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甲冑系巫女姫  作者: 遊森謡子
後日談
24/32

一日の終わりのお約束

あとがき&創作メモ と同時更新です。

 丘陵地帯をしばらく進んでいくと、細い川の向こうに林が見えた。東原砦の周りや自由国境地帯ではほとんど木を見なかったので、何だか新鮮だ。

「南西に下って来てるからな、これからもう少し木が増えるかもしれない」

 ソルティバターの手綱を握るヴァレオさんが言う。

 ヴァレオさんの両腕の間で、私は前を見たままうなずいた。久しぶりに、二人で乗るソルティの背中……嬉しいのと同時に、何だか照れくさい。


 日本からこちらの世界に渡ってから、まだ数時間。数十年ぶりに故郷に帰る鎧獣人の隊列と行動を共にして、ユグドマの西の国リューエを旅しているところだ。

 巫女の衣装は脱ぎ、鎧獣人の女性用ワンピースとその上に重ね着するチュニックを借りた私は、ずっとヴァレオさんと行動を共にしている。


 川の浅瀬を、馬や鎧獣に騎乗したまま、あるいは馬車や徒歩で越えたあたりで、

「今日はこのあたりで野営しよう」

と、誰からともなく声がかかった。

「ソルティバター、久しぶりに乗せてくれてありがとう!」

 ヴァレオさんと一緒に彼女の背から降りると、ソルティバターは川の方にゆっくり歩いていって水を飲み始めた。すぐ隣に、だいぶ歩き方のしっかりしてきた塩豆が寄り添って、一緒に水を飲んでいる。お尻が可愛い。


 女性たちが煮炊きの準備を始めているのを見て、私は簡単な手伝いをしながら見学させてもらうことにした。鎧獣人のやり方を覚えたいと思ったのだ。そのうち、あの美味しい、葉っぱに包まれた炊き込みご飯みたいなやつ、作れるようになりたい。

 一方、男性陣は簡易テントのようなものをいくつも張ったり、馬や鎧獣の世話をしたりしている。ミゾラムさんも、無表情ながらもくもくと力仕事をしていた。以前より少し、身体つきががっしりしたような気もする。


 それぞれの仕事をしているうちに陽はどんどん傾いていき――


 食事の用意ができる頃には、アギとグオが空に光っていた。

「美味しかったー、ごちそうさま」

 その日のご飯は、お鍋に張りつけて焼くタイプの薄いパンに、肉とジャム(!)を挟んで食べるもの。果物は通年で収穫できるわけではなく、ジャムは保存食として作れる時にたくさん作っておくものだそうだ。大事なビタミン源なのね。

 ちなみに、肉は先行していた獣人数人が狩ったもの。鹿みたいな動物をさばく所、初めて見ました。

「このジャム、マーマレードみたい。お肉の、ちょっと焦げたとこと合って美味しい」

 私が言うと、小柄な中年女性が

「すずの故郷の料理も、今度教えてね」

と微笑んだ。

 やばい、普段料理してたわけじゃないから、あまり教えられないかも……もっと家の手伝いしとくんだった。


「あのぅ、コジェウさん」

 食事を終えた私は、いつぞや新しい甲冑を作る時に採寸してくれた、釣り目スレンダー美人の鎧獣人に声をかけた。

「私、今夜どこで寝ればいいのかなって……もし迷惑でなかったら、一緒にやすんでもいいですか?」

「え?」

 コジェウさんは、不思議そうな顔をした。

「私はいいけど、でも、すずは……」


「すず!」


 後ろから呼ばれて振り返ると、立襟のシャツの上に袖なしの膝丈ガウンを腰で締めたヴァレオさんが、すぐ後ろに三本蹄で仁王立ちしていた。

 な、なんでございましょう?

「こっち来い」

「え、でも」

 ヴァレオさんとコジェウさんの間で視線を往復させると、コジェウさんはニッコリ笑った。

「なあに、照れてるの、すず? ちょっとお、私はまだ伴侶いないんだから、あんまり当てつけないでよねっ」

「あの、えっと?」

 言葉を探しているうちに、ヴァレオさんに腕を取られて立ち上がった私は、ちょっとイライラしてる風のヴァレオさんにビクビクしながら、引きずられるようにしてついていった。


 何なの、またお説教……? でも、私、何かした!?


 焚火の灯りが照らす場所から離れ、連れて来られたのは、川の上流だった。

 水が星明かりを反射して、岩の間をきらきらと流れている。あたりは静かで、時々林の奥で鳥が鳴いているのが聞こえる。

 ヴァレオさんは私の脇に手を入れて、ひょい、と手近な大岩に私を乗せた。

 に、逃げにくくなった……


「すず」

 ずん、と大きな手が私の腿の両脇に置かれ、同じ視線の高さでヴァレオさんに見つめられる。

 彼は言った。

「何だよお前、何か気に入らないことでもあるのか?」

 はい?

 その言葉、そっくりお返ししたい。どうしてヴァレオさん、機嫌悪いの?

「あの……」

「色々やらかしてくれたミゾラムを、連れてきたのが気に入らないのか?」

「そんなことないよ」

 私は急いで首を横に振る。

「逆に、ホッとした。ヴァレオさんらしいな、あんなことがあっても放り出さないなんて、面倒見いいなって」

「なら……やっぱり、嫌だったのか?」

 むっつり顔のままのヴァレオさんから、私は身体を引き気味にしながら聞き返す。

「え、何が?」

「俺と婚姻を結んだことが、だよ」

 私は戸惑った。何でヴァレオさんは、こんな風に思ってるんだろう。

「ううん、嫌じゃない。良かった、って思ったよ……?」

 正直な気持ちを言ったけれど、ヴァレオさんの眉間のしわは取れない。

「じゃあ何で、俺から離れようとすんだよ」

「離れ……? 離れてないよ、一緒に旅してるでしょ?」

「そうじゃねぇよ。コジェウとやすむとか言ってただろうが」

「……えーと?」

 ますます訳がわからない。コジェウさんとやすんだら、何かまずいんだろうか。

「あの、ヴァレオさん、もしかして鎧獣人の人たちって、寝る時に何か私の知らない決まりごとでもあるの?」

「逆に聞きてぇよ。お前の故郷では、婚姻を結んだ相手とは一緒に寝ない決まりでもあんのか?」


 ――ヴァレオさんのその言葉に、私は口を開けたまま、数秒間固まってしまった。

 婚姻を結んだ相手と一緒に、って……ヴァレオさんと私が、一緒に、寝る!?


 ぼふっ、と音を立てて、頭から蒸気が噴き出たかと思った。

「だっだっ、だって、ええっ!? おかしいでしょ!?」

 真っ赤になっている顔を自覚しながら、視線をあちこちに泳がせて言う。

「私、ミゾラムさんみたいな、ものじゃないの?」

「はぁ? 何で他の男の名前が出てくんだ」

 ヴァレオさんの怖い顔が、近い。

「いやあの、ミゾラムさんと同じように面倒見てもらってるっていうか。私がこっちの世界に未練があるって、ヴァレオさん知ってたから、私がこっちに来れるように婚姻を結んでくれた。それだけでありがたいっていうか」

「待てよ。それだけで、俺がお前と婚姻を結んだと思ってんのか?」

「違うの?」

「違ぇよ!」

「じゃあどうしてよ!」

 勢いで、大きな声が出た。慌てて声を抑え、続ける。

「ご、ごめん……でもっ、それだけしか考えられなかったんだもん。ヴァレオさんには、そう、最初に会った時に調教するとか言われて、ビシバシ鍛えてもらって、やっとちょっと強くなれて褒めてもらえるようになって、今ここ。ここなんだよ。それでいきなり結婚したから一緒に寝るとか、おっ思いつかないよっ」


 ヴァレオさんは勢いよく何か言おうとして、いったん口をつぐんだ。そして、ちょっと横に視線を逸らしながらぼそぼそと言った。

「そんな風に思っ……ぐっ……まあ、俺のせい、か」

 じっとヴァレオさんの様子を窺っていると、彼は私に視線を戻す。

「確かに、段階を踏んでねぇな。婚姻まで一足飛びだったのがまずかったってことは、わかった。でもそれは仕方ねぇ。だろ?」

 私はうなずく。こちらに来る手段だったんだから、婚姻が嫌だなんて思ってない。

 ヴァレオさんは言った。

「だが、俺は今夜、お前と寝たい」


 待っ待っ待っ待っ。

 さっき、わかった、って言わなかった? わかってなくない?


「ちゃんと話すから……俺の気持ちも、わかってくれ」

 ヴァレオさんは、少し頭を前に倒した。こつん、と額が私の額とぶつかる。

 自分の、高鳴る胸の音が聞こえ始めた。続きを聞きたい、と願って、私は見つめ返す。

 ヴァレオさんの視線は、神殿の地下で、私と暮らしてみたいと思ったことがある、って言ってくれた時と同じ色を湛えていた。

「東原砦でだ。お前のお守りをやらされるうちに興味を持って、お前と打ち解け始めて。ソルティバターにばかり見せてた笑顔を、ちょっと俺にも見せるようになったか、って所でミゾラムの野郎が出てきやがってよ。お前が惹かれるものを山ほど持ってるあいつと、お前が一緒にいるのを見ていて、奪われる、と思った」

 赤銅色の瞳が、微かな光を反射して、すぐそばから私を見つめている。

「その後、神殿の地下でお前、怒ったよな。ミゾラムとは何でもない、俺がいない時にミゾラムと記憶を探しに行ったりしないって。俺にだけ怒りをぶつけるお前を見て、こいつをずっと側に置きたいと思った。でも……お前は、故郷に帰って行った」

「私、それは」

「わかってるよ。あん時は不可抗力だったよな」

 ヴァレオさんの大きな右手が、私の左の頬を包む。男の人にこんな風にされると、身体が震えるものなんだ……

「ミゾラムはあれ以来、精霊使いとしての力を失い、お前を呼び戻すことはできない。俺は待つしかなかった。何か、きっかけを。お前がこっちに来る可能性を考え続けた。そうして何十日も過ぎて、とうとう集落を離れて旅立ち、半分諦めかけてた時に――お前が、腕の中に飛び込んで来たんだ」


 ふっ、と距離が縮まって、私は反射的にギュッと目を閉じた。

 唇に、温かいものが触れる。軽く()まれる。


「『手段』でこうしてるんじゃねぇぞ」

 唇を触れ合わせたままでヴァレオさんがしゃべるから、まるで小さなキスを何度もされているみたい。さらにもう一度食まれてから、広い胸に抱き寄せられる。

「……今夜は、手放したくない。俺から離れんな」


 恋愛経験値の低い私は、男女が付き合う時は「好き」とか「愛してる」という言葉から始まるのだと思っていた。でも、その言葉がなくても、ヴァレオさんが今どんな気持ちを私に向けているのかを全身で感じ取ることができる。


 でも。そこまで一気には、私の気持ちがついていかない!


「……二人、だけで、寝るの?」

「何だよ、初めて聖地ゴウニケを見に行った時は、二人で野宿したじゃねぇか」

 今度は耳たぶのあたりに口づけられた。何か、きゅんと来る痺れが走って、思わず肩をすくめる。

「お前がいきなり故郷に帰らねぇように、捕まえて眠るだけだ。神殿の地下で手をつないでたのと一緒だ。それ以上、一足飛びなことはしねぇよ。……いいだろ?」

 無精ひげがちくちくと、頬をくすぐる。


 私は恐る恐る、言った。

「お、怒られながら、寝るのは、嫌だ。寝る時くらいは、怒らないでくれる?」


 だって。簡単に想像できちゃうもん。私が何かやらかして、布団の上に正座させられてヴァレオさんにお説教される図が。


 ヴァレオさんは眉を吊り上げた。

「俺ぁそう簡単に怒りゃしねえよっ」

「うそ」

「おまっ即答……ぐっ……わかった。誓う。寝床では怒らない」

 今までが今までだったので、私はヴァレオさんの胸からちょっと顔を浮かせ、上目遣いになって彼を見た。

「約束だよ? 私、とろいから、もしかしたらヴァレオさんをイライラさせちゃうかもしれないけど……」

 念を押す。

「怖いのは嫌だ。寝るときは、仲良くしようね」


「っぐっ」

 ヴァレオさんが変な籠った声を出した。

「ど、どうしたの」

 驚く私の両肩をつかんで、彼は一度自分から引き離すと、噛みつくような勢いで言った。

「お前……お前も一足飛びが嫌なら、そういう理性を試すようなこと言うのは禁止だーっ!」

 な、何で怒るのー!?


 そして、その夜。

 狭いテントの中、私はヴァレオさんと一緒に、約束通り怒られることもなく、一足飛びなこともなく――

 二人でぽつぽつ話をしているうちに、眠くなって。

 ヴァレオさんの大きな手に自分の手を包まれたまま、眠りに落ちた。

 

 翌日、一緒にソルティの背に揺られながら、ヴァレオさんは欠伸ばかりで。

 グラーユさんが可笑しそうに笑いながら、

「すずの機嫌を損ねたら、故郷に帰っちゃうもんな。すず、今までされてきた仕打ちの分、この男にやりたい放題していいよ!」

なんて言って、ヴァレオさんに睨まれてたのだった。


【一日の終わりのお約束 おしまい】

たぶん、もう少し続くと思います(笑)

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