手づかみに非ず
本当は一話にまとめたかったのですが、昨日以上に長くなりそうだったので切りましたorz
できるだけ早めに後半へと続きたいとは思っています;;
今、離れのダイニングルームは未だかつてないほどに賑やかです。
本日のメニューは南国風のカレーを三種類と冷たいサラダが二種類。皆のリクエストを聞くことなく、僕が勝手にセレクトしました。香辛料ががっつり効いた料理が食べたくなる時ってあるじゃないですか。
「蒼は相変わらず料理上手ですね……」
カジキマグロをトマトで煮込んだカレーをひと口食べて呟いた紅の表情は、どことなく悔しそうです。なぜだ。
「前々回の降臨の後、生態系の調査でしばらく南のガンダハーラに行っていたんです。その時に現地のレシピを色々と教わってきました」
そう、僕は料理が好きです。もちろん、美味しいものが好きだからというのもありますが、それ以上に、料理には人間種の文化とか社会とか歴史とか気候風土とか、そういったものがぎゅっと詰まっているように感じられるからです。常日頃から人間種のしなやかさと強かさに手を焼かされている僕ですが、そんな彼らの種としての逞しさの産物であり、今はその原動力にもなっているのが『料理』なのではないかと思います。
「でもこの世界の南の地方って、確か手づかみでこういう料理を食うんだろ?お前、よくそんなところに長居できたなー」
帰ってきた時から腹減り宣言をしていた翠は、いっそ気持ちいいと感じるほどの食欲を発揮していますが、この発言は聞き捨てなりません。
「翠、それは間違った認識です。ガンダハーラの人間は確かにカレーを手で食べますが、それはちゃんとした理由があってのことです。彼らは食の恵みに深い感謝を捧げながら、五感のすべてを使って料理を楽しんでいるんです」
いわく、食材を刻む音、炒める音に耳を傾け、できあがった料理を目で愛でて、鼻で香りを楽しみ、指先で温度や形を感じながら舌で味わう。そしてその時間を大切な相手と共有することで、絆を、ひいては社会を育てていく彼らの姿に、僕は確かに人間種の逞しさの源を見た気がしました。
とは言え、さすがに僕も何も知らない他人にまでそのスタイルを押し付けようとは思わないので、今は全員ナイフとフォークで食事しているのですが。
「うわ、俺それちょっとやってみたいかも!砂遊びみたいで楽しそう!」
野菜と果物のヨーグルトサラダを自分の小皿に取り分けながらそう言った珊瑚の目はキラキラと輝いています。彼は本当に僕の言っている意味が分かっているんだろうか。
「人間種でも、そうやってちゃんと自然の恵みに感謝を示すことができるなんて、ちょっと驚きですわ」
萌黄は根菜類をココナッツミルクで煮込んだ甘めのカレーが特にお気に召した様子。やはり外見同様に味覚も幼い仕様なんでしょうか。これからの共同生活で台所を担当するのは僕でしょうから聞いておきたい気もしますが、聞くだけでも命がけになりそうで怖い。うん、やっぱ無理。
「で、協会はどういうことになりましたか?」
とりあえず全員の空腹感が折り返し地点を迎えて満足に向かい始めたようなので、僕は皆が一番気になっているであろう話題を切り出しました。というかこの話を片付けないと、僕自身が美味しくデザートを食べられません!
「良いニュースと悪いニュース、まずは悪いニュースからいきましょう」
いや、選択権を与えないなら、そういう話の持って行き方ってどうなの、紅。彼は昔からよく分からない間の取り方をする気がします。
そして紅がそのクールな表情のままに続けた言葉は、ある意味嫌な予想通りのものでした。
「協会は、人軍の迎撃・虐殺は禁止という決定を下しました」
うーん、それはしんどい。こちらもおとなしく倒されてやるわけにはいきませんので、ちまちまとゲリラ戦でもしろってことですかね……?
「紅先輩、それってちょっと横暴じゃありませんの?今回は私たちは一方的な被害者ですのよ?」
「迎撃がダメでも、罠を張ったところに人間が突っ込んでいくのは普通にOKなんじゃないっすか?正当防衛っすよね?」
「罠だけじゃなくて籠城戦もやろうぜ、俺籠るの結構好きなんだよ。この城なら、少し弄れば三十年はいけるだろ。その頃にはリグヴァルド様がなんとかしてくれるって」
みんなあんまり驚きも慌てもしませんね。やっぱり僕は魔王種としては器が小さすぎる気がしてきました。まあ、所詮は試作品ってことですかね。凹む。
「ダーヴァラ様の話では、虐殺などの直接的な方法以外で人間種の過剰繁殖と進出を抑える手段を探すのが、今回のプロジェクトの最終目的だったそうですから」
確かに、それじゃあいつも通り虐殺して数を減らすってわけにはいきませんよね。面倒臭さは倍増どころか二乗三乗だけどね!
「じゃあどうせよと?」
思わず渋面を作った僕とは対照的に、紅は満面の笑顔でした。
「そこで良いニュースに繋がるんですよ」