第壱章 決意
ここは都一の大道場。
以前は門下生も少なかったがある日、師範の先生が強いと評判になりそれからというもの門下生が後を絶たず、道場は活気に満ちあふれてる。
『先生今日もお願いします!』
『はい、こちらこそよろしくお願いします』
辺りを見渡し人数を数える。
今日は50人近い門下生が道場に足を運んでいる。
《今日も修平は来ていないのか・・・》
そう、ここの道場の名前は【井原道場】であり、師範とは修平の兄の井原直人である。
稽古をしていると道場の外で騒がしい声がする。
その声はだんだん近づいてきて扉の前でパタリ止み、一瞬の静けさと共にそれはまた繰り返された。
ドォーンという大きな音と共に道場の扉は壊され破片があちらこちらに散らばっている。
そして、道場内に土足で入ってきた男は声を張り上げた。
『わしは鹿沼優っつーもんじゃ。今までいろんな道場に行ったが弱くて弱くて相手にならん。だから暇だで散歩してたら急に腹がすいて蕎麦屋に入ったんじゃ、したらこの道場の師範は若いがえらく強いっつー話しを耳にしてここに来たんじゃ。それに、聞いた話しではそいつは盲目じゃが心眼っつーのを使うらしい。話しが長ごうなったがようするにわしは道場破りじゃ、師範とやら相手をせい』
『先生・・・』
門下生が直人の方を一斉に見た為、優も師範が直人だと気づき直人に近づく。
『お前が師範とやらか?相手せい』
『相手してますからまずは草履を脱いでください』
『草履など構わぬわ!早く勝負せい!』
沈黙の後、普段門下生の前では絶対に見せないような形相で優をみらみつける。
『いいから脱げ!!』
声は道場中に響き渡り、その威圧感に押された優は草履を脱いだ。
『よし、どこからでもよい、かかってきなさい』
『後から眼が見ないのを言い訳にしても遅いのだからなぁ。くらえ・・・ふん!』
優が刀を振り上げた瞬間、直人は胴に木刀を叩きつけた。
時間としてほんの二秒程度。
優はあまりの痛さに気を失った。
目覚めて起き上がる優。
『痛てててて、あれここは・・・』
まだ直人に食らった所が痛む。
『あっ、ようやくお目覚めになりましたか?ここは道場と繋がっているお屋敷ですわ。挨拶が遅れました、三代目伊原道場師範、伊原直人の妻、りえでございます』
『じゃあわしは・・・。井原殿は今どこにおられるのじゃ?』
『貴方様が散らかした道場の掃除と扉の修理でもなさってるとおもいますが?』
それを聞いた優は腹を押さえながら道場に向かう。
道場はすでに片付いており、隅で直人が扉を直していた。
『これをこうしてこれで・・・完成!』
試しに扉を開ける。
ガッターン、ゴトゴト。
扉は無残にも崩れ去った。
『はぁ〜』
ため息をつきながら破片を集めていた所に優も加わわる。
『あっ、鹿沼さん』
単刀直入に優が切り出す。
『なんで道場破りなんかに来たわしなんかを助けたんじゃ?』
『鹿沼さんはただ強い人と戦いたくて戦ってきましたよね?それは道場破りという形でしか表現できなかった、ただそれだけですよ。現に、鹿沼さんの立ちは素直で悪は感じませんでしたし。鹿沼さんの太刀をまともに受けたら立っていられる方はそうはいないでしょう。私はそう感じたが故、少し力を入れてしまいました、すいません』
『いつから眼が見えんのですか?』
『これは二年前、私が十六歳の時。まだこの道場も私の父が師範を務めていました。私には歳の離れた修平という弟がいましてね、修平は剣術の才がありましてその頃から天才と評判でした。よく、直兄は型にはまりすぎていると負かされたものです。私、物事を考え込んでしまう性らしくて・・・。それで、ある日の試合形式の稽古で修平の太刀が私の眼に・・・。でもあれは私が修平に勝ちたくて無理に太刀を避けようとして体制を崩したんであって修平はなにも悪くないんですよ。でも、修平はそれを気にして刀を置いてしまったんです。当人の私は、眼は見えなくなりましたが視覚以外の感覚は前より数段に研ぎ澄まされ、その結果【心眼】という眼を手に入れました。鹿沼さんが道場に土足で入ってきた事も、草履の床を擦る音・草履についた微かな土の匂いなどから分かりましたし、空気・殺気などから太刀筋も見えてきます。何不自由ないとは言いませんが、私はこうなった事を後悔していません。だから、修平にはもう一回刀を握ってもらいたいのです。修平こそ才能に満ち溢れているのですから・・・話が長くなりましたね、すいません』
辺りが夕焼けの鮮やかな山吹色になってきた。
『井原殿、わしを弟子にしてくれませぬか?その力・考えなどに惚れ込みやした。』
『ありがとうございます』
『じゃあ・・・』
『しかし、あいにく私は弟子は取らない主義、というかまだまだ未熟な身で弟子などお受けできません』
『じゃあ、直し屋では・・・?』
そう言いながら自分が壊してしまった扉を直人の話し中に器用に直していた。
『直し屋ですか』
『そう、直し屋』
『また鹿沼さんのようなお方が来ないとも限りませんからね!』
『では弟子に・・・?』
『私は弟子は取りません、なので兄弟分ではどうですか?』
『弟として兄を支えていけたらと思っとります。以後、宜しくお願いいたしやす。』
二人は顔を見合わせながら大声で笑い出した。
『楽しいところすいません』
りえが割って入ってきた。
『どうした?』
『辺りは暗くなってきているのに修平さんがまだお戻りでないので直人さん探してきてはくれませんか?』
『そうですか、わかりました探してきます。それと今日から兄弟分になりました鹿沼優さんです』
『今日からお世話になります』
『こちらこそ!ではさっそく優さん、畑に行って大根を三本ほど抜いてきてもらえますか?』
『は、はい』
優が直人の耳元でささやく。
『奥方は人使いが荒いどすなぁ?』
『はぁ〜、昔からで・・・。いつもは私の仕事なのですが・・・』
『何話しているんですか?』
二人同時に答える。
『いや、何でもないです』
『では、私は修平を探しに行って来ます』
そう言い、屋敷を後にする直人。
優は畑に足を向ける。
町を歩き修平を探す。
『おっ、直人さん、いい魚が上がってるんだけど持ってぐかい?ほら』
『あっどうも』
魚を持ち、町を歩き修平を探す。
『あっ、いつもありがとうございます【牛鍋屋】です』
『こちらこそ。家の修平どこにいるかご存知ですか?』
『そういえば家の彩が、修平さんが遊んでくれると喜んで出て行ったので、おそらく南口寺かと・・・。修平さんが一緒なら安心して遊ばせていられますよ。ありがとうございます』
『そうですか、ありがとうございます。でも、もうこんな時刻ですし、見つけ次第家に帰るよう言いますので、では』
〜その頃南口寺では〜
『今度は修平兄ちゃんがかくれんぼの鬼だからね!』
『ちゃんと百数えてから眼あけてぇ〜な!』
『分かってるわ、早よ隠れ!かぞえるどぉ!』
修平はその場でしゃがみ込み、眼を手で覆い隠し数を口に出し数える。
『一・二・三・四・・・・・・九十九・百!おらぁ、お前らすぐに見つけたるからなぁ!』
後ろから声がする。
『お地蔵様の後ろに武ちゃん・木の上に拓哉くん・本堂の下に彩ちゃんと美沙ちゃん。全員見っけ!』
修平が振り向くとほぼ同時にみんなが隠れている場所から出てくる。
『あっ、直人兄ちゃんだ!』
『直人兄見つけるのうますぎ!』
『ねぇねぇ直人兄ちゃん、鬼ごっこしよう』
『ねぇ〜、しようよ〜?』
『もうすぐ暗くなるからまた今度ね!』
『ほんとに今度だよ?』
『はい』
『じゃ〜またね、直人兄ちゃん・修平兄ちゃん!』
『おぅ、またな!』
『気をつけて帰るんですよ!』
四人の後姿を見送る。
『じゃ〜、私達も帰りますか?』
修平がゆっくりうなずく。
町を少し歩いた所でようやく直人が会話を切り出す。
『私の眼、かくれんぼに便利でしょう!てか、すでにかくれんぼ名人ですね。ね?』
少しの沈黙の後。
『なんでそうやって前向きにしてられんだよ!俺が憎いって、こんな弟いらないって言えばいいだろう!』
直人は間髪いれずに答える。
『こんな弟いらないです!・・・いつまでもウジウジしていて。ろくに稽古もせずに今やその太刀、見る影もなし。修平、もう一回刀を握りなさい。そして私より強くなりなさい!』
修平からの返事はそれから一切なかった。
それでも直人は修平に喋りかける。
『今日修平を探している時お魚もらっちゃいました、それと今日道場破りがありましてわけあってその方と兄弟分になりまして、家族が増えました』
そうこういっている内に屋敷に着いた。
〜それからある日の事〜
修平が町を歩いていると大声の周りに人だかりがあるではないか。
興味津々の修平は小さい身長を存分に活かし前へ潜り込んで行く。
ようやく一番前にたどり着き、潜り込んでいた為みんなの足と地面しか見ていなかった顔を上げる。
修平の顔が怒りに満ち溢れた。
修平の目の前ではこの前一緒に遊んだ子供等が殴られ隅で怯え、彩は胸倉を掴まれ宙に浮いてて苦しい顔を浮かべている。
すぐさま修平は胸倉を掴んでいる武士に飛びかかったがうまく交わされた。
武士は修平に問う。
『お前は誰だ?』
『お前に名乗る名はない。さぁ、早くその子を離せ。さもなくば痛い目に合うぞ!』
そう言い、修平は近くにあった木の棒を持った。
『痛い目にねぇ〜』
彩を連れの者に渡し、武士もまたそこら辺の木の棒を持ち出す。
稽古をさぼっていたとはいえ、修平の太刀は鋭かった。
しかし、その武士は修平の何倍も早く、何十倍も鋭い太刀で修平を痛めつける。
ボロボロになった修平はもう立つことさえ出来なかった。
それなのに相手には一太刀も浴びせる事が出来なかった。
弱い自分を恥じた。
武士は再び彩の胸倉を掴んで修平にこう言った。
『こいつは泥だらけの手で俺の羽織に触り汚した。だから俺は代わりにこの刀で一生残る傷を顔に刻んでやろうかと思ってな!』
武士が刀を取り出し刃を頬に近づける。
『やめろぉぉー!!』
修平が大声を出す。
その瞬間、目の前が暗くなる。
修平の前に人が立っている。
修平はその背中に見覚えがある。
おもわず涙が流れ出てくる。
その人は武士の首もとに刀を向けている。
『井原直人か・・・、いい所邪魔をしおって』
『嘉羅美雅大、少々お痛が過ぎるのでは?』
そう言うと、彩から手を離す。
彩は地面に落ちそうになる所を優が抱きかかえる様に受け止める。
直人も刀を鞘に納める。
嘉羅美雅大は振り向きざまにこう吐き捨てる。
『次はこうは行かんぞ!』
そう言い残しその場を後にする。
子供たちは直人・優の胸で大泣きしている。
修平がボロボロの体で正座をし、直人に頭を下げる。
『直兄、俺強くなりたい。稽古もちゃんとやる、もう逃げ出さない、そして必ず直兄より強くなる。だから、よろしくお願いします』
直人は修平に近づく。
『私の稽古は辛いですよ?そして、まだまだ修平に負ける気はありませんよ?でも頑張れますか?』
『はい・・・』
『修平、顔を上げなさい』
顔を上げる修平の頭を直人はなでてあげた。
〜二年後〜
相変わらず井原道場は活気に満ちている。
師範はもちろん直人。
前と変わった事が三つ。
優が直人の左腕となり、師範補佐とあれから後を立たない道場破りの直し屋をやっていること。
優が大食いのせいで食費が前よりかさむせいで、りえの人使いかますます荒くなったこと。
もう一つは・・・、直人の右腕の存在ができ、次期師範の為、稽古や指導を人一倍がんばっている修平だ。
稽古をしている修平と優を呼ぶ直人。
『二人とも話しがある。この度、この世を変えようと新田さまが立ち上がり隊を発足するべく人手を募集している。参加条件は腕の立つもの。以上だ。中で試験もあるようだ。俺は参加しようと思っている。二人はどうする?』
『無論、直人に同意いたす!』
『そこに行けば強い奴等がいっぱいいる。俺はもっと強くなれる。答えは決まってるよ直兄!』
『分かった!新田さまにはそう伝えておく』
〜こうして三人は新田賢二の下に集まった猛者達相手に力を見せつけ、直人は四番隊隊長を。修平は同じく四番隊副隊長、優も四番隊の隊長補佐兼、全ての隊で一人ずつ選出する繕い係の係長を任される事になったのである〜