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甲冑系巫女姫  作者: 遊森謡子
第一章 巫女姫と獣人は砦で出会う
1/32

1 ひとつを失い、ひとつを得る

 怖い、怖いよ、こんなとこもうやだ!

 膝の上で握りしめた両手を震わせながら、私は上目遣いであたりの様子を窺っていた。


 天幕、というのか、棒のようなものを組んで布を張ってある建物の中。下はむき出しの地面だ。縦長の部屋の奥の両隅には、それぞれ違う色の大きな旗が立てかけられている。

 部屋の中央には長いテーブルが置かれていて、私は深緑色の旗が立てられた側の、真ん中ら辺の椅子に座らされている。私の両側には二人ずつ男性が座って――いや、最初は座ってたんだけどすでに立ち上がっていて、向かいのエンジ色の旗が立っている側にもやっぱり四人の男性が立っている。

 そして、その男性たちの間を、さっきから怒号が飛び交っているのだ。


「古来から、聖地は我々ツーリの民がお守りしてきたのだ。今さらその地を渡せなどと、手を出してきおって!」

 テーブルの向かいから浴びせられた大声に、私の右隣の男性が受けて立つ。

「何を言うか。そもそも聖地に、あの壮麗な女神殿を建立したのが、我らユグドマの建国王であるぞ。ユグドマに聖地を返すのが筋!」

「千年も昔の、記録も曖昧な話を持ち出そうとは片腹痛い。あのまま我らがお守りしていれば、このような戦いは起きなかったものを!」

「話し合いで済ませようというのを、攻撃してきたのはどちらか! まるで戦いに備えていたかのようであったな、聖地に眠る資源を掘り起こし利用したか?」

「ほぉ、女神の御元(みもと)にそんな資源が眠っているとは初耳だ。さては狙いはそれか、聖地を荒らそうというのであろう!」

「何を!」

 どんどんヒートアップする会話に、私は肘掛け椅子の上で身を縮めた。涙目の視界に、テーブルの上に広げられた地図が滲む。


 停戦交渉の場……って聞かされてたんだけど、この人たち「交渉」する気あるの? ユグドマとツーリ両国の代表は、聖地ゴウニケという場所をどっちの領地にするかという話になるなり、喧嘩腰になってしまった。こんなんじゃ停戦どころか、今すぐにでも再び戦争が始まってしまいそう。

 どうしてこんなところに、私なんかが同席しなきゃなんないの? ユグドマ国民でもツーリ国民でもない、日本国民で女子高生の私が!


「見よ、巫女姫が悲しんでいらっしゃる!」

 私の左隣、頭のちょっと薄い男性が、大きな声を上げて私を右手で示すのが視界の隅に入った。思わずビクッとなる。

 右隣の、細身の男性も声を張り上げた。

「神託を携え、巫女姫は我が国に遣わされたのだ。姫に聖地をお返しせよ!」


 神託って何よ、そんなの知らないよぉ……何でそんな話になっちゃってるの!?


 思い起こせば、高校からの帰り道のことだった。

 黄昏の薄暗い道で、急に具合が悪くなった私は、立っていられずにその場にしゃがみ込んだ。強い目眩と頭痛、吐き気。誰か助けて、と思うのに誰も通りかからず、助けを呼ばなくては、と思った。

 かろうじて、携帯を鞄から取り出す。名前にちなんで、携帯につけた鈴――私の名前は「寿々(すず)」という――が、ちりん、と鳴るのを聞いた。


 その直後、意識が闇に吸い込まれるようにして、一瞬途切れた……のだと思う。

 ふうっ、と楽になって、良かった治まった、と目を開けたら。


 いつの間にか、石壁の狭く暗い部屋の真ん中で座りこんでいた。

 目の前には、彫りの深い顔立ちの中年男性が二人。そしてその背後にも、人影がもうひとつ見えた気がする。

 携帯を握りしめたまま呆然とする私に、ちょっと髪の薄い男性が話しかけてきた。

「大丈夫ですか?」

 その人は、厚地のチュニックみたいな服に太い革ベルト、ズボンにブーツという、ちょっと変わった趣味の服を着ている。

 てっきり、具合の悪くなった私をこの人たちが助けてくれたのだと思った。

「あっ、大丈夫です、ありがとうございます」

「それは良かった。名前は?」

 もう一人の、細身の中年男性に聞かれた。

「え、ああ、ええと……」

 ……頭の中に、もやもやとした黒い霧が広がって……

「……寿々です」

 なぜか名字が出てこなくて、名前だけを言ってしまった。何を混乱してるの、私?

 男性同士はちらりと視線を合わせ、もう一人の細身のおじさんがこんな質問をしてきた。

「父か母、誰か家族の名は?」


 様子がおかしい、と思ったのは、その時だった……


 そして今、私は停戦交渉の場に座らされている。ユグドマという国に突然現れた「巫女姫」として、ユグドマに有利に交渉を進めるために。

 利用するの、やめてよ!

 ……と言いたかったけど、私は肩を縮めて怯えるしかできない。争いの匂いのするこの場所は、その雰囲気だけで、張りつめた空気で、私を萎縮させる。下手なことをしたら、何が起こるかわからないような気がした。

 今いる場所は非武装地帯だそうで、この場に居並ぶ人たちも武器は持っていない。でも、全身西洋風の鎧――甲冑? で身を固めている。金属のにおい、パーツの擦れ合う音。何をしても言ってもはねつけられそう。

 そして、あり得ないことに、私までくすんだ銀色の甲冑を着けさせられているのだ。

 何なのよこの格好、私コスプレの趣味なんかない! しかも制服の上に甲冑を着ていて、チェックのプリーツスカートが見えてるとか、おかしいし!

 うう、重い。肩が凝る。普段から鍛えてる人じゃないとこれはしんどい、私には無理だよ……


 自分の格好のことを考えて逃避していたところへ、

「姫は、我らから聖地を奪おうというのか!」

 テーブルの向こうからいきなり指を突きつけられ、怒鳴りつけられた。


 お尻が浮くほど驚いた瞬間、『スイッチ』が入ってしまった。

 

 私が身につけている甲冑の、肩と腰のあたりに分節状に重なっていた鋼板が浮くような感じがしたと思ったら、鋼板がぶわっと増えた。肘掛け椅子の上で膝を抱えるようにして縮こまった私の、上下左右から前に包み込むように伸びる。

 ガシャッ、という音とともに、私の世界は穏やかな闇に包まれた。


「姫……巫女姫……」

 叫ぶ声も遠く、小さくなった。今、外から見ると、肘掛け椅子の上には巨大なアルマジロが丸まっているように見えると思う。

 私は膝を抱えたまま、安堵のため息をついた。

 もう無理! 後で怒られても、い、いいもん! 私、何もできないんだから!

 膝におでこをあてて、強く目を閉じる。

 瞼の裏に変な模様が見えるくらい、強く。


『すず、ごめんなさい』

 ふと――

 この世界に来て数日経ったある日の記憶が、闇の中にふわりと蘇ってきた。

 最初にいた部屋から別の部屋に移され、そこが私の部屋だと言われた。小さな窓にすがりついて外を見ても、すでに夜。焚火、というか篝火のようなものの灯りに照らされて、少し離れた所にまた高い壁があるのが見えるだけ。空を見上げれば、月くらいの大きさの見たこともない天体が二つ、銀色と赤銅色の冷たい光を放っている。怖くて、眠れなかった。

 翌日になってみれば、またあの中年男性たちがやってきて、停戦交渉がどうのこうのと言う。混乱したまま泣き疲れて、夕方頃にとうとう眠りに落ちた……その夢の中に、綺麗な女の人が出てきたのだ。


 鮮やかなコバルトブルーの髪には白いメッシュがところどころ入っていて、まるで白い波頭に飾られた海のうねりのよう。見上げると、片方ずつ色の違う瞳が私を見つめている。ここの窓から見えた二つの天体と同じ色、銀色と赤銅色……。そしてなんと、私は彼女の手のひらの上に座り込んでいた。

 そう、彼女は巨大だった。絵本で見た、お釈迦様の手の上の孫悟空を思い出す。でも、不思議とちっとも怖くない。

 ふと見回すと、あたりを半透明の小さな生き物がたくさん飛び交っている。こちらは逆に私の手のひらに乗りそうな大きさで、姿は人間に近い。まるで魚のように、群を作り動いたり止まったり、せわしない。


『私は、この世界そのもの。精霊たちをつなぐ存在。人々は私を、女神ナジェリと呼びます』

 大きな彼女――女神ナジェリの、白っぽい唇が動く。その白さが、彼女が血の通う人間ではないのだということを表しているような気がした。

『聖地ゴウニケは、この世界の中心。私の(しとね)。そこを我が物にしようとする人々の思惑が、あなたを異なる世界から呼んでしまいました。私は「この世界」の女神、ほかの世界に住むあなたの力を借りるなど、あってはならないことなのに』

 目に水晶球のような涙の粒が浮かび、浅黒くなめらかな肌をころころと転がり落ちる。触れたくなるくらい、綺麗。半透明の生き物たちがざわめき、群れが女神にまとわりつく。

『可哀想に……あなたはこちらの世界に来る時、精霊たちによって、ひとつのものを奪われたのです。ですから私は、あなたにひとつのものを与えましょう。あなたを守るための願いを、一つだけ、叶えましょう。私が人の身に干渉できるのは、それが限界なのです』

 女神の指先が、私の頬をそっと撫でる。また、半透明の生き物の群が、目の前を横切った。これが、精霊、だろうか。

『こちらの世界を変えてしまうような願いは、私には叶えることはできません。あなた自身にだけまつわる願いを、私の名の下に唱えなさい』

「元に戻して。日本に帰して……家族の所に」

 震える声で言ったけれど、ナジェリはまた涙をこぼした。

『今、私には、あなたの血縁をたどることができないのです』


 それなら、どこでもいいから逃がして。

 そう言いたかったけれど、たとえ逃げた先が安全な場所でも、連れ戻されたら終わりだ。私を日本から呼び出すことさえできる人たちなのだから。

 それなら、一人になれる場所が欲しい。あてがわれた部屋は、いつも見張られているのだ。


「女神……ナジェリ」

 私は、願いを口にした。

「私だけの場所を、下さい。何でもいいんです、家とか――ううん、ひと部屋でも。私が一人だけで、安心できる場所が欲しいんです。誰も入ってこられない、私だけの」

『こちらの世界の一部を、あなたのために切り取ることはできないのです』

 泣き虫な女神様は、また涙をこぼしてそう言ったけど、瞬きをしてからこう続けた。

『けれど、そうね……あなたを包み込み、守るものを、与えましょう』


 すると、ナジェリと私の周りを泳ぐ精霊たちが、内側から光を放ち始めて……


 次に目が覚めたとき、瞼が開くのに少し遅れて、目の前の暗闇が上下に割れたような気がした。

 視界がぱあっと開けるのと同時に、私の背後に何かがするすると後退していくのが見えた。わずかな摩擦音は、金属的なもので。

 かしゃん、と肩と腰に振動が響く。私はそれが、眠る前に試着していた甲冑が立てた音であることを知った。

「ひ、姫さま」

 見張り兼お世話担当である女性が、そばかすのある顔を白くして呆然と立っていた。

「今の、お姿は」

「え?」

 一体、何が起こったの?


 そして私は彼女から、自分がアルマジロのような丸い殻に引きこもっていたことを聞いたのだ。

 

 こうして私は女神ナジェリに、私だけの引きこもり場所を作れる力をもらった。それは、身に付けている甲冑を変化させて、自分の周りに殻を作る力。どうやら甲冑を変化させているのは、この世界に存在する精霊たちの仕業らしい。

 精霊って、あれだよね、ファンタジーによく出てくる……様々なものに宿っている、不思議な存在。女神の周りを魚みたいに動いていた、あの半透明のものがそうなんだろうか。甲冑の精霊……鉱物の精霊? よくわからないけど。

 この力は、自分でコントロールすることができない。私の感情に、精霊が勝手に反応してしまうのだ。甲冑をつけてさえいれば、私が怖くてたまらなくなった時や驚いた時なんかに発動する。いったん殻が閉じると、私から出ていかない限り外からは開けることができない。中で眠ってしまった場合も、起きるまでは開かないようだ。

 

 記憶の底から浮かび上がった私は、意識を殻の外に向ける。

 停戦交渉中の今も、殻の外では何か話し合う声が聞こえているけど、誰も私を引きずり出すことはできないようだった。

 私は泣きじゃくりながら、もう一度、目を閉じた。


 このまま、全てが夢だったってことになればいいのに――


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