魔王を倒したのに、なぜか勇者の仕事が終わりません。
# 魔王を倒して帰ってきたのに、なぜか勇者の仕事が終わりません。
「勇者レオンよ! よくぞ魔王を討ち果たした!」
王城の大広間に、国王陛下の声が響き渡った。
貴族たちから盛大な拍手が沸き起こる。
「ただいま帰還いたしました、陛下」
魔王討伐を命じられてから三年。
山を越え、海を渡り、魔王軍の幹部を倒し、ついに魔王を討ち果たした。
長かった。本当に長かった。
だが、これで終わりだ。
もう命を懸けて戦う必要はない。これからは田舎に小さな家でも買って、畑を耕して暮らそう。
「陛下。これまで大変お世話になりました」
「うむ! そなたの功績は、王国が続く限り語り継がれるであろう!」
「ありがとうございます。それでは、私はこれで」
俺は立ち上がり、出口へ向かった。
「……待て」
振り返ると、陛下が不思議そうな顔をしていた。
「どこへ行く?」
「田舎へ帰ろうかと」
「いや、待て待て待て! そなたのために、明日から七日間の祝宴を用意しておるのだぞ!」
「……七日間?」
「うむ! 王国を救った英雄にふさわしい宴だ!」
俺は天井を見上げた。
魔王を倒しても、まだ七日間も仕事があるらしい。
◇
祝宴が終わった。
ようやく終わった。
俺は客室で荷物をまとめていた。明日こそ旅立とう。
ところが、扉が叩かれた。
「勇者様。軍務省より使者が参っております」
「……何の用だ?」
「北部に残存する魔王軍について、ご意見を伺いたいとのことです」
残党の話なら、無関係とは言えない。
俺は軍務省の会議室へ向かった。
「勇者殿。魔王軍の指揮系統について確認したいのです」
「幹部の大半は倒しました。魔王城の主力も壊滅しています」
「各地に展開していた部隊は?」
「……さあ?」
将軍たちが、一斉に俺を見た。
「さあ、とは?」
「そこまでは、わかりません」
「魔王城に資料などは?」
「ありましたが、読めない文字ばかりで」
将軍の一人が額を押さえた。
「なるほど……」
俺は首を傾げた。
「魔王は死んだんですよ。残党もそのうち降伏するのでは?」
「そうなればよいのですが、確認できるまでは砦の兵を帰せません」
もっともな話だった。
魔王を倒しても、配下の魔物が全員消滅したわけではない。
「では、調査が終われば解決ですね」
「そう願っております」
よし。これで俺の仕事は終わりだ。
ところが翌日。
「勇者様! 戦死者の追悼式についてご相談が!」
その翌日。
「勇者様! 聖剣の保管場所についてお伺いしたく!」
さらに翌日。
「勇者様! 各地の領主から面会の申し込みが!」
俺は叫んだ。
「魔王討伐より仕事が多いぞ!」
◇
帰還から二週間。
俺は国王陛下の執務室にいた。
「陛下! 私はもう休みたいのですが!」
「余も休みたい!」
「……はい?」
陛下は、机に積み上がった書類を指差した。
「見よ、この山を! 魔王を倒せば平和になると思っておった! なのに、なぜ仕事が増えるのだ!」
「私に聞かれましても!」
「余にもわからん!」
陛下が椅子に沈み込む。
その横で、宰相が静かにお茶を飲んでいた。
「陛下。こちらにもご署名を」
「まだあるのか!」
「戦時動員の延長に関する書類です」
俺は首を傾げた。
「戦時動員?」
「現在、約八万の兵士が各地に展開しております。その多くは戦争のために召集された者たちです」
「魔王は倒したのに、まだ帰れないんですか?」
「残存勢力への対応が決まっておりませんので」
陛下が机を叩いた。
「それをいつまで続ければよいのだ!」
「現時点では、明確なお答えができません」
「それなら、安全な地域から兵を帰せば?」
「軍務省も同じ方針です。しかし、財務省は戦時支出の削減を急ぎ、農務省は秋の収穫に間に合うよう農民を帰還させたい。一方、軍務省は北部の防衛線を維持しなければなりません」
俺は腕を組んだ。
金が足りない。畑には人手が必要。だが、敵もまだ残っている。
どれも間違っていない。
俺は陛下を見た。
陛下も俺を見た。
「……どうしましょう?」
「それを余に聞くな!」
いや、陛下に聞かなければ、誰に聞けばいいんだ。
◇
翌日、主要な大臣たちが集められた。
議題は一つ。
戦争を、どうやって終わらせるか。
軍務大臣が地図を広げた。
「北部では、依然として魔王軍の残存部隊が確認されております。ただし、組織的な連携は失われています」
「ならば、兵を減らせるのでは?」
「減らせます。しかし、例えば第一砦の五千人を千五百人に減らすとしても、残る兵の多くは農民です」
「では、常備兵と交代すれば?」
「その予定です。ただし、移動と補給路の再編には時間がかかります」
財務大臣も口を開いた。
「移行期間には、帰還兵と交代部隊の双方を養う費用が必要です」
「……つまり?」
「どこから、どの順番で兵を帰すか。その体制を整えなければなりません」
魔王城へ攻め込んだときより、よほど複雑な話だった。
会議は三日続いた。
その間にも各地から報告が届き、敵の活動がほぼ消えた地域も明らかになった。
軍務省は、安全な西部から順次兵を帰し、北部は常備軍との交代を待つ計画をまとめた。
財務省は帰還費用を確保し、農務省は農民出身の兵士を優先するよう求めた。
「これで終わりですね!」
「まだです」
宰相が即答した。
「……まだ?」
「まず西部で実施し、問題がないか確認いたします」
俺は頭を抱えた。
魔王討伐は、魔王を倒した瞬間に終わった。
しかし戦争は、そんな簡単には終わらないらしい。
◇
一週間後。
西部から最初の帰還報告が届いた。
三千名の兵士が故郷へ向けて出発したという。
「やった! 成功ですね!」
ところが、軍務大臣は難しい顔をしていた。
「帰還部隊が予定より遅れています。街道の宿場が混雑しておりまして」
「それなら、何とかなりそうですね」
「ええ。しかし、北部では別の問題がございます」
軍務大臣は地図を広げた。
「第一砦の司令官から、交代計画の変更を求められました。避難民への支援を維持できないというのです」
第一砦には、戦火を逃れた人々が大勢集まっている。
そのことは王国も把握していた。
しかし、具体的に兵を減らす段階になって問題が表面化した。
警備に必要な兵を残すだけでは、避難民への食料配給や輸送を維持できないのだ。
「兵士を帰せば、避難民が困るということですか?」
「そのとおりです」
陛下が重い声で言った。
「兵士も帰してやりたい。だが、避難民を見捨てるわけにもいかぬ」
俺は地図を見つめた。
第一砦。魔王城へ向かう途中にも通った場所だ。
「……陛下。私、北部へ行ってきます」
「何をしに?」
「実際に、見てきます」
今度の旅には、剣で倒すべき敵がいない。
何が問題なのかを、確かめに行くのだ。
◇
北部第一砦。
城壁の内側には仮設の小屋が並び、老人や子供、荷物を抱えた女性たちが暮らしていた。
司令官が地図を広げる。
「西側の谷には、まだ人が戻れない村が三つあります。東側は比較的安全ですが、家屋が焼かれた地域もございます」
「魔王軍は?」
「組織的な軍勢はおりません。ただし、小規模な魔物の群れは残っています」
俺は避難民の代表にも話を聞いた。
「勇者様。魔王を倒してくださり、本当に感謝しております」
年配の男性が深く頭を下げた。
「ですが、どうか兵隊さんたちを急に帰さないでいただきたい。我々は、まだ家に帰れません」
当然の願いだった。
だが、兵士たちにも家族がいる。
「故郷へ帰りたいか?」
俺が尋ねると、若い兵士が大きく頷いた。
「もちろんです! もう四年も帰っていません」
「……そうか」
「でも、俺たちがいなくなったら、誰があの人たちを守るんでしょうか」
兵士は、避難民の小屋を見つめた。
俺は何も言えなかった。
帰りたい兵士。
帰れない避難民。
どちらも、戦争が終わるのを待っていた。
魔王を倒すときは、敵を倒せばよかった。
だが、今度は違う。
どちらの願いも、かなえなければならない。
◇
王都へ戻った俺は、国王陛下に報告した。
避難民の暮らし、兵士たちの声、現地が必要としている支援。
「……どう思う?」
陛下が宰相に尋ねた。
「軍務省だけで処理できる問題ではございません。安全確保に加え、住居の修復や食料の支援が必要です」
「復興費用も必要ですな」
財務大臣が頷く。
「畑の再開にも支援が必要でしょう」
農務大臣も続けた。
また仕事が増えた。
俺は天井を見上げた。
陛下も天井を見上げていた。
目が合った。
「……陛下」
「……何だ」
「魔王って、本当に倒したんですよね?」
「そなたが倒したのであろう!」
「そうでした」
陛下は深いため息をつき、突然笑い出した。
「ははは! まったく、何ということだ! 余は魔王さえ倒せば平和になると思っておった!」
陛下は書類の山を見た。
「だが、魔王を倒しただけでは、民は故郷へ帰れぬのだな」
やがて、立ち上がった。
「よし。では、帰れるようにしよう」
軍務省には兵の交代、農務省には生活再建、財務省には復興費用の確保。
避難民についても、領主たちと協力して帰還を支援する方針が決まった。
「ただし、急ぎすぎてはならぬ。兵を帰して、再び村が襲われては意味がない」
「承知しております!」
大臣たちが頭を下げる。
陛下は俺を見た。
「勇者よ。そなたが魔王を倒してくれた。だからこそ、余たちは今、この仕事ができる」
「……はい」
「ここから先は、王としての余の仕事だ」
俺が顔を上げると、陛下は静かに笑った。
「そなたばかりに働かせては、王の名折れであろう?」
◇
王国は、戦争を終わらせるために動き始めた。
軍務省は部隊の交代を進め、農務省は生活再建を支援し、財務省は復興費用を確保する。
もちろん、問題は次々に起きた。
部隊の交代が遅れ、帰還予定の村で魔物が見つかり、計画を変更したこともあった。
そのたびに担当者たちが対応を協議した。
俺も何度か呼ばれたが、魔王軍について知っていることを伝えれば、それでよかった。
あとは、それぞれの専門家たちが進めてくれる。
魔王討伐から三か月。
主要な戦線では組織的な戦闘が終息し、戦時動員の解除も着実に進んでいた。
そんなある日、俺は国王陛下の執務室へ呼ばれた。
「勇者よ。相談がある」
「……また仕事ですか?」
「そう嫌そうな顔をするな」
「もう三か月も帰れていないんですよ!」
「わかっておる! 余も三か月、まともに休んでおらぬ!」
陛下は一通の書類を差し出した。
「戦時動員の解除について、各省の合意がまとまった。そこで、正式に終戦を宣言する式典を開こうと思う」
「それは、よいことだと思います」
「うむ」
「それでは、私は田舎へ……」
「待て」
また止められた。
嫌な予感がする。
「式典には、そなたにも出てもらいたい」
「……え?」
「余とともに、戦争の終結を宣言してほしい」
俺は、北部の砦で会った人々を思い出した。
故郷へ帰りたいと願っていた兵士。
帰る家を失った避難民。
あの人たちは、今ごろどうしているだろう。
「……陛下。その式典が終わったら、本当に帰っていいんですよね?」
陛下は笑った。
「うむ。王として約束しよう」
俺は深く息を吐いた。
「……わかりました。最後の仕事、お引き受けします」
◇
終戦式典の日。
王都の大広場には、大勢の人々が集まっていた。
三年前、魔王討伐へ旅立ったときも、この広場には多くの人がいた。
だが、あの日の人々の顔には、不安があった。
今は違う。
国王陛下が、一歩前へ出た。
「王国の民よ!」
広場が静まり返る。
「長きにわたり、我らは魔王軍との戦いを続けてきた! 多くの者が戦場へ赴き、多くの命が失われた!」
陛下は広場を見渡した。
「しかし、我らはついに魔王を討ち果たした! そして今日、余はここに宣言する!」
一瞬の静寂。
「王国は、魔王軍との戦争を終結する!」
大歓声が沸き起こった。
「これより兵士たちを順次故郷へ帰還させる! 戦禍を受けた地域の復興は、王国が責任をもって進めよう!」
陛下は俺を振り返った。
「勇者レオン!」
「はい!」
「そなたは、見事に務めを果たした! よって、余はここに宣言する!」
陛下の声が広場に響く。
「勇者レオンの、すべての務めを解く!」
俺は腰の聖剣を抜いた。
三年間、ずっと握り続けた剣。
それを両手で差し出す。
「陛下。これにて、勇者としての務めを終えます」
陛下は静かに剣を受け取った。
「ご苦労であった」
その一言を聞いた瞬間、ようやく実感した。
ああ。
本当に、終わったんだ。
広場から大きな拍手が沸き起こる。
俺は深く頭を下げた。
◇
数日後。
俺は旅行鞄と、道具屋で買った鍬を持って王都を出発した。
行き先は北部の小さな村。
魔王を倒すのに三年。
戦争を終わらせるのに、さらに三か月。
ずいぶん長い仕事だった。
「……さて」
俺は鍬を担ぎ直した。
勇者の仕事は、これでおしまいだ。
まずは、ジャガイモの育て方を教えてもらうところからだ。




