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危機のたびに異世界の職業を思い出すおっさん、ダンジョン社会で生きる  作者: kage3
第一章 ダンジョン発生

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第8話 巨大な敵と要救助者

 助けを呼ぶ声は、思っていたよりも遠いかもしれない。


 確かに聞こえる。

 だが距離が掴めないのだ。


 通路に反響した音が、壁と天井に跳ね返り、距離感覚を狂わせる。

 叫びが一つなのか、複数なのかすら判然としない。


 この階層に入ってから、ずっとそうだった。

 音だけじゃなく、この空間自体が人の気持ちも、微妙に歪ませられている気すらする。


 片目の男は、立ち止まることなく歩きつづけながら、魔力感知で周囲のようすを探っていた。

 そして、ほんの一瞬だけ足を止める。


「……この奥だな」


 短く言い切ると、すぐに続けた。


「モンスターがいた場合、俺たち三人で引き受ける。怪我人の治療と救助、誘導は任せる」


 具体的で、迷いのない指示。


 それだけで、全員が役割を理解する。


 大柄の男が一歩前に出る。

 拳を軽く鳴らし、身体をほぐすように首を回した。


 眼鏡の男は、無言で杖を握り直す。

 その仕草に、緊張が滲んでいた。


 私よりも彼のほうが良い判断をするから、異世界人の記憶を持っているだけの私からは何も言うことはない。

 

 女医師と目が合う。

 互いに短く頷き合い、自然と後方に下がった。


 治療と安全確保を最優先。


 全員が無事に脱出するため、この配置に議論の余地はない。


 私はみんなに声をかけ、戦闘の邪魔にならない位置へと移動する。

 無理に急がせない。

 だが、止まらせない。

 スキルに覚醒しなくとも魔力操作で身体能力が向上しているので全く問題ない。

 

 三人は力強い姿で、恐怖で足が竦むことなく進めている。


 ――力ある彼らに、戦闘は任せよう。


 私が前に出て、何かできるわけじゃない。

 下手に動けば、足を引っ張るだけだ。


 だからもう余計なことをしない。




 通路の奥は、わずかに開けていた。


 広間と呼ぶには狭いが、数人が動ける程度の空間。

 その壁際に、数名の人が追い詰められている。


 そして――

 その前に、二人の若者が立っていた。


 男と女。

 服装から学生だと、すぐに分かる。


 装備は、私たちと同じ種類のものだ。

 つまり、サイズが合っていないし、傷だらけでところどころに歪んでいる部分がある。


 彼らは学生服の上から身に着けていた。

 同じ姿でも私と違い戦う覚悟を持っていた。


 男子学生の方が前衛を受け持っている。


 身体強化のスキルを無理やり使い、巨大な敵の正面に立っていた。

 足が震えているのが、遠目にも分かる。


 彼の腕に雷が走った。


 眩い閃光ではない。

 ほんの一瞬、空気が弾けるような音が響く。


 しかし、巨大な敵はわずかに身体を震わせるだけで効果は見えない。


「っ……!」


 男子学生は歯を食いしばり、踏みとどまる。

 後ろには、女子学生。


 彼女は前に出てないが、何もしていないわけでもない。


 巧みに死角から魔力を込めた礫でモンスターの眼など弱い部分を執拗に狙うことで動きを阻害し、男子学生への圧力を弱めている。


 戦闘に慣れていない。

 それでも、必死だ。


 ――守るために、戦っている。


 その事実が、はっきりと伝わってきた。


 敵は、巨大で頑強だった。


 これまで遭遇した魔物とは、明らかに違う。

 表皮が硬く、物理攻撃の効果が薄い。


 動きは鈍そうに見えて、油断ならない。

 一歩一歩が重く、その腕は簡単に人間を吹き飛ばす。


 物理攻撃では効果が薄いことが分かっているからか、男子学生は何度も雷を発生させている。そのため魔力を消耗し、男子学生の疲労が見て取れる。


 片目の男は、その場の状況を一瞬で理解し、行動した。


「援護する。」


 その一言に、学生二人が反応する。

 ほんの一瞬、意識が逸れた。


 その隙を見逃すわけがない。

 巨大な敵の一撃が、男子学生へ向けてはなたれる。


「――っ!」


 女の悲鳴が上がる。


 だが、モンスターの一撃が届く前に大柄の男が割り込んだ。


「おおおおっ!!」


 気合の入った声。

 身体強化を限界まで高め、拳を打ちつけることで攻撃を受け止めた。


 衝撃が、空間を震わせる。


「二人とも、下がれ! 邪魔だ!」


 怒鳴るような声。

 助けられた人たちは口々にお礼を述べるばかりですぐには動かない。


「礼も質問も後だ! さっさと移動しろ!」


 容赦のない言葉。

 だが、それが正しい。


 学生二人が援護に入ろうとするが、女医師の声が飛ぶ。


「あなたたちもこっちへ来なさい。そんな限界状態では戦いの邪魔よ!」


 足がふらつく男子学生を女子学生が、必死に支えて戦闘域から離れる。


「長く持たねえぞ!」


 大柄の男の叫び。


 身体強化は万能じゃない。

 限界は、確実に近づいている。


「最大威力で攻撃しろ!」


 片目の男が、眼鏡の男に指示を出す。


「魔力が空になって何も出来なくなるぞ」


「構わん。あれ以外は周囲に敵はいない。あれを倒せばしばらく安全だ!」


 一瞬の沈黙。

 そして――


 眼鏡の男が、歯を食いしばり、杖を構えた。


 空気が、熱を帯びる。

 魔力が、一点に収束する。

 何か特殊な効果でもあるのか、魔力が収束すると杖に文様が浮かび上がった。


 その間、私は非戦闘員を後方へ誘導し、女医師と合流する。


「全員の避難完了!」


 大声で状況を報告する。


 片目の男が、素早く動いた。

 敵のヘイトを大柄の男から外すために魔力の込めた石を投擲する。


 ――だが、まったく効果がない。


 敵の注意は、大柄の男から逸れない。


 打つ手なしかと思ったとき、学生二人が動いた。


 残り少ない魔力を振り絞り、雷とデバフ魔法を放つ。


 物理耐性が高いためか魔法への耐性は低いのだろう。

 巨大な敵の意識が、わずかに大柄の男から外れた。


「今だ!」


 片目の男が叫ぶ。


 大柄の男は残りの力を振り絞って敵の攻撃を弾くと同時に敵から離れるために全力で跳んだ。

 眼鏡の男が、杖を強く握り締める。


 収束させた魔力が、杖の先端に凝縮されていく。

 ただの火球ではない。

 圧縮され、高密度に固められた炎。


 空間全体の温度が、目に見えて上昇する。


 熱に反応したのか、巨大な敵がわずかに身構えた。

 その視線が、眼鏡の男に向く。


「……いまさら遅い」


 眼鏡の男が、掠れた声で吐き捨てる。


「食らえ――《収束火炎砲》」


 次の瞬間。


 放たれた火球が、一直線に巨体へと襲いかかった。


 直撃。


 轟音が空間を揺らし、爆ぜるような熱が広がる。

 激しい煙が立ち上り、視界を完全に覆い隠した。


「ゴホッ……ゴホッ……」


 咳き込みながら、大柄の男が悪態をつく。


「……煙は余計だろ」


「知るか!」


 眼鏡の男は、魔力を使い切ったのか、ふらつきながらも言い返す元気は残っているようだった。


 一瞬――

 空気が緩む。


 私を含め、その場にいる全員が「倒した」と思いかけた、そのとき。


「油断するな」


 低く、鋭い声。


 片目の男だけが、煙の向こうを睨み続けていた。


「おいおい……さすがに、アレを食らえば倒した……だろ?」


 大柄の男が、半ば冗談めかして言う。


 ――その言葉を、嘲笑うかのように。


 煙の奥に、影が見えた。


 うっすらと。

 確かに、そこに“まだ立っている何か”がある。


「……これは、逃げるべきだよね」


 女学生が、思わず呟く。


「いや」


 片目の男が、即答する。


「大丈夫だ」


 そう言った直後――

 影が、大きく揺らいだ。


 巨体が、ゆっくりと前に傾く。

 支えを失ったように、膝が崩れ、そして――


 倒れた。


 重い音が、空間に響き渡る。


 完全な沈黙。


 ようやく、戦闘が終わった。しかし、誰も動かずじっとしている。


 焦げた匂い。

 耳鳴り。




 戦いが終わったと理解するまでに、少し時間がかかった。

 あちこちで座り込む者、壁にもたれかかる者がいて、誰もがすぐには動けなかった。


 歓声は控えめだった。

 叫ぶ力すら残っていない、という方が正しい。


 前線に立っていた三人は、誰が見ても限界だった。

 肩で息をし、気力でようやく立っている。

 無事に見える者など一人もいない。血と泥と汗が混じり、彼らがどれだけ危険な場所に立っていたのかを雄弁に語っていた。


 一方で、学生の二人はほとんど同時に崩れ落ちた。

 足から力が抜け、膝をつく前に、女医師と私で二人を受け止める。


「……大丈夫だ」


 声をかけても、返事はない。

 気を失ったわけではないが、完全に力を使い切っていた。


 学生の体を支えながら、その軽さに息を呑んだ。

 あれだけの恐怖と死線を越えた後で、なお前に立って戦った存在。

 主役は、間違いなく彼らだ。


 自分は違う。

 前に立つことはできないし、戦う覚悟もない。


 それでも——


 倒れた学生たちを支える腕に、奇妙な確かさがあった。

 怖さは消えない。

 モンスターは、今も、これからも恐ろしい。


 だが、それでも彼らの負担を少しでも減らせるよう。

 せめて逃げることくらいは、できるようになりたい。


 異世界人の記憶で手に入れたものは、まだ借り物に過ぎない。

 魔力操作も、簡易魔術も、体術も、理解しているだけだ。

 使いこなしているとは言えない。


 それでも、これはきっかけだと、はっきり思えた。

 前に立つ主役にはなれなくても、後ろで生き残る努力はできる。


 今から少しずつでいい。

 完全に、自分のものにするために。


 気を失った学生の呼吸は、規則正しくなっていた。

 夜明け前の空気は冷たく、戦いの熱をゆっくりと奪っていく。


 静まり返った戦場に、生きている者たちだけが残っていた。

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