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危機のたびに異世界の職業を思い出すおっさん、ダンジョン社会で生きる  作者: kage3
第二章 おっさんはコンビニ店員

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第23話 滝つぼと変わった果物

 ハイオークがいたノードを抜け、その先へ進んだ瞬間、景色ががらりと変わった。


 探索者の間では、ここは「中層」と呼ばれている空間だ。

 もっとも――ダンジョンの正確な深さは、いまだ誰にも分かっていない。


 最前線とされている場所を下層。

 出口にほど近い、比較的安全な領域を上層。

 そのどちらでもない場所を、便宜上まとめて中層と呼んでいるだけだ。


 実際、ここが本当に“中”なのかどうかは、誰にも断言できない。


 だが、少なくとも下層とは明確に違っていた。


 下層では、壁に囲まれた広めの通路が延々と続いていた。

 対してここは――巨大な一つの空間、と言った方が近い。


 視界の先まで遮るものは少なく、左右の感覚も曖昧だ。

 天井を見上げても、どれほどの高さがあるのか分からない。

 ただ、確かに「天井がある」ということだけは分かる。



 中層に入ってからの探索は、思っていたよりも落ち着いたものだった。


 モンスターは確かに出る。

 だが低層ほど頻繁ではなく、動きにもどこか余裕がある。


 戦闘のたびに立ち止まり、確認し、進む。

 そんな探索者らしいペースが、この空間では自然と成立していた。


「……空気、少し変わってきましたね」


 篠原さんが周囲を見回しながら言う。


 言われてみれば、確かにそうだ。

 広さのせいか、湿り気を帯びた空気が、肌に触れて分かるほどだった。


「本格的に中層、って感じですね」


 低層とは違う。

 危険度だけでなく、環境そのものが、はっきりと変わっている。



 しばらく歩くと、足元の感触が変わってきた。


 岩だけだった地面に、柔らかい土と草が混じり始める。

 視界を上げれば、ところどころに背の高い草や低木が生い茂り、足元には苔のようなものも広がっていた。


 天井は相変わらず高く、どこまで続いているのか分からない。

 だが、閉塞感は薄れ、空間全体に湿り気を帯びた空気が満ちている。


「……水の匂い、しませんか?」


 篠原さんが足を止め、鼻をくん、と動かした。


「言われてみれば……土と草の匂いに混じって、湿った感じがありますね」


 耳を澄ますと、微かだが、一定のリズムを刻む音がある。

 風とは違う。石を打つような、柔らかい連続音。


「音もします。……流れてる音、ですよね?」


「たぶん。こんな場所で水が流れてるって……」


 半信半疑のまま進むと、その音は次第にはっきりしていった。


 やがて視界が開け、少し高くなった岩場の向こうに、水の動きが見える。


 岩肌を伝って落ちる水が、小さな滝となり、下に溜まっている。

 その水は滝つぼを作り、そこから草地の中へ細い川として流れ出していた。


 一瞬、二人とも言葉を失った。


「……うわ……」


 思わず、そんな声が漏れる。


 岩と魔物しかないと思っていたダンジョンの奥で、

 水が落ち、溜まり、流れている。


「本当に……ダンジョン、ですよね、ここ」


 篠原さんの声は、少しだけ上ずっていた。


「ええ。間違いなく」


 滝つぼの水は驚くほど澄んでいる。

 底まで見通せそうなほど透明で、天井から差し込む淡い光を反射してきらきらと揺れていた。


 近づいて覗き込むと、水中で何かが素早く動く。


「……魚、いますよ」


「えっ、本当ですか?」


 篠原さんも身を乗り出す。

 滝つぼの縁から少し下流にかけて、細長い魚影が何匹か、流れに身を任せるように泳いでいた。


 モンスターというより、完全に“魚”だ。

 敵意もなければ、こちらを警戒している様子もない。


「ダンジョンって、もっと無機質な場所だと思ってました」


「同感です」


 モンスターを倒し、宝箱を探す。

 そんな場所だとばかり思っていた。


 だが、こうして草が生え、水が流れ、生き物が棲んでいる。

 この中層という場所は、思っていたよりも“環境”として成立しているらしい。


「……飲めそうですね」


 慎重に手を伸ばし、水に触れる。

 冷たいが、澱みはなく、嫌な感触もない。


 もちろん、油断はできない。

 だが少なくとも、この中層が、単なる戦闘用の空間ではないことだけは、はっきりしていた。



 滝つぼの周囲は、思っていた以上に生命感に満ちていた。

 岩肌の隙間や、水しぶきが届く範囲には柔らかそうな草が広がり、少し離れた場所には低木が点在している。

 湿り気を含んだ空気のせいか、葉はどれも瑞々しく、淡い緑から濃い深緑まで色合いもさまざまだ。


「……植物、多いですね」


 篠原さんが周囲を見回しながら言う。


「ハイポーションの材料、ありそうですか?」


「有用そうなものはいくつかありますけど……ハイポーションの材料になるものは見当たりませんね」


 ローポーションや補助薬の素材になりそうな植物はある。

 だが、植生を見た限りこの辺りにハイポーションの素材はないと予想できる。


「そうですか……」


 少し残念そうにしつつも、篠原さんはなおも周囲を観察していた。


「あ、でも……」


 ふと、視線が一箇所で止まる。


「これ、見たことない果物です」


 指差された先には、滝つぼの水気を避けるように生えた低木があり、枝の先に丸い果実がいくつも実っていた。

 大きさはリンゴほど。表面は滑らかで、淡く光を反射している。


「……私も見たことないですね」


 近づいて確認する。

 果物特有のあまい匂いはほとんどしない。


「食べられますかね?」


「ダンジョン省の情報サイトには……この果物の記述はなかったはずです」


 少なくとも、ポーションや薬草の素材としては聞いたことがない。

 用途が思い浮かばず、首をかしげかけた、そのとき。


 ――ふと、別の記憶がよぎった。


 異世界人の、子供のころの記憶。

 森の中で、同じような果実を手にしていた場面。


「……食べられます」


「本当ですか?」


「はい。味は……」


 言うべきことを言う前に、篠原さんは果実にかぶりついた。


「……」


 もぐもぐと咀嚼し、そして。


「……味がしません」


 微妙そうな顔で、じっとこちらを見る。

 恨めしそうな視線が突き刺さる。


「い、いや、食べられるとは言いましたけど……」


 自分は悪くないはずだが、なぜか謝りながら、別の果実を手に取る。


「魔力を込めると、味が出ますよ」


 そう言って、ほんの少しだけ魔力を流し、果実を差し出した。


「……本当ですか?」


 半信半疑のまま受け取り、今度は恐る恐る口にする。


「――っ」


 次の瞬間、篠原さんの目が見開かれた。


「おいしい……!」


 はっきりとした甘みと、濃厚な果汁。

 この魔力がない果物は魔力を込めると全く別物になる。


「なるほど……じゃあ、もっと魔力を――」


「待って、それ以上は――」


 止めようとしたときには、もう遅かった。


 果実が一瞬、膨らみ。


 パンッ!


 乾いた破裂音とともに、果肉と果汁が四方に飛び散る。

 二人そろって、頭から服までべったりだ。


「……」


 篠原さんが、果汁まみれのまま、じとっとした目を向けてくる。


「……ひどいです」


「いや、今のは完全に篠原さんが人の話を聞いてくれなかったせいで……」


「……」


 一瞬、言葉に詰まり。


「……娘にも、よく言われます」


 小さな声でそう呟き、視線を逸らした。


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