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甲冑系巫女姫  作者: 遊森謡子
第三章 巫女姫と獣人はともに進む
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2 聖地ゴウニケ

 そんなイズータさんを含む私たち一行が、聖地ゴウニケに到着したのは、一晩野営したその翌日の昼だった。

「わあ」

 短く声を上げ、私はその建物を見上げて絶句した。

 山と山の合間の道に、橋のように半円を描く白い建物。中は階段状に部屋が並んでいるらしい。そして両脇にそれぞれ二階建ての建物があって、ユグドマとツーリの軍人が分かれて暮らすそうだ。

 参拝者は、そのアーチ形の建物をくぐって小さな広場に入るようになっている。馬をつないだ兵士たちが戻ってきて、私たちは揃って広場に入った。


 そこはかつての門前町で、戦争の間に廃屋になった石造りの建物が並んでいたけれど、再び手を入れて簡単な宿泊施設や食料の店などが開かれることになっていた。御神酒的な、特別なお酒なら飲める酒場もできるそうだ。

 でも今はまだ、敷かれた石畳の隙間から草がぼうぼうに生えていたり、建物をツタが這ったりしている。


 広場が終わったところから、石畳の参道が始まっていた。視線で辿っていくと青い池が、そしてさらにその向こうに、真っ白で小さな岩山が見えている。あの岩山そのものが神殿で、山を彫り込んだ建物になっているのだ。

 時々、あの「女神の音楽」が、女神が楽器を練習しているかのように途切れ途切れに聞こえている。

 ふと、顔の左横を何かが通り過ぎた気がして、私はそちらに顔を向けた。

 ……何もいない……ううん、見えないけれど、何か、いる。ここは何かの気配に満ちていて、木々や石が動き出してもおかしくないような感じがする。

 ナジェリの御元だから、精霊たちの力が強いの……?


「精霊が、見えますか? 姫」

 横にいたミゾラムさんに、尋ねられた。

「えと……これかな? っていうのが、少しだけ」

 答えると、彼はうなずいて言った。

「僕の家系では、僕と祖母が精霊を見ることができました」

「そういうのって、遺伝……ええと、血のつながりで伝わるんでしょうか」

 遺伝っていう言葉があるかわからなかったので、ちょっと言い直す。おばあさんから、精霊を見る才能を隔世遺伝で受け継いだのかな。

「どうでしょうね」

 ミゾラムさんは微笑んで、こう言った。

「祖母はね、ずっと昔、僕の暮らしていた村に迷い込んできた人なのだそうです。あなたと同じ、『女神の顕現』の黒い瞳をしていたんですよ。もしかして、同じ故郷を持つ同士なのかもしれないですね」


「えっ!?」

 私は息を呑んだ。

 ミゾラムさんのおばあさんが、黒い瞳をしていた……そ、そうだよね。私がここにいるんだから、過去に何かの事情で別の人が来ていたって、不思議じゃない。


 私は急いで、ミゾラムさんに尋ねた。

「名前……えっと、お名前は、何ておっしゃるんですか? おばあさんの」

「カズコ、と言います」

 に、日本人ぽい!?

「わっ、私の故郷では、よくある名前です!」

 おばあさんは、どんな風にこっちに来たの? 日本には帰れたの? もっと、そのおばあさんの話を聞きたい!


 ミゾラムさんを質問責めにしようとして、私は口をつぐんだ。


 巫女姫として利用するため、ユグドマの偉い人たちは精霊使いを使って、私を日本から呼び出したらしい。その後、私が『女神の音楽』を鳴らしたことで、今ではほとんどの人が、私が本当に女神ナジェリに遣わされた巫女姫だと信じている。

 でも。音楽の件は、携帯を使ったトリックみたいなもの。私が本当の意味での「巫女姫」ではないことを知られてしまうと、聖地を預かることができなくなる。両国による聖地の奪い合いが、再び始まってしまう可能性があるのだ。

 今、私があまり日本に執着する様子を見せるのは、危険な気がする。巫女姫らしくしていなければ。


「な、名前は懐かしいって思うんですが……私は、ナジェリによって巫女姫になったので、こ、故郷のことを、あまり……」

 私はもごもごと言葉を飲み込んだ。

「ああ、はい。血縁から解き放たれ、巫女姫になられたそうですね」

 ミゾラムさんはうなずく。

「故郷のことを、あまり覚えておられなくても、無理はありません。祖母も、どうしてか記憶が曖昧で、あまり覚えていないと言っていました」

 え、と顔を上げると、ミゾラムさんは淡々と続ける。

「ユグドマやツーリの昔話で、他の世界に迷い込んだり、他の世界からやってきたりという話は、よくあります。そういう人たちは、視力を失ったり、口が利けなくなったりといった風に何かを失う代わりに、不思議なものを見る力を得たり、たぐいまれな芸術の才能を身につけたりしたと言います。一つを失い、一つを得る。……それで、祖母も記憶を失ったのかな。かわりに、精霊を見る力を得た。そういうことかもしれませんね」


 そして、彼は申し訳なさそうに視線を下げた。

「でも、姫も同郷の人と、お話しになりたいですよね。生きていれば、会えるよう計らったのですが……」

 あ、もう亡くなってるんだ……

「あ、ええ、でも、お名前だけでも懐かしかったです」

 私はあわてて、胸の前で手を振った。

 もしおばあさんにお会いしてたら、おしゃべりしてるうちにボロが出ちゃってたかも。


 ミゾラムさんは微笑んだ。

「僕も、黒い瞳の姫とお話していると、祖母を思い出して何だか懐かしい気分です」

 私はミゾラムさんの瞳をまじまじと見つめてしまった。

 彼の瞳は銀色っぽい色をしているけど、髪が黒いのはおばあさんの色を受け継いだんだろうか。顔立ちが、こちらの人にしてはちょっと変わっているのも……


 はっ、と我に返る。

 すぐ横で、私たちの話を聞いていたヴァレオさんが、少し眉をしかめていた。


 いけない、ちょっとミゾラムさんとしゃべりすぎたかも。

「えっと、行きましょうか!」

 私は急いで先へと歩き──


 ──気づいたら、両国の兵士たちが両脇に整列した場所に踏み込んでいた。

「巫女姫様、お待ちしておりました」

 代表の人がそう言うと、兵士たちが踵を打ち鳴らして顎を上げた。先にここに到着して、私たちが暮らす場所を整えてくれていた人たちだ。


 びっくりして固まる私の肩を、ポン、と大きな手が叩いた。それにまた驚いて振り向くと──ヴァレオさん。

 ヴァレオさんは口をあまり動かさないようにしながら、私に囁く。

「お前が着てるものを思い出せ」

 ……そうだった。私は今、鎧獣人たちが作ってくれた新品の甲冑を着ている。「巫女姫」を支えて守ってくれる、まさに「防具」だ。

 この甲冑に恥じない、巫女姫でいなくては。


「……えー、えへん、ごほん、えへん」

 私は咳払いをして喉の通りを無理矢理よくすると、イズータさんと一緒に考えておいた挨拶の言葉を述べた。

「お世話になります。停戦条約が結ばれ聖地にも両国から参拝者が訪れるでしょう。女神ナジェリの御前であるこの場所、そこにいる私たちが率先して友好的な関係を築いていきましょうっ」


 ――息継ぎが少なすぎて、酸欠になるかと思った。

 背中にも額にも冷や汗がどっと流れ、私はその場の人々の反応も待たずに彼らの間を早足で通り抜けた。とにかくまずは、女神ナジェリに挨拶しなければならない。

 打ち合わせ通り、参道に入る。今は参拝者のために、神殿の中は補強工事中で、今日の挨拶は中には入らないことになっていた。

 池の手前まで行って両膝をつき、両手を交差させて胸に当て、教わった祈りのポーズをとる。コバルトブルーの髪に浅黒い肌の、大きな女神様を思い浮かべた。


 女神ナジェリ、私、とうとうここに来ました。

 これからどうなるかわからないけど、がんばります。


 心の中でそう唱えると――

 ふっ、と目の前が明るくなった。

 

 赤い鳥居が見える。その向こうにあるのは、小さな神社だ。

 白衣に浅黄色の袴をつけた人が、竹箒で境内を掃除している。その人が振り向いて── 


 はっ、と目をしばたたかせると、その風景は夢のように消えてしまった。

 何だったんだろう、今の。私の知っている誰かだったんだと思うけど、なぜ今その記憶が…… 


「姫様?」

 イズータさんの心配そうな声がして、私は我に返った。

「あ、ごめんなさい、終わりました!」

 ぱっと立ち上がった私は早足でさっさと戻り、アーチ型の建物の端にある出入り口から中に逃げ込んでしまった。イズータさんがあわててついてくる。

「はぁ……と、とりあえずやりました」

 私がイズータさんを上目遣いで眺めると、「ご立派でした」とイズータさんがうなずいてくれた。まだ、私との会話に慣れないのか固い表情だけど、その言葉が嬉しい。


 そこへ、知らない声がかかった。

「巫女姫様」

 ビクッ、として振り向く。


 私が今いるのはアーチ型の建物の一階で、外との出入り口である扉と階段しかない空間だ。その階段から、明るい茶色の髪を結いあげた一人の女性が降りてくるところだった。

「お待ちしておりました。ツーリから参りました、ミリンダ、と申します」

 軽い足取りで下まで降りてきたその女性、ミリンダさんは、エプロンをつけたスカートをつまんでお辞儀をした。

「お部屋を整えてございます、どうぞ階上へ。あっ、ユグドマからいらした侍女の方ですね? お一人で大変だったことでしょう、今後は私もお世話させていただきますので」

 ぱぁっ、と明るい笑顔が花開く。

 私は、そして隣でイズータさんも、つい鼻白んでしまった。東原砦では、こんな笑顔の人は見たことなかったからだ。

 そ、そうか。お世話係、というか侍女も、ユグドマのイズータさんだけじゃ不公平になるから、ツーリからも一人来たんだ。お目付けがヴァレオさんとミゾラムさんの二人であるように。


 私とイズータさんは、ミリンダさんに案内されるがままに、後をついて階段を上った。階段は、踊り場を挟みながらジグザグになっていて、部屋の扉が南北互い違いに現れる。今、自分が何階にいるのかわからない。まあ、建物がアーチ状なので階は関係ないんだろうし、高さも三階建てくらいしかないんだけど。とにかく何だか複雑な作りで、日本なら消防署の人に怒られそうな感じだ。


 そんな建物の一番高いところにあるのが、巫女姫の部屋だった。

 砦と比べて大きめの窓は神殿の方を向き、白い岩山と青い池が見えている。その岩山と同じような色の石でできたこの建物は、綺麗に磨き込まれて壁面や床を光らせていた。

「巫女姫様のお召し物や、これまでのあれこれをユグドマ側がお世話していたということでしたので、それ以外のここでの生活に必要なものは、勝手ながらツーリ側で簡単に揃えさせていただきました。好みに合わないものがおありでしたら、遠慮なくおっしゃって下さいね」

 二十代後半くらいに見えるミリンダさんはにこやかに言うと、 

「まずは休憩なさって下さい。お着替え、お手伝いしますね」

と私に近づいて甲冑を外そうとした。

 少し驚いてしまった私は、反射的に一歩引いてしまった。イズータさんが、

「私が」と進み出る。

 ミリンダさんは空気を読んだのか、すぐに手を引いた。

「軽々しく失礼しました、お手伝いが必要ならおっしゃって下さいね。では、お茶の用意を」


 私はイズータさんが甲冑を外してくれる間、ミリンダさんをちらちらと見ていた。彼女は暖炉に下がった鍋からお玉のようなもので湯をすくい、ティーポットみたいなものに入れている。すぐに、絨毯の上に置かれたローテーブルに、素焼きのカップに入ったお茶が並べられた。

 ミリンダさんはとにかく所作が洗練されていて、こういった仕事に慣れているのが一目瞭然だった。元々、こういう仕事が本職なのかもしれない。

 すいっ、とミリンダさんの周りを数体の精霊が飛んでいるのが見えて、我に返る。そっとイズータさんに視線を移すと、彼女もミリンダさんを見ていたみたいだったけど、自分の手元に視線を戻すところだった。

 固い表情で、留め金を外すイズータさん……も、もしかして、自分とミリンダさんを比べて、何か思うところが……

 イズータさんの様子を気にしながらも、持参のドレスガウンを着た私に、ミリンダさんは綺麗な布張りの椅子を勧めた。あまり見たことのない、鳥をモチーフにした角張った感じの刺繍模様が入っているけれど、これがツーリ風なんだろうか。

「巫女姫様のお部屋の両脇が、私とイズータさんのお部屋です。何かありましたら、お声をおかけ下さい。ね、イズータさんもそれでよろしいですよね?」

 私たちに微笑みかけるミリンダさんに、イズータさんは短く

「……はい」

と答えただけだった。


 こうして、聖地での生活が始まった。

 最初の数日は、私もどうしたらいいのかわからなくて引きこもっていた。でも、いつもにこやかでパーフェクトなミリンダさんと、そんな彼女に引け目を感じているらしいイズータさんの様子が、どうしても気になってしまう。こっちも緊張しているうちに、ちょっと疲れてしまった。

 そこで私はあれこれ考え、まずはイズータさんと一緒に外に出てみることにした。イズータさんは気分転換になるだろうし、ミリンダさんは一人の時間を持てる。次に外出するときには逆にすれば、ミリンダさんが気分転換でき、イズータさんが一人の時間を持てると思ったのだ。


 ドレスガウン姿で広場に出ると、建物群の修理をしている兵士たちが挨拶をしてくれる。ユグドマとツーリ、それぞれ担当を決めて仕事をしているみたいだったけど、思ったよりギスギスした雰囲気はなく、黙々と作業が進んでいるようだ。

 建物の壊れたところは石を積み直し、看板などは塗り直し、草むしりも済んで、だいぶ廃墟っぽさが薄れている。

「ここ……なんだか、不思議な感じがしますね」

 精霊たちの存在を感じるのか、イズータさんがあたりを見回している。おそるおそる、といった感じではあるものの、最近いつも寄せていた眉間の皺が取れていた。


 そこへ、ふらりとローブ姿の人影が現れた。

 ミゾラムさんだ。

「ここ数日、伺わなくて申し訳ありません。でも姫が来て下さると、皆も励みになります」

 彼は言って微笑み、私が曖昧にうなずくと、すぐに去っていった。彼はここのツーリ組の責任者だから、色々と忙しいのかもしれない。

 ヴァレオさんが、ユグドマ組に何か指示しているのも見かけた。「おう」と挨拶はしてくれたけど、特に会話はないままそれぞれ違う場所へ移動してしまう。


 ……ヴァレオさんと、もう出かけることはないのかな。集落とか。

 そう思ったら、寂しかった。気分を浮上させようと思っても、なかなかうまくいかなかった。


 その翌日は、ミリンダさんとも出かけた。

 私と歩きながら、相変わらずにこやかにしているミリンダさんは、

「姫様、あそこにツーリの軍馬がおりますでしょう。たてがみをああやって結ぶのがツーリ流なんですよ」

とか、

「ユグドマの甲冑は立派ですねぇ。ああ、鎧獣人の手によるものですか、さすがですね」

とか、自然に話しかけてくれる。


 ……もし、私が最初に出会った侍女さんがミリンダさんで、私が泣いて暴れてもひたすら優しくよしよしってしてくれていたら、私は彼女にすごく甘えていただろう。依存、っていうか、そんな感じに。

 そうたやすく想像できるのに、今の私は、イズータさんといる方が安心する。それは決してミリンダさんのせいではなく、私とイズータさんが築き上げてきた信頼関係があるからだ。


 ヴァレオさんとも、こんな風になれたら……

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