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甲冑系巫女姫  作者: 遊森謡子
第二章 巫女姫と獣人は耳を澄ませる
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5 砦の作業場を訪ねて

 夕陽が沈む直前に、砦に帰り着いた。重苦しいたたずまいの門をくぐると、気分がどんどん下降していく。

 ソルティーバターが厩に入るのを見ながら、寂しい気持ちになってバイバイと手を振った。


 不意に、その手をおっさんに取られた。

 驚く間もなく、

「ほらよ」

 ぽん、と手のひらに、植物の茎のようなものを数本渡された。緑色のそれはタバコくらいの太さで、長さもタバコくらいに切ってある。

「こいつにやれ」

「え、これこの子の餌? 手でやって大丈夫なの?」

「大丈夫だ、おら早くしろ。ニンメ草は好物だからな、待ってんぞ」

 言われて見ると、ソルティバターが柵の隙間から顔を出していた。耳をぴこぴこさせ、フンフンと鼻息を吐きながらこちらに顔を伸ばしている。

「え、っと」

 指で摘んで差し出せばいいのかな? 手のひらに載せたまま? 噛まれない?

 迷っているうちに、おっさんが私の手首をつかんでぐいっとソルティーバターに近づけた。

 もにょもにょもにょもにょ。

「ひああああ」

 ソルティの唇(?)が、私の手のひらを半ばまでくわえたのだ。意外と柔らかなその感触に、背中がぞわぞわしてしまう。

 彼女は餌をゲットすると、私の手を離した。

 濡れた手を宙に浮かせたまま、私はソルティーバターが咀嚼する様子をまじまじと観察する。へええ、前歯がないんだ! 奥歯らしきものはちらっと見えるけど。

 変な気持ち良さがあったなぁ……な、何かクセになりそう。


「お前はこいつと接してる時が一番……」

 脇に立ったおっさんは一瞬言葉を途切れさせ、

「……機嫌がいいよな」

 と言った。私はすっかり緩んでいた頬を、あわててもう片方の手で押さえる。

「だ、だって、ソルティは優しいもん」

 って、ああっ。おっさんが全然優しくないと言うわけじゃ。

 またイラッとされちゃうかな、と様子を伺うと、おっさんは皮肉な笑みを浮かべてこう言った。

「こいつが優しいのは、お前を自分の子どもか何かだと思ってるからじゃねぇか?」

「どうせ子どもですよ!」

 珍しく言い返すと、おっさんが鼻で笑った。


 全くもう……と思いながらも、砦に戻ってブルーになっていた気分が薄れていることに気づく。

 もしかしておっさん、帰り道で私が黙りこくってたから、気を遣ってくれた……のかな?


 おっさんは部屋まで送ってくれた。イズータさんにドアを開けてもらうためノックしようとした私が、ふと動きをとめて手を下ろしたので、おっさんがじろりと私を見る。

「どうした。あのな、戻んのが嫌なのはわか」

「あの」

 私はおっさんの言葉を遮り、顔を見て言った。


「……中に入りますか?」

「は!? 何で!?」

 こちらがびっくりするほど、おっさんは驚いて声を上げた。

「ど、どうしたの?」

「いやだってお前、俺のこと怖がってんだよな!?」

「そ、ええっ? ううん全然、そんなこと」

 我ながら、今の「ええっ?」はわざとらしいなぁ。

 私はボサボサ頭にボサボサ髭のおっさんの顔から、つい視線を逸らす。

 いや、確かに怖いけど。集落で思いついたことを、何かに書いて見せながらおっさんに相談しようと思ったんだよ。でも、そうだ、ここで話したらイズータさんに聞かれてしまう。


 イズータさんは、私が仕立て上げられた巫女姫だということを知っている。でも、だからといって彼女の前でおっさんと何でもかんでも話すわけにはいかない。だって偉い人に命じられて私の世話をしているのだから、「偉い人側」の人だと思わなくちゃ……

 ……何だか、嫌だな。一緒にご飯を取りに行って、ほんの少し距離が縮まったかなと思ったのに。

 そうだ、もしかしたらまた、夢で女神ナジェリに会えるかもしれない。ナジェリに相談できるなら、そっちの方がいいかも。おっさんに話すかどうかは、もう少ししてから決めよう。


「ご、ごめんなさい、やっぱりまた今度。今日もありがとうございました」

 私はへこへこと頭を下げてから、扉をノックした。イズータさんが中から扉を開け、私を部屋に入れる。

「何だよ……誘われたかと思えば」

 扉が閉まる直前、ぶつぶつ言いながら立ち去るおっさんが肩をすくめるのが見えた。

 何よ、前は勝手に入って来てたじゃない……変なの。



 その夜。

 夢に、女神ナジェリが現れた。


 ナジェリは、あの白い神殿に腰掛けられそうなくらい、大きい姿をしている。それとも夢だから、私が縮んでいるのかな。

『すず……あなたの呼びかけ、精霊たちが伝えてくれました』

 そう言うナジェリは、よく見るとコバルトブルーの髪の先が空中に溶け、あの人型の半透明のものたち――精霊たち――と一体化している。

『あなたに与えた、あなたを守るものは、役に立っていますか?』

 心配そうに、いたわるように、ナジェリの色違いの瞳が細められる。

「は、はいっ。命も、助けられました」

 私が答えると、彼女の白い唇が弧を描いた。


「あの……私、本当に、巫女姫のふりをしていいんでしょうか」

 私は尋ねた。自分の声がおかしな風に反響する。まるで洞窟の中にいるみたい。

「私がいる方の国が有利になっちゃったとして、ナジェリはそれでいいんですか?」

『私の気持ちを考えてくれるなんて、優しい子』

 ナジェリは言って、微笑みを深くする。

『あなたの思うままに、やってごらんなさい。全て、なるようになりますから』

 ……何だか、丸投げされた感があるけど……

 でも、そうだよね。女神様にとっては、私みたいな小娘が何をしようが、国と国がぶつかり合おうが、それも全部手のひらの上なのかも。

 それなら、その手のひらの上で、とりあえずできることは全部やってみよう……かな?

「わかりました。頑張ります」

 私はナジェリを見上げてうなずいた。


 今度こそ、おっさんに相談してみよう。



 翌日、朝食を食べるため、私はドレスガウンに着替えてイズータさんと一緒に厨房に行った。

 この間の、背の高い無口なエプロンおじさんが料理長で、イズータさんのお父さんだった。私はその料理長と直接交渉して、厨房でご飯を食べさせてもらえることになったのだ。


 いくつも並んだ大きな鍋や、壁の中に作られたオーブン。お玉やヘラのようなもの、何に使うのかよくわからない様々な棒などが、煙や油を吸って年季の入った色をした石の壁にずらりとかかっている。

 そんな厨房の片隅で美味しそうな匂いをかぎながら、焼きたての薄焼きパンと野菜の煮込みをいただく。温かいものを食べると、元気になる気がするな。


 数人の料理人さんたちが、興味津々にこちらを見ている。私はちょっと頑張って、その視線に視線を返してみた。まじまじと見つめ返された後、ハッとしたように視線を逸らされる。

 ……おっさんの言ってた『女神の顕現』の色、どんな印象を残すんだろう。


 食事を終え、「ごちそうさまでした」と料理長に声をかけると、彼は無言のままうなずいた。

 元々無口なのか、それとも……私のせいで娘が砦に留め置かれているから、私にいい感情は持っていないのかもしれない、な。


 厨房から石造りの廊下に出ると、内中庭への扉をイズータさんが開けてくれる。私は一度立ち止まり、イズータさんに言った。

「あの。甲冑の修理をしているところに、行きたいんです、けど」

「え……ど、どうなさったんですか」

 イズータさんはギョッとしたように目を見張った。

「何かご用事でしたら、そう、兵士に言いつければ良いのでは?」

「えっと、でも、できれば私の方から行きたくて」

 私の口調もおどおど、イズータさんの口調もおどおど。お互いを伺うような会話が続いて、ここにおっさんがいたら「だぁっ、ぐだぐだぐだぐだまどろっこしい!」って怒られるだろう。

 私は自室ではなく、外でおっさんと話したいのだ。はっきりしないと。NOと言えない日本人じゃダメだ!

 よし、はっきり言うぞ!

「あの……ダメ……なんでしょうか?」

 結局おどおどと、でも私にしては精一杯イエスかノーかを問う質問をすると、イズータさんはしぶしぶ答えた。

「ダメというわけでは……わかりました。では、お供します……」


 女性が砦の中を歩くのは怖いはずだと、おっさんも言ってた。たぶん私が部屋でおとなしくしてた方が、イズータさんにとっても落ち着くだろう。私も閉じこもっていたいくらいだから、気持ちはすごくわかる。

 ごめんなさい、でも今日は!

「わ、私と一緒にいれば、大丈夫ですよ! たぶん」

 私の励ましは弱気だったけど、それでもイズータさんはちょっと驚いた風にうなずいていた。


 内中庭を突っ切り、内廓の門から外中庭に出ると、私たちは外郭の南西をめざした。そこに甲冑の整備をする一画があると、おっさんが言っていた。

 外郭はそのまま建物になっていて、屋上が見張り台というか、ぐるりと通路になっている。下からは誰の姿も見えないけれど、見張りの兵士たちがいるはずだ。

 外中庭は馬場にもなっていて、軍馬が運動をしていた。邪魔にならないよう、外郭の壁に沿って歩く。兵士たちの視線が追ってくる……巫女姫らしく巫女姫らしく。でも、ドレスの前をたくしあげてなるべく早足で。

 外郭の南辺が終わり西辺へと曲がると、一階の両開きの扉が片方だけ開けてあった。

 そっと中を覗こうとして、ふと気づくと、イズータさんが私の背中に張り付くようにして、不安そうな顔であたりを警戒している。視線が合うと、彼女はハッとしたように無表情に戻り、やや距離を置いた。……うふ。


 改めて中を覗くと、暖かい空気が頬に触れた。私たちが覗き込んでいる扉と反対側、砦の外側の壁に、炉があるのだ。石造りの煙突も見える。

 奥の方には、甲冑や様々な武器が並んでいた。トントン、ガンガン、カチャカチャと、大小様々な音が石壁の空間に響いている。

 手前にいた面長の若い男性――手の甲に金属部分がある――は、台の上に置いた(かぶと)の内側を木槌のような物で叩いている。ああやって、へこんだところを内側から元に戻すんだ。

 頬を煤か何かで汚したその人が、私たちに気づいて目を見開いた。

「巫女……姫」

 私は内心ビクビクしながらもしっかりと視線を合わせ、会釈した。

「おはよう、ございます。あの、ヴァレオさんは」

「あ、隊長なら」

 男性が答える前に、聞き慣れた野太い声がした。


「革帯、届いたか?」


 棚の陰から顔を出したおっさんが、私を見て一瞬動きを止めた。

 私も、挨拶しようとして一瞬固まってしまった。

 おっさんも私と同様、甲冑をつけていなかったのだ。お互い、穏やかな(?)服装で会うのは初めてだった。


 おっさんは、立て襟のシャツの上に長袖のガウンを着ていた。着物みたいに前を合わせて革帯ベルトを締め、シャツは腕まくりしているので手の甲から続く金属部分が見えている。膝丈ガウンの下は、ズボンと皮ブーツ。

 甲冑を着てなくても、やっぱり肩は盛り上がっていて、すごくがっしりした身体つきをしていた。


「な、何しに来た、こんな場所に。そんな格好で」

 驚いた様子のおっさんは、私を上から下までじろじろ見ている。

 この国の、それなりの身分の女性はみんなこんな格好なんでしょ? 私よりよほど見慣れてるだろうに、何を驚いてるんだか。

 とにかく、私は挨拶する。

「おはようございます。あの、その、話がしたくて」

「俺と、か?」

 私がうなずくと、他に聞かれたくない話だということを察してくれたらしい。おっさんは「それなら外だ」と私を部屋から押し出した。

「あ、待って……それ、借りても?」

 私は、扉の脇に立てかけてあった細い金属の棒を指さす。火かき棒なのか何なのか、そんな感じの棒だ。

 おっさんは不思議そうにしながらもそれを手に取り、私を押すようにして歩きだした。イズータさんがあわててついてきた。


【第4ヒント】「すず」の一文字目。


※複数回答下さったかた、その中にちゃんと正解がありますよ(^^)

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