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初顔合わせ


 あの協会の呼び出しから一週間。

 僕は今、自分が担当する世界、クリスティルダにある自宅へと帰ってきています。

 あ、自宅は通称『魔王城』と申します。ベタかもしれませんが、分かりやすさを第一にすべしという協会の規定なんで。お役所仕事なんて大抵そんなもんですよね。


 で、その魔王城の居住区にある応接室で今、件の新規プロジェクトのメンバーたちと初顔合わせの真っ最中です。


 余談ですが、居住区というのは僕が暮らす魔王城の離れのことです。

 なぜ離れかと申しますと、魔王城の本館は魔王討伐戦があるたびにぶっ壊れるので、僕が暮らすスペースは少し離れた場所にひっそりと作ってあるんです。

 討伐戦のたびに日常生活が立ち行かなくなるのって嫌じゃないですか。大切な私物とかもそれなりにありますし。


 ちなみに魔王城本館は結構ハリボテ的な造りをしていまして、同業の間では『セット』と呼ばれているのは秘密です。

 きちんとした造りだと毎回再建するのが面倒なのと、あとはコストの問題ですかね。予算のやりくりとか、結構しんどいんですよ。


 それでそう、初顔合わせ。

 まず、この場にはいらっしゃいませんが、プロジェクトの総責任者はダーヴァラ様。

 まあ、人間を擁するほとんどの世界で導入されるであろう超重要システムの開発ですから、協会の重鎮が担当するのは当たり前だと思います。


 ですが自分の世界の管理だけでも超多忙なダーヴァラ様に現場でプロジェクトを監督する余裕などあるはずもなく、実質的にはこのクリスティルダの管理者であり、僕の直属の上司でもあるリグヴァルド様が担当することになりそうです。

 あんな人――いや、一応神様ですが――に任せて大丈夫なんだろうか、というのが僕の素直な感想。直属の上司で付き合いも長いだけに、あの方のことはよーく分かっております。


 で、現場のリーダーが僕。そもそも僕がリーダーってどうなんだろう。この時点でもうこの企画は終わってるんじゃないかと思うんですが。

 最古参っていうだけで、実は魔王的な資質にはあまり恵まれていないんですよね、僕。

 それでも命令は命令なので、とりあえず今日の顔合わせだけでも無難に乗り切らねば。


 「皆さん、今日は集まってくれてありがとう。プロジェクトリーダーを任された蒼です」


 僕好みのシックなアンティーク調にまとめられた応接室には今、僕を含め五人の男女が着席しています。

 中央に置かれたコーヒーテーブルには、アールグレイのミルクティーと僕の手製のチョコチップクッキー。甘いものがないと脳味噌って働いてくれないんです。


 「まずは皆さんの自己紹介からお願いしたいと――」

 「蒼、そんな堅苦しくする必要ないだろー。ここにいるやつらで知らない顔なんてないし」


 僕の言葉をぶった切るように口を挟んだのが、左隣に座る『翠』。

 引き締まった見事な体躯と獰猛な笑顔が羨ましいくらいに魔王的な僕の親友です。担当する界が近いせいで、仲が良いんですよ。


 「そうですわ、蒼先輩。どうせこんなプロジェクト、リストラ対象者のための窓際ポストでしょう?適当にやって、適当に楽しむべきだと思いますわ」


 僕のほぼ正面から、できるだけ考えないようにしていた嫌な可能性をズバッと突き付けてきたのが、女性魔王の『萌黄』。

 白金色の巻き毛を紫のレースリボンで飾り、過剰に装飾的なゴシックファッションを好む彼女は、翠とは対照的にまったく魔王らしさが感じられない人形のような外見をしている。


 「俺も萌黄ちゃんに賛成でっす!」


 斜め向かいでコクコクと頷いているのが、メンバーの中では最年少の『珊瑚』。

 右手に紅茶のカップ、左手にクッキーを持って、めちゃくちゃ幸せそうだ。いつ見てもあどけないというか、子供っぽい。

 だけど魔王としての実績は、結構なものだったりするんですよね、彼の場合。


 「――お黙りなさい、嘆かわしい」


 そして僕の右手で絶対零度のひと声を発したのが、『紅』。

 今回のプロジェクトのサブリーダーで、僕と同じ時期に創られたもうひとりの最古参の魔王。

 でも僕たちの場合、人間で言うところの双子という概念とはちょっと違います。だって魔王を創るのに、遺伝子とかあんま関係ないですしねー。

 見た目も中身も魔王的能力も、僕と紅はまったく似ていません。


 紅は滝のように長い金髪を頭頂部でまとめたキツい感じの美形ですが、僕は黒髪のセミロング、周囲からは『人形のように無機質』と評されているとかいないとか。

 表情の欠落に関してはまあ、僕の頭の中身が魔王としてはちょっとばかりふわふわしすぎているらしいので、努めて顔に出さないようにしているだけなんですが。おかげで世間一般では、冷酷無慈悲な有能魔王で通っていますよ!

 僕の素の性格を知っているのは、付き合いの深い翠とリグヴァルド様くらいなもんです。紅でさえ知らないはず。


 「協会が魔王システムの限界を認めたということは、私たちが役立たずだと宣言されたも同然ではありませんか。魔王種が人間に屈したということでしょう?人間を絶滅寸前まで追い込んで、生かさず殺さずの状態にキープできるような新システムを構築して雪辱を晴らすべきです」


 おおう、相変わらず過激だ、紅。よっぽどプライドを傷つけられたのかな。

 だけどそれはさすがにやり過ぎです。紅は時に暴走するから、僕にリーダーのお鉢が回ってきたんだろうなー……ああ、心の底から面倒臭い。


 「紅、僕たちの役割は人間種と自然界のバランスを取ることであって、ただ数を減らせばよいというものではありません。そして魔王はその目的の都合上人間と対立する立場を取ってきましたが、それは決して魔王種と人間種の優劣を競うためのものではないはずです」


 理詰めで紅を宥めにかかった僕の口調に、素を知っている翠がにやにやしているのが感じられてこっ恥ずかしい。

 今までずっと個人作業だっただけに、親友と一緒に仕事をすることが頼もしいと同時に照れくさいのは僕だけでしょうか。

 まあ、そんな様子は安定の無表情でおくびにも出しませんけどね!


 「ですが蒼、――」

 なおも言い募ろうと紅があげた声は、しかし本館からのけたたましい犬の鳴き声と悲痛な叫びによってかき消された。要するには侵入者ってやつですね。


 この大切な日にアポなしの客とか、最近の僕の運勢、本気でついてないみたいです。



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