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甲冑系巫女姫  作者: 遊森謡子
第三章 巫女姫と獣人はともに進む
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6 迷子探しと迷路

 翌朝、私が目を覚ました頃には、もうヴァレオさんは出発していた。

 ヴァレオさんがいないことを聞かされた私は、やっぱり不安になってしまった。それで、彼のいない間に外に出るときは、制服の上に甲冑を身につけることにした。

 これに、守ってもらうんだ。心も。


 そしていつも通り、その日はミリンダさんと散歩に出たけれど、ミゾラムさんもいつも通り。誰かの目のある場所でしか、私に声をかけることはなかった。

 いつ、神殿の奥をのぞきに行くつもりだろう……いつの間にかもう行ってたりして?

 気にはなったけど、私の方からはミゾラムさんに近寄らないまま、塩豆を見に行ったり作業の様子を見たりして、一日が平和に過ぎていった。


 けれど、その翌日。


「塩豆が、いない?」

 厩舎で、私は驚いてユグドマの兵士に聞き返した。

「こいつが嫌に鳴くので、見てみたらもういなかったんです。見逃したはずはないんですが……」

 厩番の兵士は、緊張した面持ちで言う。彼の後ろの馬房では、ソルティバターがシュオッ、シュウッ、と何度も声を上げ、落ち着かない風に足踏みしている。その足下には、小さな塩豆の姿はない。

「朝は確かにいたので、それほど時間は経っていません。今、何人かで探しています。申し訳ありません、見つけたらすぐにお知らせします」

 そう言う兵士さんは、手にニンメ草を持っている。見つけたら、あれで釣るんだろう。

「はい……お願いします。私にも、それ少し下さい」

 私は頼んでニンメ草を受け取り、

「ソルティ、私も探してくるからね」

と声をかけてイズータさんと馬房を離れた。


 不安を胸に、あちこち見回しながら歩く。よちよち歩きだったから、そう遠くへは行ってないと思うんだけど……

「あの仔、ヴァレオさんに懐いていましたから、探しに出てしまったんでしょうか?」

 鎧獣が苦手だったイズータさんも、情が移ったのか心配そうだ。

 厩舎から出て、あたりを探しながら広場へ戻っていく。塩豆ったらどこに行っちゃったんだろう、鎧獣は夜目がきかないってことだったから、暗くなる前に見つけてあげないと……


 ふと、私は思いついた。

「あ、ねえイズータさん、こういう時って精霊魔法で探したりできないのかな?」

「精霊の力を借りて、ということですか? 何だか、できそうですよね」

「ねえ! ミゾラムさんに聞いてみましょうっ」

 私たちは急いで、ツーリ側の建物に行ってみた。でも、ミゾラムさんはいなかった。兵士たちも、今日は見かけていないという。


 ……あ。もしかして、今、神殿に行ってるのかな?


「神殿にも行ってみましょう!」

 神殿の奥、とは言わず、私はイズータさんを誘って参道に入った。

 そう、塩豆がこっちにいないとも限らないし。池にでも落ちたら大変だ、鎧獣って泳げるの? もし溺れてたらどうしよう。


「塩豆! いる? 寿々だよ」

 塩豆を探しながら、ミゾラムさんの姿も探す。

 神殿の入り口から中を覗いたとたん、そのミゾラムさんと鉢合わせた。

「わっ! ……あ、ミゾラムさん!」

 驚く私とは対照的に、ミゾラムさんの銀の瞳は落ち着いている。

「姫? あ、やはり行ってみることに? ちょうど今から、奥へ入ろうかと」

 私はあたふたと両手を振った。

「あっ、違うんです、別の件で来たんです。塩豆がいなくなっちゃって、できたら探してもらえないかって」

 彼は快くうなずいた。

「あの鎧獣の仔ですね、わかりました。地の精霊に尋ねてみましょう」

 そして、ひょい、と片膝をついて右手を地面につけた。

「地の精霊よ、鎧獣の仔の蹄を辿り、その行く手を示せ」


 すると、あの半透明の精霊が地面から数体、じわぁっと沸きだしてきた。これが、地の精霊だろう。

 精霊たちはミゾラムさんの周りをすいすいと飛び回ると、やがて祭壇の奥へと飛んでいった。

「えっ、あっちに!?」

 みぞおちがきゅっとなる。大変、あまり深くまで行ってしまったら、迷って出てこられなくなっちゃう!

 私は急いで、祭壇の裏に回り込んだ。


 下り坂の奥は、何か光る鉱石があるらしく、ぼんやりと明るい。坂になった先の方まで見えている。

 ほんの少しだけ降りてみると、坂はつづら折りになっていた。すぐ脇が崖のようになっていて、さらに下が見える。水面があるのか、光が揺れていて、まるで地底湖か鍾乳洞のようだった。


「塩豆、いるの?」

 呼びかけた声が、ふわん、と反響する。

 シュオーン……と、ソルティより高い声が聞こえた気がした。

「塩豆! 戻っておいで!」

 もう一歩だけ踏み出した。

「姫様」

 心配そうなイズータさんの声。


 その時――

 足下が、がらっ、と崩れた。

 声を上げる間もないまま、身体が空中に放り出され、落下して……


 どぼぉん、という音とともに水に飛び込んでしまった私は、大量の気泡に包まれてもがいていた。

 身体が、うまく動かない……うそっ、甲冑が重い、溺れる!


 とっさに、私は足に手をやると、留め金を外した。すね当てが簡単に外れる。

 鎧獣人の集落で新しい甲冑を注文したとき、グラーユさんに「希望があったら聞くよ」と言ってもらった。何も思いつかなかったから、ただ「一人で脱ぎ着できないのが落ち着かない」というようなことを感想っぽく言ったんだけど、グラーユさんはそれを覚えてくれていた。そして、せめて脱ぐのくらいは一人でできるようにと、一部の留め金を工夫してくれたのだ。


 足が軽くなって動かせるようになり、私は水を蹴って、かろうじて顔を水面に出した。

「っぷはっ」

「姫!」

 がしっ、と甲冑の首のあたりを捕まれ、引き寄せられる。ミゾラムさんだ。

 私は彼の手を借りて、岩の上に上がった。


「はぁ、はぁ、ごっごめんなさい、ありがとう、ございます」

「いえ、申し訳ありません、僕がついていながら」

 ミゾラムさんは謝ると、何か口の中で早口につぶやいた。とたん、ぶわっ、と甲冑の隙間から温風が吹き出して、身体のほとんどが乾いた。び、びっくりした。

「そうだ、塩豆」

 きょろきょろとあたりを見回す。様子がかろうじて見える明るさに、目を凝らすと……

 ちょっと離れたところ、崩れた岩の間で何かが動いている。私が落としたニンメ草を咀嚼する、小さな後ろ姿。

「塩豆!」

 私が駆け寄ると、パールホワイトの小さな塩豆は、「シュオン」と声を上げて私を見上げた。

 良かった、元気そうだ。


「ママが心配してるよ。さあ、それ食べたら帰ろう?」

 私が塩豆に話しかける横で、ミゾラムさんも軽くため息をついてから、落ちてきた方を見上げた。

「僕もとっさに飛び降りてしまいましたが、これどこから登ればいいかな……イズータさん、いますか? イズータさん?」

 ニンメ草を食べ終えた塩豆を抱き上げ、私もミゾラムさんと並んで見上げる。

 上から差し込む光が逆光になって、見えにくい。……イズータさんの返事は、ない。

「助けを呼びに行ったのかな……ちょっと、この辺だけ歩いてみましょう。登れるところがあるかもしれない」

「はい」

 私たちはあたりを探索してみることにした。


 ぐるっと歩き回ってみたけれど、それらしい登り口は見あたらない。

 ふと気づくと、少し奥に、二股に分かれた洞窟があった。何となく気になって、そちらを眺めていると、また……

「あ」

 軽くたたらを踏んだ私に、ミゾラムさんが鋭く尋ねる。

「どうしました?」

「……ここに近づくと、時々、故郷の風景が見えるんです」

 私は瞬きをしてから、ミゾラムさんを見た。

「今、あっちの洞窟を見てたら、よく通った商店街の風景が……」


「どっちの洞窟です?」

 性急に尋ねてくるミゾラムさんに、私はちょっとひるみながらも答える。

「えっと、たぶん左、かな……」

 ミゾラムさんが、すっと歩きだして、左の洞窟をのぞいた。

「見える限り、一本道ですね。ちょっと入ってみましょう」

「え? でも」

 ついつられて近寄りかけた私が、足を止めたその時。


「そこまでだ」

 後ろから急に、聞き慣れた声が響いた。


「ヴァレオさん!」

 振り向いて、私は驚きの声を上げてしまった。

 甲冑姿のヴァレオさんが暗闇から現れて、私のすぐ後ろに立ったのだ。

「砦に行ってたんじゃ……」

「お前、俺の話聞いてたか? そばにいるって言ったよな」

 ヴァレオさんのこめかみに、ピキッ、と青筋が立つ。そ、そういえばいつぞやそんなこと言ってたけど、でもでもだってそれちょっと前の話だし! その後に喧嘩みたいになったんじゃん!

「ヴァレオさん。何をしているんです? こんなところで」

 左の洞窟の中で振り返ったミゾラムさんが、淡々と尋ねる。

「それはこっちの台詞だ」

 ミゾラムさんは急に私に手を伸ばし、腕を引っ張って自分に引き寄せながら言う。

「お前、シオマメを使ってすずをここにおびき寄せて、何をしようとしてるんだ」

「えっ……? あの、何の話?」

 不安が沸き上がってくる。私は腕を捕まれたまま、交互にヴァレオさんとミゾラムさんを見た。

「悪いな、見張らせてもらってた。ミゾラムが、シオマメをここに連れてきたんだよ。そしてお前を探しに来させたんだ。神殿の奥に、誘い込むために。さっき足場を崩したのも、精霊がいれば簡単だ」

 ヴァレオさんはミゾラムさんから視線を外さないまま、続けた。

「イズータに、何かしていたな。上で倒れていた」

 私は、ひゅっ、と息を吸い込んだ。頭の芯が冷たくなるような感覚。

「やだっ、イズータさん……!」

「眠らされただけのようだ。精霊魔法だろう」

「何で……! ミゾラムさん?」

 塩豆を抱きしめながら、震え声で聞く。


 ミゾラムさんは、私たちを見つめたまましばらく黙っていた。


 ──そして、表情を一変させた。


「やれやれ……面倒だったよ。色々と餌をまいたのに、姫がなかなか、僕と神殿の探索に行くと言ってくれないからさ」

 口調はのんびりしているのに、表情から笑みが消えている。

 こんな、冷たい表情ができる人だったんだ。 

「無理に連れ出すと、後で周りがうるさいしね。まあ、いい。精霊使いに奪われた記憶を、姫も取り戻したいんでしょう? この奥にある自分の記憶に、呼ばれてるんでしょう? 行こう。何なら、そっちの獣人も一緒に」


 背筋が凍った。

 一歩下がると、ヴァレオさんが私をかばうように斜め前に立つ。

「断る。お前こそ、一緒に来てもらおう。どういうつもりなのか色々と聞かせてもらうぞ」


「悪いけど、僕にはやることがあるんだ」

 ミゾラムさんは、にっ、と笑った。

 その微笑みはどこか、東原砦で見かけたあの精霊使いの表情に似ていて――

「来ないならいいよ、僕一人で行かせてもらう。ただし、君の記憶がどうなっても知らないけどね」


 突然、ミゾラムさんは身を翻して、洞窟の奥に走っていった。たちまち岩壁の向こうに姿を消してしまう。

「待て! くそっ」

 踏み出しかけたヴァレオさんを、私はあわてて引き留める。

「ちょ、待って、行くの? だって迷っちゃうんじゃ」

「行くしか手がなくなっちまった」

 ヴァレオさんは悔しそうに唇をかんだ。

「この奥に、記憶が眠っている……と言ったな。あいつはその記憶に用があるらしい。たどり着けずにさまよう可能性はあるが、万が一たどり着いちまったら、お前の記憶に何をするかわからない。消すとか、壊すとかされれば……」

 私の血縁の記憶が、失われたら。

「日本に、帰れなくなっちゃう」 

 泣きそうな声の私に、ヴァレオさんはうなずいた。

「先にお前の記憶を見つけて、取り戻すしかない」

「でも、迷ったら……」

「その時は、そいつがいる」

 ヴァレオさんが指さしたのは――塩豆だった。

「夜目のきかない鎧獣には、明るい場所を目指す本能があるんだ。今回はミゾラムに捕まっていて戻れなかったようだが、本当ならその辺に放り出しても、勝手に地上への道を見つけ出す。わかったら行くぞ!」

 ヴァレオさんは私の腕をつかみ、洞窟の左の方へと足を踏み入れた。

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