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危機のたびに異世界の職業を思い出すおっさん、ダンジョン社会で生きる  作者: kage3
第一章 ダンジョン発生

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第6話 持つ者と持たざる者

 魔力を教える、という行為が、こんなにも地味で、報われないものだとは思わなかった。


 俺は膝をつき、目の前に座る中年の男の手首に、そっと自分の手を重ねた。触れることで魔力を流し、相手に「感覚」を覚えてもらう。それが、異世界人の記憶が教えてくれた、最初の一歩だった。


「……今、何か感じますか」


 問いかけると、男は眉を寄せ、しばらく黙り込んだあとで、慎重に言葉を選ぶように答えた。


「……正直、よく分からない。ただ……少し、手が温かい気はする」


「それで大丈夫です。今は、それで」


 そう答えながら、胸の奥で小さく息を吐く。


 異世界人の記憶でも、最初はそんなものだった。魔力が「見える」わけでも、「操れる」わけでもない。ただ、あると知ること。それだけに、何日も、何週間もかかった。


 だが――今は時間がない。


 ここはダンジョンの中で、出口はまだ確保できていない。食料も水も限りがある。焦りが、空気の中に薄く染み込んでいた。


「次の人、いいですか」


 俺が声をかけると、別の女性が前に出てくる。同じことを繰り返す。触れ、魔力を流し、感じてもらう。


 結果は、ほとんど変わらない。


「少し、身体が軽い気がする」

「なんとなく、さっきより息が楽かも」

「……気のせいかもしれないけど」


 それ以上は進まない。


 異世界人の記憶が、心の奥で囁く。


――普通だ。

――それが普通だ。


 才能がないわけじゃない。ただ、時間が必要なだけだ。魔力操作は、生活魔術を覚えるまでに、誰もが通る壁だった。


 だが、今はその「普通」を待っていられない。


 俺は立ち上がり、視線を巡らせた。


 少し離れた場所では、眼鏡をかけた若い男が、壁に向かって立っている。手のひらをかざし、何度も深呼吸を繰り返していた。


 もう彼は俺を必要としていない。


 レクチャーは、全て終わっている。魔力の流れ、意識の向け方、集中の仕方。必要なことは、あっという間に身に着けていった。


 だから彼は、俺の言葉をなぞることなく、自分なりのやり方で調整を続けていた。


「……こう、じゃないな」


 小さく呟き、指先の角度を変える。呼吸を変える。意識の置きどころを変える。


 ――俺は、口を挟めない。


 異世界人の記憶が告げる。


――才能がある者は、必ず独自のやり方にたどり着く――


 その通りだった。


 そんな彼の周囲には、いつの間にか人が集まり始めていた。


「今の、どうやったんですか?」

「その感覚、どんな感じです?」


 質問は、俺ではなく、彼に向けられる。


 俺は少し距離を取り、その様子を眺めるだけの存在になっていた。


 邪険にされない。拒否もされない。だが、存在意義が確実に変わっていく。


 その頃、探索に出ていた二人――大柄の男と、片目の男――のことを、俺は何度も考えていた。


 前線に行けない行かない理由は、はっきりしている。


 俺には、身体強化も、魔力感知も十分にできない。異世界人の記憶のおかげで知識はあっても、それを自分で十分に使う力がない。だから、ここでみんなにレクチャーすることでしか価値を発揮できない。


 分かっている。頭では。


 それでも、胸の奥に、言葉にならない何かが溜まっていく。


 どれくらい時間が経っただろうか。


 ざわ、と空気が揺れた。


「戻った!」


 誰かの声に、全員の視線が入口方向へ向く。


 二人が現れた瞬間、練習組の空気が一変した。


 大柄の男は、肩で息をしていた。腕や胸元には、乾きかけの血が付いている。片目の男も、外套の端が裂け、靴には泥と赤黒い染みが残っていた。


 そして――二人とも、ボロボロだが、明らかに「身を守るための装備」を身に着けていた。


「それ……どこで?」

「怪我してるじゃないか!」


 一斉に声が飛ぶ。


「待って」


 女医師の声が、その流れを止めた。


「質問は後。まずは彼らの状態を診るのが先よ。」


「大丈夫だって」

「この程度なら――」


「今は少しでも戦力が必要なのよ。万全の状態を維持しないと全員が危機にさらされるのよ。」


 きっぱりと言い切り、二人を座らせる。その手つきは迷いがなく、状況判断の早さが際立っていた。


 簡単な診察のあと、女医師は小さく頷いた。


「怪我は全て治療できたわ。でも、無理は厳禁。」


 その言葉に、ようやく周囲が落ち着く。


 片目の男が、状況報告を始めた。


「上に続く道を見つけた。構造は単純だが、途中に素早く動く敵がいた」


 速い、という言葉に、緊張が走る。


「単体だが、動きが読みにくい。脅威度は想定より高い」


 淡々とした声。その中に、わずかな重みがあった。


「倒すとなると危険だが……」


 大柄の男が、拳を握りしめる仕草を見せる。


「俺が身体強化した状態で殴れば怯ませ、追い払うことはできた。」


「倒す必要はない。魔力感知で遭遇を避ける。もし接敵しても追い払うことは十分できる。」


 片目の男が続ける。


 俺は、その言葉を聞きながら、頭の中で状況を組み立てていた。


 速い敵。単体。狡猾。倒すのが危険なら遭遇を避け、接敵しても追い払うか逃げる。


 ――正しい。


 異世界人の記憶が、そう断言していた。


 もし、欲を出して追っていたら。結果は、全く違ったはずだ。


 報告が一段落したとき、片目の男が、俺の方をちらりと見た。


「……魔力に関してのレクチャーがなければ、戻れなかった。」


 声は小さく、ほとんど独り言のようだった。


 俺の胸が、わずかに揺れる。


 だが、その言葉は、そこで終わった。


「身体強化、やっぱり使えるな」

「速い敵でも対応できるなら、希望はある」


 注目はすぐに、大柄の男と眼鏡の男へ移っていく。


 俺は、その輪の外で、ただ立っていた。


 評価されていないわけじゃない。


 でも、中心は彼らだ。


 会議が始まる。


 安全なルート。敵の特徴。簡易拠点候補の部屋。そこに残されていた、武器や防具になりそうなもの。


 淡々と情報が整理されていく。


 片目の男が判断を下す。


「次は、上の階層を目指す」


 俺に、意見は求められなかった。


 一瞬、視線がこちらに向いた気がしたが、それはすぐに流れた。


 役割は、もう決まっている。


 俺は、主役4人以外に魔力操作をレクチャーする。


 夜――と呼べるほどの暗さの中で、俺はまた、一人ずつに魔力を教え続ける。


 役に立っているはずだ。


 でも、いなくても回る気がする。


 それでも、手を止めることはできなかった。


 止めてしまえば本当にいなくても良くなってしまう。


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