第7話 戦闘と叫び声
その部屋に入ったとき、最初に感じたのは違和感だった。
石壁に囲まれた無機質な空間。
だが、そこに置かれているものは、明らかにこれまでの階層とは性質が違う。
革鎧、金属製の防具、簡素だが実戦を想定した装備品。
武器用の棚がほとんど空だったのは残念だが、それでもモンスターに対抗する術が一つでもほしい私たちにはありがたい品々だ。
「……全員、装備を着けろ」
片目の男が短く言う。
誰も異論を出さなかった。
女医師は軽装の防護衣を身に着け、腰に医療品一式をまとめる。
他の人たちもぎこちなく革鎧を装着し、互いに確認し合っていた。
私も同じだ。
サイズの合わない装備を身に着けながら、できるだけ身体に負担がかからないように位置を調整する。
――見た目だけなら、確かに探索者だ。
大柄の男は剣を見つけられなかった代わりに、
武器庫の奥で見つけた拳を覆うガントレットを両手に装着していた。
ごつり、と左右の拳を打ち合わせる。
それだけで、空気が変わる。
眼鏡の男は杖を手に取る。
節が不自然なほど少なく、表面には細い溝が螺旋状に走っている。
先端には、黒ずんだ金属片のようなものが埋め込まれ、微かに脈打つような感覚を放っている。
「……これは魔力が通ってるな」
片目の男がそう言って眼鏡の男に渡した唯一の杖だ。
握った瞬間、眼鏡の男の表情がわずかに引き締まる。
ただの道具じゃない。
それが、誰の目にも分かった。
「配置は変えない。最後尾の護衛は頼むぞ」
私はうなずく。
男は何も言わず、左右の拳を一度、強く打ち合わせた。
――ガン。
鈍い音が、階層に反響する。
それだけで、場の空気が変わった。
大柄の男と片目の男は全員の顔が引き締まったのを確認すると、先頭を歩き始めた。
最初に気づいたのは、足音だった。
三つ。
重なり合い、わずかにずれながら、確実にこちらへ近づいてくる。
「来るぞ」
片目の男が低く告げた瞬間、魔物が闇の奥から姿を現した。
三体。
単体ではなく、明らかに“連携”を前提とした動きだった。
左右に散る二体。正面から圧をかける一体。
囲う。削る。崩す。
獣じみた姿とは裏腹に、動きには無駄がない。
「――――っ!」
大柄の男が一歩前に出た。
分厚いガントレットを構え、太い足が地面を踏みしめる音が洞窟内に鈍く響く。
来る。
三体同時の突進。
だが、大柄の男は一切引かなかった。
攻撃しない。迎え撃たない。
ただ、全力で受け止める。
爪が、牙が、拳ほどの質量を持つ前肢が、次々と叩きつけられる。
身体強化された肉体とガンドレッドで全てを防いで男は一歩も引かない。
衝撃が腕を伝い、肩を揺らし、足元の砂利を跳ね上げる。
それでも、踏みとどまる。
「……っ、あの人……」
後ろで女医師が息を呑むのが分かった。
あれは防御じゃない。壁だ。
「速射で行く」
眼鏡の男が短く言った。
詠唱はほぼない。
次の瞬間、火炎が弾丸のように連続して放たれる。
轟、轟、轟。
威力は抑えめ。
だが速度が異常だった。
魔物の動きが一瞬止まる。
熱と光に怯み、連携がわずかに乱れる。
「今だ!」
片目の男が叫び、大柄の男の横に並ぶ。
二人が同時に踏み込んだ。
片目の男は勝負どころと判断したのだ。
だが――
一体が、壁を走るように強引に突破してきた。
狙いは明らかだった。
「っ!」
背筋が凍る。
女医師の方へ、魔物が一直線に跳ぶ。
眼鏡の男が振り向く。
だが、今は高威力魔法のために魔力を溜めている最中だった。
「っ……!」
焦りが、一瞬だけ顔に出た。
その瞬間。
「無視しろ! 先に抑えてる二匹を落とせ!」
片目の男の声が、鋭く飛ぶ。
「――《火炎・豪爆》」
大きな炎の塊が、体勢の崩れた二体に放たれた。
空間を支配する熱。
視界を奪う閃光。
モンスターたちが悲鳴を上げ、床を転がり動きを止める。
二体の魔物が、ほぼ同時に崩れ落ちる。
その間にも、最後の一体は迫ってくる。
「来るな……!」
喉から、情けない声が漏れた。
眼鏡の男がこちらを見て、牽制魔法を撃とうとする。
――だが。
「うああああああ!!」
叫んでいた。
自分でも何をしているのか分からないまま、
私は鉄棒を握りしめ、前に飛び出していた。
異世界人の記憶。
あのとき、これを手に取って何かが変わっただろうか?
今はただ無心に殴りかかる。
――しかし、あっさりと、避けられた。
視界が回転する。
衝撃。
宙を舞い、地面に叩きつけられる。
その瞬間。
轟炎。
巻き込まれる人がいなくなったので眼鏡の男が魔法を放ったのだ。
怯んだ魔物に、影が重なる。
「――終わりだ」
大柄の男の拳が身体強化された力を込めて叩き込まれた。
鈍い音。
魔物が吹き飛び、壁に叩きつけられる。
戦闘が終わったあとも、しばらくは誰も動かなかった。
焦げた匂いと、まだ熱を残す空気。
耳鳴りが静まっていくにつれて、ようやく現実が戻ってくる。
一般人たちは互いの無事を確かめ合い、女医師が素早く前線へ向かった。
私は後方で、倒れている者がいないかを確認しながら、息を整える。
「……なんで、前に出てきた。あそこは攻勢に出るんじゃなく防御を固めるところだろ!」
低い声だった。
眼鏡の男――魔法使いタイプが、こちらを見ていた。
杖を握る手が、まだ微かに震えている。
「俺が牽制を入れようとしているのが見えなかったのか!」
視線が、私に突き刺さる。
「そこに割り込まれたら、魔法を撃てない。そのくらい分かるだろ!」
責めるような口調。
怒りと、焦りが混じっているのが分かった。
言葉を探していると、片目の男が一歩前に出た。
「全員無事だ」
淡々とした声。
「今は――」
「分かってる!」
眼鏡の男が、遮るように声を荒げる。
「分かってるけど……っ」
言葉が続かず、彼は歯を食いしばった。
納得していない。それだけは、はっきりしていた。
場の空気が、わずかに張り詰める。
そのときだった。
遠くで――
「……たす……け……」
かすれた声。
反響して、方向が掴めない。
一人じゃない。複数だ。
思わず立ち上がろうとして、足を止めた。
今、動くべきか。
それとも、動かないべきか。
心臓が早鐘を打つ。
だが――判断するのは、私じゃない。
視線を、片目の男へ向ける。




