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甲冑系巫女姫  作者: 遊森謡子
第二章 巫女姫と獣人は耳を澄ませる
13/32

7 巫女姫の舞台

 第三回の停戦交渉の日になった。


 私は、お守り代わりの制服の上に新しい甲冑を身につけて、自由国境地帯の話し合いの場に赴いた。

 真っ白な甲冑は優美な曲線を描き、全てのパーツに一体感がある。制服のスカートの裾がちらっと見えていたけれど、それもアリっちゃアリかな、と思い始めてきた。皮のブーツは履かずに鎖帷子の靴を履き、腕も手首まで金属のプレートで覆われている。

 そして何と、グラーユさんたら、本当に(かぶと)に翼をつけてしまった。おっさん、私が言ったことをそのまま伝えたのね……半分冗談だったのに……

 しかもね、頭の両脇とかにつけてくれればいいのに、後頭部。正面から見た時に翼が頭の後ろからのぞいて見えるように、パカーと広げてつけられているという……うん……トーテムポールにこういうのあった……アリっちゃアリということにしよう。


 それでも、私がそれを着てユグドマの偉い人たちの前に現れた時には、偉い人たちはちょっと怯んでたし、交渉が始まったときも、ツーリの人たちはあまり私を攻撃してこなかった。少し、巫女姫らしく見せる効果があったのかも。


 けれど。


 結局、話し合いは長引くに連れて例によって紛糾。私に話を振ってくる人もいて、何か言わなくちゃとは思ったんだけど、喉がこわばって声が出なくて。

 ユグドマが狙った巫女姫効果は薄れつつあり、私はツーリ代表に役立たず呼ばわりされ、またもや怒鳴りつけられた。泣きそうになるのを瞬間的に耐えたとたん、シャリン……と金属のこすれる音がして、甲冑が閉じた。新しい甲冑にも、ナジェリの力は有効だ。


 甲冑の暗闇の中、深く呼吸して落ち着きを取り戻す。甲冑が閉じるタイミングが、以前とはちょっと違ったような気もする。私が閉まって欲しいと思ったら、それに応えて閉まったような。ある程度、コントロールできるようになってきたのかな。


 私はそっと、腰のあたりを手探りした。本来なら剣を吊るす位置に、私の希望でグラーユさんが小さな金具をつけてくれ、そこから携帯をぶらさげてある。アクセサリーだと言って持ち込んだのだ。アクセサリーらしくデコってあって良かった、と思いながら取り外す。

 携帯を開くと、画面とボタンがぼうっと光った。私はいくつかのボタンを操作する。


 録音しておいた、グラーユさんの作った水琴窟の音色が、甲冑の中で流れ始めた。

 音が反響し、増幅する。

 神殿の地下の暗闇で、音が増幅するように……


 騒がしかった甲冑の外が、シーンと静まり返った。『女神の音楽』が聞こえたのだろう。


 私は音楽を止めると、携帯を金具につなぎ直した。一つ深呼吸して心を落ちつかせ、開け、と念じた。

 甲冑が上下に割れて、身体に沿う。その場の人間たちが、全員、私に注目していた。

 私は緊張で膝が笑うのも構わず、テーブルに手をついて立ち上がると、考えて練習しておいた台詞を言った。

「この旋律で、落ち着きましたか? 争いは、やめてください」

 語尾が震える。頑張れ、私。

 いつも私を助けてくれる、おっさんや鎧獣人たちのためにも。

「そもそも、聖地ゴウニケは、どこかの国が所有するものでは、ありません。女神ナジェリのものです」

 うう……か、噛んだ。

「わ、わかっております。しかし、神殿を見守る役目は必要です」

 急に丁寧な言葉遣いになったツーリの代表が、勢いのない声ながらもまだ言い募る。

「かの地を荒らす者がいないとも限らず、管理するお役目を我が国が……」

「ですから。そのために争うんですか?」

 あぁもう、嫌。

 私は『女神の顕現』の色の瞳を意識し、練習したメヂカラを込めてその場の人たちを頑張って見渡した。アドリブの台詞が飛び出す。

「今、この時、私が見守っていないとでも? それが、私の役目です!」

 ――この争いを、巫女姫である私がここで見てるんだから、やめなさいよ!

 と、いう意味のことを言いたかっただけなんだけど、回りくどくなったのは性格のせいです。

 ここで緊張の糸が切れ、私は椅子の上にへたりこんでしまった。甲冑にこもりたくなる。

 ダメダメ、もういい加減にこういう場で引きこもるのはやめにしないと。甲冑に一生懸命な、おっさんのために。


 ……そう思ったのを最後に、すーっと気が遠くなった。



 目が覚めたとき、目の前に男の髭だらけの顔が見えたら、叫んでいいと思う。

「き」

「おっと」

 おっさんがさっさと私の口をふさいだ。手際良すぎ。とにかく手を離してもらい、あわててあたりを見回す。


 私は、ソルティバターの鞍の上だった。いつの間にかユグドマの領地内に戻っていて、待っていたおっさんに砦に連れて帰ってもらってる途中らしい。おっさんが左腕で私を支えるような感じで、鞍に横座りになっている。翼つきの(かぶと)が、鞍の横に結ばれて揺れていた。

「お、終わったの? 第三回の話し合い……」

 言いながら、そっとおっさんの脇から後ろを見ると、馬に乗った偉い人たちが、釈然としないような表情で少し後ろをついてきていた。

「偉いさんたち、呆然としてんな。ははっ、いい気味だ」

 おっさんはご機嫌な様子で、私の肩を甲冑の上から軽く叩く。

「聖地ゴウニケはどこの国のものでもない、お前が預かるって言ったんだってな。よくやった!」

「……えっ?」

 どこの国の物でもない、とは言ったけど、私が預かるなんて言ったっけ?

 ポカンとしていると、おっさんはクックッと笑う。

「緊張の糸が切れてぼーっとしてんのか? まぁ、無理もねぇ。覚えてるか? 女神の音楽を奏でて、私が聖地を見守っているんだ、って言ったんだろ」


 それは言ったけど……

 私は、さっきの会話をもう一度、頭の中でなぞった。

 ……えーと。

 …………あ。何かわかってきたかも……


 私は最初、『女神の音楽』を聖地だけでなくここでも鳴らして、巫女姫っぽく見せようと思ってただけだった。でも偉い人たちは、聖地ゴウニケで音楽を奏でているのこそが巫女姫なのだと、そう思ったわけ?

 そういえば私、「今、この時、私が見守っていないとでも? それが、私の役目です」って言った。

 結果、「ゴウニケを見守ることが私の役目」イコール「ゴウニケは私が預かる」と……そういうことになった、わけか。


 私はそっと、甲冑の腰の金具から携帯を取り外した。

 開いて、電源ボタンを押す。……画面は真っ暗なまま。充電が切れたのだ。


 上目遣いでおっさんを見ると、おっさんは歯をむき出すようにして笑い、私の肩をもう一度、バンと叩いた。……嬉しそう。

 それなら、結果オーライ、かな。私も微笑みを作った。 

 迷惑をかけ通しだったおっさんも、これで私の側にはりついて教育係なんかしなくても良くなる。私がまた甲冑を利用して引きこもるようなことをしなければ、おっさんはおっさんで誇りを持って暮らすことができるだろう。


 ぼろっ、と涙がこぼれた。


「ど、どうした。痛かったのか」

 おっさんが驚いたように手を引き、うつむいた私の顔を覗き込もうとする。私は顔を隠すように、おでこをおっさんの甲冑の胸に押しつけた。おっさんが黙り込む。


 ……寂しいよぉ。


 涙が後から後からあふれ、私は両手で携帯を胸に押しつけながら泣いた。

 これを使って水琴窟の音を録音すると決めた時に、覚悟したつもりだった。第三回の交渉の場でこれを使えば、そろそろ充電が切れてしまうだろう――日本の思い出が、つながりが、切れてしまうだろう、と。

 沈黙した携帯と、離れて行ってしまうであろうおっさん。自分を支えるものが、なくなってしまう。


「泣くな。良かったじゃないか、これで停戦条約が結ばれて、ツーリで精霊使いを探せるぞ。俺が探してきてやったっていい。そうだ、停戦の調印式には俺も出られそうなんだ、ついて行ってやるから。な」

 おっさんが色々言いながら頭をぽんぽんしてくれたけど、私は泣きやむことができなかった。



 調印式はその五日後、自由国境地帯の荒れ地のど真ん中で行われた。

 両国の軍隊が掲げる、深緑色の旗とエンジ色の旗が、風にいくつも翻っている。幕を引き上げ、中が見えるようになっている天幕の下で、両国の代表が書類に何やら記入していた。

 新しい甲冑の上から立派なマントを身につけた私は、見届け役として天幕のすぐそばで、調印を見つめていた。甲がちょっと重かったけど顔を上げ、真っ直ぐに立ち、巫女姫らしく見えるように。

 でも……

「うそつき」

 口の中で文句を言う。

 おっさんのボサボサ頭ボサボサ髭が、見当たらないのだ。ついてきてくれるって言ってたのに……


 調印式が滞りなく終わり、私はその日は馬に乗って、今まで通り保護(?)してもらっている側のユグドマの領地に向かった。軍の隊列に守られながら、馬は牽いてもらって、粛々と進む。近いうちに、東原砦ではなく、聖地ゴウニケの玄関口に当たる場所にある建物に移り住むことになっていた。


 おっさん、今はどこにいるんだろう。まさか、もう会えないの?


 砦に到着し、外郭の門を通り抜け、続いて内郭の門も通る。馬を牽いてくれていた、マント姿のがっしりした男性が、私に手を貸して馬から下ろしてくれた。ようやく甲を脱いで、ほっと息をつく。

 ふと、私を下ろしてくれた男性が身体を軽く屈めた。私に顔を近づけ、抑えた声で言っう。

「巫女姫らしかったぞ。よく頑張ったな」


「へ?」

 私は彼を見上げ、まじまじと見つめた。


 すっきりと刈った灰色の髪、顎に少しだけ残した髭。でも、瞳の赤銅色に見覚えがあった。マントに隠れてよくわからなかったけど、首や胸部分がちらりと見えている甲冑にも、よくよく見ると見覚えのある傷。


「……おっさん?」

「お前、おっさんおっさん言うけどな、いくらお前から見てもそんな年じゃねぇよ!」

 眉を逆立てるヴァレオさんに、ヒッと片足を引く。でも、確かに、若い! 三十代前半くらいだと思ってたのに、二十代前半で通る!? 髪と髭でずいぶん印象変わるな! 怖そうなのは相変わらずだけど!


「あんな髭じゃ、年なんてわからないよなぁ」

「だから普段から手入れしろと」

「ねぇ。これからゴウニケで姫付きになるからって、慌てて剃っても遅いですよね」

 横からわいわい声がして、慌てて振り向くと、鎧獣人たちが数人、私たちを見てあれこれ囃したてていた。先頭にいるのは、長とグラーユさんだ。

「うるっせえ、俺は顎当てがゴツゴツすんのが嫌なんだよ! 調印式のために仕方なく剃ってやっただけだからな! くそっ、また生やしてやる」

 言い返して、顎に手をやるヴァレオさん。


 あ、髭を生やしてるのには理由があったんだ……って、待って。

 さっきグラーユさんたち、何て言った?


「え? え? ゴウニケで姫付きって何?」

 鎧獣人たちとヴァレオさんの間で、視線を往復させてしまう。

「聖地がお前預かりになったからな」

 ヴァレオさんはマントを払うようにして、腰に手を当てた。

「お前がユグドマとツーリどちらかを贔屓しないよう、こっちから俺、あっちからも誰だかが、お前のお目付けに付くんだと。で、俺は正式にこっちの軍人になって、聖地ゴウニケの玄関口を守る任務に就くことになった。まぁ、これからもよろしくってこと……」

 言いかけたヴァレオさんは、いきなりギロリと目を剥いた。

「おま、これ籠手が左右逆じゃねぇか! こっちの模様のがこうでだな!」


 がっ、と手を握られ、

「ひゃあ!」

 瞬時に脳みそが沸騰した私は、思わず飛び退って――


 がっちゃん。


「あ、こいつまた!? 新しい甲冑まで引きこもりに使いやがって、おい、出て来い! 今度は何が怖いんだよっ」

 外からガンゴンと叩く音がする。

 ちが、怖くて出られないんじゃなくて……恥ずかしくて出られないんだよー!

 甲冑の中で身体を丸め、両手で頬を抑えていると、外でごちゃごちゃっと会話が聞こえた後でヴァレオさんの声が届いた。

「おら、ツーリからのお目付けが挨拶に来てるらしいぞ。会わなくていいのかよっ」

 う、ええと。会わないとね……


 ゆっくりと殻が開き、後ろめたい気分で立ち上がる。ヴァレオさんは呆れた様子でため息をついてから、後ろにいた兵士に「こっちに通せ」と言った。

 私はちょっと自分のマントを直してから、真っ直ぐ立ってツーリからのお目付け役を待った。

 お目付け役が増えるなんて、嫌だなぁ。せめて、ヴァレオさんみたいに怖い人じゃありませんように……


 ユグドマの兵士に案内され、外中庭からいくつかの人影が入ってきた。門を通り抜けて、内中庭の陽光の元に姿が晒される。


 ツーリのエンジ色の旗を持った兵士数人に守られ、先頭にいるのは、短い黒髪の青年。意外に若く、まだ二十歳にはなっていないと思われるその人は、銀色の瞳で私をまっすぐ見ている。身長もこっちの人にしては小柄で百七十ちょっとくらい、ユグドマとツーリどっちの国の人でもないような顔立ちだ。


 そして、服装は……黒のローブ……?

 

 ヴァレオさんをちらりと見ると、ヴァレオさんもその男性を睨むように見つめている。眉をしかめ、明らかに警戒している表情だった。


「巫女姫様、初めまして」

 挨拶の声に、ハッと視線を戻す。

「ミゾラム、と申します」

 黒髪の青年は礼儀正しく名乗り、軽く頭を下げてから、顔を上げて微笑んだ。


「精霊使いとして、お役に立てればと。よろしくお願いいたします」



【第二章 完】


新キャラの名前は「ミゾラム」でした。


これで全てのヒントが出そろいました!

五人の名前を、名付けた時の法則に従って並べ替えると、

「グラーユ」「ソルティーバター」「寿々(すず)」「ヴァレオ」「ミゾラム」の順になります。ミゾラムが最後、という所がミソです。


……って、今のもヒント(笑)


もうとっくにわかっちゃったよ、という方にはオマケ問題!

イズータさんも同系列なんですが、由来わかりますでしょうか?

中国のアレです。


クイズの解答は、4月10日の活動報告にて。

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