第26話 焦りと3人組探索者
中層の探索を繰り返すようになって、数日が経った。
深追いせず、疲労が溜まる前に引き返す。代わりに、同じエリアを何度も丁寧に回る。
地味だが、ダンジョン探索としては堅実なやり方だ。
その成果は、少しずつだが確実に出ていた。
――宝箱。
中層に入ってから、これまで見つけた数は一つや二つではない。
「……本当に、色んなところにありますね」
篠原さんが、半ば呆れたように周囲を見回す。
実際、その通りだった。
茂みの奥。
川の中。
太い木の根元の影。
何の目印もない草原のど真ん中。
どう考えても「ここにあるだろう」という場所だけでなく、「何でこんなところに?」と思うような場所にまで、宝箱はひっそりと置かれている。
罠はないが、魔力反応が強いわけでもないので目で見て探すしかない。
注意深く見ていなければ、普通に見落としてしまう。
「宝箱って、もっと分かりやすいものだと思ってました……」
「同感です。完全にかくれんぼですね、これは」
苦笑しながら頷き、開けたばかりの宝箱の中身を確認する。
中に入っていたのは、ローポーション。
「ローポーション、ですね」
「ええ。悪くはないですが……」
これで何本目だろうか。
他にも、通常のポーション。
身体能力を一時的に底上げするパワーポーション。
どれも有用ではある。
探索を続ける上で、確実に助けになっている。
――だが。
目的のものは、まだ一度も姿を見せていなかった。
「……ハイポーションは、やっぱり簡単には出ませんね」
篠原さんの言葉に、私は静かに頷いた。
数を当たれば、そのうち見つかる。
理屈では分かっているが、気持ちの方はなかなか追いつかない。
中層の探索は、ほぼ毎日のように続いていた。
そして――宝箱も、ほぼ毎日のように見つかっている。
茂みの奥、川の浅瀬、木の根元、草原の真ん中。
場所はまちまちだが、発見の頻度自体は決して悪くない。
中身も、決して外れではなかった。
ローポーション、ポーション、パワーポーション。
だが。
「……今日も、ありませんね」
篠原さんが宝箱を閉じる指先に、以前よりも力がこもっている。
日を追うごとに、その変化ははっきりしてきた。
不用意に茂みに踏み込もうとする回数が増え、
必要以上に足を速め、先へ先へと進もうとする。
「篠原さん、少しペース落としましょう」
できるだけ柔らかく声をかけると、篠原さんははっとしたように振り返る。
「あ、すみません……焦ってました」
口ではそう言う。
だが、行動はなかなか元に戻らない。
「……ハイポーションの素材、何かありませんか?」
その確認も、日に日に増えていった。
「今のところは……それらしいものは見当たりませんね」
嘘ではない。
ただ、植生や魔力の流れから見ても、可能性が低いことは分かっていた。
――それを、今は言わないだけだ。
そのときだった。
ズゥン……ズゥン……
腹の底を叩くような重低音が、遠くから響いてくる。
「……っ」
思わず足を止める。
音は一度きりではなく、間隔を置いて繰り返されていた。
そのたびに、地面がわずかに震え、
周囲の木々がざわめき、葉擦れの音が連鎖する。
――巨大な生き物が、森ごと揺らしながら移動している。
そう理解した瞬間、背中に冷たいものが走った。
警戒を強めた、その直後――
ガサッ、と茂みが大きく揺れた。
現れたのは、三人の探索者だった。
装備は揃っているが、どこか雑で、目つきも荒い。
「お……?」
視線が、真っ先に篠原さんへ向く。
「へぇ……こんなとこに、こんな上玉がいるとはな」
「中層で女連れ? 運がいいのか悪いのか」
嫌な予感が、はっきりと形を持った。
「――っ!」
男の一人が、何かを投げてきた。
反射的に、いつものように身を引いて避けようとする。
だが――
それは、空中で弾けた。
網が一気に展開される。
範囲は想像以上に広く、そのうえ30センチほどしか離れていないため逃げ場がなかった。
「チッ……!」
蜘蛛の巣状の網が身体に絡みつく。
腕、胴、脚――逃げようとするほど、締め付けが強くなる。
「よし、捕まえた!」
「囮確保だな」
三人は私を一瞥すると、迷いなく篠原さんの方へ向かった。
「おい、来い。大人しくしてりゃ――」
だが。
ズゥン……!
重低音が、先ほどよりもはっきりと近い。
地面が鳴り、木々が大きく揺れた。
「……っ、やばい!」
「もう来た、近いぞ!」
三人は顔を見合わせ、舌打ちすると――
「チッ、面倒だ。置いてくぞ!」
私と篠原さんをその場に残し、一目散に逃げ去っていった。
絡みつくの拘束を感じながら、私は奥歯を噛みしめる。
最悪のタイミングで、
最悪の連中に、
そして――巨大なモンスターに遭遇してしまった。
重低音の正体は、ほどなく姿を現した。
茂みを押し倒し、木々を押し分けながら――
それは、現れた。
全高、三メートル近い巨体。
輪郭は熊に近いが、毛皮は存在しない。
代わりに、全身を覆っているのは――植物だった。
太い蔓が筋肉のように絡み合い、
苔や葉、樹皮めいた部位が幾重にも重なっている。
歩くたびに、蔓が軋み、葉が擦れ、
生きている森そのものが動いているかのようだった。
「……ちょ、待て待て待て……何だよあれ……どうすりゃいいんだ……」
喉がひくりと鳴る。
頭の中が一気に白くなり、状況整理がまるで追いつかない。
拘束されたこの状態で、
あんなものが相手――冗談じゃない。
その瞬間、視界の端に影が滑り込んだ。
――篠原さんだ。
俺の前に、迷いなく立つ。
「な、何で前に出るんですか!? 意味分からないでしょう、そんなの!」
叫ぶ声が、情けないほど裏返る。
理解できない。理解したくもない。
逃げられるはずなのに、
どうして、わざわざ――
「嫌です」
即答だった。
「置いていけません」
「……!」
次の瞬間、篠原さんの視線が、巨体の胸元付近で止まる。
「……それより、アレを見てください」
植物の隙間。
蔓と幹のような部位が絡み合う奥に――
文様が刻まれた宝箱が、半ば埋もれるように見えていた。
はっきりした確証はない。
だが、脳裏をよぎるのは、かつてネットの片隅で囁かれていた噂だ。
――特殊な文様の宝箱は、
中身の“格”が違うことがある、という不確かな話。
真偽不明。
信じるには心許ない。
「……あの宝箱……、ハイポーションが入ってるかもしれません」
その言葉に滲む必死さが、胸に刺さる。
――いや、それ以上に。
ここまで追い詰められ、焦りが限界に来ているとは、正直思っていなかった。




