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甲冑系巫女姫  作者: 遊森謡子
第二章 巫女姫と獣人は耳を澄ませる
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6 『女神の音楽』の正体

 外中庭の西側は、井戸と木のベンチがあるだけでがらんとしていた。

「イズータさん、えっと、ここにいて下さい。私から見えるところに」

 出てすぐのところにあったベンチを示すと、イズータさんはこくこくとうなずいた。無理に私たちについてくる気はないようだ。


 私はおっさんと一緒に、内郭の壁に向かって少し歩く。

「ヴァレオさんって、隊長さん……なの?」

「まあな。隊長っつっても、俺の隊は三人しかいねえぞ」

「さんにん」

「鎧獣人の傭兵隊だ。無理矢理働かされてるんじゃねぇ、ちゃんと報酬はもらってるぞ。戦える年齢の鎧獣人は少ないから、少人数の隊だがな」

 おっさんは説明してくれる。

「昔、女の鎧獣人も、例の戦争の時に連れてこられた。丸装化できなくても、普通の人間の兵士よりは戦力になったからな。女を戦わせるなんて許せねぇ話だが、まあ現在それで血が残せている。しかしそれでも、今の集落の人数はあんなもんだ」


 そうなんだ……

 鎧獣人は少ない。グラーユさんみたいに混血も進んでるってことだったし、おっさんみたいに丸まって転がって敵をなぎ倒せるような人は少ないんだろう。このまま、数が減っていって、衰退してしまうんだろうか。

 そういえば、おっさんも結婚相手を鎧獣人の中から見つけるのかな。それとも人間と……?

 ……想像すると、何だか落ちつかない気分になった。


「で? お前、何の用で来たんだよ」

 おっさんは何やらもごもごと、「こんな、男だらけの所までフラフラ来やがって……いや、部屋じゃ話せねぇことなら仕方ないか……」とかつぶやいている。

 えっ、来ちゃまずかったの? と心配になりつつ、私がそれよりも気になったのは。

「また『お前』って……私の名前、ちゃんと覚えてます?」

「…………」

「私の名前」

「『すじゅ』! だぁっ!」

 ……少し良くなった。

 気分が上向いた私は、イズータさんの方をちょっと振り返り、声が届きそうにない距離であることを確認してから用件に入った。

「えっと、書いて説明したいことがあって……紙が部屋になさそうだったし、紙は貴重なのかもと思ったし、書いたらイズータさんに後で見られそうだし」

 もごもごと言いつつ、私は立ち止まっておっさんを見上げた。

「ええと、つまり、巫女姫っぽく振る舞う方法を思いついたの」

 片方の眉を上げたおっさんに、私は手を出した。

「その棒、貸して。地面に書いて説明します」


 私は、思いついたことを説明し始めた。地面に拙いながら図も書く。

 馬鹿にされるかと思ったけど、おっさんは黙って聞いてくれた。

 説明を終えると、おっさんはちらりとイズータさんを振り向いてから、足でザッと図を消した。そして髭が触れそうなほど私に顔を近づけ、小声で言った。

「直った甲冑を受け取りに集落に行く時、もう一度お前も来い。そこで、グラーユに話を通そう」

「え、あの、これでいいの? 実行するの?」

 私が聞くと、おっさんはにやりとして、

「意外と面白いこと思いつくじゃねぇか、このちっこい頭で」

と私の頭を鷲掴みにしてぐらぐら揺らした。

「や、やめて、酔う」

 嫌がりつつも、私はちょっとだけ、うれしかった。

 おっさんに褒められたの、初めてじゃない?


 その二日後、私たちは再び鎧獣人の集落に行った。

 おっさんは約束通り、長には内緒でグラーユさんだけ集落の外に呼び出し、話をする場を設けてくれた。


 荒れ地に転がる大きな岩の陰で、面白そうな表情をしたグラーユさんと顔を合わせる。

 まずはおっさんが簡潔に、私が血縁の記憶を消された状態で巫女姫をやらされていること、記憶を戻せるかどうかはわからないけど、停戦交渉を終わらせたらツーリでまともな精霊使いを探したいことなどを説明した。


 グラーユさんは眉をしかめ、

「すず……そんな状況なのに、よく頑張っているね。誰しもがそんな風にできるとは思えないよ」

 というと、優しい微笑みを浮かべた。

「僕は本当に、君はナジェリに選ばれたんだと思うけどな。いい意味で、ね」

 

 その微笑みに力を得て、私は微笑みを返した。

 そして、今回の計画を説明し始めた。

「えと、それで、交渉を早く終わらせるためには巫女姫らしくしなきゃいけないので……『女神の音楽』を奏でたいんです」

 言いながらおっさんを見ると、勇気づけるようにうなずいてくれる。私はビクドキしながらも、続けた。

「聖地ゴウニケの女神の神殿って、中が迷路のようになってるって言われてるんですよね。地上部分の建物はそんなに大きくないから、地下が広いのかなって。あと、周りにいくつも池があるでしょ。もしかして、染み出した水が地下の空間にポトポト落ちてるんじゃないかと思うんです。それが、音の発生源なんじゃないかなって」

 言いながら、私はその辺で見つけた木の枝を使って、おっさんに説明したときのように地面に図を書く。

「私の故郷にあるこれと、似てるなって思ったんです」

「これは……?」

 おっさんと違って、細面の爽やかな風貌をしたグラーユさんは、だんだん私の説明に引き込まれるような表情になって図をじっと見つめた。

 私は言った。

「『水琴窟(すいきんくつ)』、って言います」


 私の通っていた高校、修学旅行が京都だったんだけど、自由時間は好きなところを見に行ってよかったんだよね。そして、私と友人たちのグループが行ったお寺の庭園に、水琴窟があったのだ。

 底に穴を開けた瓶などを逆さまにして地面に埋めて、地中に空洞を作っておく。その上に手水鉢を置く。手水鉢で手を洗うと、その水が少しずつ地中の空間に落ちる。空間の底はあらかじめ水が少したまってる状態にしてあって、落ちた水滴が水面に到達したときの水音が、瓶の空洞に反響してきれいな音を奏でる。これが、水琴窟の仕組みだ。

 修学旅行の後で、見に行った場所を発表する授業があったので、構造を調べたんだよね。覚えててよかった。


「聖地ゴウニケの神殿って、これと同じような構造になってるんじゃないかと思うんです。かなり金属的な音がするので、何かそういうものが地中に埋まってるとか」

「なるほど……空洞になってるあたりの地質も、関係あるかもしれないね」

 グラーユさんが顎に手をやってつぶやく。

「僕も以前、神殿を見に山に上ったことがあるから、あの不思議な音は知ってる。そうか、地下深い場所の水音が、迷路のように入り組んだ洞窟の中で反響し、増幅されて外に聞こえてくる……あれは自然の楽器の音色なのか」


「その音を、停戦交渉をしてる天幕のあたりで出せないかと思って。えっと、まるで私が鳴らしてるかのように?」

 私は恥ずかしくなって、顔がカーッと熱くなるのを感じた。だってこれじゃ、私が女優やるから舞台装置作ってよ、って言ってるみたいで、私が目立ちたがりみたいじゃない。

 でも、グラーユさんはすぐにうなずいてくれた。

「試してみる価値はあると思う。僕たちの持つ材料と技術で、あの音と似た音が作れるかどうか、やってみよう」

「長に気づかれないように、やれるか?」

 おっさんに聞かれ、グラーユさんは肩をすくめて笑った。

「なかなか難しいけど、これが停戦条約締結の決め手になれば、ツーリで精霊使いを探せるんだろ? 長のためにも頑張るさ。もちろん、すずのためにもね」


 次の第三回交渉まで、時間はそれほどなかった。

 グラーユさんは甲冑のいらないパーツを溶接し、瓶のような形をいくつも作った。そして私の知らないこちら独自の技術と組み合わせ、何種類もの「楽器」の試作品を作ってくれた。

 手伝えたらよかったんだけど、このことは両国の偉い人には知られたくなかったので、私は何食わぬ顔で砦で過ごさないといけなかった。

「お前を利用してるユグドマの偉いさんたちにも、実はお前が本当に巫女姫だったんだと思わせられるなら、そう思わせた方がいい。でないと、利用し尽くされて終わるぞ」

 集落から帰る道々、おっさんがそう言ったからだ。

「心配してくれて、ありがとう。いつも……」

 嬉しくなった私がお礼を言うと、おっさんは、

「あぁ!?」

 と口を開けたり、また閉じたりした。そして、ぶつくさと言った。

「別に、お前……俺ぁいつまでもお前のお守りをしてるわけにゃいかねえんだからよ」


 そう……そうだよね。おっさんは、私がちゃんとユグドマに有利に巫女姫を演じられるよう調教(?)するのが役目だ。停戦交渉が終われば、砦からも去るのだろう。

 戦いが終わって家に帰る、それは誰もが望んでいるはずだ。


 私も、帰れたら……


 東原砦の自室、小さな窓から、外を眺める。晴れた空は青いけれど、日本より薄い色。夜になれば、月とは違う大きな天体が二つ浮かぶ、日本とは違う空。

 空さえ、故郷とはつながっていない……


「そろそろ、食事のお時間ですけど」

 伺うような声がして、振り返ると、イズータさんのそばかすのある顔がこちらを見ていた。

「あの……大丈夫ですか?」

 ……イズータさんが、心配してくれてる。

 私は目にたまった涙をさっと手の甲で拭くと、笑顔を作ってうなずいた。



 もう一度だけ新しい甲冑を調整する、という名目で、交渉の数日前に村に行った。

「神殿の音と、似た音が出るものができたよ」

 集落の外で待っていたグラーユさんは、私とおっさんを集落の裏の丘に案内した。岩が転がり藪の群生するそのあたりの地中に、密かにいくつもの水琴窟を作ってくれていたのだ。目印に、素焼きの皿のようなものが点点と置いてある。

 グラーユさんは汲んできた水を、一つ目の水琴窟の上にすこしずつ流してくれた。すると確かに、あの鉄琴を鳴らすような美しい音が、かすかに聞こえてきた。

 グラーユさんがいくつもの水琴窟の上に、次々と水を注いでいく、まるで合奏のように、キラキラした音が重なって増えていく。

「似てる。あの時、山の上で聞いた『女神の音楽』に」

 私は何だか感動しながら言った。

「特に、最後から二番目のが、一番似ている気がします」

 グラーユさんは「僕もそう思う」と微笑んだけれど、

「ただ、やっぱり音を大きくするのは難しい。それと、これを交渉の場で聞こえるように設置するのがね」

と腕を組んで首を傾げた。

「交渉の場は中立地帯だ。罠のようなものが仕込めないように、常に両国の見張りがついている。そこにこれを事前に設置するのは、不可能と言っていい」

 おっさんはぼさぼさ頭をかいて、舌打ちした。

「隠し持てる大きさで、こういう音を出せるものを作るしかないのか? こいつが甲冑に引きこもって、見えないように鳴らせば……」

「武器が持ち込めないように検査されるんだから、難しいだろ。甲冑の中で鳴らせれば、反響だけはするんだけどな。この音は、ただ叩くだけじゃ鳴らない。水がないとこの音にはならないだろうし……」

 おっさんとグラーユさんが意見を交わす横で、私は水琴窟の音に耳を傾けながら、黙って考えていた。


 もう一度、一番音色が似ていると思った水琴窟の上に、水を注ぐ。

 硬質なのにしっとりとした、その音色。

 友達と聞いた、思い出の音色。


 最後の音が消える頃、心が決まった。

 私はおっさんとグラーユさんに近づいた。おっさんがこちらを見て、尋ねるような目をする。

 私は言った。

「今回の交渉の時だけ、鳴らせばいいなら……できると、思います」


 驚いたように、おっさんとグラーユさんが私を見た。


【第5ヒント】ソルティーバターは本名の方でもOK。


次話、第二章最終話です。

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