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甲冑系巫女姫  作者: 遊森謡子
第三章 巫女姫と獣人はともに進む
16/32

3 両国の狭間で

 新しい環境、二人の侍女、ヴァレオさんに会えないこと。それにそもそも、二つの国の間で巫女姫をしていること。

 心にいくつも、重石を載せられているみたい。

 数日が過ぎるうちに、ご飯があまり食べられなくなってきた。この世界に来た最初の頃も、食べたり食べられなかったりだったけど、イズータさんと一緒に料理長の所に行って、温かいご飯を食べるようになってからは、毎日食べてたのに。


 ここの厨房は、ユグドマ側の建物とツーリ側の建物にそれぞれあって、私やイズータさん、ミリンダさんの食事は一日ずつ交互にそこから供されていた。砦の食事とはまた味付けが違って、それもまた調子を崩す原因だったのかもしれない。

 イズータさんミリンダさんと交互の散歩(視察?)に出ても、あまり食べていないせいかすぐに疲れたりめまいがしたりして、その辺の岩に座って休むこともあった。


 そんなある日の夕食時、イズータさんが首を傾げながら、木のトレイに載った食事をテーブルに置いた。

「今日のお食事、何だか変わってますね……。姫様、あまり無理せず、食べられるだけ召し上がって下さい」

 私は「あっ」と声を上げた。

 見覚えのある、葉っぱの包み。ホカホカと湿ったそれを開くと、ふわりといい香り。

 木の実やキノコ、お肉などの入った、炊き込みご飯に似たそれは、鎧獣人の集落で食べたあのご飯だった。

 ――ヴァレオさんだ。きっと、これを作るように厨房に言ったんだ。レシピを教えたのかな? 

 葉の香りの移ったそのご飯を、少し口に入れる。じんわりと頬のあたりがほぐれる感じがして、唾がわいてきた。私は何度も、それを口に運んだ。

 胃が小さくなってしまっているのか、前ほどの量は食べられなかったけど、

「あら、姫様ずいぶん召し上がられましたね!」

とミリンダさんはにこにこし、イズータさんは、

「姫様の好みのお味だって、ユグドマ側の厨房に伝えておきますね」

と何だか得意そうだった。


 その翌日。

 散歩のためにイズータさんと部屋を出ると、彼女は階段を下りながらひそひそと言った。

「姫様、実はヴァレオさんから連絡があって、広場で待っている方がいると……」

「え?」

 すぐに階段は終わり、出入り口からイズータさんが指さす。

「あちらの方です。お知り合いですか?」

「あっ」

 私は頬がほころぶのを感じた。

「グラーユさん!」

 広場の片隅のベンチの前、栗色の髪のグラーユさんが笑顔で立ち上がり、軽く手を振った。


 甲冑関係の仕事でここに来たというグラーユさんは、「痩せた?」と私を心配してくれた。そこで食事の話をすると、

「それは良かった! すずは、僕たちと好みが合うのかもね」

と笑った。

 私たちは、広場のベンチに腰掛けて話をしている。人目のあるところの方が、ユグドマとツーリ双方によけいな刺激を与えずに済むだろう。

「すずはどうしてるかなって、僕も心配だったんだけど、実はヴァレオのことも心配でね」

 笑顔のままそんなことを言うグラーユさんに、私は聞き返す。

「ヴァレオさんを、心配?」

「ほら、獣人だから。部下とか、ツーリの軍人たちに舐められてないかなって。ほとんど人間と同じ姿の僕でさえ、色々あるから」

 あ、と私は息を呑んだ。

 そうだった、鎧獣人に偏見を持ってる人は多い。私ってば会えなくて寂しいなんて思ってたけど、ヴァレオさんは部下を掌握したりツーリとうまくやっていったりで忙しくて、私にかまけてる場合じゃなかっただろうな。

「でも見たところ、無用の心配だったみたいだよ。あいつ強いからね、肉体的にも、精神的にも。ツーリの軍人とまで、何か色々しゃべってるのも見たし」

 グラーユさんの報告に、私は嬉しくなる。さすが、ヴァレオさんだ。

 そういえば、ここにいる人数ぐらいなら一人でどうこうできちゃうくらい、ヴァレオさんは強いんだもんね。


「結局、あいつが一番気にしてるのはすずのことだ」

「私?」 

「僕を甲冑の仕事でここに呼んだのは、すずに会わせて気分転換させるためだと思うよ。だって、わざわざ僕を呼ぶほどの仕事じゃなかったし」

 グラーユさんは、ちょっとおどけた風に目をくりっとさせる。

 私は、今の気持ちを彼に話してみることにした。

「あの……でも、前に会ったとき、ヴァレオさんすごく怒ってて……私が、ミゾラムさんと仲良くし過ぎるって。ヴァレオさんとミゾラムさんに、平等に接することなんかできるはずないって」

「えぇ? 自分は最初からすずにきつい態度だったくせに、何を言ってるんだか」

 グラーユさんはあきれた様子で肩をすくめ、そして声をひそめた。

「いいかい、すず。ヴァレオは君を、そんなことで怒れる立場じゃないんだ。だってそうだろ、ヴァレオ個人がすずを心配していた所で、結局はユグドマ側の人間だ。ユグドマはすずに何をした? 被害者である君が、加害者側のヴァレオの言うとおりにする必要なんか、ないじゃないか」

 それを聞いてふと、ヴァレオさんに以前言われた言葉が思い浮かんだ。

『お前はこっちの世界に呼び出されて巫女姫やらされてる被害者だろ? 大人しく被害者ヅラしてろっ』

って。

 悲劇のヒロインを気取ってろ、ってことだよね? 普通は「気取るな」じゃないのかなぁ。

 思わずくすっと笑ってしまうと、グラーユさんも笑い、そして私に聞いた。

「すずは、ヴァレオが好き? えーと、色恋の意味じゃなくていいんだけど」


 答えはすぐに浮かんだ。

 うん。怖いけど、私はヴァレオさんという人が好き。


 うなずくと、グラーユさんはますます笑顔になって、とうとうくっくっと笑いだした。

「あーもう、面白いなぁ。すずがヴァレオを好きだってわかってれば、ヴァレオはツーリのお目付けの存在をあんなに心配する必要なんか、全然ないのにね。結局、自信がないんだよヴァレオは。自分がすずに好かれてるって思えないんだ。すずが二人を平等に扱わないだろうってヴァレオが思ってるのは、それでだよ。自業自得だよ、あいつ」

「ええ?」

 私は戸惑った。

 ヴァレオさんが私をどう思っていようと、それは仕方ないことだ。でも、私の方はヴァレオさんに好意を持っているんだってことは、知っていてほしい。

「私、どうしたら?」

 情けない声で聞いちゃったけど、グラーユさんは励ますようにして言ってくれた。

「昼間は仕事があるし、すずの部屋に行くのはツーリの目もあるし、ヴァレオの方からはなかなかすずに会いに来れないだろ。こんな風に、公衆の面前でいいから、すずの方から会いに行ってごらん。僕はまだ数日いるから、何かあったら相談に乗るよ?」

「うん……わかりました。ありがとう、グラーユさん」

 私はちょっと安心して、お礼を言った。


 それにしても。

 私から、ヴァレオさんに会いに……な、何て言って会いに行こう? 

 考えた末、ソルティバターをダシに使わせてもらうことにした。


 イズータさんとの散歩の日、私は初めて自分から、ユグドマ側の兵士たちのいる建物に行った。そして、建物の前にいたヴァレオさんを見つけると、さっと近寄って思いきって言った。

「こんにちは。あの、ソルティバターに会ってきてもいい?」

 数人の兵士と打ち合わせをしていたヴァレオさんは、

「お? おう」

とうなずいた。

 私は「ありがとう」と答えると、広場を出るためにアーチの下をそそくさとくぐった。


 厩舎に行って、しばらくソルティと過ごそう。ヴァレオさんが私に会いたくないなら、厩舎には来ないはず。来なかったら悲しいけど、ソルティには会えるので私の心は慰められる。

 ……自分を守ることに必死だよね私……でもでもだって、しょうがないんだもん。

 ヴァレオさんが厩舎にきてくれたら、話ができる。広場の外側にある厩舎は、ユグドマとツーリ両方の人たちが出入りしているから、別にヴァレオさんとだけ隠れて会うわけじゃないし、悪印象はないだろう。


「おい」

「わぁ!」

 広場を一歩出たところで、もうヴァレオさんが私の横に並んで、私は飛び上がってしまった。早っ!

「何だよ。俺も行っちゃ悪いか」

「ちが、違うの、後から来るかと……思っ……」 

 もごもごと言いかけて、私は途中でやめると、一生懸命笑顔を作って言った。

「一緒に行こ」

「おう……」

 ヴァレオさんも何やら、もごもごと言った。

 

 二人で並んで歩くのは、久しぶりだ。イズータさんは? とちょっと振り向くと、距離を置いてついて来ている。心なしか、顔がほころんでいるような気がする。

 ちょっと照れくさくなって、何を話そうか迷いながら下を向いて歩いていると、ヴァレオさんが言った。

「ちょうど良かった。お前に、決めてもらいたいことがあってな」

「あ……そうなんだ」

 ……何だ……『巫女姫』に用事があったから、ついてきたの?

 少しがっかりしたけど、仕事は仕事、しょうがない。私はヴァレオさんと一緒に、真新しく建てられた木造の厩舎に入っていった。

 奥の方の馬房(馬じゃないけど)に、ソルティの角のついた鼻面が見えた。馬房の入り口に渡された鎖から頭を出して、こちらを見ている。途中、ユグドマとツーリ、両方の兵士とすれ違った。

「決めることって、何? ソルティバターに会ってからでもいい?」

 近づいていきながらヴァレオさんに尋ねると、ヴァレオさんはニヤリと口の端を上げて、言った。

「ていうか、あいつと相談して決めてくれ」

 は? ソルティと? 何を?

「あれの呼び名を」

 ヴァレオさんが、ソルティの足下を指さす。

 ソルティの身体の陰から、ちょこちょこと小さいものが出てきた。パールホワイトの身体に小さな角を生やしたそれは……

「や、えっ、嘘! 赤ちゃんだ!」

 私は驚いて、盛大にうろたえてしまった。それは、鎧獣の仔だったのだ。

「ソ、ソルティが? ソルティの赤ちゃん? えっ、いつの間に? わあ、やだ可愛い、えっ呼び名? 私が考えていいの?」

「落ち着け」

 ヴァレオさんは苦笑しながら馬房の鎖を外し、私を中に入れる。

「俺も妊娠に気づいてなくてな。数日前に生まれた。集落の鎧獣との仔だろうが、まったくいつの間にどの雄と気安くなってたんだか」

「あぁっ、お祝い! おめでとうソルティバター!」

 私はまずはソルティの首のあたりをぽんぽんして、そのまま感極まって頬ずりしてしまった。ソルティがシュオッ、と声を上げる。

「名前、いいのを考えるからね!」

「ほら、馬房の中でならソルティも安心するから、抱いていいぞ」

 ヴァレオさんが仔を拾い上げ、ひょいと私の腕に押しつける。

「え、えっ、わっ、重い! 可愛い!」

 慌ててしっかりと抱き直す。片手で抱っこしようと思えばできるけど、それなりに重みがあった。顔をのぞき込むと、仔は私の口元のにおいをフンフンと嗅ぎ、それから私の指先をくわえてちゅばちゅばした。

「ひゃあぁあぁ、お、落とす」

 ヴァレオさんの手を借りて、私は無事に仔を足下におろすことができた。

「時々、会いに来てやってくれ。名前はいつでもいい」

「うん、うん。あぁ、びっくりした。久しぶりなのに、大騒ぎしてごめんね、ソルティバター」


 やっと落ち着いて、私はヴァレオさんと向き合う。

「あの……前に集落で食べたご飯が、夕食に……あれ、ヴァレオさんが? 私、あれならいつもより食べられたの。ありがとう」

「何だ、お前あれ気に入ってたのか。自分が食いたかったから、作り方を厨房に教えただけなんだが」

 ヴァレオさんは何やら頬をかきながら目をそらしている。

「それに、グラーユさんも」

「あいつ、来るなりお前に会わせろって言い出してよ……俺にも色々説教して帰っていったよ。何しに来たんだか」

 自分が呼んだくせに。

 私は内心、笑ってしまった。


 少しの間、沈黙が落ちた。ソルティの鼻面をなでながら、言葉を探す。そして、思い切って聞いた。

「……ヴァレオさんと、時々会えたらいいなって思うんだけど……そういう時は、どうしたらいいの? 今日みたいにすればいい?」

「はぁ? な、何言ってんだ」

 ヴァレオさんは馬房の壁によりかかり、明後日の方を見た。

「お前、俺にびくびくしっぱなしのくせに」

「う、うん。正直、ちょっと怖いんだけど」

「……ほら見ろ」

 口をへの字にするヴァレオさんに、私は慌てて言い募る。

「待って、あの、でもそこがヴァレオさんなの。私だけじゃなくて、いろんなことにビシバシ立ち向かう感じが、安心する。だ、だから」

 私は震え声を隠そうとしながら、言った。

「だから、き、嫌われたくない。ヴァレオさんに。でも、私、こんなだから、どうしたら……」

「す」

 ヴァレオさんは言いかけて──私の名前?──なぜか絶句し、それから両手を上げ、またおろし、頭をかいて横を向き……言った。

「……ったく……面倒くせぇな」

「……ごめ……なさ……う、うぇ」

 不意に涙がこぼれてしまった私に、ヴァレオさんはあわてた様子で言った。

「その、違ぇよ、面倒くせぇって言ったのはお前のことじゃない。自分だ」

「……?」 

「公私混同しちまってうまくいかねぇのが……ああもう、何でもない」

 ヴァレオさんは乱暴に、大きな右手で私の頭をぐしゃっと撫でた。

「とにかく、いつも俺はいる。す……お前のそばに。そこは安心していい」

「……さっきから、「す」って……」

 思わず小さく突っ込むと、ヴァレオさんはかみつきそうな勢いで私に顔を近づけ、頭に置いていた手ともう片方の手で私の頭を捕まえるようにして、言った。


「す、ずっ!」


 あっ……

 区切れてたけど、ちゃんと名前、呼んでくれた。


 ぼん、と音を立てて顔が熱を持ったような気がした。何だろう、すごく嬉しくて、でも何だかくらくらして……

「あ? おい、大丈夫か?」

 ヴァレオさんが手を離したとたんによろめく私の、肩のあたりをもう一度支えて、ヴァレオさんが焦る。

「お前の名前くらい、いい加減言えるようにもなる! そんなに驚くことかよ。ていうかお前、驚いて甲冑にこもるのが直ってきたと思ったら、気絶するわヨロヨロヨロヨロするわ、どうしようもねぇな」

「ご、ごめんっ」

 思わず、引き留めるようにして、私の肩に置かれたぶっとい腕を捕まえる。呆れられちゃった?

 ヴァレオさんは、髭の中の口元をちょっと緩める。

「怒ってんじゃねぇよ。……お前は、芯は強い奴だ。ひょろひょろしてるし、すぐにメソメソ泣くが、泣くとわかっていても正しいと思う道を進んでいく。そういう所が俺は……いいと思うぞ」


 ――ヴァレオさんが、褒めてくれた。

 私はちょっと、ぽーっとなる。


「二人の侍女の間で頑張ってるところ、見てたぞ。ツーリの侍女は大丈夫か?」

 さらに気にしてくれるヴァレオさんに、私は嬉しくなってうなずいた。

「うん、えっと……」

 厩舎の入り口のあたりで待っているイズータさんをちらりと見ると、ヴァレオさんだけに聞こえるように話をする。ミリンダさんがすごくパーフェクトな女性で、イズータさんはちょっと気後れしているらしいことを。

「そりゃ、そういう女をあてがってくるだろうよ」

 ヴァレオさんは鼻を鳴らす。

「ミゾラムみたいな男をお前につける一方で、女の方は頼りがいのある、母親みたいな姉みたいなやつをつける。目的は同じだろ。……でも、お前はイズータと一緒の時の方が、楽そうな感じだな。ミリンダの相手は緊張するのか?」

「ミリンダさんのせいじゃなくて……あのね、イズータさんと私は、最初はうまくいかなくて」

 私はなるべくヴァレオさんの目を見て、伝わるかな、と思いながら話す。

「でも、だんだんお互いのことを知って、距離が近づいて、最後はイズータさんから一緒にここにくるって言ってくれた。それに、何かあると、一緒に怒ってくれる。二人で乗り越えた部分があるから、信頼できるな、安心できるなって思うんだ」

 見つめ返すヴァレオさんの、赤銅色の瞳。とても、綺麗。

「わ、私はヴァレオさんのことも、あの……勝手に、だけど、そういう相手だと思ってる。だから、ヴァレオさんにもそう思ってもらえるように、頑張るね」


 恥ずかしさのあまり、反応を待っているのが辛くなって、私はさっさと鎖をくぐって馬房を出てしまった。

「イズータさんが待ってるから、じゃあ!」

「す・ず」

 呼び止められた。

「な、何?」

 振り向くと、ヴァレオさんはソルティバターの方を見たり私の方を見たりしながら、言った。

「次にここに来るときも、俺に声をかけろ。ニンメ草、用意しておいてやるから」


 あっ……ソルティの好物の。また、あげさせてくれるんだ。それに、またヴァレオさんに声をかけていいって。

「うん!」

 嬉しくなった私は、イズータさんの方へ走り出そうとしてドレスにつまずき、あたふたと体勢を立て直したのだった。

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