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魔王を倒したのに、なぜか勇者の仕事が終わりません。

作者: よみなぎ
掲載日:2026/10/13

# 魔王を倒して帰ってきたのに、なぜか勇者の仕事が終わりません。


「勇者レオンよ! よくぞ魔王を討ち果たした!」


王城の大広間に、国王陛下の声が響き渡った。


貴族たちから盛大な拍手が沸き起こる。


「ただいま帰還いたしました、陛下」


魔王討伐を命じられてから三年。


山を越え、海を渡り、魔王軍の幹部を倒し、ついに魔王を討ち果たした。


長かった。本当に長かった。


だが、これで終わりだ。


もう命を懸けて戦う必要はない。これからは田舎に小さな家でも買って、畑を耕して暮らそう。


「陛下。これまで大変お世話になりました」


「うむ! そなたの功績は、王国が続く限り語り継がれるであろう!」


「ありがとうございます。それでは、私はこれで」


俺は立ち上がり、出口へ向かった。


「……待て」


振り返ると、陛下が不思議そうな顔をしていた。


「どこへ行く?」


「田舎へ帰ろうかと」


「いや、待て待て待て! そなたのために、明日から七日間の祝宴を用意しておるのだぞ!」


「……七日間?」


「うむ! 王国を救った英雄にふさわしい宴だ!」


俺は天井を見上げた。


魔王を倒しても、まだ七日間も仕事があるらしい。


◇


祝宴が終わった。


ようやく終わった。


俺は客室で荷物をまとめていた。明日こそ旅立とう。


ところが、扉が叩かれた。


「勇者様。軍務省より使者が参っております」


「……何の用だ?」


「北部に残存する魔王軍について、ご意見を伺いたいとのことです」


残党の話なら、無関係とは言えない。


俺は軍務省の会議室へ向かった。


「勇者殿。魔王軍の指揮系統について確認したいのです」


「幹部の大半は倒しました。魔王城の主力も壊滅しています」


「各地に展開していた部隊は?」


「……さあ?」


将軍たちが、一斉に俺を見た。


「さあ、とは?」


「そこまでは、わかりません」


「魔王城に資料などは?」


「ありましたが、読めない文字ばかりで」


将軍の一人が額を押さえた。


「なるほど……」


俺は首を傾げた。


「魔王は死んだんですよ。残党もそのうち降伏するのでは?」


「そうなればよいのですが、確認できるまでは砦の兵を帰せません」


もっともな話だった。


魔王を倒しても、配下の魔物が全員消滅したわけではない。


「では、調査が終われば解決ですね」


「そう願っております」


よし。これで俺の仕事は終わりだ。


ところが翌日。


「勇者様! 戦死者の追悼式についてご相談が!」


その翌日。


「勇者様! 聖剣の保管場所についてお伺いしたく!」


さらに翌日。


「勇者様! 各地の領主から面会の申し込みが!」


俺は叫んだ。


「魔王討伐より仕事が多いぞ!」


◇


帰還から二週間。


俺は国王陛下の執務室にいた。


「陛下! 私はもう休みたいのですが!」


「余も休みたい!」


「……はい?」


陛下は、机に積み上がった書類を指差した。


「見よ、この山を! 魔王を倒せば平和になると思っておった! なのに、なぜ仕事が増えるのだ!」


「私に聞かれましても!」


「余にもわからん!」


陛下が椅子に沈み込む。


その横で、宰相が静かにお茶を飲んでいた。


「陛下。こちらにもご署名を」


「まだあるのか!」


「戦時動員の延長に関する書類です」


俺は首を傾げた。


「戦時動員?」


「現在、約八万の兵士が各地に展開しております。その多くは戦争のために召集された者たちです」


「魔王は倒したのに、まだ帰れないんですか?」


「残存勢力への対応が決まっておりませんので」


陛下が机を叩いた。


「それをいつまで続ければよいのだ!」


「現時点では、明確なお答えができません」


「それなら、安全な地域から兵を帰せば?」


「軍務省も同じ方針です。しかし、財務省は戦時支出の削減を急ぎ、農務省は秋の収穫に間に合うよう農民を帰還させたい。一方、軍務省は北部の防衛線を維持しなければなりません」


俺は腕を組んだ。


金が足りない。畑には人手が必要。だが、敵もまだ残っている。


どれも間違っていない。


俺は陛下を見た。


陛下も俺を見た。


「……どうしましょう?」


「それを余に聞くな!」


いや、陛下に聞かなければ、誰に聞けばいいんだ。


◇


翌日、主要な大臣たちが集められた。


議題は一つ。


戦争を、どうやって終わらせるか。


軍務大臣が地図を広げた。


「北部では、依然として魔王軍の残存部隊が確認されております。ただし、組織的な連携は失われています」


「ならば、兵を減らせるのでは?」


「減らせます。しかし、例えば第一砦の五千人を千五百人に減らすとしても、残る兵の多くは農民です」


「では、常備兵と交代すれば?」


「その予定です。ただし、移動と補給路の再編には時間がかかります」


財務大臣も口を開いた。


「移行期間には、帰還兵と交代部隊の双方を養う費用が必要です」


「……つまり?」


「どこから、どの順番で兵を帰すか。その体制を整えなければなりません」


魔王城へ攻め込んだときより、よほど複雑な話だった。


会議は三日続いた。


その間にも各地から報告が届き、敵の活動がほぼ消えた地域も明らかになった。


軍務省は、安全な西部から順次兵を帰し、北部は常備軍との交代を待つ計画をまとめた。


財務省は帰還費用を確保し、農務省は農民出身の兵士を優先するよう求めた。


「これで終わりですね!」


「まだです」


宰相が即答した。


「……まだ?」


「まず西部で実施し、問題がないか確認いたします」


俺は頭を抱えた。


魔王討伐は、魔王を倒した瞬間に終わった。


しかし戦争は、そんな簡単には終わらないらしい。


◇


一週間後。


西部から最初の帰還報告が届いた。


三千名の兵士が故郷へ向けて出発したという。


「やった! 成功ですね!」


ところが、軍務大臣は難しい顔をしていた。


「帰還部隊が予定より遅れています。街道の宿場が混雑しておりまして」


「それなら、何とかなりそうですね」


「ええ。しかし、北部では別の問題がございます」


軍務大臣は地図を広げた。


「第一砦の司令官から、交代計画の変更を求められました。避難民への支援を維持できないというのです」


第一砦には、戦火を逃れた人々が大勢集まっている。


そのことは王国も把握していた。


しかし、具体的に兵を減らす段階になって問題が表面化した。


警備に必要な兵を残すだけでは、避難民への食料配給や輸送を維持できないのだ。


「兵士を帰せば、避難民が困るということですか?」


「そのとおりです」


陛下が重い声で言った。


「兵士も帰してやりたい。だが、避難民を見捨てるわけにもいかぬ」


俺は地図を見つめた。


第一砦。魔王城へ向かう途中にも通った場所だ。


「……陛下。私、北部へ行ってきます」


「何をしに?」


「実際に、見てきます」


今度の旅には、剣で倒すべき敵がいない。


何が問題なのかを、確かめに行くのだ。


◇


北部第一砦。


城壁の内側には仮設の小屋が並び、老人や子供、荷物を抱えた女性たちが暮らしていた。


司令官が地図を広げる。


「西側の谷には、まだ人が戻れない村が三つあります。東側は比較的安全ですが、家屋が焼かれた地域もございます」


「魔王軍は?」


「組織的な軍勢はおりません。ただし、小規模な魔物の群れは残っています」


俺は避難民の代表にも話を聞いた。


「勇者様。魔王を倒してくださり、本当に感謝しております」


年配の男性が深く頭を下げた。


「ですが、どうか兵隊さんたちを急に帰さないでいただきたい。我々は、まだ家に帰れません」


当然の願いだった。


だが、兵士たちにも家族がいる。


「故郷へ帰りたいか?」


俺が尋ねると、若い兵士が大きく頷いた。


「もちろんです! もう四年も帰っていません」


「……そうか」


「でも、俺たちがいなくなったら、誰があの人たちを守るんでしょうか」


兵士は、避難民の小屋を見つめた。


俺は何も言えなかった。


帰りたい兵士。


帰れない避難民。


どちらも、戦争が終わるのを待っていた。


魔王を倒すときは、敵を倒せばよかった。


だが、今度は違う。


どちらの願いも、かなえなければならない。


◇


王都へ戻った俺は、国王陛下に報告した。


避難民の暮らし、兵士たちの声、現地が必要としている支援。


「……どう思う?」


陛下が宰相に尋ねた。


「軍務省だけで処理できる問題ではございません。安全確保に加え、住居の修復や食料の支援が必要です」


「復興費用も必要ですな」


財務大臣が頷く。


「畑の再開にも支援が必要でしょう」


農務大臣も続けた。


また仕事が増えた。


俺は天井を見上げた。


陛下も天井を見上げていた。


目が合った。


「……陛下」


「……何だ」


「魔王って、本当に倒したんですよね?」


「そなたが倒したのであろう!」


「そうでした」


陛下は深いため息をつき、突然笑い出した。


「ははは! まったく、何ということだ! 余は魔王さえ倒せば平和になると思っておった!」


陛下は書類の山を見た。


「だが、魔王を倒しただけでは、民は故郷へ帰れぬのだな」


やがて、立ち上がった。


「よし。では、帰れるようにしよう」


軍務省には兵の交代、農務省には生活再建、財務省には復興費用の確保。


避難民についても、領主たちと協力して帰還を支援する方針が決まった。


「ただし、急ぎすぎてはならぬ。兵を帰して、再び村が襲われては意味がない」


「承知しております!」


大臣たちが頭を下げる。


陛下は俺を見た。


「勇者よ。そなたが魔王を倒してくれた。だからこそ、余たちは今、この仕事ができる」


「……はい」


「ここから先は、王としての余の仕事だ」


俺が顔を上げると、陛下は静かに笑った。


「そなたばかりに働かせては、王の名折れであろう?」


◇


王国は、戦争を終わらせるために動き始めた。


軍務省は部隊の交代を進め、農務省は生活再建を支援し、財務省は復興費用を確保する。


もちろん、問題は次々に起きた。


部隊の交代が遅れ、帰還予定の村で魔物が見つかり、計画を変更したこともあった。


そのたびに担当者たちが対応を協議した。


俺も何度か呼ばれたが、魔王軍について知っていることを伝えれば、それでよかった。


あとは、それぞれの専門家たちが進めてくれる。


魔王討伐から三か月。


主要な戦線では組織的な戦闘が終息し、戦時動員の解除も着実に進んでいた。


そんなある日、俺は国王陛下の執務室へ呼ばれた。


「勇者よ。相談がある」


「……また仕事ですか?」


「そう嫌そうな顔をするな」


「もう三か月も帰れていないんですよ!」


「わかっておる! 余も三か月、まともに休んでおらぬ!」


陛下は一通の書類を差し出した。


「戦時動員の解除について、各省の合意がまとまった。そこで、正式に終戦を宣言する式典を開こうと思う」


「それは、よいことだと思います」


「うむ」


「それでは、私は田舎へ……」


「待て」


また止められた。


嫌な予感がする。


「式典には、そなたにも出てもらいたい」


「……え?」


「余とともに、戦争の終結を宣言してほしい」


俺は、北部の砦で会った人々を思い出した。


故郷へ帰りたいと願っていた兵士。


帰る家を失った避難民。


あの人たちは、今ごろどうしているだろう。


「……陛下。その式典が終わったら、本当に帰っていいんですよね?」


陛下は笑った。


「うむ。王として約束しよう」


俺は深く息を吐いた。


「……わかりました。最後の仕事、お引き受けします」


◇


終戦式典の日。


王都の大広場には、大勢の人々が集まっていた。


三年前、魔王討伐へ旅立ったときも、この広場には多くの人がいた。


だが、あの日の人々の顔には、不安があった。


今は違う。


国王陛下が、一歩前へ出た。


「王国の民よ!」


広場が静まり返る。


「長きにわたり、我らは魔王軍との戦いを続けてきた! 多くの者が戦場へ赴き、多くの命が失われた!」


陛下は広場を見渡した。


「しかし、我らはついに魔王を討ち果たした! そして今日、余はここに宣言する!」


一瞬の静寂。


「王国は、魔王軍との戦争を終結する!」


大歓声が沸き起こった。


「これより兵士たちを順次故郷へ帰還させる! 戦禍を受けた地域の復興は、王国が責任をもって進めよう!」


陛下は俺を振り返った。


「勇者レオン!」


「はい!」


「そなたは、見事に務めを果たした! よって、余はここに宣言する!」


陛下の声が広場に響く。


「勇者レオンの、すべての務めを解く!」


俺は腰の聖剣を抜いた。


三年間、ずっと握り続けた剣。


それを両手で差し出す。


「陛下。これにて、勇者としての務めを終えます」


陛下は静かに剣を受け取った。


「ご苦労であった」


その一言を聞いた瞬間、ようやく実感した。


ああ。


本当に、終わったんだ。


広場から大きな拍手が沸き起こる。


俺は深く頭を下げた。


◇


数日後。


俺は旅行鞄と、道具屋で買った鍬を持って王都を出発した。


行き先は北部の小さな村。


魔王を倒すのに三年。


戦争を終わらせるのに、さらに三か月。


ずいぶん長い仕事だった。


「……さて」


俺は鍬を担ぎ直した。


勇者の仕事は、これでおしまいだ。


まずは、ジャガイモの育て方を教えてもらうところからだ。

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