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甲冑系巫女姫  作者: 遊森謡子
第三章 巫女姫と獣人はともに進む
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4 雨音にひそむもの

 珍しく、雨が降った。

 神殿を囲む池から地下にしみこんだ水は、『女神の音楽』を奏でている。今日は他の場所からも水がしみこむのか、音がいつもより多かった。ぱらぱらと途切れ途切れの音だけじゃなくて、和音も頻繁に聞こえてくる。


「姫様、ちょっと外に出てみませんか? 神殿の近くまで行ったら、きっと素敵ですよ」

 ミリンダさんに誘われた。今日は順番で行くとミリンダさんと散歩に出る日だったし、こんな日の神殿がどんな様子か、確かに見てみたくはあった。

「でも、ずぶぬれになっちゃいますよね」

「大丈夫です、どうぞ」

 促されて階段を下り、外への出口に行ってみると――

 そこに、ミゾラムさんが待っていた。

「姫、ご機嫌いかがですか」

 黒髪、黒のローブのミゾラムさんは、穏やかに微笑む。

「雨の日にも参拝者は訪れるはずですから、今日は数人の兵士たちが巡回して、あれこれ確認しています。姫もぜひ、姫の目で神殿の様子をごらんになってください」

「あ、はい」

 私がうなずくと、ミゾラムさんは右手を前に出し、二本の指で空中に半円を描いた。

「風よ、雨を分けて我らを通せ」

 そしてミゾラムさんが雨の中に踏み出すと、まるで見えない傘をさしているように、雨の中に空間ができた。

「姫、私のすぐ後ろについてきてください。ミリンダも」

「はい」

 びっくりしている私の後ろで、ミリンダさんが返事をしている。

 す、すごい……魔法だ。初めて精霊魔法を目の当たりにした。

 私は軽くドレスガウンの裾をつまみ上げ、外へ踏み出した。石畳は塗れているものの、髪も身体もちっとも濡れない。本当に、雨が私たちを避けている。

 すいっ、すいっ、と半透明のものがすぐそばを横切っていった。まるでダンスをしているようなその様子は、もしかしたら水の精霊? 雨ではしゃいでいるのかも。

 私たちは参道の石畳を踏んで、神殿へと足を進めた。


 白い氷山のような神殿は、そこにあるだけでとても神々しい。入り口付近は金属の枠のようなもので補強され、何かあっても崩れにくいようになっていた。ユグドマとツーリ、双方の兵士が数人、足場を確認している。さすがに全員が魔法の恩恵にあずかれるわけではないらしく、兵士たちは濡れながら作業をしていた。大変だなぁ……


 中にはヴァレオさんの姿もあって、こっちを見てちょっと手を挙げ、再び仕事に戻っていった。

 部下に何か言っているけど、雨の音と『女神の音楽』とで、ほとんど聞こえない。


 ――ということは、こういう開けた場所で私たちの姿は色々な人から見えていても、ここで話していることはヴァレオさんには聞こえないだろうなぁ。


 ぼーっとそんなことを思っていると、足を止めたミゾラムさんが静かに言った。

「志願して良かった」

「え?」

 彼を見ると、ミゾラムさんは私に微笑みかけた。

「祖母の話を、しましたね。……精霊を見ることができた祖母を見ていて、さすがは『女神の顕現』の瞳を持つ人だなぁと、幼心に思っていました。それで、僕もその世界に興味を持って、修行して精霊使いになりました。すべての精霊の源であるナジェリ、その巫女姫。僕の祖母と同郷の人かもしれないあなたのお役に立てればと思って、この役目を志願したんです」


 私のために……?

 何て返事したらいいかわからないでいると、ミゾラムさんは続けた。

「祖母は故郷の記憶が曖昧だったと、お話ししましたね」

「あ、はい」

「実は、祖母は祖父と一緒に、ここに参拝に来たことがあるそうなんですが、その時にね。ここの奥から、呼ばれているような気がする……と言ったらしいんです。それに、何か思い出せそうな気がする、とも」

 呼ばれて……思い出せそう……?

 最初にここに挨拶しに来たとき、不思議な白昼夢を見たことを、私は思い出した。

「ここは女神ナジェリの神殿、すべての精霊たちの集う場所。もし、祖母がこちらの世界に渡った時に、精霊たちに記憶を奪われた代わりに精霊を見る力を得たのなら……奪われた記憶は、この奥にしまい込まれてるのかもしれませんね」

 彼は、指さした。

 白い岩山――精霊たちの集う、ナジェリの神殿を。

「今ここに立っていると、そんな感覚がするんです。その感覚を知ることができただけでも、志願してここに来れて良かったなと」


 にわかに、胸がドキドキし始めた。

 もしかして、私の失われた記憶も、長の記憶も、この奥にあるんだろうか……?


「実は、姫」

 ミゾラムさんはさらに声を潜め、秘密めいた声音でささやいた。

「僕、そのうちこっそり、この中を覗いてみようと思ってるんです」


「えっ? でも」

 私が言いかけると、ミゾラムさんは苦笑した。

「ええ、中は迷路のようになっていて、迷うと出てこられない……という話ですよね。本当なのかな、とは思うんですが、とりあえず入り口から見える範囲くらいまでは探索してみたいなと。精霊使いの性ですね。……姫は、入ってみたいと思われたことはないですか?」

「わ、私?」

 そりゃ、記憶がこの中にあるかもしれないなんて言われたら、気になるよ。すごく、気になる。

 でも、『女神の音楽』は明らかに、この中に音が反響するような広い空洞があることを示してる。いかにも迷いそうで……

「……ちょっと、怖い、かな……」

 曖昧に答えると、

「ですよね」

とミゾラムさんは微笑んだ。

「僕も、絶対無理はしません。ですから、ここに入ろうと思っていること、他の人には内緒にしておいて下さいね」

 そう言って、私に尋ねるような視線を向けて少し首を傾げた。チャレンジャーだなぁ。

「わかりました」

 私がうなずくと、ミゾラムさんは「ありがとうございます」と微笑んだ。そして、

「さて、そろそろ戻りましょうか」

とひそひそ話をやめて向きを変え、広場の方へ歩きだした。


 夜の間に雨はやみ、翌朝は陽の光が広場の石畳をきらめかせていた。

 私はイズータさんと散歩に出ると、再びヴァレオさんに声をかけ、厩舎に行った。ヴァレオさんはちょっと手が放せないみたいで、後から来るらしい。

 鎧獣の赤ちゃんは男の子。すごく好奇心旺盛で、ソルティの馬房から出てはよちよちとどこかへ歩いていってしまうので、ちょくちょく連れ戻さないとならない。厩番の兵士さんの話でも、いつもそんな調子だそうで、厩舎の外に出たところで「はいここまでよ」と連れ戻すようにしているそうだ。


 しばらくソルティや赤ちゃんと遊んでいるうちに、ヴァレオさんがやってきた。

「ヴァレオさん」

「おう。ニンメ草をやる約束だったな」

「うん」

 私は、ヴァレオさんが厩舎の中央にある倉庫の袋から、ニンメ草を取り出すのを眺めた。

 そして、渡されるそれを受け取りながら報告する。

「あのね、赤ちゃんの名前考えたんだけど……」

「おう」

「『塩豆』でもいい?」

 ヴァレオさんが軽く眉を上げる。

「シオマメ?」

「塩はソルティと一緒で、入れた方がいいかなって……豆は小さいって意味で。塩豆ちゃん」

 他にも、塩バニラちゃんとか塩大福ちゃんとか色々考えたんだけど、男の子で赤ちゃん……というイメージに一番ぴったりだと思ったのが「塩豆」だったのだ。

「変な名前だな。まあ、いいけどよ」

 ヴァレオさんからOKが出た。

「へへ。ソルティは、どう?」

「シュオォン」

 ママからもOKが出た。

 私は屈みこんで、ちょこちょこと出てきた鎧獣の仔を撫でた。

「君はこれから塩豆ね、よろしくねー」


 ソルティバターと塩豆の親子にニンメ草をやって、またもや手のひらごともにゅもにゅされて「ひぁあぁあ」となっていると、ヴァレオさんがぼそっと尋ねてきた。

「昨日、ミゾラムとどんな話をしたんだ?」

「どんなって……」

 また、心配してる。

 ミゾラムさんが神殿を探索したがってることは、内緒にする約束だ。私は立ち上がってヴァレオさんに向き直ると、彼を安心させたくて、それ以外の内容を彼に話した。

「私からは特に話してない。ミゾラムさんがどうして私のお目付けになったか、っていう話を聞いたの」

 聞いた話をざっとまとめて話すと、

「ミゾラムが、自分から志願した?」

 ヴァレオさんは、また眉をしかめた。

「どうしたの?」

「……ふん。どこかおかしいんだよな、あいつ……っていうか、ツーリの奴ら」

 ぶつくさ言っているヴァレオさんに、私は首を傾げる。

「そう……? 精霊が見えるおばあさんにあこがれて、精霊使いになったから、おばあさんとたぶん同郷の私の役に立ちたいと思った、って言ってたけど」


 説明しながら、私は別の考えに気を取られていた。

 あの神殿の奥に、私の記憶が眠っているかもしれない。その話を、ヴァレオさんにしなくちゃ。


 でもその前に、ヴァレオさんはぴくりと眉を逆立てた。

「お前、そういうのをまるまる信じんなよ?『ツーリの思惑に関係なく、私のために志願してくれたんだ!』なんて思ってんじゃねえだろうな」


 ただでさえ身体の大きいヴァレオさんが、狭い厩舎の中で仁王立ちで不機嫌そうにしていると、とても、怖い。言葉が上から降ってくる感じがして、肩をすくめる私に、ヴァレオさんは続ける。

「お前にさらに近づくための、方便だって可能性もあんだろうが。そのカズコとやらが、本当にあいつの祖母だって証拠すら、何一つねぇんだぞ」


「そ、そりゃ、証拠なんてないけど」

 私は、ちょっとイラっときた。

 別に、ミゾラムさんに日本人の血が流れてるかどうかと、彼を信用するかどうかは関係ないよ。そのくらい、私だってわかってる。ただ、この世界に日本にまつわることがある、そう思うだけで嬉しいじゃない。


「ミゾラムさんの顔立ちがね、懐かしいなって思っただけ。日本人ぽくて」

 それだけだと言ってるのに、ヴァレオさんはまだやめなかった。

「お前の国にだって、お前の国らしくない顔立ちのやつくらい、一人や二人いただろうが!? こっちにだって、ニッポンらしい顔立ちの人間くらい、探そうと思えば探せるっつーの。故郷のあれこれにホイホイ食いつくんじゃねぇよっ」


 ぷちっ。


 久しぶりに、頭のどこかで何かが切れる音がした。


「……何それ」

 低い声が出て、ヴァレオさんがぎょっとなるのがわかった。

 私は爆発する。

「食いつくに決まってるでしょ! 故郷の話、あまりしないようにちゃんと我慢してるのに、懐かしいって思うのもいけないの!? そのくらい分けて考えたっていいじゃない!」 

「お、おい」

「ヴァレオさんはっ、『巫女姫様』をツーリに取られたくないだけでっ、私なんか……!」


 ……もっと何か言ってやろうと思ったけど、私の語彙は少なかった。

 沈黙が宙に浮き、どうしようもなくなった私は、くるりと踵を返して馬房を飛び出す。

「すずっ」

 ヴァレオさんの声が、私の名前をちゃんと呼んでいる。それには気づいたけど、勢いがついてしまった私はそのまま厩舎を走り出た。

「あっ、姫様。姫様?」

 あわてるイズータさんの声も、置き去りに。

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