みんなで
なんか長くなりました。
まっこと申し訳ありません……!
レナードの侵入から三日が経ちました。
あれ以来色々と大変でした、ええ、それはもう本当に。
まずは通信鏡を使って協会に報告。協会の重要プロジェクトが始動と同時に頓挫という前代未聞の不手際に、ダーヴァラ様も茫然とされたご様子でしたが、僕やメンバーの責任ではないことはご理解いただけました。今はマテアスが攻めてきた場合の対応や、僕たち元魔王にどれだけの反撃権を与えるかが理事会で話し合われているはずです。
それからレナードに魔王システムやら魔王廃業の経緯を説明して、信じてもらえるかどうかは分かりませんが、マテアスの教皇宛てに降臨の意思はない旨の親書を書きました。
あとはレナードが旅に耐えられるくらいに回復するまでの間、彼にマテアスが唯一神として信仰するリグヴァルド様のアレな話を延々と吹き込んで宗教観を揺らがせる試みも実行してみたり。まあ、これは僕の憂さ晴らしというか八つ当たりですが。親書を携えて魔王城を出た時のレナードの瞳は完全に虚ろでしたが、真実って基本残酷なもんですよね!
現在、紅は連絡係として協会に行っており、人間種の中に溶け込むのが得意な萌黄にはマテアス国内での情報収集をお願いしています。
翠と珊瑚は、どうやら自分でも失敗に気付いてばっくれたっぽいリグヴァルド様の捕獲に向かいました。この世界のどこかにいるはずなんですが、念話にも協会経由の御使いネットワークにもまったく反応しやがりなさいません。捕まえたらどんなお仕置きをしましょうか、想像するだけで右手がわきわきしてきます。
そんなことを考えていたら、室内に涼やかなチャイムの音が響き渡りました。これは、これから誰かがこの離れの転位陣に転位してくるという合図です。転位陣は基本的に室内にありますから、勝手に他人の家に上がり込む非礼がないように、こうやって予告する決まりです。留守にする時や誰にも来てほしくない時には、床に描かれた陣の上に別の陣を重ねることで『封鎖』しておけばOK。
とりあえず陣のある小部屋へと向かうと、僕がドアを開けたのとほぼ同時に萌黄が室内に現れました。なぜか両腕に山のような買い物袋を提げていますが、まあいいでしょう。
「お帰りなさい、マテアスはどうでしたか?」
「先輩、ただいま戻りましたぁ。変な男につきまとわれて最悪でしたわ」
「君をナンパするなんて、勇者というか変態というか」
思わず零れた本音に、思いっきり眉間に皺を寄せて睨まれました。萌黄の名前通りの色の瞳が、今は柔らかさの欠片もない硬質な光を放っています。
「先輩、それ、どういう意味ですの……」
ゴゴゴゴゴ――そんな擬音が聞こえてきそうなこの迫力があれば、萌黄ももう千年くらいは自分の世界の魔王システムを維持できた気がするのは僕だけでしょうか。
確かに萌黄は美人です。魔王種ですから。でもなんと言いますか、外見年齢がとにかく幼くてですね。珊瑚のように『子供っぽい』のではなく、まさに『子供』。人間種で言うところの十三歳か十四歳くらいにしか見えません。身体の、特に胸周りの厚みが非常に残念で……あ、残念なのは肉付きだけであって、胸郭の形は実に綺麗ですよ?
「いや、君に声をかけるってそれどう考えても変質者――」
「先輩、世界管理者協会にもセクハラ相談窓口が設置されたの、ご存知です?」
みなまで言わせない、底冷えのする笑顔でした。この話題にはもう触れない方がいいようです。まあ変質者が野放しになっていても、困るのはマテアス国民であって僕には関係ないですしね。
「で、あちらの動きはどうでしたか」
「教皇庁はもう大騒ぎでしたわ。既に勇者の選定も済ませていたらしくて、人の流れも市場の動きも完全に魔王戦秒読みって感じでした。この段階に来て戦を取りやめるのは結構大変なんじゃないかと思います」
うーん、やっぱりですか。これはいくらリグヴァルド様に新しい託宣を下してもらっても、戦争は避けられないかもしれません。そもそもマテアスが動き出すまでにリグヴァルド様が見つかるかどうかも定かではありませんし。
ですがもう魔王ではない僕たちに、降臨時仕様の虐殺モードが許可される可能性は限りなく低いように思えます。協会かどこか別世界に避難しても良いのですが、そうなると人間種は魔王が見つかるまで森を焼いたり魔族狩りだのを始めて、ただでさえグダグダな世界バランスを更に崩してくれそうですし……。一体どうすればいいのか、次から次へと不安が湧きあがってきます。
と、そこに再びチャイムの音が鳴り響きました。雲隠れを決め込むことにしたリグヴァルド様がそうやすやすと見つかるとは思えないので、これは協会に行っていた紅ですか。
と思ったら予想は外れて、陣の中央に降り立ったのは翠と珊瑚でした。見たところ、リグヴァルド様は一緒ではありません。
「どうしました、まさかお手上げ報告ではないでしょうね?」
「いやー、まったく手がかりないんだけど、珊瑚がちょっと試してみたいことがあるって言いだしてな。一応お前の許可取っとかないとと思ったわけよ」
自分で思っていた以上にひやりと冷たい声を出してしまいましたが、翠はいつも通りの飄々とした態度を崩しません。いつだってどっしり構えて揺らがない、そんな翠の懐の深さに器の小さい僕は甘えてしまっているんだと思います。
「蒼さん、良いアイディアが浮かびましたから大丈夫っすよ」
ピリピリとしている僕の雰囲気を察したのか、珊瑚が僕の両手を取ってほわんと笑いかけてくれた。
「そうですわ、先輩。珊瑚の考えることですから、えげつないだけじゃなくて効果的に決まってます」
「ひどいなー、萌黄ちゃん」
さっきの絶対零度の眼差しが嘘だったかのように、萌黄の表情も柔らかく労わるようなものでした。
「でもまずは飯食わせてくれ!腹減って死にそうなんだよ、俺」
そしていつもと変わらぬ翠の朗らかな笑い声に、僕はひとつわかった気がしました。
「あのアホ上司を捕まえられるなら何でも許可しますよ。そろそろ紅も戻るはずですし、まずは皆でご飯にしましょうか」
これまでのように、ひとりで抱え込まなくてもいいのだということ。皆で考えればいいのだということ。そう思ったら肩の力が抜けて、気付けば僕も皆に笑いかけていました。
それからさほど間を置かずして戻った紅が、協会の決定や今後の方針について語ってくれたのは、初めて皆で囲んだ食卓でのこと――。
タグに「胸郭フェチ」って入れたくなりましたが、キャラではなく自分のことなので我慢しました。
電波文にお付き合いいただいて、本当にありがとうございます。