごした思い出を胸に焼き付けることができた。

 私はそのことに対して、お礼を書いた。

 ありがとう、ヴァレオさん。……幸せになってね。


 これからはヴァレオさんは、私じゃない人と手をつなぐんだ。私じゃない人を抱きしめるんだ。

 そう思ったら、胸の奥が締め付けられるようだった。考えたくなくて、頭を強く振る。こんな気持ちは初めてで、どうしたら消えてくれるのかわからない。

 窓からの光を受けて、机の上に置いた赤い精霊石がきらりと光った。石の精霊が、不思議そうに私を見ている気配。

 私は石を手のひらに乗せて、軽く転がした。もう、力を回復している……


 バタン! と大きな音がして、心臓が飛び上がるかと思った。

 振り返ると、ヴァレオさんがそのごっつい肩で息をしながら、ドアのところに立っていた。

 私はあわてて、レポート用紙の表紙を閉じた。いつもなら、まだあと一時間か二時間くらいは仕事のはずなのに……

「すず!」

 ヴァレオさんがずかずかと近づいてくる。私は立ち上がり、思わず一歩後ずさった。

「お前、長に、婚姻を反故にする方法を聞きに行ったって、本当か」

 戸惑いと、そして怒りを含んだ声に、私はすくみあがりそうになった。視線を合わせられない。

「何でそんなもん聞いたんだ!?」

「それは……」

 泳いだ目線が、レポート用紙の上に止まる。ヴァレオさんが私の視線を素早く追い、手を伸ばした。あっ、と思う間もなくそれを取り上げられる。

「……何で」

 手紙に目を走らせ、ヴァレオさんは表情をゆがめて私を見る。

「何がさようならだ、説明しろっ。お前また何か勝手に落ち込んでないか!?」

「勝手にじゃ、ないよ! だってヴァレオさんはもう決めたんでしょ!? この城に、すっ、住むって」

 私はどもりながらも叫んだ。

「別に決めてねぇよ、城に住むのが嫌ならそう言えばいいだろ!?」

「お城が嫌なんじゃ、なくってっ! わ、私はここで一緒に暮らすのは、無理だもん!」

「だから何でそうなるん……」

 ヴァレオさんは、私が握り締めた拳に気づいたらしい。ぐいっと私の腕をつかんで引き寄せた。手を開かされ、精霊石を奪われる。

「あ、待っ」

「これは俺が預かる」

 早口で言うヴァレオさん。私は手を伸ばす。

「返して!」

「ダメだ」

 ヴァレオさんが身体をひねり、私とヴァレオさんの位置が入れ替わった。

「せ、選択権は私にあるって、言ったくせにっ」

 私は拳を握ると、声を抑えようとしながら言った。

「ごめんねヴァレオさん、でも私、帰る。精霊石がなくたって何とかするから。さよなら」

 ぱっ、と身を翻し、私は部屋の外へ飛び出た。

「待て、すず!」

 声が聞こえたけど、私はすぐに廊下を折れて複雑な回廊を走り抜けた。いつも仕事でいなかったヴァレオさんより、勉強に疲れるとこのあたりを息抜きにうろうろしていた私の方が、構造には詳しい。

 使用人用らしき通路に飛び込み、地下道を走っただけで、もうヴァレオさんの声は聞こえなかった。


 裏庭に出た私は、こぼれる涙を何度も手の甲で拭きながら、あたりを飛び回る精霊の動きに神経を研ぎすませた。

 精霊の中では、石の精霊の力がもっとも強い。この都市の人たちは精霊石や宝石の採掘・加工も行っているので、どこかにそういう石が保管されてないかと思ったのだ。その力を借りて、日本に帰らせてもらうんだ。


 足早に、建物の角を曲がったところで──

「おっと」

 人間の男性に、ぶつかりそうになった。


 人間?


「あっ」

「あっ」

 お互いにびっくりして、私はとっさに袖で泣き顔を隠した。その、三十歳前後くらいのよく日に焼けた男性は、愛想良く言った。

「もしかして、帰還した獣人たちの中に一人だけ人間の女性がいたというのは、貴女ですか?」

「ええ、あの……」

「失礼、自分は石を買い付けに来た者です。山の麓の町から来て、二日ほど滞在させてもらって、これから帰るところで」

「あ、そうなんですね。ごめんなさい、ここで人間の男性に会うと思わなくて、びっくりしちゃって」

 私はうつむいたままちょっと脇に避け、男性を通した。

「お気をつけて」

「ご親切に、どうも」

 視界の隅で、男性は帽子を上げ、巾着型の袋を無造作に肩にかけた。

 そこへ、

「今からお帰りですの?」

と、美しい声がして──

 ルザミさんが姿を現した。私はぎくりとする。

「まあすず、どうしたの」

 私の赤い目に気づいたのか、ルザミさんは目を見開いて心配そうに言う。

「ちょっと待ってて、部屋まで送るから」

「いえ、いいの」

 私はすぐに断った。今はルザミさんと、一緒にいたくない。とにかくこの場を離れよう。

「あの、この方がこれから城を出るそうなので、城門の方なら途中まで一緒に」

 私はへどもどと言って、無理矢理笑顔を作ると男性に話しかけた。

「私もこっちに行くので、一緒に行かせてください。……一人なんですか? そんなにすごい石を持ってたら、山を降りる時に用心棒とかいないと危なくないですか?」


 ――急に、男性の顔が強ばった。


「いや……そんな、大した石じゃ」

 あれ? 男性の声が、上擦って……私、変なこと言った?


 ルザミさんがいぶかしげに男性を見て、それから私を見た。

「すず……? この人から、どんな石を見せてもらったの?」

「あ」

 しまった、と私はあわてる。

 うっかりしてた、石の精霊の姿が男性の巾着袋のあたりに見えたから、そこに石が入ってると思ってつい……。しかも、かなり力のある精霊だったから、きっとすごい石だろうと思ったのだ。

「……粉末加工用の石を、お買いになりましたわよね」

 ルザミさんが、男性に近づいた。声が少し低く、強くなっている。

「不備があるといけませんので、確認を」


 いきなり、男性は目をつり上げると、左手を腰のあたりにやってからパッと前に出した。

 きらり、と光る──ナイフ!?

「お前っ」

 男性が私に右手を伸ばし、捕まえようとした。

 避けようとした私は、反射的に首を振った。髪がさらりと流れるのと同時に、私を守ろうと風の精霊が空気を切り裂いた。

「うわっ!?」

 ナイフがはじきとばされ、男性は手を押さえて目を見張ると、あわてて走り出した。

「その男を捕らえなさい!」

 ルザミさんの声が飛び、見回りの兵士がすぐに現れて、男性を取り押さえた。豹変した男性の、「離せ!」「くそっ、何でわかった!」という声が響く。ルザミさんは兵士に命じた。

「牢に放り込んでおいて!」


「え? あの?」

 私がおろおろとしていると、ルザミさんはにっこりと笑って私の肩を抱いた。

「ありがとう、すず! どうやら、取引した石とは違う貴重な石を、あの男はすり替えて持ち出したようね」

「ど、泥棒、だったんですか、あの人!?」

 バクバク言う胸を押さえる私を、ルザミさんは優しく促した。

「そうよ。あなたを人質にして逃げようとしたのね。さ、またあの男が暴れるといけないわ、こっちにいらっしゃい」

 何か言う間もなく、私は渡り廊下から手近な建物に入り、談話室のような部屋のクッションに座らされた。

「すず。あなた、精霊使いなのね」

 ルザミさんは私の隣に座り、絨毯の上で膝をつきあわせるようにして、感心した声音で言った。

「すごいわね、この辺にはめったにいないのよ。どうして黙っていたの?」

「あの……あの」

 言い逃れようがなくて、私は視線を泳がせる。膝の上に置いた手に、ルザミさんがそっと手を重ねた。

「さっき、泣いていたわね。何か悩んでいるの? 力を黙っていたことと、関係があるのかしら」

「そうじゃなくて……私」

 また、涙が滲んできた。


 私はただ、弱いだけ。こんな力、私より強い人に宿ればいいのに。早く、この世界から逃げ出したい。

 考えがどんどん、暗く重い方へ沈んでいく。


「可哀想に、こんなに泣いて」

 ルザミさんの手が、私の肩を抱く。

「何が不安なの? 私、貴女が嫌がることは決してしないから、何でも話して?」

 ルザミさんの声は、優しい。

「本当よ。精霊使いの力を隠しておきたかったなら、そうしましょ。誰にも言わないわ。二人の、秘密ね……」

 私の肩に置かれた手に、力が籠もった。ルザミさんの妖艶な唇が、私の額に口づけを落とす。


 あれ? 何だか、違和感。


 戸惑っているうちに、さらに抱き寄せられた。

「あの」

 反射的に、手でルザミさんの甲冑の肩を押しやろうとした私は、やっと気がついた。


 違う。この肩の部分、マントで見えないけど甲冑じゃない。

 鎧、だ。鎧獣人の、身体の一部だ。


「すず……可愛い」

 顎を持ち上げられて、唇が──

「ひゃ!? ちょっと待っ……」

 私が裏返った声を上げた時。


 ドゴーン!


 部屋のドアをはねとばして、丸いものが飛び込んできた。

「きゃあ!?」

 悲鳴を上げると、ルザミさんは「ちっ」と一つ舌打ちをし、首の回りにぐるりと巻いていたマントを、片手で取り去った。

 甲冑だと思っていた肩は、鎧。後頭部から背中にかけての盛り上がったライン。マントと額飾り、長い髪に隠されていたその姿は、明らかに──

 飛び込んできた丸いものに立ち向かい、ルザミさんはぐわっとその姿を変え、丸装化した。

「お、男の人ぉ!?」

 叫んだ私の目の前で、二人の丸装化した獣人がぶつかり合う。いったん離れ、向きを変えてまたぶつかりするうちに、部屋の中は大惨事になってきた。不思議と二人とも、私を上手に避けている。


「や、やめて!」

 私はもう一度、叫んだ。

「ルザミさん、ヴァレオさん、やめてー!」


 ……やっと動きを止め、獣人の姿になって立ち上がったのは、怒髪天をついているヴァレオさんと、涼しい顔のルザミさんだった。


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