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危機のたびに異世界の職業を思い出すおっさん、ダンジョン社会で生きる  作者: kage3
第一章 ダンジョン発生

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第5話 ただのおっさんとスキル

 短い沈黙のあと、誰かが一歩、前に出た。


 眼鏡をかけた青年だった。

 細身で、運動が得意そうには見えない。だが、その目には迷いがなかった。


「俺にも教えてもらえるか?」


 率直な言い方だった。

 覚悟というより、確認に近い。


 視線が自然と、私に集まる。

 私は一瞬だけ息を整え、静かに頷いた。


「……大丈夫です。無理に何かをしようとしなくていい。

 ただ、体の中にある“何か”に意識を向けてください」


 言葉だけでは足りない。

 そう分かっていたから、私は青年の手首にそっと触れた。


 異世界人が、初めて魔力を教わったときの記憶を掘り起こす。

 重要なのは、力を生み出すことじゃない。

 そこに“ある”ものを探し、存在と流れを感じ取ること。


 私は、魔力をゆっくりと流した。

 押し付けず、導かず、ただ通すだけ。

 ここに道がある、と示すように。


 青年の呼吸が、わずかに乱れた。


「……スキル?」


 戸惑いを含んだ声。

 だが次の瞬間、彼の表情が変わる。


「……なるほど……こうすればいいのか」


 私が手を離す前に、

 青年は自分で魔力を動かし始めていた。


 ――理解が、早い。


 女医師のときにも感じたが、

 この青年も、感覚をつかむまでが異様に速い。


 彼は指先に意識を集中させる。


 一瞬の静止。

 そして。


 ぱちり、と。


 小さな火花が、闇の中で弾けた。


「……っ」


 誰かが息を呑む。


「今の……」


「火、だよな?」


 低いざわめきが広がる。

 恐怖ではない。抑えきれない高揚が、空気を揺らしていた。


 青年は、自分の指先を見つめたまま、静かに呟いた。


「……できる。俺にもできる」


 一拍置いて、噛みしめるように続ける。


「夢じゃない……俺も、魔法が使える」


 その言葉が、周囲に波紋のように広がった。


 魔法は、特別な誰かだけのものじゃない。

 やり方さえ分かれば、再現できる“力”なのだと――

 全員が、はっきりと理解してしまった。


 視線が、私に戻ってくる。


 期待。

 確認。

 そして、次は誰だという無言の問い。



 火花の余韻が、まだ空気に残っている。


 興奮と期待が混じったざわめきの中で、

 今度は別の男が前に出た。


 大柄で、年季の入った体つき。

 現場仕事を思わせる、無駄のない立ち姿だった。


「次は俺だな」


 確認ではない。

 当然の順番のような口調。


 私は小さくうなずき、同じように手首に触れた。

 先ほどと同じように、魔力を流す。


 ――だが、反応はまるで違った。


「……おぉ」


 男の目が、はっきりと見開かれる。


「なんだこれ……体が、軽い」


 肩を回し、指を握りしめる。

 筋が浮き、動きが明らかに変わる。


「力が……中から湧いてくる感じだ」


 一歩、前へ。


 試すように壁を軽く殴ると、

 洞窟に、はっきりとした衝撃音が響いた。


「……身体、強化か」


 誰かが呟いた。


 男は短く笑う。


「悪くねえ。俺にピッタリだな、これは」


 火花のような派手さはない。

 だが、見れば分かる。


 殴れる。耐えられる。動き続けられる。

 戦うために、そのまま使える力だった。




「次は、私だ」


 低い声。


 片目を布で覆った、五十代ほどの男が前に出る。

 ――さっきまで、地面に横たわっていた人物だ。

 胸元の衣服には、まだ血の跡が残っている。


 女医師の回復魔法で、

 致命傷だけは免れたはずだった。


 だが、無理をすれば倒れてもおかしくない。

 そう思っていた。


「……大丈夫なんですか」


 思わず、声が漏れる。


 男は、片目だけでこちらを見た。


「問題ない」


 短い返答。

 強がりではなく、状況を正確に把握した声だった。


「自分の状態は、分かっている」


 そう言って、一歩、前に出る。


 動きに、ふらつきはない。

 むしろ、どこか研ぎ澄まされている。


 同じように、魔力を流す。




 彼は目を閉じ、静かに呼吸を整える。


「この近くには……俺たち以外の気配はない」


 少し間を置き、眉をひそめる。


「だが……遠くに、大きいのがいる。

 数は一つ。危険だ」


 誰も、すぐには言葉を発せなかった。


 私は、その沈黙の中で、違和感を噛みしめていた。


(……おかしい)


 異世界人の記憶にある魔力の扱いでは、

 こんなことは、簡単にはできない。


 女医師の回復魔法なら、

 まだ分かる気がしていた。


 だが――


 火炎。

 身体強化。

 索敵。


 どれも、私が見せた覚えはない。

 魔力を感じ、流す、その先にある技術だ。


 異世界人の記憶では、

 魔力の扱いが相当に上達しなければ、

 辿り着けない段階のはずだった。


(……なのに)


 そこで、思い出す。


 眼鏡の男が、最初に口にした言葉。


「……スキル?」


 ――覚えが、ある。


 私自身、異世界の品に触れたことで、

 “異世界人の記憶”という形で力を得た。


 それが、スキルと呼ばれるものなら。


(彼らも……)


 魔力に触れたことをきっかけに、

 それぞれのスキルに目覚めた。


 そう考えれば、

 この急激な違いにも、説明がつく。


 私は、周囲の変化を見渡す。


 ここで起きているのは、単なる魔法の練習ではなく、力の分化なんだ。

 静かに、だが確実に進んでいた。


 その流れの中で、

 私は自分に求められている立ち位置を、

 まだ言葉にできずに考え続けていた。



 目に見える効果を示したのは、私じゃない。

 回復魔法で傷を塞ぎ、火を灯し、身体を強化し、気配を捉えた。

 ――ここから脱出するために有用な能力を示したのは、彼らだ。


 私ができたのは、

 魔力の存在と、その扱い方を伝えただけ。


 魔力を感じ、操ることができても、

 同じ効果を、同じ強さで発揮できるわけじゃない。


 異世界人が時間をかけて辿り着いたものに、

 彼らは、あまりにも早く手を伸ばし、そして一瞬で追い越したのだ。


 ――スキルがおよぼす能力の差。

 その現実を、私はまだ整理しきれていなかった。



「みんな、聞いてくれ」


 魔法だ、スキルだと騒がしくなりかけていた空気を、

 片目を布で覆った五十代ほどの男の声が押しとどめた。


 自然と、ざわめきが収まる。


「今見た通り、俺たち4人は“力”を手に入れた。

 だからと言って、全員が同じように戦えるようになる必要はない」


 彼は、一拍置いてから続ける。


「最低限でいい。全員が、魔力を感じて、流せるようになる必要がある。

 それだけでも、身体の動きは滑らかになるし、少しだけ力も出る。

 直接戦う力にならなくても、脱出の成功率は確実に上がる。」


 男は、視線をこちらに向けた。


「だから、君に頼みたい。

 引き続き、魔力操作の手ほどきをしてほしい」


 一瞬、女医師のほうが適任ではないか、という考えが浮かぶ。

 だが、すぐに打ち消した。


 ここに来るまでに、怪我人は何人も出ている。

 回復魔法を使える彼女には、治療という役割がある。


「できるだけ早くだ。

 時間をかける余裕はない」


 私は小さく頷いた。


「……分かりました」


 胸の奥で、はっきりと理解する。


 戦う力もない。

 前に出る勇気もない。

 誰かを率いる責任を背負う覚悟もない。


 それでも――

 魔力操作を教えることなら、できる。



「二手に分かれよう」


 片目の男が言った。


「脱出のために、周囲の調査は必要だ。

 だが、いま全員で動くのは危険すぎる」


 短い沈黙のあと、彼は大柄な男を見て、はっきりと言った。


「君に頼みたい」


 大柄の男は、即座に頷く。


「任せろ」


「……俺も行けます」


 眼鏡の男が、一歩踏み出す。


 だが、片目の男は首を振った。


「いや。ここにも“戦える者”が必要だ。もしものときはみんなを守ってくれ。」


 その言葉に、周囲で不安そうにしていた人たちの表情が、わずかに緩んだ。


「……二人で大丈夫か?」


 誰かが不安げに言った。


「二人で十分だ」


 片目の男が続ける。


 大柄の男は、近くに転がっていた大きな岩に歩み寄ると、

 腰を落とし――軽々と持ち上げた。


「……おお」


 どよめきが起きる。


「今なら、さっきのモンスターが来ても追い払える」


 岩を元の場所に戻し、大柄の男は肩を回した。


「身体強化ってのは、そういうもんらしい」


 その言葉に、空気がはっきりと変わった。

 不安よりも、納得と安心が広がっていく。


 片目の男は、最後に俺を見る。


「頼んだぞ」


 短い一言だったが、重みは十分だった。


「……最善を尽くします」


 そう答えると、彼は頷き、踵を返す。


 二人は並んで、洞窟の奥へと歩いていった。


 強化された身体。

 危険を察知できる力。


 頼もしい背中が、暗闇の中へと遠ざかっていく。


 ――大丈夫だ。


 主役が俺じゃなくてもいい。

 前に立つのが、彼らであってもいい。


 あの二人が道を切り開き、

 俺はここで、できることを積み重ねる。


 その先に、脱出がある。


 胸の奥に、確かな希望が灯っていた。




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